上 下
13 / 18

13仕立て

しおりを挟む
 数日後のお昼前、家に仕立て屋の女性がやってきた。
 なじみのある仕立て屋の人で、彼女は私の顔を見るなり、

「噂は本当だったんですね」

 なんて呟いた。
 いったいどんな噂が流れているのだろうか?
 ろくなものではないでしょうね。
 なんてことを思いつつ、私はとまどいの表情を浮かべる仕立て屋さんに微笑みかけた。

「ではよろしくね」

「あ、はい。こちらが生地見本になります。それと、こちらがドレスの資料でございます」

 言いながら、彼女は手提げ鞄から大きな本を取り出した。
 生地見本やドレスの見本を見ながら、私は仕立て屋の女性に向かって言った。

「この赤い生地がいいわね。この濃い色の。袖は肘までの長さで、ここから広がる感じで。ここにレースをあしらって」

 矢継ぎ早にあれこれ注文をしていると、私の隣に腰かけているフィルが目をしばたかせ、口を半開きにして私を見つめた。

「すごい」

 なんて呟いている。
 いったい何をすごいと思っているのだろう?
 興味深そうに、フィルの目は輝いている。

「シュテフィ、お姫様?」

 言いながらフィルは首を傾げた。
 ドレスを着るのは皆お姫様だと思っているのだろうか?
 フィルは言葉の勉強のために絵本をよく読んでいるから、そのせいかもしれない。
 絵本の多くに、お姫様が出てくるし。
 私は首を横に振り、

「私がお姫様なわけないでしょう?」

 と、フィルに向かって言った。
 お姫様はこんな所に住まないし、そもそも家を出ないだろう。たぶん。
 私は仕立て屋さんの方へと視線を向ける。

「どれくらいで仕立てあがる?」

「は、はい、立て込んでおりますので、十日ほど見ていただければよろしいかと思います」

「あら、やはり注文おおいの?」

「はい、ギルベルト殿下のパーティーの招待状が届いたとのことで……」

 あいつのパーティーに招待される女性は数十人規模にはなるものね。その中で、花嫁候補はごく一部でしょうけれど、場を華やかにするためには招待客は多い方がいいから、もしかしたら百いくかも。
 それに貴族や商人、政治家やその子供たちも招待されるはずだから……かなり大規模なパーティーになるはず。
 そうなると仕立て屋は忙しいことでしょうね。

「お嬢様も殿下のパーティーに?」

「えぇ、不本意ながらも」

 憮然と答えると、仕立て屋さんはひきつった顔をする。

「そ、そういうものなんですか?」

「ええ。私、行きたくないもの」

 はっきりと答えると、仕立て屋さんは首を傾げて苦笑い、

「皆様とてもはしゃいでいらっしゃいましたが……ルルツ家は公爵家ですものね」

「ええ。ギルベルトとは遠いとはいえ親戚ですもの。何が悲しくてあんなのの花嫁候補にならないといけないのよ」

「あ、あんなの……」

 私の言葉に、仕立て屋さんはひきつった顔になる。

「ま、まあ、私たちにはわからない色々があるんですね」

 言いながら、仕立て屋さんは生地見本などを鞄にしまった。

「そ、そうしましたら採寸をいたしますね」

 そして、彼女はメジャーを手にした。


 ドレスが決まった。
 あと装飾品を決めて、靴も決めて。

「って、何で屋敷を出たのにこんなこと気にして生きなくちゃいけないのよ」

 そう、私はひとり呟く。
 今、フィルはリディアと買い物に出ているし、エミールは私の実家に行っているので部屋には私ひとりだ。
 まあ、正確にはひとりではないんだけれど。
 人がいないのをいいことに、ミルカは焼き菓子を頬張って満面の笑みを浮かべている。

「お菓子うまー」

 この守護精霊が幸せそうな顔をしているとなぜか心の中がもやもやする。
 ミルカは両手いっぱいのお菓子を抱えて私を見上げて言った。

「運命からは逃れられないんだよ、シュテフィ。ちょっと予定外のことが多かったけど、お前は確実に運命の輪に囚われるはずなんだ!」

 力強く言っている割にはちょっと気弱に聞こえるんだけれど。
 私はお茶の入ったカップを握りしめ、ミルカを半眼で見つめた。

「はずっていうことは例外もあり得るわよね。私が運命に負けるわけないでしょう?」

 すると、お菓子を抱えたミルカは大きく目を見開いて言った。

「お前のその自信てどこから来るんだよ?」

「私は誰にも負けないの、当たり前じゃないの」

「……いや、当たり前って……いや、まじお前何者だよ」
 
 半眼で呻くようにミルカは言う。
 何者だと言われても、私は私でしかない。
 少なくとも、ミルカの言う私が断罪される未来だけは避けたい。

「運命なんて自分で切り拓くものよ。決められた未来なんて、私は信じない」

「運命の女神にたてつくとかいい度胸だよな」

「そんな事、知ったことではないわ。相手が誰であろうと関係ないもの」

 とはいえ、ギルベルトが言っていたことは気になる。
 私が置かれている状況って何?
 私の知らないところで何が起きているんだろうか?
 全然心当たりがない。
 アムレートお兄様が帰国されるのも気になる。
 何が起きているのかわからないのは何と言うか……イライラする。
 フルス公国のこと……私はよく知らないし。
 エミールは知っているだろうか?
 帰ってきたら聞いてみよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...