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13仕立て
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数日後のお昼前、家に仕立て屋の女性がやってきた。
なじみのある仕立て屋の人で、彼女は私の顔を見るなり、
「噂は本当だったんですね」
なんて呟いた。
いったいどんな噂が流れているのだろうか?
ろくなものではないでしょうね。
なんてことを思いつつ、私はとまどいの表情を浮かべる仕立て屋さんに微笑みかけた。
「ではよろしくね」
「あ、はい。こちらが生地見本になります。それと、こちらがドレスの資料でございます」
言いながら、彼女は手提げ鞄から大きな本を取り出した。
生地見本やドレスの見本を見ながら、私は仕立て屋の女性に向かって言った。
「この赤い生地がいいわね。この濃い色の。袖は肘までの長さで、ここから広がる感じで。ここにレースをあしらって」
矢継ぎ早にあれこれ注文をしていると、私の隣に腰かけているフィルが目をしばたかせ、口を半開きにして私を見つめた。
「すごい」
なんて呟いている。
いったい何をすごいと思っているのだろう?
興味深そうに、フィルの目は輝いている。
「シュテフィ、お姫様?」
言いながらフィルは首を傾げた。
ドレスを着るのは皆お姫様だと思っているのだろうか?
フィルは言葉の勉強のために絵本をよく読んでいるから、そのせいかもしれない。
絵本の多くに、お姫様が出てくるし。
私は首を横に振り、
「私がお姫様なわけないでしょう?」
と、フィルに向かって言った。
お姫様はこんな所に住まないし、そもそも家を出ないだろう。たぶん。
私は仕立て屋さんの方へと視線を向ける。
「どれくらいで仕立てあがる?」
「は、はい、立て込んでおりますので、十日ほど見ていただければよろしいかと思います」
「あら、やはり注文おおいの?」
「はい、ギルベルト殿下のパーティーの招待状が届いたとのことで……」
あいつのパーティーに招待される女性は数十人規模にはなるものね。その中で、花嫁候補はごく一部でしょうけれど、場を華やかにするためには招待客は多い方がいいから、もしかしたら百いくかも。
それに貴族や商人、政治家やその子供たちも招待されるはずだから……かなり大規模なパーティーになるはず。
そうなると仕立て屋は忙しいことでしょうね。
「お嬢様も殿下のパーティーに?」
「えぇ、不本意ながらも」
憮然と答えると、仕立て屋さんはひきつった顔をする。
「そ、そういうものなんですか?」
「ええ。私、行きたくないもの」
はっきりと答えると、仕立て屋さんは首を傾げて苦笑い、
「皆様とてもはしゃいでいらっしゃいましたが……ルルツ家は公爵家ですものね」
「ええ。ギルベルトとは遠いとはいえ親戚ですもの。何が悲しくてあんなのの花嫁候補にならないといけないのよ」
「あ、あんなの……」
私の言葉に、仕立て屋さんはひきつった顔になる。
「ま、まあ、私たちにはわからない色々があるんですね」
言いながら、仕立て屋さんは生地見本などを鞄にしまった。
「そ、そうしましたら採寸をいたしますね」
そして、彼女はメジャーを手にした。
ドレスが決まった。
あと装飾品を決めて、靴も決めて。
「って、何で屋敷を出たのにこんなこと気にして生きなくちゃいけないのよ」
そう、私はひとり呟く。
今、フィルはリディアと買い物に出ているし、エミールは私の実家に行っているので部屋には私ひとりだ。
まあ、正確にはひとりではないんだけれど。
人がいないのをいいことに、ミルカは焼き菓子を頬張って満面の笑みを浮かべている。
「お菓子うまー」
この守護精霊が幸せそうな顔をしているとなぜか心の中がもやもやする。
ミルカは両手いっぱいのお菓子を抱えて私を見上げて言った。
「運命からは逃れられないんだよ、シュテフィ。ちょっと予定外のことが多かったけど、お前は確実に運命の輪に囚われるはずなんだ!」
力強く言っている割にはちょっと気弱に聞こえるんだけれど。
私はお茶の入ったカップを握りしめ、ミルカを半眼で見つめた。
「はずっていうことは例外もあり得るわよね。私が運命に負けるわけないでしょう?」
すると、お菓子を抱えたミルカは大きく目を見開いて言った。
「お前のその自信てどこから来るんだよ?」
「私は誰にも負けないの、当たり前じゃないの」
「……いや、当たり前って……いや、まじお前何者だよ」
半眼で呻くようにミルカは言う。
何者だと言われても、私は私でしかない。
少なくとも、ミルカの言う私が断罪される未来だけは避けたい。
「運命なんて自分で切り拓くものよ。決められた未来なんて、私は信じない」
「運命の女神にたてつくとかいい度胸だよな」
「そんな事、知ったことではないわ。相手が誰であろうと関係ないもの」
とはいえ、ギルベルトが言っていたことは気になる。
私が置かれている状況って何?
私の知らないところで何が起きているんだろうか?
全然心当たりがない。
アムレートお兄様が帰国されるのも気になる。
何が起きているのかわからないのは何と言うか……イライラする。
フルス公国のこと……私はよく知らないし。
エミールは知っているだろうか?
帰ってきたら聞いてみよう。
なじみのある仕立て屋の人で、彼女は私の顔を見るなり、
「噂は本当だったんですね」
なんて呟いた。
いったいどんな噂が流れているのだろうか?
ろくなものではないでしょうね。
なんてことを思いつつ、私はとまどいの表情を浮かべる仕立て屋さんに微笑みかけた。
「ではよろしくね」
「あ、はい。こちらが生地見本になります。それと、こちらがドレスの資料でございます」
言いながら、彼女は手提げ鞄から大きな本を取り出した。
生地見本やドレスの見本を見ながら、私は仕立て屋の女性に向かって言った。
「この赤い生地がいいわね。この濃い色の。袖は肘までの長さで、ここから広がる感じで。ここにレースをあしらって」
矢継ぎ早にあれこれ注文をしていると、私の隣に腰かけているフィルが目をしばたかせ、口を半開きにして私を見つめた。
「すごい」
なんて呟いている。
いったい何をすごいと思っているのだろう?
興味深そうに、フィルの目は輝いている。
「シュテフィ、お姫様?」
言いながらフィルは首を傾げた。
ドレスを着るのは皆お姫様だと思っているのだろうか?
フィルは言葉の勉強のために絵本をよく読んでいるから、そのせいかもしれない。
絵本の多くに、お姫様が出てくるし。
私は首を横に振り、
「私がお姫様なわけないでしょう?」
と、フィルに向かって言った。
お姫様はこんな所に住まないし、そもそも家を出ないだろう。たぶん。
私は仕立て屋さんの方へと視線を向ける。
「どれくらいで仕立てあがる?」
「は、はい、立て込んでおりますので、十日ほど見ていただければよろしいかと思います」
「あら、やはり注文おおいの?」
「はい、ギルベルト殿下のパーティーの招待状が届いたとのことで……」
あいつのパーティーに招待される女性は数十人規模にはなるものね。その中で、花嫁候補はごく一部でしょうけれど、場を華やかにするためには招待客は多い方がいいから、もしかしたら百いくかも。
それに貴族や商人、政治家やその子供たちも招待されるはずだから……かなり大規模なパーティーになるはず。
そうなると仕立て屋は忙しいことでしょうね。
「お嬢様も殿下のパーティーに?」
「えぇ、不本意ながらも」
憮然と答えると、仕立て屋さんはひきつった顔をする。
「そ、そういうものなんですか?」
「ええ。私、行きたくないもの」
はっきりと答えると、仕立て屋さんは首を傾げて苦笑い、
「皆様とてもはしゃいでいらっしゃいましたが……ルルツ家は公爵家ですものね」
「ええ。ギルベルトとは遠いとはいえ親戚ですもの。何が悲しくてあんなのの花嫁候補にならないといけないのよ」
「あ、あんなの……」
私の言葉に、仕立て屋さんはひきつった顔になる。
「ま、まあ、私たちにはわからない色々があるんですね」
言いながら、仕立て屋さんは生地見本などを鞄にしまった。
「そ、そうしましたら採寸をいたしますね」
そして、彼女はメジャーを手にした。
ドレスが決まった。
あと装飾品を決めて、靴も決めて。
「って、何で屋敷を出たのにこんなこと気にして生きなくちゃいけないのよ」
そう、私はひとり呟く。
今、フィルはリディアと買い物に出ているし、エミールは私の実家に行っているので部屋には私ひとりだ。
まあ、正確にはひとりではないんだけれど。
人がいないのをいいことに、ミルカは焼き菓子を頬張って満面の笑みを浮かべている。
「お菓子うまー」
この守護精霊が幸せそうな顔をしているとなぜか心の中がもやもやする。
ミルカは両手いっぱいのお菓子を抱えて私を見上げて言った。
「運命からは逃れられないんだよ、シュテフィ。ちょっと予定外のことが多かったけど、お前は確実に運命の輪に囚われるはずなんだ!」
力強く言っている割にはちょっと気弱に聞こえるんだけれど。
私はお茶の入ったカップを握りしめ、ミルカを半眼で見つめた。
「はずっていうことは例外もあり得るわよね。私が運命に負けるわけないでしょう?」
すると、お菓子を抱えたミルカは大きく目を見開いて言った。
「お前のその自信てどこから来るんだよ?」
「私は誰にも負けないの、当たり前じゃないの」
「……いや、当たり前って……いや、まじお前何者だよ」
半眼で呻くようにミルカは言う。
何者だと言われても、私は私でしかない。
少なくとも、ミルカの言う私が断罪される未来だけは避けたい。
「運命なんて自分で切り拓くものよ。決められた未来なんて、私は信じない」
「運命の女神にたてつくとかいい度胸だよな」
「そんな事、知ったことではないわ。相手が誰であろうと関係ないもの」
とはいえ、ギルベルトが言っていたことは気になる。
私が置かれている状況って何?
私の知らないところで何が起きているんだろうか?
全然心当たりがない。
アムレートお兄様が帰国されるのも気になる。
何が起きているのかわからないのは何と言うか……イライラする。
フルス公国のこと……私はよく知らないし。
エミールは知っているだろうか?
帰ってきたら聞いてみよう。
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