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13 匂いの鎖

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 翌朝。
 身体が怠くて俺は起きられず、モーニングを食べに行く気力もなかった。
 対して飛衣はベッドから起き、服を着ててスマホの電源を入れた。そして、声をあげて笑う。
 
「あはは。父さん、相当お怒りみたいだ」

 それはそうだろう。
 飛衣と引合されたオメガは政治家の子供だって言っていたし、そんな相手を前にして逃げてきたわけだから大問題だろう。

「向こうは向こうで、別のアルファと楽しんだようだからべつに俺なんてどうでもいいだろうに。父さんは諦めが悪い」

「だ、大丈夫なのかよそれ」

 ベッドにうつ伏せで寝転がったまま、俺はスマホの画面を見て笑いながらベッドに腰かける飛衣を見上げる。

「大丈夫って何が」

「親、怒らせるとめんどくさくね?」

 俺は正直親とトラブったことはほとんどないのでよくわからないけど、けっこう深刻なんじゃないだろうか?
 飛衣はスマホを見つめたまま、足を組んで言った。

「別に。親は生活費だとか学費だとかを人質に取るほど愚かじゃないし。将来を考えろって言うことくらいしか言って来ていないから大丈夫だよ。ちょっとメッセージの数が多いけど」

 そして飛衣は俺の背中に身体を重ね、うなじをぺろり、と舐めた。

「あ……」

「父だって二十一で結婚したんだ。母は十八で、すぐに俺を妊娠した。自分たちだって好きに生きてきたんだから、俺を縛ろうとするのは間違っていると思わない?」

「ちょ……飛衣、朝からやめろって……」

 俺は枕を抱きしめ、吐息交じりに言った。飛衣はうなじから背中へと口づけを落としていく。
 こいつは時間さえあれば俺への愛撫を繰り返す。
 俺はオメガじゃねえから、あんまり求められてもこたえられねえんだよ。
 なのに身体の中心に、熱がどんどんたまっていく。

「あぁ、ごめん。朝起きて君がいるのが嬉しくて」

「お前昨日、何回出したんだよ? っていうか散々今日まで焦らしてきたのはなんで」

「焦らして君から求めさせようって思ったのはあるけど、見合い話やパーティーのことで親と対立していて、俺は君を閉じ込めたくて仕方なかったから」

 アルファはオメガを閉じ込めるって確かに聞くけれど。
 自分が閉じ込められる対象になるのはシャレになんねえ……

「と、閉じ込めるって」

「俺はアルファだからね。番を閉じ込めたくなるのは当たり前なんだよ。でも君はそうじゃないから。それを理解しているから家に連れて行かないようにしていたんだけど。でもやっぱり無理だった」

 言いながら飛衣は俺のうなじを撫でた。
 だからってあんな煽るような真似を散々してきたのはまじでつからったんだけど?
 おかげで俺は、飛衣を求める想いがどんどん積み重なって耐えられなくなったんだけど。

「ねえ、君はこの町を出たいんでしょ?」

「だって、町を出ればこんな予知の力に振り回されなくて済むからな」

 コントロールできねえし、いつ予知を見るかもわからないし、見たら見たで眠くなる。
 こんなんじゃあバイトだってできないし、働くのもままならないだろう。
 それを考えたら町を出て、こんな力に振り回されない生活を送りたい。

「俺も町の外の大学に行くし、そうしたら一緒に暮らせる」

「あ……」

 背中をぺろりと舐められて、ちりちりとした感覚が背中を這い上がり思わず喘ぐ。
 一緒になんか暮らしたら毎朝毎夜、愛撫されて喘がされるじゃねえか?

「そ、それって俺の身体がもたない……」

「昨日の夜、『今さら離れられない』って、自分で言っていたじゃない」

 そんなこと言ったっけ?
 ……言ったか。言ったな、そういえば。

「た、確かに言ったけど、せめて別の部屋とか」

「だったら一緒に暮らしたほうが生活費抑えられるんじゃないかな。それに、俺が住むような場所の家賃を、君が払いきれるとは思えないけど?」

 そう言われると確かにそうだろう。
 こいつが住むような部屋なんて、俺みたいな普通の家で仕送りとアルバイトで払うのは無理だと思う。
 っていうかこいつ、本気……なんだろうな。
 アルファの執着心は怖くなるほど強い。それは身に染みてわかる。
 だってベータである俺に、一緒に暮らそうなんて提案してくるし、閉じ込めたいとまで言いだすんだから。
 俺がオメガだったなら、とっくに監禁されていただろうな。
 そしてきっと、俺はそれを当たり前のように受け入れていただろう。
 でも俺はベータだから閉じ込められるのだけは無理だ。
 
「確かに払えねえだろうけど……閉じ込められるのは嫌だ」

「じゃあ決まりだよ、朱里。君がベータだから、親には色々と言われるかもだけど。まあ、あっちは俺の薬をすり替えるなんてことやって弱味見せてきたから、最大限利用するよ」

 薬をすり替えられたことを、親との交渉の材料に使うって事か。
 強かな奴。

「だから朱里。どこの学校を受けるつもりなのかちゃんと教えるんだよ」

「あ……」

 匂いの鎖が俺の身体に絡みつく。
 この間の予知は、こいつと一緒に暮らす未来だったんだろうな。
 都会っぽい風景に、ソファー、大きなテレビ。色違いのマグカップ。
 ってことは俺はもう、飛衣と暮らすことが決まっているんだろうな。
 飛衣が、耳元に唇を寄せて囁く。

「朱里、愛してる」

 何度も言われているのに、超恥ずかしい。
 俺は枕に顔を押し付けて、小さく呟く。

「俺も……好き、だから」

 すると飛衣はまた、俺のうなじに噛み付いた。 
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