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1 春が来た

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 風が吹くたびに校門や、校庭に植えられた桜が花びらを舞い散らす。
 すでに緑色の葉が見えているので、もう桜の季節は終わる。
 四月がきた。
 ベータである俺が、アルファである夏目飛衣に囲われて半年近く経つ。
 俺たちは高校二年生から三年生になった。
 高二で文系理系のクラス分けがされていて、俺は一クラスしかない理系クラスだから、クラス替えがない。
 つまり俺は、今年も飛衣と同じクラス、と言う事だ。
 夏目の「な」。戸上朱里の「と」。
 夏目と俺は出席番号が一つしか違わないため、一学期の最初の席順は前後となる。
 つまり俺の前の席は、飛衣だ。
 なのであいつが何をしているのか、誰と話しているのか嫌でも目に付くし耳に入る。
 今朝もあいつはクラスメイトに囲まれて談笑していた。
 アルファ。
 何もしなくても人を引き寄せる魅力をもつ性を持つ者。
 オメガからしか生まれず、オメガにしか惹かれないと思っていたのに。
 なぜか飛衣は俺に執着し、俺を囲い込んでいる。
 俺の日常は、飛衣によってすっかり変えられてしまった。
 毎週ではないが、月に二度、夏目の家に泊まり彼に抱かれる日々を過ごしていた。
 最初は半分しか入らなかったあいつのペニスは全部入るようになり、前を扱かないとイけなかった俺の身体は、今では後ろを攻められるだけでイけるようになってしまった。
 そして俺は、あいつとの関係を拒絶せず受け入れ、歪んだ関係を続けている。

「愛しているよ、朱里」

 そう俺に囁き、飛衣は必ず俺のうなじに噛み付く。
 愛してる。ってなんでだよ。
 お前は……十八になったら俺を捨てるんじゃねえのかよ?
 アルファとオメガは国によって管理され、年頃になると見合いを薦められるようになるという。
 そもそも、アルファとオメガは合わせて全人口の一パーセント以下と言われてるし国が関与しないと出会うのが難しいかららしい。
 国はアルファを増やしたい。
 だからアルファやオメガが、それ以外の相手と一緒になられては困るらしく、国が間に立ち見合いを斡旋するらしい。
 飛衣の誕生日は七月十日だ。
 あと三か月したら俺は……どうなるんだ?


 高校三年生の一学期が始まり二週間が過ぎた。今週末からゴールデンウィークだ。
 四月二十三日月曜日。
 昼休み、俺はいつものように友人のライと教室で昼飯を喰う。
 飛衣は今、教室にいない。
 たぶん、食堂だろう。
 六年一貫校であるうちの学校には食堂がある。
 飛衣は取り巻きの誰かと食堂でお昼を喰ってるらしかった。
 学校で、あいつは俺に余り話しかけては来ない。
 そして俺からは近づかない。
 俺は何の特徴もないただのベータだ。
 飛衣との関係を知られたら……嫉妬に狂ったやつらに何されるかわからない。
 そもそも飛衣は、何人もの生徒と関係を持っていたはずだ。
 全員がそのことを覚えているかは知らねえけど。
 あいつは近づくものを拒まないし、追いもしない。
 飛衣が何を考えてんのか、ほんと分かんねえよ。
 そんなこと思いつつ、俺は今日も親が作った弁当を喰う。
 ふりかけのかかったご飯に、卵焼き、ハンバーグにほうれんそうの炒め物。
 
「なあ、朱里」

「なんだよ」

「お前、進路ってどうすんの?」

「あんま考えてない」

 言いながら、俺はハンバーグを箸で切る。
 なんとなく数学や物理が得意だったから、理系のクラスを選んだ。でも、やりたいことなんてない。

「……もう、高校三年生だぜ、俺たち」

 言いながら、ライはサンドウィッチにくらいつく。

「知ってるよそんなの。お前はどうなんだよ?」

「俺? 動物に関わる仕事したいんだよな。獣医とか、動物園の飼育員とか」

 そして、ライは、カフェオレの紙パックを手にしてストローに口をつける。
 ……夢あるんだなあ。
 なんだかライが眩しく見える。
 俺、大学行けるんだろうか。
 頭をちらつく、飛衣の顔。アルファはオメガを囲い込み、家から出さないやつもいるらしい。
 だからオメガの進学率は低くて、就職率も極端に低いらしい。
 そしてオメガはそれを喜んで受け入れるとか。でも俺は、オメガじゃない。だから、囲い込まれて耐えられるわけがないし、そんなの俺が受け入れられるわけがない。
 しょせんアルファとベータだ。
 あいつは、オメガと番うべきだろうし、俺はそれまでのつなぎでしかないだろう。
 
『愛してるよ、朱里』

 耳の奥で飛衣の声がこだまする。
 俺はその声を消そうと首を横に振り、弁当を喰らった。
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