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6どきどきする

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 アラールさんが帰られた後も、私の心臓は激しく鼓動を繰り返していた。
 あの方は私を知っているかもしれない、っていう疑いが濃厚になってきた。
 もしあの人が私の事を知っていたらどうしよう?
 リュカ様が私を捜しているって話をしていたんだからもしかして、リュカ様に私の事を伝える?
 そうなったらまずい。
 アラールさんは何を知っているんだろう。
 聞きたい、でも聞いたらばれてしまう。
 どうする私。
 呆然と玄関扉の前で立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。

「マール、大丈夫?」

 びくん、と身体を震わせて振り返ると、心配そうな顔をしたビドー夫人が立っていた。

「え、あ、あーと……たぶん大丈夫ですたぶん」

 出た声は震えていて、とても大丈夫そうには聞こえない。
 あー、これじゃあ誤魔化せないじゃないの。私、動揺しすぎじゃない?
 案の定ビドー夫人は私のそばまで近づいてくると、じっと顔を見つめてきた。

「大丈夫そうには全然見えないけど……アラールさんの話に驚いた?」

「え、あ……はい……」

 驚いたのは事実だ。リュカ様が本当に私を捜しているっていう話と、もしかしたらアラールさんが私と面識があるかもしれない、って事に。
 ビドー夫人は腕を組み、ため息交じりに言った。

「リュカ皇子が婚約者を捜してるって言う話だけど、処刑する為とかはないと思うけどねえ。でも今更って感じだしちょっと怖いわよねえ」

 そうそう。そう言う方向に話を持っていこう。
 私は何度も頷きながら言った。

「そうそうそうなんですよ。だってけっこう経ちますよねえ、あの……王国が滅びてから」

 自分の国がなくなった話を人とするのは初めてだ。あー、思い出したら哀しくなってきた。
 国を追い出されることになった時の事。

「そうそう、もう三年くらいかしらねえ。リュカ皇子の婚約破棄が発表されるのと同時にブルイヤール王国の内乱鎮圧の為に兵を派遣するといって、あっという間だったわね。あんなことになったから婚約がなかったことになるのは仕方ないと思うけど、三年も経ってから急に捜し始めるっていったい何があったのかしら」

 それを知りたいんですよ私は。
 でもそれを知るってことはリュカ様に私の事がばれる可能性もあるわけで。
 あー、気になるのにどうにもならないのほんと嫌なんだけど。
 いっそのこと自分から名乗りでる?
 ……いいや、危ないか。
 そもそもどこに名乗り出るのよ?
 私がマルティナだって証明する手立てもないし。

「あの、夫人は元婚約者の姫と見たことありますか?」

 するとビドー夫人は首を横に振った。

「いいえ、私はないわよ。夫は一度拝見したことがあるって言っていたような……」

 ……なんですって? 夫って……フレデリックさんですよね? つまりは旦那様。
 やばい、心臓が痛くなってきた。
 いやでも私がこの国に最後に来たのって三年以上前だし、その時私、十五歳くらいだし、今とだいぶ雰囲気違うはずだから、ばれてないよね?

「あ、あのアラールさんはどうなんでしょうか?」

 私の口から出た声は不自然なほど裏返っていた。
 ビドー夫人は不審な顔をしながらも私の疑問に答えてくれた。

「何回か会ったことがあるって言っていたわよ? 何かのチャリティーパーティーとかで」

 ……覚えてない。
 パーティーに出たのは確かだけど、何のパーティーかなんていちいち覚えてない。
 っていうことはアラールさんは私の事を知っていてあんなことを言ってきた?
 どうしよう……アラールさんとリュカ様の繋がりがわからないしな……
 あー、わかんないってすごく嫌。
 いっそのこと聞きに行ってすっきりしたい。
 
「ちょっとマール、大丈夫?」

 呆然とする私の肩をビドー夫人が掴んで揺さぶってくる。
 大丈夫じゃないです、はい。
 ラファエルの奨学金の話をしようと思ったけどそんな気持ちになれなくなってきた。
 ビドーさんたちを私の事情に巻き込みたくないもの。
 だからできる限り自分でなんとかしないと……
 それなら私、どうにかしてリュカ様と会う?
 でもその前にラファエルのこと、何とかしないと。
 もしアラールさんが私のこと気が付いているなら、そちらからリュカ様につないでもらって、ラファエルの事を頼むとか?
 あー、どうしたらいいの私。参ったなあ、まさか今さら私の過去が影響を及ぼすなんて思わなかった。
 私がどうなるとしても、ラファエルだけは守らないと。
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