34 / 39
34 化け物
しおりを挟む
ごぉ、っと音を立てて風が僕たちを巻き上げるかのように強く強く吹き抜けていく。
「来ます!」
リモの叫びが響き、どん、と僕の身体を何かが押した。
臨だ。
僕は後ろに下がりその勢いで尻もちをつく。
「本当に来た」
臨の呟きが響き僕はそちらを見やる。
社の向こう側に、白い人影が見える。
髪の長い、綺麗な女性。白い服を着て、背中から黒い手が二つ生えていた。
「また、あんた達なの?」
言いながら、女はゆらり、とこちらにゆっくりと歩いてくる。
また、という言い方が引っかかる。この間会ったのが初めてなはずだけれど、それ以外で僕たちはこの人に会っている?
彼女は僕たちから五メートルほどの所で立ち止まると、じろり、と臨の方を見て言った。
「また、私あなたに斬られるのかしらね?」
そして、にたり、と笑う。
また? どういう意味だ、また斬られる……て。
「もうすぐ生まれる私の赤ちゃん……ねえ、貴方が斬った赤ちゃん、戻って来たの」
そう言いながら日和ちゃんはお腹をさする。
戻ってきた赤ちゃん? 何を言っているのかわからない。なんなんだよ……
「あぁ、もしかして、俺が斬った幽霊?」
臨の呟きに僕も思い出す。
腹を斬ってほしいってお願いしてきた女の幽霊。
そしてたぶん、僕が記憶を消した青年の奥さん……
そう思うと心臓が痛くなってくる。
って、なんで彼女が日和ちゃんに憑りついているんだ?
「貴方に斬られて私は天国に行くはずだったのよ。でもね、私、見つけちゃったの。動物を殺して食べてる彼女を。お腹の子供の為に、動物殺して食べていたの」
あぁ、やっぱり彼女は妊娠しているのか。だから動物を襲い、喰っている。狐だから当たり前なことだけれど……でもなぜ人里に下りてきて猫を襲ったんだろうか?
「彼女が妊娠していたから憑りついた?」
臨が問いかけると日和ちゃんはにっこり、と笑う。
「憑りついた……引き寄せられたの方が正しいかも。私の子供は死んじゃった。でもね、こうしてまた戻って来たのよ。私のお腹の中で大きくなってるの」
そして愛おしそうに彼女は腹をさする。
違う、そうじゃねえだろう。
そのお腹の子供はあんたの子供じゃない。
そう言いたいのに、彼女の異様な様子に声が出ない。
「違いますよ、貴方の子供じゃない」
臨の冷たい声が響く。
「貴方の子供は死んだ。俺が貴方と共に腹を斬ったんだから」
そうだ、それは彼女の望みだった。
腹を斬ってほしいと望んだのは幽霊自身だったし、その望みを臨は叶えた。なのに。
幽霊は鬼の形相で臨を見つめている。
「そうよ、貴方が殺したの。私の赤ちゃんを」
違う、そうじゃないだろう。
もうとっくに、あんたは死んでるんだ。そしてあんたの旦那さんは新しい人生を歩むために記憶を消すことを選んだ。
その内容を僕はもう思い出せないけれど、でも僕が何を感じたかはわかる。
幸せと哀しみの記憶だった。
それはそうだろう。
彼は一度に、奥さんと子供を失ったんだから。
「子供欲しさに、日和ちゃんの身体を奪った?」
そう臨が問いかけると、彼女は不思議そうな顔をして小さく首を傾げた。
「奪った? 人聞きが悪いわね。貰うのよ。彼女はとても弱っていたから……だから憑りつくのは簡単だった」
奪うも貰うも大して変わらねえだろ、それ……!
日和ちゃんは愛おしそうにお腹を撫でながら言った。
「あと少しなのよ。お腹が空いていちゃあ、子供が大きくなれないでしょ?」
そして大きく口を開く。その唇は紅く、まるで血にまみれているようだった。
何か喰った後なのだろうか、それとも元からあんな口をしているのだろうか。
まるで都市伝説にある口裂け女のようだ。
っていうかあの幽霊、腹を斬られて成仏するはずじゃなかったのかよ?
なんでまだこの世に留まっているんだよ。わけわかんねえだろ?
なんなんだよ、話が見えねえよ。
「あぁ、つまり、俺に腹を斬られて成仏するはずだったのに、妊婦である彼女に出会ったことで未練が残り、憑りついたってことですか」
「えぇそうよ。貴方に斬られて……あの子も私も成仏できるはずだったのよ。なのにこの女に出会って気が変わったの」
そして日和ちゃん……って呼ぶのが正しいのか分かんねえけど、彼女はくわっと大きく目を見開き、お腹をさすりながら声を上げる。
「この女はね、妊娠したことを悔いていたのよ。私はもう、悔いることもできないっていうのに!」
悔いていた?
「な、なんで後悔なんて……」
震える声で俺が言うと、女は俺の方を睨み付けて言った。
「妖怪なのに、人との子を宿したからよ。それでこの女は迷っていた。だから私がもらってあげるのよ。子供も、この身体も」
「貰ってあげるって……そんな事できるわけねえだろ? だってあんたは死んでるんだから」
震えながら俺が言うと、女は空へと顔を向け、大声で笑った。
「あはははははは! だからこの女が死ねば、私はこの身体を手に入れられる! だってこの女は生きているんだから」
「あぁ、確かにそうか」
なんて言い、臨は顎に手を当てる。
って、そこ、納得してんじゃねえよ。
それって日和ちゃんが女の幽霊に殺されるって事じゃねえか。そんなの許されるかよ?
でも身体が死んだら、お腹の子供だって死ぬんじゃねえのか?
いったいどうやって日和ちゃんの身体を奪うんだ? 今はまだ、日和ちゃんの意識はあの身体の中にあるんだよな。完全に奪えているわけじゃねえんだよな。
でもどうしたら、あの身体から幽霊だけを引きはがせるんだ?
「来ます!」
リモの叫びが響き、どん、と僕の身体を何かが押した。
臨だ。
僕は後ろに下がりその勢いで尻もちをつく。
「本当に来た」
臨の呟きが響き僕はそちらを見やる。
社の向こう側に、白い人影が見える。
髪の長い、綺麗な女性。白い服を着て、背中から黒い手が二つ生えていた。
「また、あんた達なの?」
言いながら、女はゆらり、とこちらにゆっくりと歩いてくる。
また、という言い方が引っかかる。この間会ったのが初めてなはずだけれど、それ以外で僕たちはこの人に会っている?
彼女は僕たちから五メートルほどの所で立ち止まると、じろり、と臨の方を見て言った。
「また、私あなたに斬られるのかしらね?」
そして、にたり、と笑う。
また? どういう意味だ、また斬られる……て。
「もうすぐ生まれる私の赤ちゃん……ねえ、貴方が斬った赤ちゃん、戻って来たの」
そう言いながら日和ちゃんはお腹をさする。
戻ってきた赤ちゃん? 何を言っているのかわからない。なんなんだよ……
「あぁ、もしかして、俺が斬った幽霊?」
臨の呟きに僕も思い出す。
腹を斬ってほしいってお願いしてきた女の幽霊。
そしてたぶん、僕が記憶を消した青年の奥さん……
そう思うと心臓が痛くなってくる。
って、なんで彼女が日和ちゃんに憑りついているんだ?
「貴方に斬られて私は天国に行くはずだったのよ。でもね、私、見つけちゃったの。動物を殺して食べてる彼女を。お腹の子供の為に、動物殺して食べていたの」
あぁ、やっぱり彼女は妊娠しているのか。だから動物を襲い、喰っている。狐だから当たり前なことだけれど……でもなぜ人里に下りてきて猫を襲ったんだろうか?
「彼女が妊娠していたから憑りついた?」
臨が問いかけると日和ちゃんはにっこり、と笑う。
「憑りついた……引き寄せられたの方が正しいかも。私の子供は死んじゃった。でもね、こうしてまた戻って来たのよ。私のお腹の中で大きくなってるの」
そして愛おしそうに彼女は腹をさする。
違う、そうじゃねえだろう。
そのお腹の子供はあんたの子供じゃない。
そう言いたいのに、彼女の異様な様子に声が出ない。
「違いますよ、貴方の子供じゃない」
臨の冷たい声が響く。
「貴方の子供は死んだ。俺が貴方と共に腹を斬ったんだから」
そうだ、それは彼女の望みだった。
腹を斬ってほしいと望んだのは幽霊自身だったし、その望みを臨は叶えた。なのに。
幽霊は鬼の形相で臨を見つめている。
「そうよ、貴方が殺したの。私の赤ちゃんを」
違う、そうじゃないだろう。
もうとっくに、あんたは死んでるんだ。そしてあんたの旦那さんは新しい人生を歩むために記憶を消すことを選んだ。
その内容を僕はもう思い出せないけれど、でも僕が何を感じたかはわかる。
幸せと哀しみの記憶だった。
それはそうだろう。
彼は一度に、奥さんと子供を失ったんだから。
「子供欲しさに、日和ちゃんの身体を奪った?」
そう臨が問いかけると、彼女は不思議そうな顔をして小さく首を傾げた。
「奪った? 人聞きが悪いわね。貰うのよ。彼女はとても弱っていたから……だから憑りつくのは簡単だった」
奪うも貰うも大して変わらねえだろ、それ……!
日和ちゃんは愛おしそうにお腹を撫でながら言った。
「あと少しなのよ。お腹が空いていちゃあ、子供が大きくなれないでしょ?」
そして大きく口を開く。その唇は紅く、まるで血にまみれているようだった。
何か喰った後なのだろうか、それとも元からあんな口をしているのだろうか。
まるで都市伝説にある口裂け女のようだ。
っていうかあの幽霊、腹を斬られて成仏するはずじゃなかったのかよ?
なんでまだこの世に留まっているんだよ。わけわかんねえだろ?
なんなんだよ、話が見えねえよ。
「あぁ、つまり、俺に腹を斬られて成仏するはずだったのに、妊婦である彼女に出会ったことで未練が残り、憑りついたってことですか」
「えぇそうよ。貴方に斬られて……あの子も私も成仏できるはずだったのよ。なのにこの女に出会って気が変わったの」
そして日和ちゃん……って呼ぶのが正しいのか分かんねえけど、彼女はくわっと大きく目を見開き、お腹をさすりながら声を上げる。
「この女はね、妊娠したことを悔いていたのよ。私はもう、悔いることもできないっていうのに!」
悔いていた?
「な、なんで後悔なんて……」
震える声で俺が言うと、女は俺の方を睨み付けて言った。
「妖怪なのに、人との子を宿したからよ。それでこの女は迷っていた。だから私がもらってあげるのよ。子供も、この身体も」
「貰ってあげるって……そんな事できるわけねえだろ? だってあんたは死んでるんだから」
震えながら俺が言うと、女は空へと顔を向け、大声で笑った。
「あはははははは! だからこの女が死ねば、私はこの身体を手に入れられる! だってこの女は生きているんだから」
「あぁ、確かにそうか」
なんて言い、臨は顎に手を当てる。
って、そこ、納得してんじゃねえよ。
それって日和ちゃんが女の幽霊に殺されるって事じゃねえか。そんなの許されるかよ?
でも身体が死んだら、お腹の子供だって死ぬんじゃねえのか?
いったいどうやって日和ちゃんの身体を奪うんだ? 今はまだ、日和ちゃんの意識はあの身体の中にあるんだよな。完全に奪えているわけじゃねえんだよな。
でもどうしたら、あの身体から幽霊だけを引きはがせるんだ?
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる