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29 カフェ

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 いくら化け物に出会おうといくら危険な目に合おうと、日常はやってくる。
 家に帰りリモを抱きしめ爆睡して、起きたらもう月曜日だった。
 朝の七時。
 僕はスマホの画面を見つめ深いため息をついた。
 学校かぁ……行くのだりぃ……
 でも親がサボらせてくれるわけがないので仕方なく俺は起き上がった。

 リモが付いてきたがったけどさすがに狸を高校に連れて行くわけにはいかず、帰りに迎えに来てからカフェに行くことを伝え、母親に世話を頼み家を出た。
 怠い、と思いながらもなんとか授業をこなし、やってきた放課後。
 時刻は三時半。臨とは玄関前で待ち合わせしているので僕はそそくさと教室を後にした。
 騒がしい廊下をぬけ階段を下りて玄関に向かう。靴を履いて外に出ると、黒いコートを着た臨が同級生と思しき女子と話しているのが見えた。
 あいつ、ほんとモテるんだよな。倫理観はかなりおかしいけど、見た目はいいし表面上の性格は悪くないから。
 女子は手を振り、校門へと消えて行く。臨は手を振り返すと僕の方に気が付き微笑んで言った。

「紫音、行こうか」

「あぁ……っていうか今の子いいの?」

 言いながら僕は校門の方に視線を向ける。

「え? あぁ、さっきの子ね。別に彼女は何でもない子だよ。もしかしたら一度くらいは出かけるかもしれいけど、同級生とはあんまり関係もちたくないんだよね」

 さらっととんでもないこと言ったか、今。
 内心呆れつつ僕はその事には深く触れず、校門へと歩き出した。
 リモと約束したので、僕は一度家に帰ってリモを回収し、制服のままカフェへと向かった。
 リモを抱っこして歩いていると悪目立ちする。
 しかも学生たちの帰宅時間と重なっているためカフェがある商店街は人通りが多かった。
 指を指されて写真を撮られまくり、げんなりした頃俺たちはカフェの前に着く。
 カフェの入り口には『CLOSE』の札がかけられている。
 ……月曜定休なのかな。まあ、こういう店で月曜日やっていないのは珍しくないか。
 戸惑う僕と対照的に、臨は平然と札のかかった扉の取っ手に手を掛けてそれをひいた。
 扉はからん……と音を立てて開く。
 中は電気がついていて、カウンターに初芝さんが座っているのが見えた。
 彼は僕らに気が付くと立ち上がり、

「いらっしゃい」

 と言った。

「お邪魔します」

 と言い、僕は頭を下げて中に入る。

「それで、話ってなんですか?」

 コートと荷物を下ろすなり臨は言い、カウンターの椅子に腰かける。

「話って言うか……彼女の事、話したかったから」

 苦笑していい、初芝さんはカウンターの中に入っていく。

「飲み物何がいい?」

「俺はホットのカフェオレで」


「僕はココアでお願いします」

「おいらは水!」

 椅子に腰かけたリモが元気よく手を上げる。
 もちろん初芝さんにリモの言葉は通じないので僕が通訳して伝えると、コップに水をいれて、リモの前に置いてくれた。

「ありがとうございます」
 リモは感謝の言葉を口にして、尻尾を振る。
 昨日、日和ちゃんの化け物と化した姿を見た割にはリモは普通だった。
 対して初芝さんはけっこうダメージを喰らっていそうだ。
 それはそうか。
 好きになって、しかも寝た相手が実は人間じゃなかった挙句、化け物に成り果ててるんだもんな……
 人を好きになるっていうのが僕にはイマイチわからないけどきっとショックだよな。
 初芝さんは僕らにも飲み物を用意した後、湯気の上がるマグカップを手にして言った。

「日和さんが、実は人じゃなくっていつもここに来ていた狐だってことで、合っているのかな」

「リモいわく、そうみたいですよ」

 そう言ったのは臨だった。こいつは取り繕うとか誤魔化すとかと言う事を一切しない。
 色々と考えてしまう僕とはえらい違いだけど、それがいい方に作用することもある。
 僕は黙っていた方がいいだろうな。
 そう思い、僕はココアの入ったカップを手にした。

「そうか……まさかそんなことがあるなんて……」

 と言い、初芝さんは顔を伏せる。
 昨日は大丈夫とかなんとか言っていたけど冷静になれば違う意見にもなるよな……

「何が原因で日和ちゃんが化け物と化したのかはわかりませんけど。僕たちは彼女をどうにかしたいって思っています」

「どうにかしたいって言うのは……?」

 不安な顔をして、初芝さんは臨を見つめる。
 場合によっては臨の力で殺すことになるかもしれない。そう思うと僕の胸は締め付けられる。
 でもそうなってほしくはない。愛する者を失った人たちの悲しみや苦しみはたくさん見てきた。
 僕が力を使えば初芝さんの記憶を消すことができるけれど。
 臨は真面目な顔をして言った。

「俺の力で彼女を殺すことができるかはわからないけど、場合によってはそう言う結果もありうるかもしれないですね」

 本当に嘘を言わねえ奴だな。
 そこは嘘でも殺さないようにするとか言わねえのかな。ひやひやしながら俺は臨と初芝さんの顔を交互に見た。
 初芝さんは明らかに哀しげな顔している。
 そして首を横に振り、

「そう、だよね」

 と、小さく呟く。

「わかってはいるんだけど……俺はどうすることもできないんだよね。君たちみたい
な力はないから」

 僕には初芝さんの葛藤が見て取れた。
 彼女を救いたくても救えない。何もできない無力感。それは僕も感じている。
 だって僕には戦う力がなくて臨を頼るしかないからだ。

「べつに俺は好きでこの力を持って生まれたわけじゃないけど。俺は嘘はつきたくないんです。現状、日和ちゃんを殺さず化け物だけを退治する方法がわからないから、結果的に彼女を殺すことになりかねない。そうなっても貴方はそれを受け入れられますか?」

「ちょ、お前何言って……」

 思わず声を上げると、臨は僕の方を見て言った。

「俺たちは化け物退治をするんだよ? 今は動物を襲うだけで済んでいるけど、人が襲われたらどうする? そうなったら何人も死ぬかもしれない。そうなる前に俺は彼女を退治したいって思ってるよ。それで俺たちが恨まれるのは嫌だって思うんだ」

 本当にこいつは素直で、嘘を言わないな。
 でも臨が言うことは現実だ。
 彼女が人を襲うようになったら……そうなったら僕らだけの問題じゃあ済まなくなるだろう。
 現状、警察は動いていないけど……でも人が死んだら警察は動き出すだろう。そうしたら最悪の事態は免れないかもしれない。なら、俺たちの手で何とかするしかない。
 何とか……何とかってなんだ。

「臨君の言う事は理解できるよ。そうだね……もし人が襲われるようになったらもっと厳しい状況になるよね」

 苦しげに呟く、初芝さんは下を俯く。
 たまらず俺は声を上げた。

「そうならない様に僕は……僕たちは何とかして日和ちゃんを元に戻したいって思ってます。どうしたらいいかなんてわかんないけど……リモがいるし、その方法を見つけることができるかもしれないから」

「さらっと俺まで巻き込んでいるけど、元に戻せる保証なんてできるかな」

「そんなのやって見なくちゃわからないだろ!」

 すると臨は目を大きく見開き、そして笑って言った。

「紫音ならそう言うよね。何か未練があって彼女に憑りついているかもしれないわけだよね。その理由、なんとかわかるといいけど」

「き、聞きだすのは無理かもだけど……僕は彼女を救いたいよ」

「俺だってできればそうしたいって思ってるよ、紫音。その為にも日和ちゃんについて俺たちは知らないと」

 そして臨は初芝さんの方へと向いた。
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