上 下
28 / 39

28 役割

しおりを挟む
 僕たちが社を離れようとしたときだった。
 ごぉっと大きな音を立てて風が吹いた。

「おおう」

 腕の中でリモが驚きの声を上げる。
 風は大きく枝を揺らし、がさがさと音を立てる。
 その風の中に泣き声が混じっているような気がした。
 リモも気が付いたようで、辺りを見回している。

「聞こえたか?」

「はい。泣いているように聞こえましたが……なんですかねぇ……?」

 もしかしてさっきの日和ちゃんだろうか?
 今この時間に人がこの山の中にいるとは思えないしな……
 彼女は泣いているのだろうか。でもなんで?
 さすがにこの暗い山の中を探し回るわけにもいかないし、僕にはそんな力はない。

「紫音、どうかした?」

 臨に問われ、僕は首を横に振る。

「何でもねえよ。帰ろう、明日学校だし」

 僕たちは社に背を向け、その場を後にした。
 明日学校かあ……そう思うと気が重い。
 ここ数日色々とあり過ぎだろ。
 できれば一日休んでいたいけど、さすがに親が休ませてくれねえだろうな……
 山を下りる間、僕たちは無言だった。
 僕は疲れていたのがあったけど、初芝さんになんて声をかければいいかわからない、っていうのもある。
 臨も珍しく無言だ。
 こいつはこいつで何考えてんのかわかんないけど、もしかしたら疲れているのかもしれない。
 普通の生活をしていたら、あんな風に力を使う事ないもんな。
 臨の力は日常生活で役に立つことはないだろう。
 扱いを間違えれば誰かを傷つけるし何かを壊す。
 これからどうしようか。
 化け物の正体はわかった。
 でもどうしたらあの憑りついたものを彼女から引き離せるんだろうか。憑りついているものの未練、てなんだろうか。
 分かんねえなら本人から聞くしかないんだろうけど、あの様子じゃあ聞きだせると思えねえんだよな。
 ごちゃごちゃと考えていると、初芝さんの声が響いた。

「いくら考えても俺には何にもできないんだなって。そう思うと悔しいよ」

 悔しい、の意味が分からず僕は後ろを歩く初芝さんを振り返る。 

「人にはそれぞれ役割ってあるんじゃないかな。俺には貴方みたいにコーヒーを淹れることはできないし、ひとりの人を愛するとかできないから」

 僕の前を歩く臨は振り返らず、さらっととんでもないことを口にする。
 ひとりを愛することはできないって、それ高校生が言うことかよ……達観しすぎじゃね?
 少し先を行った臨は立ち止まり、

「俺には力があるし、紫音もだけど。彼女に憑りついた何かを倒せばいいだけでしょ? その後彼女を救うのは貴方しかできないんじゃないかな。まあいざとなったら紫音が記憶を消せばいいだけだから」

「って、そう簡単に記憶消すとか言うなよ! それを決めるのは本人なんだぞ」

 臨の方を向きながら言うと、彼は笑って言った。

「あはは、紫音は真面目だね。覚えていても生きる上で必要のない記憶を君は消せるんでしょ? なら今夜の出来事なんてほんと、必要のない記憶じゃないかな」

「そうかもしれないけど、そんなの俺らが決めることじゃねえよ」

 臨に言ったあと、僕は再び振り返り初芝さんを見つめる。
 彼は下を俯き首を振り、

「俺の記憶を消すことは望まないけど……もし、彼女が望むなら、彼女の記憶を消してほしいかな」

 と言った。
 ……彼女の記憶?
 意味が分からず僕は目を見開く。

「彼女がした事、今夜の事、憶えていてもたぶん辛いんじゃないかな。だとしたら……すべてが終わって日和さんが元に戻って、もしそのことを全部憶えていたら……彼女が望むのなら消してほしい」

「え、と……まあ、本人が望むなら……」

 あくまで僕が力を使うのは、本人が記憶を消したいと望んだときだけだ。むやみに力を使いたくない。
 僕が戸惑いつつ答えると、初芝さんは顔を上げて微笑み言った。

「その時はお願いします。俺が頼れるのは君たちだけだし、どうか、彼女を救ってあげてください」

 そして彼は頭を下げる。
 救えるだろうか。僕たちにそんなこと、できるだろうか。

「俺たちが頼まれたのは化け物探しと退治ですから。俺たちはただ仕事をこなすだけですよ」

 なんて言い、臨は歩き出してしまう。
 まあ確かにそうだけど、そこはわかりました、だけでよくねえかな。
 何か方法があるだろうか。臨の力であの化け物を引きはがせたらいいけど。日和ちゃんに電撃浴びせて……いいや、それは下手すると日和ちゃんにダメージがいくか。
 ってなるとあの黒い化け物にだけ攻撃しかけるしかねえよなあ……
 山を下りながらごちゃごちゃと考えていると、出口が近づく。
 自転車のそばまできて再び僕は山を振り返った。
 黒い塊のような山がそこにあり、風に枝を揺らして不気味な音を立てている。
 この山のどこかに日和ちゃんは隠れているのだろうか。でもどこに……?
 次来られるとしても、週末だよな……それとも満月の夜の方がいいんだろうか。
 今日は満月じゃないのに現れたから、もしかしたら別の日でも会えるのかもしれねえよな。
 どちらにしろ明日は学校だ。
 現実に戻らないと。

「ねえふたりとも」

 初芝さんに呼ばれて、僕らは振り返る。
 彼は少し迷った顔をした後、

「できればその……明日、学校の後お店に来られるかな」

 と言った。
 まあ、色々話したいこと、あるよな……
 僕も聞きたいことあるし。

「別にいいですけど」

 僕が言うと、彼はほっとした顔をする。

「良かった。じゃあ、よろしく。今日は疲れたし、また明日」

 と言い、彼は僕らに背を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...