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9家に連れ帰って
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せっかく病院に来たのに、僕は狸を抱えて家に逆戻りすることになった。
「あら、もう戻って来たの?」
母親にそう言われたが、僕は苦笑だけしてさっさと自室へと向かった。
狸を抱えて。
ていうかこの狸、虫とかいねえだろうなあ……
僕は部屋へと入ると狸をゆっくりと床におろした。
狸はきょろきょろと辺りを見回し、鼻をひくひくさせている。
「ここなら安全!」
と言い、狸はなぜか胸を張った。
「僕の部屋だからな」
僕は通学時に利用しているリュックを学習机の横に置き、ブレザーを脱ぐ。
とりあえず着替えようと思い、ルームウェアを用意してワイシャツとスラックスを脱いだ。
「ななな、何服脱いでるんですか!」
狸が、ずささささ、と音を立てて部屋の隅に逃げていく。
「あ? 制服から着替えてるだけだよ」
僕はそう答え、ジャージのズボンと紺色のパーカーを着る。
「なーんだ。てっきりおいらをあーだこーだとしようとしているのかと」
「僕が何をするんだよ」
呆れてながら僕は言い、ベッドに腰かけた。
「なあ、とりあえず話せよ。お前が何であんなところに隠れていたのか」
「はいはい、それはですねえ」
狸は僕の横にやってきて、ベッドに腰かけた。
「あれは、一昨日の事か……もう少し前かなあ。恐ろしいものを見たんですよ」
そして狸はぶるり、と震えた。
「何を」
「世にも恐ろしい化け物を……!」
「だからどんな」
すると、狸はそのまんま固まってしまう。
そして腕を組んで首を傾げた。
「姿、見てないんですよねぇ。余りにも恐ろしい気配感じて逃げて、あそこで震えていたんで」
恐ろしい気配ねえ。
「それいつだ?」
「忘れもしない、満月の夜ですよ!」
ああ、やっぱりそうか。
こいつが見たのは俺たちが探している化け物で合っているらしい。
「お前その化け物どこで見たんだ? あ、見てないのか。えーと……気配を感じたってどこで」
狸はあらぬ方向を指差し、言った。
「あの、おいらが隠れていた大学のそばです。満月だったんでお山から気分よくお散歩していたら、恐ろしい気配を感じて……だからおいら、怖くなってあそこに隠れたんですよ」
そして狸はまた、ぶるり、と震える。
気配だけでも怖い、ねえ……
「ところでさあ、狸」
「はい、なんでしょう」
言いながら、狸は俺の膝に、ちょん、と手を置く。
「山に出るっていう狸の妖怪ってお前?」
俺が言うと、狸は目をぱちくりとさせ、首を傾げる。
「狸ですから、人がきたら化かすに決まってるじゃないですか」
それはそうか。というか、こいつやっぱ妖怪なのか。
何なんだ最近。
僕は腕を開いてベッドに手をつき、小さくため息をつく。
大きな口の化け物。
猫の死体。
幽霊の噂。
それにこの狸。
僕の日常はどうなってるんだ。
今までオカルトとは無縁だったはずなのに。
いったい何がきっかけなんだろうか?
理由が何かあるはずだよな。
そして僕はそのままごろん、とベッドに横たわる。
「おやお兄さん、眠いんですか?」
狸が僕の顔を覗き込んで言う。
眠いわけじゃない。
「眠いんじゃねえよ。ただこのところ色々とあり過ぎて」
「そうなんですか? おいらは久々に人間とお話しできて嬉しいですよ」
そして狸は僕の頬をぽんぽん、と叩く。
「なんで嬉しいんだよ」
僕はこの狸の言葉がわかるし、話もできる。それってそんなに珍しいのかよ。
「昔に比べて妖怪も、妖怪と話せる人も減りましたからねえ。昔は一緒に遊んだりもしたもんです」
そして狸は遠い目をして天井を見つめた。
昔っていつだ。
っていうかこいつ何歳なんだ?
「なあ狸、お前いつからあの山に住んでるんだ?」
「……えーと、憶えているのは明治っていう時代になったって話を人から聞いた位の頃からですかねえ」
明治の始めっていうと、百五十年以上は前か?
だいぶ年寄りな狸なんだな。
「お前、名前あんの?」
僕が言うと、狸はまたびく、と、身体を震わせて、僕の方をゆっくりと見下ろした。
「な、な、名前を聞いてどうしようって言うんです……?」
などと、怯えたような声で言う。
何か悪いこと言っているか、僕?
不思議に思いながら僕は言った。
「いや、名前ないと呼ぶのに不便だから。狸、って呼ぶわけにもいかねーだろ? 僕は紫音」
すると狸は半歩後ずさり、両手を上げて驚いた様子で言った。
「そういえば、人は名前をたやすく教えるものでしたね! おいらたち妖怪にとって、名前っていうのは一種の呪いなんで、そうやすやすと名前、教えられないんですよ」
呪い、と聞くと穏やかではなさそうな雰囲気だ。
「どういう意味だ?」
「簡単に言うと、妖怪が人に本名を知られると、その人の言いなりになることになるんですよ! だからおいらたち、そう簡単に名前を教えないんです!」
あぁ、だから呪いか。
名前についてそんな風に思ったことなかったけど、厄介だなそれ。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「好きにつけてください! いつもそうしてたんで。ぽん太でもぽんきちでも、ぽこたでもなんでも!」
どれもどこかで聞いたことがあるような名前だ。
どうする僕。
「……リモ?」
「なんだか魚の映画思い出しますね」
「いや、分福茶釜と言えば茂林寺で、その頭のもり、だとややこしいから、リモ」
「あー、単純ですね」
「別にいいだろ」
狸の名前はリモ、に決まった。
「あら、もう戻って来たの?」
母親にそう言われたが、僕は苦笑だけしてさっさと自室へと向かった。
狸を抱えて。
ていうかこの狸、虫とかいねえだろうなあ……
僕は部屋へと入ると狸をゆっくりと床におろした。
狸はきょろきょろと辺りを見回し、鼻をひくひくさせている。
「ここなら安全!」
と言い、狸はなぜか胸を張った。
「僕の部屋だからな」
僕は通学時に利用しているリュックを学習机の横に置き、ブレザーを脱ぐ。
とりあえず着替えようと思い、ルームウェアを用意してワイシャツとスラックスを脱いだ。
「ななな、何服脱いでるんですか!」
狸が、ずささささ、と音を立てて部屋の隅に逃げていく。
「あ? 制服から着替えてるだけだよ」
僕はそう答え、ジャージのズボンと紺色のパーカーを着る。
「なーんだ。てっきりおいらをあーだこーだとしようとしているのかと」
「僕が何をするんだよ」
呆れてながら僕は言い、ベッドに腰かけた。
「なあ、とりあえず話せよ。お前が何であんなところに隠れていたのか」
「はいはい、それはですねえ」
狸は僕の横にやってきて、ベッドに腰かけた。
「あれは、一昨日の事か……もう少し前かなあ。恐ろしいものを見たんですよ」
そして狸はぶるり、と震えた。
「何を」
「世にも恐ろしい化け物を……!」
「だからどんな」
すると、狸はそのまんま固まってしまう。
そして腕を組んで首を傾げた。
「姿、見てないんですよねぇ。余りにも恐ろしい気配感じて逃げて、あそこで震えていたんで」
恐ろしい気配ねえ。
「それいつだ?」
「忘れもしない、満月の夜ですよ!」
ああ、やっぱりそうか。
こいつが見たのは俺たちが探している化け物で合っているらしい。
「お前その化け物どこで見たんだ? あ、見てないのか。えーと……気配を感じたってどこで」
狸はあらぬ方向を指差し、言った。
「あの、おいらが隠れていた大学のそばです。満月だったんでお山から気分よくお散歩していたら、恐ろしい気配を感じて……だからおいら、怖くなってあそこに隠れたんですよ」
そして狸はまた、ぶるり、と震える。
気配だけでも怖い、ねえ……
「ところでさあ、狸」
「はい、なんでしょう」
言いながら、狸は俺の膝に、ちょん、と手を置く。
「山に出るっていう狸の妖怪ってお前?」
俺が言うと、狸は目をぱちくりとさせ、首を傾げる。
「狸ですから、人がきたら化かすに決まってるじゃないですか」
それはそうか。というか、こいつやっぱ妖怪なのか。
何なんだ最近。
僕は腕を開いてベッドに手をつき、小さくため息をつく。
大きな口の化け物。
猫の死体。
幽霊の噂。
それにこの狸。
僕の日常はどうなってるんだ。
今までオカルトとは無縁だったはずなのに。
いったい何がきっかけなんだろうか?
理由が何かあるはずだよな。
そして僕はそのままごろん、とベッドに横たわる。
「おやお兄さん、眠いんですか?」
狸が僕の顔を覗き込んで言う。
眠いわけじゃない。
「眠いんじゃねえよ。ただこのところ色々とあり過ぎて」
「そうなんですか? おいらは久々に人間とお話しできて嬉しいですよ」
そして狸は僕の頬をぽんぽん、と叩く。
「なんで嬉しいんだよ」
僕はこの狸の言葉がわかるし、話もできる。それってそんなに珍しいのかよ。
「昔に比べて妖怪も、妖怪と話せる人も減りましたからねえ。昔は一緒に遊んだりもしたもんです」
そして狸は遠い目をして天井を見つめた。
昔っていつだ。
っていうかこいつ何歳なんだ?
「なあ狸、お前いつからあの山に住んでるんだ?」
「……えーと、憶えているのは明治っていう時代になったって話を人から聞いた位の頃からですかねえ」
明治の始めっていうと、百五十年以上は前か?
だいぶ年寄りな狸なんだな。
「お前、名前あんの?」
僕が言うと、狸はまたびく、と、身体を震わせて、僕の方をゆっくりと見下ろした。
「な、な、名前を聞いてどうしようって言うんです……?」
などと、怯えたような声で言う。
何か悪いこと言っているか、僕?
不思議に思いながら僕は言った。
「いや、名前ないと呼ぶのに不便だから。狸、って呼ぶわけにもいかねーだろ? 僕は紫音」
すると狸は半歩後ずさり、両手を上げて驚いた様子で言った。
「そういえば、人は名前をたやすく教えるものでしたね! おいらたち妖怪にとって、名前っていうのは一種の呪いなんで、そうやすやすと名前、教えられないんですよ」
呪い、と聞くと穏やかではなさそうな雰囲気だ。
「どういう意味だ?」
「簡単に言うと、妖怪が人に本名を知られると、その人の言いなりになることになるんですよ! だからおいらたち、そう簡単に名前を教えないんです!」
あぁ、だから呪いか。
名前についてそんな風に思ったことなかったけど、厄介だなそれ。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「好きにつけてください! いつもそうしてたんで。ぽん太でもぽんきちでも、ぽこたでもなんでも!」
どれもどこかで聞いたことがあるような名前だ。
どうする僕。
「……リモ?」
「なんだか魚の映画思い出しますね」
「いや、分福茶釜と言えば茂林寺で、その頭のもり、だとややこしいから、リモ」
「あー、単純ですね」
「別にいいだろ」
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