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もう一つの未来

IFエンド――もう一つの未来(12終わりの時間から続くお話)

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 それから2年以上が過ぎていた。
 季節は冬から春へと変わろうとしている。
 私はと言うと、普通に仕事して、普通に過ごして、恋人も作らず休みの日はミクとつるんでいた。
 失恋の痛手が大きいから特定の相手を作らない。といえば聞こえはまあまあいいかもしれない。
 けれど、一番の理由は別のところにあった。
 たった数日だけ、一緒に過ごした少年。
 サラサラの髪に、黒い大きな二重の瞳。
 本当の名前も、年齢もわからないあの子。
 私の心の中に、ずっとあの子が住んでいる。
 一緒に過ごしたのなんて、10月の連休だけだったのに。
 短い時間だから、印象に深く残っているのかしら?
 もちろん結論なんてでやしない。
 あの子は何者だったんだろう。
 ふと、そう思うことがある。

「相手いないなら、俺と結婚しない?」

 金曜日の夕方。
 高校時代の先輩に誘われて飲みに行ったら、顔を合わせるなりそんなこと言われた。

「やだなー、先輩。
 先輩続いたのって最高何か月ですか?」

 すると先輩は指を折りながら、

「四か月かな?」

 と笑顔で答えた。
 四か月って。短すぎやしませんか。

「先輩お医者様なんですし、私なんかもったいないですよー」

 そう言って、私はチューハイをあおる。
 先輩はビールを一口飲んで、

「俺本気なんだけどなー」

 とふざけた口調で言った。
 この先輩はこういう人だ。
 この人の言うことを本気にしていたら、付き合っていられない。

「べつに、斗真のこと忘れられないわけじゃないでしょ?」

 えぇ、まあ、そうなんですけど。

「結婚したよね? 斗真」

「子供生まれたらしいですよ」

 厄介なことに、斗真の情報は向こうからやってくる。
 一年以上前に結婚し、最近子供も生まれたらしい。
 結婚式の招待状が来たときは正直キレた。
 友達のところにきた結婚報告の手紙や、家族が増えました、みたいな手紙を見せてもらった。幸せそーでよかったね。
 なんとなくムカついて、私はチューハイ一気に飲んで、次の飲み物注文した。

「誰か他に好きな人でもいるの?」

 先輩の言葉にドキリとする。
 それが顔に出たのか、先輩はふっと笑った。

「どんな子?」

「そ、そんな相手いないですよ」

 一瞬、頭の中にあの子の顔がよぎる。
 あの子、どうしてるかな。

「あの子ってどんな子?」

「先輩、エスパー?」

 そう私が言うと、先輩は笑って、

「声に出てたよ」

 と言った。
 私は顔が紅くなるのを感じ、顔を反らした。

「もう、会うことなんてないですし」

 ボソリと呟いて、私はお酒の入ったグラスを握りしめた。
 そう。会えるわけない。
 私、あの子のこと、何にも知らないもの。
 頭に何かが触れる。
 先輩の手が、優しく私の頭を撫でていた。

「琴美は、その子のこと好きなの?」

「……綾人先輩、違いますよー」

 そう言って、笑ってみせる。
 でも、無理やり作った笑顔っていうのはすぐバレてしまい。
 
「泣きそうな顔してるよ」

 なんて事、言われてしまった。
 だって。
 もう会えないもの、あの子とは。
 熱いものが、頬を伝う。
 先輩は、黙って私の頭をなでている。
 その手は、妙に暖かかった。




 日が暮れようとする街を、花束もった高校生らしき子たちが歩いて行く。
 今日は卒業式か。
 私が高校卒業したのなんて10年以上前の話だ。
 卒業式のあと、ミクや先輩と会って遊んだなあ。帰りが遅くなって、親に怒られた。
 あの子は、高校卒業してるだろうか?
 たぶん、あの時あの子は10代だよね。
 どう、してるかなあ。
 自分のアパートの前につき、空を見る。
 もうすぐ日がおちる。空には星が一つ見えた。
 一緒に夜景を見に行ったっけ? あれきり、あの場所には近づいていない。
 そもそもひとりで行く場所でもないけれど。
 私はアパートの階段を上り、廊下の、私の部屋の前に人影を見つけ、思わず立ち止まった。
 その人物はこちらへと視線を向ける。
 サラサラの黒い髪。縁無しの眼鏡をかけた、大きな二重の瞳。アイドルのような、整った顔立ちの背の高い少年――
 私は大きく目を見開いて、その子を見つめた。
 彼はまさしく、あの、2年以上前にほんの数日だけいっしょに過ごした少年、レイジだった。
 え、なんで? どうして彼がここにいるの?
 え? え?
 頭の中は大混乱。
 彼は制服だった。
 ってことは高校生? まさか高3?
 ってことは、あの時高1?
 なんでここにいるの? え、どうして?
 頭の中をいろんな思いが駆け巡る。
 私が完全に固まって動けないでいると、彼はこちらに歩み寄ってきた。
 やばい、来た。どうしよう、私。
 震える唇から、やっと出た言葉は、

「な、んで?」

 だった。
 すると彼は微笑んで言った。

「お久しぶりです、琴美さん」

 懐かしい、澄んだ声が耳に響く。
 私はなんと言っていいかわからなくて、茫然と彼を見つめた。
 その距離、50センチくらい。

「今日、卒業式でした」

 11歳も年下だったのね。

「もう会わないと、思っていたんですが」

 私は、もう会えない、と思ってました。
 だって、私は君のこと何にも知らないんだもの。
 探す手がかりなんてないし。
 だから、奇麗な想い出として、しまっておこうて思ってた。
 なのに。
 顔をみたら、心臓が早鐘のように脈打っている。
 手を伸ばせば、届く距離に彼がいる。
 けど、私は動けなくて、どうしたら良いがわからなくて、じっと彼を見つめていた。

 彼の身体が近づいてきたかと思うと、ふわりと抱きしめられた。
 シャンプーの香りが優しく香る。
 って、えー?!
 何、何が起きてるの?
 なんで、抱きしめられてるの?
 え? え?

 事態についていけない私の耳元で、彼が囁く。

「会いたかった」

 ……え?
 今、何て言った?
 私は、頭の中で、レイジが言った言葉を繰り返す。

 会いたかった。

 ですと?

 え、うそ。
 ほんとに? え? え?

「あ、え、あの……」

 耳まで紅くなるのを感じながら、出た言葉は言葉になっていなくて。
 私は、戸惑いながら、彼の背に手を回した。
 どうしよう。
 11も下の男の子に、私、ドキドキしてる。

「ずっと、忘れられませんでした」

 そう言った彼の声は、とても甘い声だった。

「え? れ、レイジ……?」

「すみません、突然押しかけて。
 連絡先もわかりませんでしたので、正直悩んだのですが」

「え? あ、えーと。
 その……」

 言葉が出てこない。
 嬉しいのに。いや、驚いてもいるけど。
 なんにも言えないなんて。
 もどかしすぎる。

「琴美さん」

 レイジの顔がすぐ目の前にある。
 とても、真剣な顔をして、私を見ている。

「好きですって、言ったら、迷惑ですか?」

 ……え?
 好きって、なんだっけ?

「え、あ、え? 好きって……
 わ、私、29よ? 君より11も年上だし……」

 そうだ。11も違うのに。いいの? ねえ。

「僕は、あなたがいいんです」

 その言葉に、私の心臓は破裂しそうだった。
 心の中は、驚きと嬉しさでいっぱいになっていた。
 彼の指が、私の目元に触れる。
 そこで私は初めて気がついた。
 目から涙が溢れてた。

「すみません、驚かせてしまって」

「え、あの……その……」

 言いたいのに、言葉が出てこない。
 私も、会いたかったって言いたいのに。
 涙がどんどん溢れてくる。

「僕は、貴方が好きです」

 彼の薄い唇から改めて紡がれた言葉の意味を、私は一瞬理解できなかった。
 目を瞬かせて、目の前にいる少年を見つめる。
 彼は真剣な顔をして、私を見ている。

「え、あ……ほ、本気、なの?」

 そう問いかけると、彼は頷く。
 なんで? どうして?
 ほんの数日一緒にいただけなのに。
 私がずっと忘れずにいたように、彼も忘れていなかったってこと?
 彼の身体が離れ、そして、静かに言った。

「すみません、いきなり押しかけてこんなこと言って。
 困らせてしまいますよね」

「レイ……じゃなくて……その……」

 私も会いたかったって言いたいのに。
 なんで言えないのかしら。
 レイジは、寂しげな笑みを浮かべて、言った。

「すみません、僕……帰りますね」

「え、ちょっと待って」

 私は、横をすり抜けようとするレイジの腕を掴む。
 せっかく再会できたのに。
 告白だけして名前も言わずにまた行っちゃうの?
 そんなの、嫌。

「私、まだ何も言ってない。
 私、名前だって知らないのに」

 振り返った彼の目を見つめてそう言うと、彼は、あっという顔をした。 

「緋月(ひづき)です。甲斐緋月」

 甲斐緋月。
 やっと知ることのできた彼の名前を、心の中で繰り返す。
 私は彼の腕を掴んだまま、溢れてくる言葉を告げる。

「私だって、忘れてなかったの。
 ずっと、君のこと覚えてて、でも、何にも知らないから、手掛かりもないし」

 そう言った私の声は涙声だった。
 彼は真剣な顔して、私を見てた。

「私は、知りたいの。君のこと。
 名前だけじゃなくて、もっといろんなこと」

 11も下の子に何言ってるんだろう?
 そんな思いが頭の片隅をよぎるけど、私は思いのまま、喋り続けた。

「私だって、君のこと、好きなんだから」

 溢れる涙で歪む視界の中に、レイジの綺麗な顔が近づいてくるのが映る。
 唇が額に触れ、そして彼の繊細な指が私の涙を拭う。

「てっきり、僕のことは忘れていると思ってました」

 忘れてなんて、いないわよ。
 言いたいのに、涙が溢れて何も言えない。

「このあと、お時間ありますか?」

 彼の言葉に、私はこくこくと頷いた。

「僕に、琴美さんの時間を少しくれますか?
 色々と、お話したいです」

 そして、手が握られる。
 私はその手をぎゅっと握り返し、彼に告げた。

「いっぱい、話してもらうんだから。
 君のこと、いっぱい」

 すると、彼は笑って、分かりましたと頷いた。
 部屋、散らかってるけど大丈夫かしら?
 相変わらずですね、何て言って、片付けしてくれそう。
 今日はどれだけ一緒にいられるんだろう?
 卒業したとはいえ、そんなに遅くまでは無理よね。
 連絡先、聞かなくちゃ。
 私の頭の中を、いろんな想いが駆け巡っていく。
 
 今度は三日じゃなくって、いっぱい一緒にいてもらうんだから。

 そう言うと、彼は喜んで、と言ってにっこりと笑って見せた。
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みんなの感想(1件)

c-
2018.08.13 c-

私…
もう一つの未来のほうが好きかもしれん…デス

あさじなぎ@小説&漫画配信
2018.08.14 あさじなぎ@小説&漫画配信

お読みくださりありがとうございます。
たぶんそう思われる方は多そうです。
彼のさまざまな状況からこの「もうひとつの未来」の結末はifにしかならないんですよね。

ご感想ありがとうございました。

解除
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