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12終わりの時間
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レイジの目が、ゆっくりと開かれる。
震えるまつ毛の下にある黒い瞳が、私のほうを向く。
彼は恥ずかしそうに笑って言った。
「昨夜はすみません。
その……抱きしめたまま、眠ってしまって」
あ、憶えてたんだ。
思い出して、自分の顔が紅くなるのを感じる。
「う、ううん。だ、大丈夫」
いや、全然大丈夫じゃないけど。なんだか私の声、上ずってたけど。
もう忘れようと思ってたのに。いや、忘れられるわけないけど。
私の手は相変わらず、彼の頬にあてられたままだ。
室内にはCSの音楽チャンネルが垂れ流しになっている。
秋の夜長にききたい音楽ランキング、とかいうのがやっていた。
比較的静かな音楽ばかり流れているのは気のせいかな。
どうしよう、この雰囲気。
なんとなく気まずい。
っていうか、この心臓どうにかならないかな。
私、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
いなくなるんだから。そう、いなくなるのに。なのにどうしてあふれ出そうな言葉があるのかな。
「あの、琴美さん」
「なに?」
「最後にお願い、聞いていただいていいですか?」
最後。と言う言葉が、心を抉っていく。
「なに?」
動揺しているのを悟られないように、極力冷静に、私は言った。
彼の黒く澄んだ瞳と目が合う。
その瞳に今、私が映ってるのが見える。
「駅まで、送っていただけますか?」
その言葉は、別れへの合図のようだった。
黙ってうなずく以外、ないよね。
「すみません、タクシーでとも思ったんですけど」
そう言って彼は微笑む。
「ううん、大丈夫大丈夫。駅までくらい送って行くし」
歩くとちょっと距離あるし。
彼はありがとうございます、と言った。
頬に重ねられていた手が外される。私がその手を下ろしている間に、彼の身体が私に近づいてくる。
何をしようとしているんだろう。
そんなこと考える間もなく、手が後頭部に回されて、そっと、柔らかいものが、額に触れた。
洗剤の匂いが、柔らかに香る。
「おいていただいてありがとうございました」
彼の顔が、すぐそこにある。
白くって、整ってて。まだ幼さのある顔。
柔らかい笑みを浮かべたレイジの顔が、そこにある。
心がかき乱されていく。
気が付いたら、涙が一筋、頬を伝ってた。
それを見て驚いたのか、レイジの目が大きく開かれる。
「え、あ……琴美さん?」
戸惑った声が、その薄い唇から洩れる。
何でもない。って言いたいのに、言葉が出てこない。
何か一言でも言ったら、あふれてきてしまいそうで。
……もっといていいなんて、言えるわけないじゃない。相手は子供だもの。いつまでも置いているわけにはいかないんだから。
固まっている私の身体を、レイジが抱き寄せる。
この早鐘のような心臓の音は、いったいどちらのものなんだろう。
それもわからないまま、私は声なく泣いた。
この想いってなんだろう?
私は本当に、あの子に惹かれたのかな?
……どちらかと言えば、クラスの男子にときめいていた思春期の気持ちに近いと思う。
淡い、とても淡い恋心。
結局名前を聞けなかった。
何歳かも。
がらんとした部屋は、夕焼け色に染まっている。
雑然としていた部屋は、綺麗に片付いていた。
適当に突っ込んでいた本も、いつの間にか綺麗に並んでいる。
ゴミ箱に突っ込んだはずのアクセサリーも、ボックスの中に戻ってる。
出会いと別れなんて繰り返すもので。そんなこと、よくわかってるんだけどね。なのに。
何で、涙出てくるんだろう。
この三日間が特別だっただけなのに。
斗真と別れて。やけになって、気まぐれに拾った。何にも考えないで拾ったけれど、いい子でできる子で。家事完璧な子だったな。
……この三日間、普通だけど、普通じゃない時間だったな。
ここにいて、ご飯一緒に食べて。一緒の時間過ごして。
夜景見に行って。たったそれだけなのにね。
残ったものは思い出だけ。形あるものは何もない。でもそれでいいんだ。
たぶん、もう、二度と会うこともないだろうから。
震えるまつ毛の下にある黒い瞳が、私のほうを向く。
彼は恥ずかしそうに笑って言った。
「昨夜はすみません。
その……抱きしめたまま、眠ってしまって」
あ、憶えてたんだ。
思い出して、自分の顔が紅くなるのを感じる。
「う、ううん。だ、大丈夫」
いや、全然大丈夫じゃないけど。なんだか私の声、上ずってたけど。
もう忘れようと思ってたのに。いや、忘れられるわけないけど。
私の手は相変わらず、彼の頬にあてられたままだ。
室内にはCSの音楽チャンネルが垂れ流しになっている。
秋の夜長にききたい音楽ランキング、とかいうのがやっていた。
比較的静かな音楽ばかり流れているのは気のせいかな。
どうしよう、この雰囲気。
なんとなく気まずい。
っていうか、この心臓どうにかならないかな。
私、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
いなくなるんだから。そう、いなくなるのに。なのにどうしてあふれ出そうな言葉があるのかな。
「あの、琴美さん」
「なに?」
「最後にお願い、聞いていただいていいですか?」
最後。と言う言葉が、心を抉っていく。
「なに?」
動揺しているのを悟られないように、極力冷静に、私は言った。
彼の黒く澄んだ瞳と目が合う。
その瞳に今、私が映ってるのが見える。
「駅まで、送っていただけますか?」
その言葉は、別れへの合図のようだった。
黙ってうなずく以外、ないよね。
「すみません、タクシーでとも思ったんですけど」
そう言って彼は微笑む。
「ううん、大丈夫大丈夫。駅までくらい送って行くし」
歩くとちょっと距離あるし。
彼はありがとうございます、と言った。
頬に重ねられていた手が外される。私がその手を下ろしている間に、彼の身体が私に近づいてくる。
何をしようとしているんだろう。
そんなこと考える間もなく、手が後頭部に回されて、そっと、柔らかいものが、額に触れた。
洗剤の匂いが、柔らかに香る。
「おいていただいてありがとうございました」
彼の顔が、すぐそこにある。
白くって、整ってて。まだ幼さのある顔。
柔らかい笑みを浮かべたレイジの顔が、そこにある。
心がかき乱されていく。
気が付いたら、涙が一筋、頬を伝ってた。
それを見て驚いたのか、レイジの目が大きく開かれる。
「え、あ……琴美さん?」
戸惑った声が、その薄い唇から洩れる。
何でもない。って言いたいのに、言葉が出てこない。
何か一言でも言ったら、あふれてきてしまいそうで。
……もっといていいなんて、言えるわけないじゃない。相手は子供だもの。いつまでも置いているわけにはいかないんだから。
固まっている私の身体を、レイジが抱き寄せる。
この早鐘のような心臓の音は、いったいどちらのものなんだろう。
それもわからないまま、私は声なく泣いた。
この想いってなんだろう?
私は本当に、あの子に惹かれたのかな?
……どちらかと言えば、クラスの男子にときめいていた思春期の気持ちに近いと思う。
淡い、とても淡い恋心。
結局名前を聞けなかった。
何歳かも。
がらんとした部屋は、夕焼け色に染まっている。
雑然としていた部屋は、綺麗に片付いていた。
適当に突っ込んでいた本も、いつの間にか綺麗に並んでいる。
ゴミ箱に突っ込んだはずのアクセサリーも、ボックスの中に戻ってる。
出会いと別れなんて繰り返すもので。そんなこと、よくわかってるんだけどね。なのに。
何で、涙出てくるんだろう。
この三日間が特別だっただけなのに。
斗真と別れて。やけになって、気まぐれに拾った。何にも考えないで拾ったけれど、いい子でできる子で。家事完璧な子だったな。
……この三日間、普通だけど、普通じゃない時間だったな。
ここにいて、ご飯一緒に食べて。一緒の時間過ごして。
夜景見に行って。たったそれだけなのにね。
残ったものは思い出だけ。形あるものは何もない。でもそれでいいんだ。
たぶん、もう、二度と会うこともないだろうから。
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