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7蜃気楼のような、夢のような
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車を走らせること1時間。早めの夕食を食べた私たちは、走り屋で有名な山にある夜景スポットを目指した。
「1度来たかったんですけど、なかなか無理で」
「なんで?」
車を運転しながらそう問いかけると、しばらく沈黙した後でレイジは答えた。
「その……幼なじみが乗っている車が、スポーツタイプの車で。
こういう走り屋? がいるところに来ると絡まれるからと」
なるほど、そう言うことか。
彼の大事な人は、そういう車に乗るけど、峠をせめるだとかはしないってことか。
どんな人だ、この子の大事な人って。
男だって言ってたけど、どうも普通の幼なじみのそれとは違うんじゃ?
……気にしても仕方ないか。
彼との時間はあと一日で終わるんだ。
そう。
連休の間だけ、という約束だもんね、うちにいるのは。
10月とは言え、山の中は肌寒い。
防寒着を持ち合わせていないレイジの為に、私は厚手の黒いストールを車に積んでいた。
連休の中日、ということもあり、そのスポットには多くの車が止まっていた。
家族連れの姿もあったけど、圧倒的に多かったのはカップルで。
当たり前だよね。
やっと見つけたスペースに車を止めて、ふたりで車を降りる。
夜だというのに、レイジは黒い毛糸でできたキャスケットを目深にかぶっていた。
薄手のセーターしか着ていない彼に、私はストールを差し出した。
「これ、使って。外寒いし」
すると彼はにこっと微笑んで、ありがとうございます、と言ってストールを受け取った。
その時に、わずかに手が触れる。
私はさっと手を引いて、その手を着ているパーカーのポケットに突っ込んだ。
田舎なんで都会のそれと比べたらたいしたことはないんだけど、それなりの夜景が楽しめる。
足もとをわずかに照らすだけの照明の中、駐車場からちょっと歩いたところに見晴らし台がある。
ウッドデッキが整備されたその見晴らし台からは、二つの大きな街の夜景がよく見えた。
そこには、足もとに点々とぼんやりとした照明がついている。
すれ違う人の顔まではわからない、そんな心もとない明かり。
私たちはウッドデッキに場所を見つけ、柵に手をかけて眼下に広がる夜景に目を向けた。
「こういう夜景を見るの、初めてです」
心なしか弾んだ声で、レイジが言う。
こんなところ、車なくちゃ来れないもんね。
正直私は居心地悪い。
くっつきあうカップルとか、寄り添うカップルとか。カップルとか。
うん、同じ意味か。
とにかくカップルが多くて。
いや、はたから見たら私たちもそうか。
別れてまだ数日しかたってないっていうのに、何やってるのかな。
私とレイジはさすがに寄り添うなんてことはなくて。
30センチくらいは離れてる。あんまり離れると、他の人に迷惑かなと思うし、だからと言ってこれ以上近づくのはちょっと。という距離。
言われるままに来ちゃったけど、なにこれ、デート?
そんなこと思って、私は心の中で自嘲する。
デートと言うより、なんだろう? 付添って感じかな。
びゅう、と音を立てて風が吹く。
さすがに寒い。
耳がじん、とする。
「ちょっと寒いですね」
レイジがこちらを見て言った。
そりゃそうだ。
うちに比べたら結構標高高いから、数度は気温違うはずだ。
「でも、なんで夜景みたいなんて思ったの?」
「……うちの親、厳しいので夜外に出るなんて言語道断なんですよ」
そう言って、彼は苦笑する。
それが家出の原因か?
……でも、うなされる理由にはならないよね。
うーん、わかんない。
レイジは、明日になったら帰るのだろうか。
明日は連休最終日。
私がレイジにいていいと言った、最後の日。
さすがにいつまでも置いておけない。
火曜日からは仕事もある。
彼だってたぶん、学校があるだろう。
さぼるようには思えない。
お互い現実に帰ることになるのかなぁ。
まるで今が現実じゃないみたい。
実体のない、夢? 蜃気楼のような。
そんなおぼろげな感じ。
「やっぱり人多いね」
聞きなれた男の声に、思わず振り返る。
「そうですね。
夜景、綺麗ですものね。こんな田舎でもこれだけの夜景が見られるんですね」
穏やかな女性の声が後に続く。
そこにいたのは、まぎれもなく、ほんの二日前に別れた元彼氏、斗真だった。
彼のそばには、ほんわかとした雰囲気のお嬢さんが寄り添っている。
ああ。これが噂のお偉いさんのお嬢様か。
足もとに灯りがあるとはいえ、本当に弱々しい明かりだから、顔とかはっきりとわからないけど。きっと彼好みの可愛い人なんだろうなあ。
私は気が付かないふりをして、夜景へと目を向けた。
心臓が爆発しそうなくらいドキドキいっている。
なんでこんなに緊張しているんだろう。
斗真たちは私たちの隣の隣に立って、夜景を見下ろしている。
「ぜひ君に見せたいと思ったんだ」
「あら、そうなんですか? 初デートでこんなに素敵なものを一緒に見られるなんて、嬉しいです」
ああ。初デートなんだー。
とりあえず、二股はかけられてなかったのかなぁ。
……どちらにしろ、微妙な気分。
別れて間もないのに、もう、違う女と元彼氏がいるんだもん。
……破裂すればいいのに、斗真のやつ。
「……どうか、されましたか?」
レイジが不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。
人が増えたためか、いつのまにか彼との距離は縮まっていた。
どれくらいかっていうと……肘と肘がぶつかる距離。
そのことに気が付いて、私は思わず柵から離れた。
彼は首をかしげ、私を追いかけてくる。
空いたスペースに、一組のカップルが陣取る。
恋人たちは寄り添い、寒空の下、熱い言葉を交わしていることだろう。
私は、何してるんだろう。
……別れたばかりだっていうのに、酔って拾った家事万能の少年にドキドキしてる。
彼はもうすぐいなくなる。
明日で終わるっていうのに。何考えてるんだろう、私。
レイジが、私の前に立って戸惑いがちに手を差し出す。
「帰りましょう」
優しい笑みを浮かべる彼の手を、私はそっと、握った。
「1度来たかったんですけど、なかなか無理で」
「なんで?」
車を運転しながらそう問いかけると、しばらく沈黙した後でレイジは答えた。
「その……幼なじみが乗っている車が、スポーツタイプの車で。
こういう走り屋? がいるところに来ると絡まれるからと」
なるほど、そう言うことか。
彼の大事な人は、そういう車に乗るけど、峠をせめるだとかはしないってことか。
どんな人だ、この子の大事な人って。
男だって言ってたけど、どうも普通の幼なじみのそれとは違うんじゃ?
……気にしても仕方ないか。
彼との時間はあと一日で終わるんだ。
そう。
連休の間だけ、という約束だもんね、うちにいるのは。
10月とは言え、山の中は肌寒い。
防寒着を持ち合わせていないレイジの為に、私は厚手の黒いストールを車に積んでいた。
連休の中日、ということもあり、そのスポットには多くの車が止まっていた。
家族連れの姿もあったけど、圧倒的に多かったのはカップルで。
当たり前だよね。
やっと見つけたスペースに車を止めて、ふたりで車を降りる。
夜だというのに、レイジは黒い毛糸でできたキャスケットを目深にかぶっていた。
薄手のセーターしか着ていない彼に、私はストールを差し出した。
「これ、使って。外寒いし」
すると彼はにこっと微笑んで、ありがとうございます、と言ってストールを受け取った。
その時に、わずかに手が触れる。
私はさっと手を引いて、その手を着ているパーカーのポケットに突っ込んだ。
田舎なんで都会のそれと比べたらたいしたことはないんだけど、それなりの夜景が楽しめる。
足もとをわずかに照らすだけの照明の中、駐車場からちょっと歩いたところに見晴らし台がある。
ウッドデッキが整備されたその見晴らし台からは、二つの大きな街の夜景がよく見えた。
そこには、足もとに点々とぼんやりとした照明がついている。
すれ違う人の顔まではわからない、そんな心もとない明かり。
私たちはウッドデッキに場所を見つけ、柵に手をかけて眼下に広がる夜景に目を向けた。
「こういう夜景を見るの、初めてです」
心なしか弾んだ声で、レイジが言う。
こんなところ、車なくちゃ来れないもんね。
正直私は居心地悪い。
くっつきあうカップルとか、寄り添うカップルとか。カップルとか。
うん、同じ意味か。
とにかくカップルが多くて。
いや、はたから見たら私たちもそうか。
別れてまだ数日しかたってないっていうのに、何やってるのかな。
私とレイジはさすがに寄り添うなんてことはなくて。
30センチくらいは離れてる。あんまり離れると、他の人に迷惑かなと思うし、だからと言ってこれ以上近づくのはちょっと。という距離。
言われるままに来ちゃったけど、なにこれ、デート?
そんなこと思って、私は心の中で自嘲する。
デートと言うより、なんだろう? 付添って感じかな。
びゅう、と音を立てて風が吹く。
さすがに寒い。
耳がじん、とする。
「ちょっと寒いですね」
レイジがこちらを見て言った。
そりゃそうだ。
うちに比べたら結構標高高いから、数度は気温違うはずだ。
「でも、なんで夜景みたいなんて思ったの?」
「……うちの親、厳しいので夜外に出るなんて言語道断なんですよ」
そう言って、彼は苦笑する。
それが家出の原因か?
……でも、うなされる理由にはならないよね。
うーん、わかんない。
レイジは、明日になったら帰るのだろうか。
明日は連休最終日。
私がレイジにいていいと言った、最後の日。
さすがにいつまでも置いておけない。
火曜日からは仕事もある。
彼だってたぶん、学校があるだろう。
さぼるようには思えない。
お互い現実に帰ることになるのかなぁ。
まるで今が現実じゃないみたい。
実体のない、夢? 蜃気楼のような。
そんなおぼろげな感じ。
「やっぱり人多いね」
聞きなれた男の声に、思わず振り返る。
「そうですね。
夜景、綺麗ですものね。こんな田舎でもこれだけの夜景が見られるんですね」
穏やかな女性の声が後に続く。
そこにいたのは、まぎれもなく、ほんの二日前に別れた元彼氏、斗真だった。
彼のそばには、ほんわかとした雰囲気のお嬢さんが寄り添っている。
ああ。これが噂のお偉いさんのお嬢様か。
足もとに灯りがあるとはいえ、本当に弱々しい明かりだから、顔とかはっきりとわからないけど。きっと彼好みの可愛い人なんだろうなあ。
私は気が付かないふりをして、夜景へと目を向けた。
心臓が爆発しそうなくらいドキドキいっている。
なんでこんなに緊張しているんだろう。
斗真たちは私たちの隣の隣に立って、夜景を見下ろしている。
「ぜひ君に見せたいと思ったんだ」
「あら、そうなんですか? 初デートでこんなに素敵なものを一緒に見られるなんて、嬉しいです」
ああ。初デートなんだー。
とりあえず、二股はかけられてなかったのかなぁ。
……どちらにしろ、微妙な気分。
別れて間もないのに、もう、違う女と元彼氏がいるんだもん。
……破裂すればいいのに、斗真のやつ。
「……どうか、されましたか?」
レイジが不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。
人が増えたためか、いつのまにか彼との距離は縮まっていた。
どれくらいかっていうと……肘と肘がぶつかる距離。
そのことに気が付いて、私は思わず柵から離れた。
彼は首をかしげ、私を追いかけてくる。
空いたスペースに、一組のカップルが陣取る。
恋人たちは寄り添い、寒空の下、熱い言葉を交わしていることだろう。
私は、何してるんだろう。
……別れたばかりだっていうのに、酔って拾った家事万能の少年にドキドキしてる。
彼はもうすぐいなくなる。
明日で終わるっていうのに。何考えてるんだろう、私。
レイジが、私の前に立って戸惑いがちに手を差し出す。
「帰りましょう」
優しい笑みを浮かべる彼の手を、私はそっと、握った。
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