ぼくに毛が生えた

理科準備室

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第13話 旅館の夜

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 ぼくたちを乗せたバスは神社やお寺を回り、夕方になってやっと旅館に着いた。
 旅館に向かうバスの中でぼくはずっと今夜のうんこ作戦を考えていた。さっき坂道で吐いたのでうんこも多少引っ込んで吐く前よりラクになったけど、それでも帰りもまた坂や峠や未舗装がある長い長いバスでの道のりを考えるとその間ガマンするのは無理なところまでうんこは来ていた。しかもガマンしているせいか車酔いもおさまってなくて胃のあたりにうんこじゃない気持ちわるさが残っていた。もう旅館に着いてから、今夜中の誰も見てないスキを見計らってうんこするしかなかった。
 でも「穴実市立穴実小学校 修学旅行のしおり」に「見学するときと旅館の中でできるだけ班でいっしょに行動すること」とあるように、旅館では班ごとの集団行動が基本だった。しかも「修学旅行のしおり」の最後にのっている班の名簿でぼくはおきゅう部のキヨシとかテルヒロとかいった丸刈りのダンシたちと同じ班に入れられていた。つ彼らと同じ班だということは今夜は彼らは同じ部屋で寝るということだった。
 そんな中、ぼくはいつ一人きりになってうんこに行けるのだろうと考えたら、結局みんな寝静まるまでガマンするしかなさそうだった。
 そんなことを考えているうちに旅館にバスは着いた。旅館は少し古い感じの大きな木造建築だった。最初にぼくたちは食堂や大浴場や便所などぼくたちは出入りしていい旅館内の場所を見て回った。「修学旅行のしおり」には「旅館の関係のないところにはむやみに出入りしないこと」と書かれていた。
 旅館の便所はうんこのためにも和式で学校よりも古い作りだったけど、途中の休憩所と違って水洗でペーパーもあってきれいで丸いタイルも貼られていて、ここならうんこできそうだった。
 そしてぼくたちは多くの親がこの日のためにあつらえてきた服を脱いで「修学旅行のしおり」に「旅館内は穴実小指定の冬服の体操着を着ること」とあるようにいつもの上下とも紫色の体操着に着替えた。大食堂に行って、ぼくは相変わらず食欲がなくてほんの少し食べて大部屋に戻った。

 大部屋では入浴の時間まではまだ時間があって布団も敷いてなかったので、おきゅう部の坊主頭のダンシたちがプロレスごっこをどたばたと始めた。プロレスごっこはだんだんエスカレートしていって、体操着姿ということもあって「脱がせごっこ」に発展していった。
「おまえ、ちん毛、生えただろう、見せろよ」
 そして、一方がその子の上半身を押さえつけると、もう一人が後ろにまわってズボンとパンツを脱がそうとした。その時、その子のおしりからプッという音がした。
「うぁっ、くっせーなぁ!」
 二人はたまらなくなったように手を離した。
「おまえ、今、わざと屁をこいただろう?」
「違うよ、もうガマンできなかったんだよ」
「おれもちょうど屁をしたかったから、お返しににぎりっぺをかがせてやる」
「やめてよ、かんべんしてよ」

 そんな見たくもない紫色のオットセイかアザラシがじゃれあうのを車酔いから完全に治っていない頭でぼんやりと見ながら、ぼくもまた紫色の体操着を着て一人ひざを抱えて座りうんこをガマンしていた。ぼくは1階のロビーの近くの便所に行くことばかり考えていた。今夜のこの旅館はうちの小学校の貸し切りで、先生や児童が泊まっている大部屋は2階だけだったので、そこに行けば誰にも見られずうんこに行けるはずだった。でも、あいつら就寝時間より早くここからいなくならないかな、そうすればもっと早くラクになれるのにと思っていた。
 それからかなり時間がたったような気がして、ようやく館内放送が入った。
「6年2組から男子・女子1班から3班の皆さんの入浴時間です」
「おい、早く行こうぜ」
 お風呂いやだなと思い、立ちかねてひざをかかえて座ったままのぼくに、ぼくをふと思いついて、かばんの中をわざとゴソゴソするふりをして
「ごめん、タオルがみつからないから、先に行って」と言った。

 彼は「わかった、風呂場でまってるぜ」と言って、素直に走って出て行った。たちまち部屋からは他の子はいなくなり、大部屋の中はぼくはひとりになった。さっきのプロレスごっこや脱がせごっこの騒ぎがウソみたいに静かだった。
 それでも気になって、あたりを見回してから、ぼくは、うんこといっしょにガマンしてきたぶーっと大きな音のおならをした。いかにもうんこの間を通り抜けてきた感じのくさいおならだったけど、誰もいないし気持ちよかった。何よりもガス抜きになって、おなかの中のうんこが少しはラクになった。でも、今はうんこに行く最高のチャンスだった。今を逃したらあとはみんなが寝静まったあとを待つしかなかった。

 ぼくはタオルと着替えの下着を持って廊下を出た。そして風呂場に向かうのとは反対へと向い誰にも顔を合わせないように階段を下りた。ぼくたちが入る1階の大浴場とロビーは建物の反対側にあり、その階段を下りればロビーとその近く便所はすぐそこだった。貸し切りだったのでロビーには誰もいなくて便所の明かり以外は真っ暗だった。
 そして、ぼくはうんこをしようと男子便所の方に入ろうとした。ところがいきなり女子便所のドアがあいて6年1組の担任のM先生が出てきた。
「●●●君、あなた、こんなところで何しているの?」
 ぼくはどきりとした。
「お便所に行きたくなりました」
「穴実小の子が関係のないところのお便所を使ったらだめでしょう。1階で用を足すならみんなも使う大浴場となりのお便所を使いなさい」
 確かに「修学旅行のしおり」には「旅館の関係のないところにはむやみに出入りしないこと」と書かれてあって、それは便所でも同様だった。まさか本当のことをM先生に言えるわけがなく「はい、わかりました」と言って大浴場へまっすぐ向かった。結局、みんなが眠りについたあとにこっそりうんこするしかなくなった。大浴場となりの便所は誰かと顔をあわせそうなので今はそこに寄ってうんこするつもりはなかった。

 脱衣所に入ると誰もいなかったけど、浴槽の方からはにぎやかな声が聞こえてきた。服や下着を脱いで恐る恐る入ると
「あっ、ボーボーだ」
という声がひさしぶりに聞こえ、それともに一斉に大浴場内にいる子たちの注目の的に大笑いになったしかし、彼らがぼくに向けた視線は、5年生のときのようにちんぽに生えた毛に向けられたものでなく、学年で最初に毛が生えたという全校集会でうんこをもらしたのに匹敵する大事件をやらかしたかつてのスターに対するものだった。ちんぽに毛がはえた子もそれなりの数に達した今では、もうぼくは過去のスターに過ぎなかった。だから、すぐに彼らはぼくから視線を替え、思い思いに体を洗い始めた。見ると奥の方は裸のO先生がおきゅう部の子に背中を洗ってもらっていた。それでも、ぼくは裸がみんなの注目になったことが恥ずかしくて、誰よりも早く体を洗い大浴場を出た。

 大部屋に戻ると布団が敷いてあった。しばらくしてみんなも戻ってきて、例によっておきゅう部の丸坊主の男子たちが取っ組み合いを始めた、ぼくはもう本当に寝てしまった子に交じって、寝たふりをしながら早くみんな寝ないか待っていた、でも、取っ組み合いの騒ぎは就寝時間の館内放送が流れてからもしばらく続き、見回りの先生が来て、怒って電気を消して行ってようやく収まった。
 先生が電気を消して暗くなると、みんな次々と眠りに入りあちこちで寝息が聞こえるようになり、うんこをガマンしていたぼくも少しウトウトとしてしまい、それから目が覚めた。時計を見ると午前0時を過ぎていて、その部屋の誰もが寝ているようだった。
 ぼくはできるだけ足音を立てないように起き上がり、スリッパをはくと大部屋の戸を開けて廊下に出て、そして戸を閉めた。これでやっとぼくは一人になった。そして、うんこができるようになった。
 そして、昼間と同じように大浴場と反対のロビーの方に向かった。もちろん、そのそばのM先生と顔を合わせたので入れなかった方にいくためだった。大きな明かりは消され、小さな電球と「非常口」の大きな緑色の表示しか明かりがなかった暗いろうかを他の子はもちろん見回りの先生に見つからないように足音を立てないように駆けた。階段を降りるとすぐそこにロビー脇の便所があった。まっくらなロビーの中、便所だけはすりガラスの入った戸の向こうから蛍光灯が輝いていた。
 ぼくは戸をガラガラ開けるとスリッパから・便所下駄に履き替えると誰もいない便所の二つあったオンナベンジョの一つに向かった。便所下駄のカッカッという音だけが便所の中に響いた、そのドアを開けて入り、ドアをしめると鍵をかけた。ぼくは便器をまたぐと体操着のズボンとパンツをひざまでおろしてしゃがんだ。体操着だったのでラクだった。それまでぼくは誰かの足音が気になって、真夜中の便所の中で一人ずっと耳を澄ましていた。でも本当に誰も来ないようなでうんといきんだ。
 すると、いくつか続けて出たような感覚がおしりの穴にした同時に、それまで残っていた車酔いの気持ち悪さがあっさりと消えて行った。下をのぞくとわりと太くて長めなのが便器にころがっていった。そしてペーパーをちぎってふくと、くさりを引っ張って水を流した。今まで学校やデパートの水洗式で見たことがあるのはコックをひねるもので。くさりを引く形のものを見たのは引くと屋根まで落ちてくるドリフのコントみたいなテレビの中だけで、実際に見たのはこれがはじめてだった、そして衣服を直し便所を出ると大部屋に戻った。
 真っ暗な大部屋ではみんな本当に寝静まっている感じで、そんな中、またぼくは足音をできるだけ立てないように寝ていた布団に戻ろうとしたそのとき、寝ていた誰かがぼくの足首をいきなりつかんだ。そして
「●●●、おまえうんこしてきただろう?」
とぼつりと言った
 ぼくはドキッとした。部屋を出るときみんな寝ていたし、それ以上に下の階の便所でしたから、うんこ音なんか聞こえるはずがない、なのに、どうしてうんこだとわかったんだろう・・・。でも彼はすぐ手をはなしたので、ぼくも何も答えないで布団に行った。うんこで車酔いも治ったこともあって、ぼくはその晩はそれから一回も起きることなくぐっすりと眠った。

 翌朝、大食堂を食べて出発のしたくをするために大部屋に戻ったとたん、おきゅう部のキヨシが「あっ、屁が出る」と言ってぶっ、と一発おならをした。
「くせえなあ、屁をするんだったら便所でしろよ」
ユキオが言った。
「でも、おれ朝ご飯食べると、いつもすぐうんこが出そうになるんだ。これからうんこに行ってくるからな、絶対ついてくるなよ」
 そう言ってキヨシは便所に行った。それからしてぼくも急におしっこがしたくなり。部屋の近くの便所に行った。すると1組でおきゅう部のヤスシがオンナベンジョのドアの前でドアをノックしながら空くのを待っていた。
「おい、早くしろよ、おれもうんこもれそうなんだからさ」
「もう少しかかりそうだから、すこしまってよ」
中にいるのは、声からしてさっきうんこにいったキヨシだった。
「おまえ、本当にうんこしているのか? のぞくぞ」
そういってヤスシはドアの下の隙間から中をのぞきだした。
「うわーすげーきたねー、本当にブリブリ出ているぞ」
「やだよ、見るなよ、恥ずかしいよ」
というキヨシの悲鳴が中から聞こえた。
 といっても、同じ保育園にいたから知っているけどヤスシとキヨシは近所同士で仲良しだったので、それもふざけあっているかじゃれあっているという感じだった。 それをそばで聞いていたぼくはというと、ちんぽにもう毛が生えているようなキヨシのうんこしているところなんか気持ち悪くて見たくもなかった。
 ぼくは中学年くらいのころ、一泊二日の修学旅行に行くと2日目にみんなで朝うんこするという話を、行ってきた6年生から聞いて、みんなの中で自分もうんこするのは不安で仕方がなかったけど、反面同じクラスの子がうんこにいくところに着いて行けば、しているところを見れるかもしれないと思うと期待で胸がふくらんだ。
 しかし、実際、その朝キヨシの他にも「うんこに行ってくる」と言って便所を行く同じ学年の子を何人か目にしていたけど、彼らがもうちんぽに毛がはえているか、あるいは生えそうになっていると思うとその子たちの後を着いて行ってこっそりのぞいてやろうという気は起きなくなっていた。
 ぼくはそのぶんだけ大人になった気分になり、おしっこを終えて、帰りのしたくをするために大部屋に戻った。

(続く)
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