まねきねこと結びし縁

振悶亭めこ

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「ムギは、さ……ずっとオレの事見てただろ?オレもずっとムギの事見てた。見てるだけで充分だったのに、声をかけられて、止まらなくなって……」
 体液で汚れたムギの身体をウエットティッシュで拭い、大地は胸の内を打ち明けた。衣服を整える間も、ムギはキョトンとしている。
「発情期が来たの?」
「いや違うから……人間は決まった季節に発情しないんだよ。一部例外は別として」
「変なの」
「変でも何でもいい」
 少しだけ、不貞腐れた大地は年相応の少年らしさを醸し出していた。
 対して、自分はどうなのだろうとムギは思う。気づけばこの神社に居て、いつの間にか人間に溶け込んだ。だが、神社から出る事は出来ない。方法はあるけれど、ムギ一人ではどうにもならない。不自由は、していなかったが為の無知もある。ムギはいつの間にか眉間に皺を寄せて難しい顔つきになっていた。
 ふわり、と、優しい手がムギの頬を包み込む。
「せっかくかわいいのに、微妙な顔になってる」
「微妙?そうかも……ねえ大地、ぼくも外の世界の事、知りたいよ」
「神社から出られるの?」
「憑代になるもの……授与所で買えるやつを買って、カミサマにお願いするんだ。カミサマが認めてくれた、憑代を持った人と一緒の時だけ、外に出ていいみたい」
 袴を着付けてパンパンと土埃を軽く払ったムギは、大地の手を握りしめた。軽い足取りで、もうすぐ暑い夏の来る陽射しの中へ飛び出した。授与所に並べられた、お守りや御神籤、招き猫の置き物を大地に見せた。
「これと……この辺りのものが、憑代に出来るものなんだ」
 大地は小さな、招き猫の根付け状のお守りを手に取り、財布から出したお守り代を無人販売用の賽銭箱に入れた。袋から取り出したお守りをじっくり見た後に、ムギへと視線を向けた。
「次にオレがここに来たら、神社の外でデートしてみる?ムギと一緒に街に出たいって、カミサマにお願いしてみるからさ!」
「大地……!大好き!」
「おわっ!?」
 嬉しそうに尻尾を振り、勢いよく抱きついてきたムギの不意打ちに、大地はよろけながら、しっかりと両腕で受け止めた。

 昔は遠くから見ていた、憧れの歳上のお兄さんだったムギ。触れた感触は、ふわふわしていて世間知らずで、危なっかしい招き猫。縁結びの「まねきねこさん」は今、大地の腕の中に居た。
 これからムギに何を教え込もうかと、大地の中で新しい欲望の種火がある事に、大地自身もまだ気付かず、今あるふわふわの多幸感を堪能していた。遠くで、蝉の鳴き声が聞こえ始めた。

【おわり】
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