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雨上がり、土の匂いのする紫陽花の咲く神社。通称・まねきねこさんと言われるその神社の御利益は縁結び。
十鳥大地は近所にある「まねきねこさん」の拝殿に参拝していた。縁結びには多少興味のある、けれどまだ実感の湧かない、普通の男子高校生。神社に何となく通うようになった理由は、幼少期に遡る。
「神社の傍を通ったら、お参りしなさい。何でもない日々の報告をするだけでいいのよ。きっと、神様が見守って下さるから」
信心深く、優しかった祖母の言葉。それはそれとして、この「まねきねこさん」は、大地にとって居心地の良い空間でもあった。
参拝をして、境内のベンチへ腰をかける。今日も、平和だなあと思いつつ、ゆったりと空を見上げた。
「でっかくなったなぁ」
突如、大地の視界に二十歳ぐらいだろう、男の顔が映る。後ろから顔を覗き込んできている状態だろう男の表情や声色は甘く柔らかく、茶トラの猫を思わせる、薄茶の髪の所々に少し濃いめの色味のメッシュが入っていた。特徴的なものは、耳。人間とは違う、茶トラの猫そのものの耳が形良く、バランス良く生えていた。
不思議な青年とは初対面では無い。声をかけられた事は初めてだったが、この神社に来る度にちょくちょく見かけてはいた。大地は何となく、だけれどこの猫にずっと見守られていた気がしていた。
不思議な、猫の青年に声をかけられてから数日の間、大地の中で何が緩やかに、変わっていった。気がつけば猫の青年の姿ばかりを思い浮かべてしまう。日によって着ているものは違うものの和服姿をしていて、柔らかな雰囲気を醸し出し、触り心地の良さそうな耳と二又に分かれた長い尻尾。冷静に考えてしまうと非現実的ではある。が、確かに存在している茶トラの猫の青年。大地は、青年に触れてみたくて、欲求は日増しに強くなっていった。
今日も「まねきねこさん」へ足を伸ばす。学校帰りに少し遠回りするだけで行ける場所。せめて青年の名前だけでも聞きたくて。
「いつも来てくれて、ありがとう」
猫の青年は、箒で境内の掃き掃除をしていた。
「オレが来たくて来ているだけですから……今日は少し聞きたい事がありまして」
「何だい?」
「君の名前。オレはまだ知らないから」
掃き掃除をする手を少し止めて、猫の青年は二又に分かれた尻尾をゆらゆら揺らしている。
「ああ、なるほど。確かに名前を知らないのは不便だね。ぼくはムギ。ムギみたいな毛色だから、らしいよ。十鳥大地くん」
ムギは、確かに茶トラの猫らしい。猫の名付けランキングでは上位に入る名前でもある。
「ムギは、どうしてオレの名前を知ってるの?」
「この神社によく来て、手を合わせて行ってくれる。それだけだよ」
ムギは、目を細めて眩しそうにしながら穏やかに微笑んでいた。
「ムギは、ずっとここに居たの?」
声を聞く度に、大地はムギの色々な事が知りたくなって、色々聞いてみたくなる。この惹き寄せられる感覚に、ただの男子校生である大地は抗えなかった。
「居る、というか……ぼくは神社の敷地外には出られないんだ。外の世界の事は、禰宜さんのお家で見るテレビや本で多少は知ってるんだけど、神社の外に出られなくても快適だし、不便にも思わない」
「出られない、か……お参りだけじゃなくて、次からはムギに会う為にも来るよ。外に出られないなら、オレがここに来れば会えるだろ?」
無言でムギは頷いた。少し照れくさそうに、頬は薄く桜色に染まっていた。
十鳥大地は近所にある「まねきねこさん」の拝殿に参拝していた。縁結びには多少興味のある、けれどまだ実感の湧かない、普通の男子高校生。神社に何となく通うようになった理由は、幼少期に遡る。
「神社の傍を通ったら、お参りしなさい。何でもない日々の報告をするだけでいいのよ。きっと、神様が見守って下さるから」
信心深く、優しかった祖母の言葉。それはそれとして、この「まねきねこさん」は、大地にとって居心地の良い空間でもあった。
参拝をして、境内のベンチへ腰をかける。今日も、平和だなあと思いつつ、ゆったりと空を見上げた。
「でっかくなったなぁ」
突如、大地の視界に二十歳ぐらいだろう、男の顔が映る。後ろから顔を覗き込んできている状態だろう男の表情や声色は甘く柔らかく、茶トラの猫を思わせる、薄茶の髪の所々に少し濃いめの色味のメッシュが入っていた。特徴的なものは、耳。人間とは違う、茶トラの猫そのものの耳が形良く、バランス良く生えていた。
不思議な青年とは初対面では無い。声をかけられた事は初めてだったが、この神社に来る度にちょくちょく見かけてはいた。大地は何となく、だけれどこの猫にずっと見守られていた気がしていた。
不思議な、猫の青年に声をかけられてから数日の間、大地の中で何が緩やかに、変わっていった。気がつけば猫の青年の姿ばかりを思い浮かべてしまう。日によって着ているものは違うものの和服姿をしていて、柔らかな雰囲気を醸し出し、触り心地の良さそうな耳と二又に分かれた長い尻尾。冷静に考えてしまうと非現実的ではある。が、確かに存在している茶トラの猫の青年。大地は、青年に触れてみたくて、欲求は日増しに強くなっていった。
今日も「まねきねこさん」へ足を伸ばす。学校帰りに少し遠回りするだけで行ける場所。せめて青年の名前だけでも聞きたくて。
「いつも来てくれて、ありがとう」
猫の青年は、箒で境内の掃き掃除をしていた。
「オレが来たくて来ているだけですから……今日は少し聞きたい事がありまして」
「何だい?」
「君の名前。オレはまだ知らないから」
掃き掃除をする手を少し止めて、猫の青年は二又に分かれた尻尾をゆらゆら揺らしている。
「ああ、なるほど。確かに名前を知らないのは不便だね。ぼくはムギ。ムギみたいな毛色だから、らしいよ。十鳥大地くん」
ムギは、確かに茶トラの猫らしい。猫の名付けランキングでは上位に入る名前でもある。
「ムギは、どうしてオレの名前を知ってるの?」
「この神社によく来て、手を合わせて行ってくれる。それだけだよ」
ムギは、目を細めて眩しそうにしながら穏やかに微笑んでいた。
「ムギは、ずっとここに居たの?」
声を聞く度に、大地はムギの色々な事が知りたくなって、色々聞いてみたくなる。この惹き寄せられる感覚に、ただの男子校生である大地は抗えなかった。
「居る、というか……ぼくは神社の敷地外には出られないんだ。外の世界の事は、禰宜さんのお家で見るテレビや本で多少は知ってるんだけど、神社の外に出られなくても快適だし、不便にも思わない」
「出られない、か……お参りだけじゃなくて、次からはムギに会う為にも来るよ。外に出られないなら、オレがここに来れば会えるだろ?」
無言でムギは頷いた。少し照れくさそうに、頬は薄く桜色に染まっていた。
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