1 / 14
第1話
しおりを挟む
ここトラストライン地方は、厳しい地形と気候で知られている。
平地は少なく、8割以上が山岳地帯だ。
それも、馬車が通れるような道がほとんどない険しい山ばかりである。
山の奥地にはモンスターも多く出没し、強力なドラゴン種の巣があるという噂もある。
獣人族の村落も多いが、この地方の属するタラミス王国は人間属の国で獣人を国民とは認めていないため、交流は盛んではない。
夏は乾季となり、砂漠のように乾いた灼熱の空気が生きとし生けるものを焼く。
冬は豪雪で、毎日のように吹雪が吹き荒れ、背丈を超える積雪が夏まで溶けることがない。
春と秋はほぼないと言ってもいいくらい短い間しかなく、夏と冬が交互にやってくる。
今はその僅かな、夏から冬に変わる前の猶予期間だ。
とはいえ、他の地方で言えば真冬と言っていいだろう。
積雪がまだ屋根まで届いておらず、かろうじて歩ける程度だというだけで、気温は氷点下を下回っている。
辺りは吹雪いており、数メートル前もよく見えない。
僕はいま、そんな吹雪の中でさまよい歩いていた。
言葉どおり、目的地もなく、ただ足が動く限り、歩き続けているのだ。
指先一つに至るまですべての動作がうまくいかない。
それに先程受けた刀傷が紫色に腫れ上がってひどく熱を持っている。
どうやら毒が刃に塗ってあったらしい。
騙されてかけられた呪いのせいで回復や解毒の魔法も封じられているため、処置のしようがない。
そして、極めつけは、左腕が千切れている。紐で縛ってどうにか失血死は免れたものの、肩から先がなくなったせいで体のバランスが取りづらくて歩くのもおぼつかない。
そんな状態で、行くあてはなかった。
どこか一時的な目的地といえるような場所もなかった。
先ほど、吹雪の向こうに灯りが見えたような気がしたが、視界が悪すぎてすぐに見失ってしまった。
吹雪の雪山で目的地もなく、大怪我をしながらさまよい歩いている。
遭難という言葉すら生温い四面楚歌だ。
正直、死は覚悟している。
こうしている間にも、いつ追手に追いつかれるかわからない。
必死で逃げてこの山に迷い込んだのだ。
追手は容赦なく僕を殺すだろう。
今の僕にはもう戦う力は残っていない。
なすすべなく、簡単に命を奪われることになるに違いない。
そんな考えが頭をよぎったとたん、足が限界を迎えた。
深い雪をかき分けて進むだけの体力が尽きてしまったのだ。
いや、付きたのは気力なのかもしれない。
客観的にみて、体力はもうとっくに限界を超えてしまっている。
視界が霞む。
もともと吹雪のせいで悪い視界が、ほとんど何も見えなくなる。
見える範囲が狭くなり、暗闇が押し寄せてくる。
僕はがくんと膝をついた。
意識がなくなる寸前なのだろう。
その膝の衝撃すらもぼんやりとしている。
雪の上に突っ伏して、頬に雪が押し付けられるが、その冷たさももう感じない。
頭の中が朦朧として、現実と妄想の境界が曖昧になる。
頭の上で、女の声が聞こえるのだ。
この吹き荒れる吹雪の中にまったく似つかわしくない、落ち着いた抑揚のない声だ。
「領域内への侵入者を捕捉。照合の結果、敵性ではないと判断。重度の衰弱及び意識の混濁を確認。救命活動に移ります」
平地は少なく、8割以上が山岳地帯だ。
それも、馬車が通れるような道がほとんどない険しい山ばかりである。
山の奥地にはモンスターも多く出没し、強力なドラゴン種の巣があるという噂もある。
獣人族の村落も多いが、この地方の属するタラミス王国は人間属の国で獣人を国民とは認めていないため、交流は盛んではない。
夏は乾季となり、砂漠のように乾いた灼熱の空気が生きとし生けるものを焼く。
冬は豪雪で、毎日のように吹雪が吹き荒れ、背丈を超える積雪が夏まで溶けることがない。
春と秋はほぼないと言ってもいいくらい短い間しかなく、夏と冬が交互にやってくる。
今はその僅かな、夏から冬に変わる前の猶予期間だ。
とはいえ、他の地方で言えば真冬と言っていいだろう。
積雪がまだ屋根まで届いておらず、かろうじて歩ける程度だというだけで、気温は氷点下を下回っている。
辺りは吹雪いており、数メートル前もよく見えない。
僕はいま、そんな吹雪の中でさまよい歩いていた。
言葉どおり、目的地もなく、ただ足が動く限り、歩き続けているのだ。
指先一つに至るまですべての動作がうまくいかない。
それに先程受けた刀傷が紫色に腫れ上がってひどく熱を持っている。
どうやら毒が刃に塗ってあったらしい。
騙されてかけられた呪いのせいで回復や解毒の魔法も封じられているため、処置のしようがない。
そして、極めつけは、左腕が千切れている。紐で縛ってどうにか失血死は免れたものの、肩から先がなくなったせいで体のバランスが取りづらくて歩くのもおぼつかない。
そんな状態で、行くあてはなかった。
どこか一時的な目的地といえるような場所もなかった。
先ほど、吹雪の向こうに灯りが見えたような気がしたが、視界が悪すぎてすぐに見失ってしまった。
吹雪の雪山で目的地もなく、大怪我をしながらさまよい歩いている。
遭難という言葉すら生温い四面楚歌だ。
正直、死は覚悟している。
こうしている間にも、いつ追手に追いつかれるかわからない。
必死で逃げてこの山に迷い込んだのだ。
追手は容赦なく僕を殺すだろう。
今の僕にはもう戦う力は残っていない。
なすすべなく、簡単に命を奪われることになるに違いない。
そんな考えが頭をよぎったとたん、足が限界を迎えた。
深い雪をかき分けて進むだけの体力が尽きてしまったのだ。
いや、付きたのは気力なのかもしれない。
客観的にみて、体力はもうとっくに限界を超えてしまっている。
視界が霞む。
もともと吹雪のせいで悪い視界が、ほとんど何も見えなくなる。
見える範囲が狭くなり、暗闇が押し寄せてくる。
僕はがくんと膝をついた。
意識がなくなる寸前なのだろう。
その膝の衝撃すらもぼんやりとしている。
雪の上に突っ伏して、頬に雪が押し付けられるが、その冷たさももう感じない。
頭の中が朦朧として、現実と妄想の境界が曖昧になる。
頭の上で、女の声が聞こえるのだ。
この吹き荒れる吹雪の中にまったく似つかわしくない、落ち着いた抑揚のない声だ。
「領域内への侵入者を捕捉。照合の結果、敵性ではないと判断。重度の衰弱及び意識の混濁を確認。救命活動に移ります」
10
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
転生したら守護者?になり称号に『お詫び』があるのだが
紗砂
ファンタジー
ある日、トラックに轢かれ死んだ都木涼。
そんな都木の目の前に現れたのは転生神だと名乗る不審者。
転生神)『誰が不審者じゃ!
わしは、列記とした神で…』
そんな不審……痛い奴……転生神のミスにより記憶があるまま転生してしまった。
転生神)『す、スルーしたじゃと!?
しかもミスしたなどと…』
しかもその世界は、なんと剣と魔法の世界だった。
ステータスの職業欄は何故か2つあるし?つきだし……。
?って何だよ?って!!
転生神)『わし知らんもん。
わしはミスしとらんし』
そんな転生神によって転生させられた冒険者?のお話。
転生神)『ほれ、さっさと読ん……』
コメディー&バトルファンタジー(のつもり)スタートです!
転生神)『何故無視するんじゃぁぁ!』
転生神)『今の題は仮じゃからな!
題名募集中じゃ!』
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる