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舞踏会にて
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翌週の舞踏会。
私は出ようかやめようか、迷ったのだが、出席で返事をしてしまっていたため、今更キャンセルするのもばかばかしいと思い、出ることにした。
案の定、私がシレクサ子爵に婚約破棄を言い渡されたことは、もうすでに宮廷中に知れ渡っているらしかった。
おそらく、子爵があちこちで行って回ったのだろう。
これまでは、鬱陶しいくらいに私の周りに侍っていた下級貴族たちも、今日はいっさい話しかけてこない。
下級騎士や資本家といった、貴族以外の参加者もどこかよそよそしい。
まるで集団で無視をされているかのようだった。
当然、踊りを踊ってくれる相手もいなくているはずもない。
私は一人でホールの壁に寄りかかっていた。
その時、派手なドレスを身にまとった貴族の女性が私に近づいてきた。
そして、私に向かってこう言ったのだ。
「ああ、飲み過ぎちゃったわ。ねえそこのあなた、お水を持ってきてくださらない?冷たいのをね」
は?
私は耳を疑った。はじめはまさかそれが自分に向かって言われた言葉だとは思わなかった。
しかし彼女ははっきりと私の方を向いてそう言ったのだ。
「お水が欲しいのでしたら、あちらにいるメイドに言いつけてはいかがでしょう」
私がそう言うと、彼女は嘲るような笑みを浮かべて言い放った。
「あら、ごめんなさい。あんまりメイドと仲良くされているものだから、メイドと間違えてしまいましたわ」
私はそれを聞いて歯噛みした。
そういえば、この女は見覚えがある。
ぱっとしない中級貴族の娘で、今までは私に媚びへつらうような態度をとっていた女だ。
存在感がなかったので、すっかり忘れていた。
女はさらに続けた。
「でも構わないわよね。メイドもあなたも、似たようなものでしょう。ほら、お水を持ってきてちょうだい」
私が、その女に頭から水をぶっかけてやろうかと思ったその時、会場が大きくざわめくのがわかった。
「ヒロエ王子だ!」
「王子殿下がおいでになられたぞ!」
ホールの入り口から人垣が左右に割れた。
その向こうにヒロエ王子の姿がある。
みながヒロエ王子に注目する。
彼は人の注目を集めるカリスマがあるのだ。 誰もが憧れと羨望の眼差しを持って彼を見つめる。
「王子、ご機嫌麗しゅうございますわ」
「是非こちらへ、今日はおいでくださいましてありがとうございます」
王子が会場の中に入ると、人々が一斉に王子の所へと殺到した。
我先にと王子に挨拶するために群がる人々で、王子の周りにはたちまち人だかりができた。
ヒロエ王子は、手慣れた様子でそれらに対応しながら、歩みを止めることはない。
人々を引き連れるようにしながら、こちらへと歩いてくる。
「ヒロエ王子……」
私に絡んできた派手なドレスの女が慌てて道を空ける。
王子は私の正面に立ち、恭しく膝をついた。
周囲がざわつく。
「美しいお嬢様、私と踊ってはくださいませんか」
さらに驚きの声が上がる。
宮廷のアイドルと言っても過言ではないヒロエ王子が、転落したばかりの悪役令嬢にダンスを申し込んだのだ。
「申し訳ございません。ちょっと気分がすぐれませんの。ダンスはご遠慮いたしますわ」
私は正直に答えた。
周りから、「なにっ……」「なんと無礼な」「もったいない……」といったような声が聞こえる。
王子は気分を害した様子もなく、立ち上がり、言った。
「それは良くない。テラスへ出て、風にあたりましょう」
王子は手を差し出してくる。私はその手をとる。
続けて、王子は言う。
「いま、冷たい水を持ってこさせます。……ああ、そこの君。彼女に、冷たい水を持ってきてくれたまえ」
王子は振り返り、先ほどまで私と話していた派手なドレスの女にそう言ったのだった。
「え……」
女は驚き、すぐには反応できなかった。
「さあ」
王子が急かす。
女は、真っ赤になってぷるぷる震えながら、私のために水を取りに走り去った。
テラスへ向かいながら、王子が私に片目を閉じて見せる。
哀れな女に、私はため息をついた。
私は出ようかやめようか、迷ったのだが、出席で返事をしてしまっていたため、今更キャンセルするのもばかばかしいと思い、出ることにした。
案の定、私がシレクサ子爵に婚約破棄を言い渡されたことは、もうすでに宮廷中に知れ渡っているらしかった。
おそらく、子爵があちこちで行って回ったのだろう。
これまでは、鬱陶しいくらいに私の周りに侍っていた下級貴族たちも、今日はいっさい話しかけてこない。
下級騎士や資本家といった、貴族以外の参加者もどこかよそよそしい。
まるで集団で無視をされているかのようだった。
当然、踊りを踊ってくれる相手もいなくているはずもない。
私は一人でホールの壁に寄りかかっていた。
その時、派手なドレスを身にまとった貴族の女性が私に近づいてきた。
そして、私に向かってこう言ったのだ。
「ああ、飲み過ぎちゃったわ。ねえそこのあなた、お水を持ってきてくださらない?冷たいのをね」
は?
私は耳を疑った。はじめはまさかそれが自分に向かって言われた言葉だとは思わなかった。
しかし彼女ははっきりと私の方を向いてそう言ったのだ。
「お水が欲しいのでしたら、あちらにいるメイドに言いつけてはいかがでしょう」
私がそう言うと、彼女は嘲るような笑みを浮かべて言い放った。
「あら、ごめんなさい。あんまりメイドと仲良くされているものだから、メイドと間違えてしまいましたわ」
私はそれを聞いて歯噛みした。
そういえば、この女は見覚えがある。
ぱっとしない中級貴族の娘で、今までは私に媚びへつらうような態度をとっていた女だ。
存在感がなかったので、すっかり忘れていた。
女はさらに続けた。
「でも構わないわよね。メイドもあなたも、似たようなものでしょう。ほら、お水を持ってきてちょうだい」
私が、その女に頭から水をぶっかけてやろうかと思ったその時、会場が大きくざわめくのがわかった。
「ヒロエ王子だ!」
「王子殿下がおいでになられたぞ!」
ホールの入り口から人垣が左右に割れた。
その向こうにヒロエ王子の姿がある。
みながヒロエ王子に注目する。
彼は人の注目を集めるカリスマがあるのだ。 誰もが憧れと羨望の眼差しを持って彼を見つめる。
「王子、ご機嫌麗しゅうございますわ」
「是非こちらへ、今日はおいでくださいましてありがとうございます」
王子が会場の中に入ると、人々が一斉に王子の所へと殺到した。
我先にと王子に挨拶するために群がる人々で、王子の周りにはたちまち人だかりができた。
ヒロエ王子は、手慣れた様子でそれらに対応しながら、歩みを止めることはない。
人々を引き連れるようにしながら、こちらへと歩いてくる。
「ヒロエ王子……」
私に絡んできた派手なドレスの女が慌てて道を空ける。
王子は私の正面に立ち、恭しく膝をついた。
周囲がざわつく。
「美しいお嬢様、私と踊ってはくださいませんか」
さらに驚きの声が上がる。
宮廷のアイドルと言っても過言ではないヒロエ王子が、転落したばかりの悪役令嬢にダンスを申し込んだのだ。
「申し訳ございません。ちょっと気分がすぐれませんの。ダンスはご遠慮いたしますわ」
私は正直に答えた。
周りから、「なにっ……」「なんと無礼な」「もったいない……」といったような声が聞こえる。
王子は気分を害した様子もなく、立ち上がり、言った。
「それは良くない。テラスへ出て、風にあたりましょう」
王子は手を差し出してくる。私はその手をとる。
続けて、王子は言う。
「いま、冷たい水を持ってこさせます。……ああ、そこの君。彼女に、冷たい水を持ってきてくれたまえ」
王子は振り返り、先ほどまで私と話していた派手なドレスの女にそう言ったのだった。
「え……」
女は驚き、すぐには反応できなかった。
「さあ」
王子が急かす。
女は、真っ赤になってぷるぷる震えながら、私のために水を取りに走り去った。
テラスへ向かいながら、王子が私に片目を閉じて見せる。
哀れな女に、私はため息をついた。
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