2 / 10
私の王子様
しおりを挟む
私は自分の屋敷に帰ってきた。
今後のことを考えるため、自室で日記をつけていると、執事がドアをノックした。
「なにかしら?」
「お嬢様。王子殿下がお見えになるそうです」
ヒロエ王子が!
私は慌てて立ち上がり、返事をした。
「わかったわ。身だしなみを整えてから行くから、丁重にお迎えしてちょうだい」
言いながら、私は衣装部屋の扉を開ける。
ヒロエ王子には、少しでもきれいな私を見て欲しいのだ。
メイドを呼ぶベルを鳴らしながら、私は顔がほころぶのを自覚していた。
「やあ、久しぶりだね。元気だったかい」
ヒロエ王子は部屋に入るなり、満面の笑みで私に微笑んでくれた。
「ヒロエ様!お久しゅうございますわ」
私も笑顔を返す。
抱きつきにいきたいところだが、さすがに自重する。
ヒロエ王子はこの国の第一王子で、正妻の息子だ。
美しい金髪を短くして、瞳は涼やかな蒼色をしている。
背が高く、上品なその物腰は、シレクサ子爵などとは比べものにならない。
生まれながらの英雄とはこういう人かと、いつもながら見るたびに惚れ惚れしてしまう。
人々からの人望もあつく、貴族と国民の両方から信頼され、愛されている。
「会いたかったよ」
「私もです」
王子が背中に隠していた手を前に出すと、そこには花束が握られていた。
「城の中庭の花壇が美しく咲いていたのでね。庭師に言って花束にしてもらったんだ」
それを私に差し出しながら王子は言う。
「まあ……」
私がそれを受け取ると、芳しい薫りが鼻をくすぐった。
以前、城にお邪魔したときに花壇の花を話題に出したのを覚えてくれていたのだろうか。
「綺麗な花を見ると、つい君を思い出してしまう。本当に、もう少し早く出会っていればと思わずにはいられないよ」
王子はそう言い、それからひと言付け加えた。
「おっと、こんな言い方をしては、シレクサ子爵に申し訳ないな。どうかここで話したことは秘密にしておいてくれ」
唇に指を当てて、いたずらっぽく片目を閉じてみせる。
「王子……」
私は自分の頬が染まるのがわかった。
心臓がどきどきして、胸が熱くなる。
「王子、実は、そのことなのですが……」
私は慎重に切り出した。
どんな表情をしていいかわからない。
正直、嬉しくて仕方ないのだが、世間体を考えればそれ自体はあまり喜ばしいことではないのだろう。
ついニヤけてしまいそうになる口元を正しながら、私はつい先ほどの出来事をヒロエ王子に打ち明けた。
シレクサ子爵との婚約は破棄されたことを。
「なんだって!いったい、なぜ……」
王子は驚き、目を見開いた。
「私が、女性らしくないからだそうですわ」
「まさか!君ほど女性らしい女性なんて、どこを探してもいないだろう!」
「どうやら、私がメイドをかばってフィリップ男爵に逆らったのが子爵のお気に触ってしまったようです」
「そうか。ああ、それは……なるほど」
王子はそれを聞くと、顎に手を当てて考えていたが、やがて納得がいったようだった。
シレクサ子爵の性格や、その性癖の噂は王子も知っているのだろう。
もしかしたら、もっと詳しい事情もご存知なのかもしれない。
王子は少しの間黙って考えていた。その顔には、怒りのようなものが浮かんでいた。
が、王子はすぐにその表情を消して顔を上げた。
「それで、君はその婚約を破棄するというシレクサ子爵の申し出を了承したのかい?」
「ええ。私には、シレクサ子爵との結婚にこだわる理由がありませんから」
私は笑顔で答えた。
王子も微笑みを返す。
「と、いうことは。君はいま、誰とも婚約していない、つまりフリーの状態というわけだね」
「その通りでございますわ」
それを聞くと、ヒロエ王子は芝居がかった動作で私の前に膝をついた。
「 姫、どうか、私の愛を受け入れていただけないでしょうか」
「ありがとう。もちろんですわ。嬉しいです」
私は笑って、差し出された手を取った。
むろん、これは本当のプロポーズなどではないということはわかっている。
格式ある王族の求婚というのは、そう簡単にできるものではないのだ。
「それで、いつプロポーズしてくださるのかしら」
それでもあえて、意地悪く尋ねてみる。
「そうですね。今はこれでお許しを」
そう言い、ヒロエ王子は私の手のひらにキスをした。
「仕方ありませんわ。正式にプロポーズされるときを、楽しみにしております」
私はそう言い、彼の手のひらにキスを返した。
私と王子は微笑みを交わす。
今後のことを考えるため、自室で日記をつけていると、執事がドアをノックした。
「なにかしら?」
「お嬢様。王子殿下がお見えになるそうです」
ヒロエ王子が!
私は慌てて立ち上がり、返事をした。
「わかったわ。身だしなみを整えてから行くから、丁重にお迎えしてちょうだい」
言いながら、私は衣装部屋の扉を開ける。
ヒロエ王子には、少しでもきれいな私を見て欲しいのだ。
メイドを呼ぶベルを鳴らしながら、私は顔がほころぶのを自覚していた。
「やあ、久しぶりだね。元気だったかい」
ヒロエ王子は部屋に入るなり、満面の笑みで私に微笑んでくれた。
「ヒロエ様!お久しゅうございますわ」
私も笑顔を返す。
抱きつきにいきたいところだが、さすがに自重する。
ヒロエ王子はこの国の第一王子で、正妻の息子だ。
美しい金髪を短くして、瞳は涼やかな蒼色をしている。
背が高く、上品なその物腰は、シレクサ子爵などとは比べものにならない。
生まれながらの英雄とはこういう人かと、いつもながら見るたびに惚れ惚れしてしまう。
人々からの人望もあつく、貴族と国民の両方から信頼され、愛されている。
「会いたかったよ」
「私もです」
王子が背中に隠していた手を前に出すと、そこには花束が握られていた。
「城の中庭の花壇が美しく咲いていたのでね。庭師に言って花束にしてもらったんだ」
それを私に差し出しながら王子は言う。
「まあ……」
私がそれを受け取ると、芳しい薫りが鼻をくすぐった。
以前、城にお邪魔したときに花壇の花を話題に出したのを覚えてくれていたのだろうか。
「綺麗な花を見ると、つい君を思い出してしまう。本当に、もう少し早く出会っていればと思わずにはいられないよ」
王子はそう言い、それからひと言付け加えた。
「おっと、こんな言い方をしては、シレクサ子爵に申し訳ないな。どうかここで話したことは秘密にしておいてくれ」
唇に指を当てて、いたずらっぽく片目を閉じてみせる。
「王子……」
私は自分の頬が染まるのがわかった。
心臓がどきどきして、胸が熱くなる。
「王子、実は、そのことなのですが……」
私は慎重に切り出した。
どんな表情をしていいかわからない。
正直、嬉しくて仕方ないのだが、世間体を考えればそれ自体はあまり喜ばしいことではないのだろう。
ついニヤけてしまいそうになる口元を正しながら、私はつい先ほどの出来事をヒロエ王子に打ち明けた。
シレクサ子爵との婚約は破棄されたことを。
「なんだって!いったい、なぜ……」
王子は驚き、目を見開いた。
「私が、女性らしくないからだそうですわ」
「まさか!君ほど女性らしい女性なんて、どこを探してもいないだろう!」
「どうやら、私がメイドをかばってフィリップ男爵に逆らったのが子爵のお気に触ってしまったようです」
「そうか。ああ、それは……なるほど」
王子はそれを聞くと、顎に手を当てて考えていたが、やがて納得がいったようだった。
シレクサ子爵の性格や、その性癖の噂は王子も知っているのだろう。
もしかしたら、もっと詳しい事情もご存知なのかもしれない。
王子は少しの間黙って考えていた。その顔には、怒りのようなものが浮かんでいた。
が、王子はすぐにその表情を消して顔を上げた。
「それで、君はその婚約を破棄するというシレクサ子爵の申し出を了承したのかい?」
「ええ。私には、シレクサ子爵との結婚にこだわる理由がありませんから」
私は笑顔で答えた。
王子も微笑みを返す。
「と、いうことは。君はいま、誰とも婚約していない、つまりフリーの状態というわけだね」
「その通りでございますわ」
それを聞くと、ヒロエ王子は芝居がかった動作で私の前に膝をついた。
「 姫、どうか、私の愛を受け入れていただけないでしょうか」
「ありがとう。もちろんですわ。嬉しいです」
私は笑って、差し出された手を取った。
むろん、これは本当のプロポーズなどではないということはわかっている。
格式ある王族の求婚というのは、そう簡単にできるものではないのだ。
「それで、いつプロポーズしてくださるのかしら」
それでもあえて、意地悪く尋ねてみる。
「そうですね。今はこれでお許しを」
そう言い、ヒロエ王子は私の手のひらにキスをした。
「仕方ありませんわ。正式にプロポーズされるときを、楽しみにしております」
私はそう言い、彼の手のひらにキスを返した。
私と王子は微笑みを交わす。
37
お気に入りに追加
201
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい
みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。
切ない話が書きたくて書きました。
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

婚約破棄ですか? 理由は魔法のできない義妹の方が素直で可愛いから♡だそうです。
hikari
恋愛
わたくしリンダはスミス公爵ご令息エイブラハムに婚約破棄を告げられました。何でも魔法ができるわたくしより、魔法のできない義理の妹の方が素直で可愛いみたいです。
義理の妹は義理の母の連れ子。実父は愛する妻の子だから……と義理の妹の味方をします。わたくしは侍女と共に家を追い出されてしまいました。追い出された先は漁師町でした。
そして出会ったのが漁師一家でした。漁師一家はパーシヴァルとポリー夫婦と一人息子のクリス。しかし、クリスはただの漁師ではありませんでした。
そんな中、隣国からパーシヴァル一家へ突如兵士が訪問してきました。
一方、婚約破棄を迫ってきたエイブラハムは実はねずみ講をやっていて……そして、ざまあ。
ざまあの回には★がついています。

ポンコツ悪役令嬢と一途な王子様
蔵崎とら
恋愛
ヒロインへの嫌がらせに失敗するわ断罪の日に寝坊するわ、とにかくポンコツタイプの悪役令嬢。
そんな悪役令嬢と婚約者のゆるふわラブコメです。
この作品は他サイトにも掲載しております。

クリスティーヌの本当の幸せ
蓮
恋愛
ニサップ王国での王太子誕生祭にて、前代未聞の事件が起こった。王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。そして新たに男爵令嬢と婚約する目論見だ。しかし、そう上手くはいかなかった。
この事件はナルフェック王国でも話題になった。ナルフェック王国の男爵令嬢クリスティーヌはこの事件を知り、自分は絶対に身分不相応の相手との結婚を夢見たりしないと決心する。タルド家の為、領民の為に行動するクリスティーヌ。そんな彼女が、自分にとっての本当の幸せを見つける物語。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

私のゆるふわな絵に推しの殿下が和んでくださいました ~ざまぁノートってなんですか?
朱音ゆうひ
恋愛
「私、悪役令嬢になってしまった! しかも婚約者の王子殿下は私の推し!」
公爵令嬢エヴァンジェリンは、断罪イベント直前で前世を思い出した。
「今すぐ婚約破棄しましょう、今まですみませんでした! 無害になるので、断罪しないでください」
そう言って王子シルフリットに背を向けた彼女の手には、彼がエヴァンジェリンの本性を探ろうとして渡した罠である「ざまぁノート」が拾われていた。
このノート、渋いおじさまの声で話しかけてくる。
しかも手が勝手に……ゆるふわの絵を描いてしまいますっ!!
別サイトにも掲載しています(https://ncode.syosetu.com/n5304ig/)

辺境伯と悪役令嬢の婚約破棄
六角
恋愛
レイナは王国一の美貌と才能を持つ令嬢だが、その高慢な態度から周囲からは悪役令嬢と呼ばれている。彼女は王太子との婚約者だったが、王太子が異世界から来た転生者であるヒロインに一目惚れしてしまい、婚約を破棄される。レイナは屈辱に耐えながらも、自分の人生をやり直そうと決意する。しかし、彼女の前に現れたのは、王国最北端の辺境伯領を治める冷酷な男、アルベルト伯爵だった。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる