凩の吹かない季節と、君を忘れた歪んだ世界《The biased world without you.》

紺痲 游也

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第二話:目は口ほどに物を言う《unopened》

008

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 代沢だいざわ警察署刑事課強行犯係 係長、朱島あけしま 閏作じゅんさく巡査部長のことを、僕がどういう風に認識しているか、一言で表すとすれば、「軽忽な割に察しだけはいい男」だった。


 三十手前で、おおよそ公務員には似つかわしくないオレンジ色のスーツを愛用するその警察官が、僕はあまり得意ではなかった。
 こちらの思考を見透かしたような明日語の振る舞いとはまた別の角度から、こちらの図星を刺してくる朱島の言動は、例えて言うならば、よそ見して投げたボールのくせにたまたま的に当たってしまうようなものだった。論理も推論もすっ飛ばして、何気ない軽薄な一言が、こちらの核心を捉えてくる。しかも本人は自身のそういった性質に対して極めて無自覚的だった。
 明日語のように人智を超えた何かではなく、ただただ気まぐれにこちらの陣地へたまたま踏み入ってくる彼の在り方は、あまりに人間じみすぎていて、逆に当惑してしまう。

 そんな僕が苦手とする――僕が得意とする人間が一体どれだけいるのかという問いは一旦無視するとして――朱島という男に出会ったのは、例のシロサワ事件の時のことだ。
 いつか述べたように、僕が通っていた大学も無差別傷害事件の現場の一つになっていたこともあって、学生への事情聴取を担当をしていたのが、朱島巡査部長だった、という流れである。

 これは自意識過剰かもしれないけれど、彼は事情聴取した学生の中でも、僕のことをそれなりに注視していたように思う。だから、風凪が、僕のことを朱島が気にかけていたという認識を持つのも、同意はできずとも、理解できない話でもなかった。


 それは、彼が僕のことをシロサワ事件の主犯格として疑っていたというよりも(もちろん全く疑っていなかったかといえば、否定はできないことだけれど)、僕個人が有するについて、引っ掛かりのようなものを感じていたように思う。

 それは何なのかは今も分からないままだし、それを知りたいという気持ちを持っているわけではない。


 しかし、だからこそ僕は彼のことが苦手だと感じるのだと思う。


 僕が無自覚的に自身の外に出さないようにしている、あるいは、自身の内ですら握り潰そうとしている何かに、軽忽なその振る舞いに包まれた朱島の勘の良さが辿り着いてしまうのではないかという気持ちが僕の中でジリジリと蠢いているのだ。

 明日語がその何か(そんなものがあったとして、だが)に辿り着くことは、当然というか、必至というか、むしろそれに辿り着かないとしたら明日語ではないとすら言えるくらいなのだけど(それは僕が望むと望まざるとも)、しかし、明日語はそれを手に取ったところで、言葉にすることもなければ、辿り着いたことを僕自身に気取らせることもしないだろう。

 なぜなら僕が有しているものなど、明日語にとって何か取り立てて価値があるもの(より彼らしく言うのであれば、都合のよいもの)などではない、という僕自身の底の浅さまで、明日語なら簡単に辿り着くだろうと思うからだ。

 そういう意味で、朱島と明日語は似て非なる存在だと言えた――まぁいずれも、僕にとって苦手な人物だということは変わらないが。

 色々とグダグダと逡巡してしまったけれど、望む望まないに関わらず、人のに触れてしまうのが朱島という男であり、望む望まないに関わらず、僕が関係を断つことが許されていないのが明日語という男だということだ。

 裏返して言えば、僕自身が必要性を感じない限りは連絡を取らないという選択肢を取ることが可能であるということでもあり、総合的に見れば朱島の方が明日語に比べれば難易度の低い相手だと言えるのかもしれなかった。



 朱島の話はさておき、僕と風凪の「仕事」進捗という意味では、ひとまず順調、というよりも単調に進んでいった。

 時折スマートフォンのマップを確認しつつ、谷戸川にかかるいくつかの橋を目印として、川に沿う形で僕たちは砧公園へと少しずつ近づいていった。

 谷川橋、五月橋、山野橋、砧橋、中の橋、塔の下橋、横根橋、稲荷橋。

 いくつかの橋には見てわかる橋の名がついていなかったりもしたが、砧公園に到着するまでに合計十数本の端を僕たちは巡る形となった。

 その道中で我々が通過した砧地区は、かつて緑が広がる田園地帯であったが、高度経済成長の中で無秩序に宅地化されたという過去もあるエリアであるらしく、その後の区画整理事業を讃える記念碑なども眺めながら歩いたりした結果、なんやかんや五十分ほどの道のりとなった。


 我々がようやく砧公園に到着した頃には、すでに時刻は十二時四十五分を回っていた。

 明日語の言うとおり、手数というよりも歩数のかかる「仕事」だと、僕はつくづく思いながら、公園内のマップもサイトで確認した。

 従前から分かっていたことだが、我々が沿うように歩いてきた谷戸川は砧公園を南北に突っ切って流れており、公園を超えた先で高速道路の下を通る形となる。

 今回、明日語の「仕事」においては、石による占術の地として見立てたこの砧公園で拾った石を回収して来ることがゴールとして設定されているので、遠く見積もっても我々の終着点としてはその高速道路にあたる位置まで、と考えてよさそうだった。

 道程におけるルートの指定の細かさとは裏腹に、公園のどの位置で石を拾う、というところまでは指定はなかったので、僕と風凪で話し合った結果、公園内の谷戸川に沿ういくつかのポイントで石を回収することにした。(もう一度やり直し、という事態を疲れ果てた僕たちは最も恐れていたのだ)

 公園内でも谷戸川にはおよそ均等な間隔でいくつかの橋が掛かっていたので、それを目安にしようということで、僕たちは最も近い、「吊り橋」を目指して公園内を歩いた。


 その「吊り橋」はこれまで通った橋とは異なり、少しアスレチックじみた様相を帯びており、それを見て風凪がはしゃいだように指差した。

 それに対し僕はやれやれ、と地面に視線を落とす。




 するとそこには、黒々とした蟻の大群が渦のような隊列を組んでいた。

 僕はそれに、何かしら不穏めいたものを感じ、顔を上げた。





 そして、我々は「彼女」を目撃したのだ。


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