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第二話:目は口ほどに物を言う《unopened》
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「それで、今日は代理人として、何か『仕事』があるの?」
風凪はかじかむ手を擦るようにしながら、明日語に尋ねた。
「うーん、そうだね。今日はちょっとしたお遣いをお願いしようかな」
明日語は右手に持った木片――通常の向きとは天地が逆に紐が括り付けられている絵馬、「逆さ絵馬」を手で弄びながら言った。
彼お手製のそれは、この語匿神社に参拝するための「鍵」、あるいはテレポート装置――またあるいは、周辺に「歪み」が存在しなければ機能しないという点では、「歪み」の探知機としての側面も持つ代物である。
幕上の一件においては、「舌切り雀」に襲われた風凪を救ったわけだが、平時においてはなんて事はない木片にしか見えなった。
「お遣い」といえば、風凪がその「逆さ絵馬」を世田谷区中に置いて回ったことがあったが(そして、それは風凪が幕上と接触する遠因にもなったわけだが)、その後も何人かの「依頼人」がこの「逆さ絵馬」に触れたことでこの語匿神社を「参拝」することになったらしい。
本来、明日語がその場に赴かずとも「歪み」によって悩まされている人々を発見することができるようにするために「逆さ絵馬」は制作されたのだから、その意味では風凪の「お遣い」は目的を果たすに至ったと言える。
そのうちのいくつかは、明日語一人によって解決されたし、またいくつかは風凪が代理人として動くことで最終的に明日語によって解決された。それらの中には、笑えるくらいあっさりと解決に至ったものもあるし、一方で笑えないくらい危機的な状態に近づいたものもあった。
しかし、いずれの物語においても、公になることなく、人知れず、ひっそりと幕を下ろした。
それが「回帰式」という「歪み」のスペシャリストともいえる明日語のやり方だった。
しかし、というか、だからこそ、というべきかは分からないが、そういうやり方を良しとする明日語が風凪に与える「お遣い」というのは、その本意を掴みにくいものであることがほとんどであり、今回もその例に漏れることはなかった。
「ある場所に行って、小石を拾ってきてくれるかな?」
「小石? 何か特別な石なの?」
「いや、別に石自体には意味はないのだけどね。重要なのは手順さ」
「手順、ね……。その、言ってたある場所っていうのは?」
「砧公園だよ。そこに祖師ヶ谷大蔵駅から歩いて行ってきてほしいんだ」
砧公園は世田谷区にある都立公園だ。桜の名所とも知られていて、園内には美術館も併設されている。四十ヘクタール近くもある、世田谷区のなかでも有数の広大な公園である。
しかし、最寄駅である用賀駅からでも徒歩で二十分ほどかかり、祖師ヶ谷大蔵駅からだとその倍はかかる。大抵の人はバスを使って行くような立地である。
世田谷区を中心に「回帰式」として見回り続けている(具体的にどれくらいの期間そうしているのかは、僕も風凪も正確には知らないのだけれど)明日語が、その程度のことを知らないわけもなく、だとすれば、彼がわざわざ「歩いて」と指示したことも何某かの意味を持っていることは容易に想像できた。
風凪も同様のことを思っていたようで、そのうえで口を開いた。
「その、『歩いて』っていうのが重要な手順なの?」
「まぁそうだね。もっと正確には、手順というよりは道順なのだけど」
いつものことながら、なかなか本意を話そうとしない明日語だったが、風凪としてもそんなことは慣れっこになっていたので、続けて尋ねる。
「じゃあ、何か道順についてもルールというか、指定があるの?」
「いいところに気が付くね、風凪ちゃんは。まさにその通りでね。谷戸川って知っているかい?」
「谷戸川? 初めて聞く名前の川だね」
「その川はね、砧公園に流れ着く川なんだよ。祖師ヶ谷大蔵駅より北側に関しては暗渠になっているから、ぱっと見では分からないんだけど、祖師ヶ谷大蔵駅の南側からは開渠になっているから、そこから川沿いを進むように砧公園に向かってほしいんだ」
幕上のときには、期せずしてではあるが、暗渠のうえに走る北沢川緑道や烏山川緑道をぐるぐると回ることになったわけだけれど、今回は開渠、つまり暗渠の逆で蓋などで隠されずに存在している水路を辿ることになりそうだった。それには何か因縁めいたものさえ感じてしまう。
「その、谷戸川に沿って進むことには何か意味があるの?」
「あるといえばあるし、ないといえばないんだけどね」
なんとなく噛み合わないような、二人の会話にこれまで静観を決め込んでいた僕も口を挟んだ。
そもそもどうして砧公園に石を拾いに行く必要があるのか、と。
「結論を急ぐねぇ。二不二は。まぁそれなりに手数を、というよりは歩数をかけるわけだから今回は目的くらい話してあげてもいいかな」
手数ないし歩数がかかったという意味では、「逆さ絵馬」のときと変わらないような気もしたが、しかし風凪から聞いた話によれば、「逆さ絵馬」に関してはその置く場所に特別な意味がないこと、無作為であること、つまりランダム性が必要であったがゆえに、あえて明日語はその目的を話さなかったという。
そうだとすると今回に関しては、そういうランダム性はそれほど重要にならない、もっといえば、道順まで指定しているあたり、むしろ作為的であること、意図的であることが必要なのだという風に考えることもできるのかもしれなかった。
もしそうだとすると、今回の「お遣い」に関しては、「逆さ絵馬」とは似ているどころか、むしろ対照的であるとさえ言っていい。
「二不二、色々考えてるみたいだねぇ。まぁそこまで考えていることはズレてはいないみたいだけれど」
そんな風に、口に出していない内心を覗いたように(あるいは本当に覗かれているのかもしれないが)嘯く明日語に、僕は居心地の悪さを感じながら、それで結局どういう目的なのか、と改めて問い直す。
「作りたいものがあってね、その素材集めっていうのが、目的かな」
作りたいもの?と僕は聞き直す。
小石での工作なんて子どもじみたものが明日語にはなんとも似つかわしくはないように僕には思えてしまった。
「盟神探湯って聞いたことあるかな?」
風凪はかじかむ手を擦るようにしながら、明日語に尋ねた。
「うーん、そうだね。今日はちょっとしたお遣いをお願いしようかな」
明日語は右手に持った木片――通常の向きとは天地が逆に紐が括り付けられている絵馬、「逆さ絵馬」を手で弄びながら言った。
彼お手製のそれは、この語匿神社に参拝するための「鍵」、あるいはテレポート装置――またあるいは、周辺に「歪み」が存在しなければ機能しないという点では、「歪み」の探知機としての側面も持つ代物である。
幕上の一件においては、「舌切り雀」に襲われた風凪を救ったわけだが、平時においてはなんて事はない木片にしか見えなった。
「お遣い」といえば、風凪がその「逆さ絵馬」を世田谷区中に置いて回ったことがあったが(そして、それは風凪が幕上と接触する遠因にもなったわけだが)、その後も何人かの「依頼人」がこの「逆さ絵馬」に触れたことでこの語匿神社を「参拝」することになったらしい。
本来、明日語がその場に赴かずとも「歪み」によって悩まされている人々を発見することができるようにするために「逆さ絵馬」は制作されたのだから、その意味では風凪の「お遣い」は目的を果たすに至ったと言える。
そのうちのいくつかは、明日語一人によって解決されたし、またいくつかは風凪が代理人として動くことで最終的に明日語によって解決された。それらの中には、笑えるくらいあっさりと解決に至ったものもあるし、一方で笑えないくらい危機的な状態に近づいたものもあった。
しかし、いずれの物語においても、公になることなく、人知れず、ひっそりと幕を下ろした。
それが「回帰式」という「歪み」のスペシャリストともいえる明日語のやり方だった。
しかし、というか、だからこそ、というべきかは分からないが、そういうやり方を良しとする明日語が風凪に与える「お遣い」というのは、その本意を掴みにくいものであることがほとんどであり、今回もその例に漏れることはなかった。
「ある場所に行って、小石を拾ってきてくれるかな?」
「小石? 何か特別な石なの?」
「いや、別に石自体には意味はないのだけどね。重要なのは手順さ」
「手順、ね……。その、言ってたある場所っていうのは?」
「砧公園だよ。そこに祖師ヶ谷大蔵駅から歩いて行ってきてほしいんだ」
砧公園は世田谷区にある都立公園だ。桜の名所とも知られていて、園内には美術館も併設されている。四十ヘクタール近くもある、世田谷区のなかでも有数の広大な公園である。
しかし、最寄駅である用賀駅からでも徒歩で二十分ほどかかり、祖師ヶ谷大蔵駅からだとその倍はかかる。大抵の人はバスを使って行くような立地である。
世田谷区を中心に「回帰式」として見回り続けている(具体的にどれくらいの期間そうしているのかは、僕も風凪も正確には知らないのだけれど)明日語が、その程度のことを知らないわけもなく、だとすれば、彼がわざわざ「歩いて」と指示したことも何某かの意味を持っていることは容易に想像できた。
風凪も同様のことを思っていたようで、そのうえで口を開いた。
「その、『歩いて』っていうのが重要な手順なの?」
「まぁそうだね。もっと正確には、手順というよりは道順なのだけど」
いつものことながら、なかなか本意を話そうとしない明日語だったが、風凪としてもそんなことは慣れっこになっていたので、続けて尋ねる。
「じゃあ、何か道順についてもルールというか、指定があるの?」
「いいところに気が付くね、風凪ちゃんは。まさにその通りでね。谷戸川って知っているかい?」
「谷戸川? 初めて聞く名前の川だね」
「その川はね、砧公園に流れ着く川なんだよ。祖師ヶ谷大蔵駅より北側に関しては暗渠になっているから、ぱっと見では分からないんだけど、祖師ヶ谷大蔵駅の南側からは開渠になっているから、そこから川沿いを進むように砧公園に向かってほしいんだ」
幕上のときには、期せずしてではあるが、暗渠のうえに走る北沢川緑道や烏山川緑道をぐるぐると回ることになったわけだけれど、今回は開渠、つまり暗渠の逆で蓋などで隠されずに存在している水路を辿ることになりそうだった。それには何か因縁めいたものさえ感じてしまう。
「その、谷戸川に沿って進むことには何か意味があるの?」
「あるといえばあるし、ないといえばないんだけどね」
なんとなく噛み合わないような、二人の会話にこれまで静観を決め込んでいた僕も口を挟んだ。
そもそもどうして砧公園に石を拾いに行く必要があるのか、と。
「結論を急ぐねぇ。二不二は。まぁそれなりに手数を、というよりは歩数をかけるわけだから今回は目的くらい話してあげてもいいかな」
手数ないし歩数がかかったという意味では、「逆さ絵馬」のときと変わらないような気もしたが、しかし風凪から聞いた話によれば、「逆さ絵馬」に関してはその置く場所に特別な意味がないこと、無作為であること、つまりランダム性が必要であったがゆえに、あえて明日語はその目的を話さなかったという。
そうだとすると今回に関しては、そういうランダム性はそれほど重要にならない、もっといえば、道順まで指定しているあたり、むしろ作為的であること、意図的であることが必要なのだという風に考えることもできるのかもしれなかった。
もしそうだとすると、今回の「お遣い」に関しては、「逆さ絵馬」とは似ているどころか、むしろ対照的であるとさえ言っていい。
「二不二、色々考えてるみたいだねぇ。まぁそこまで考えていることはズレてはいないみたいだけれど」
そんな風に、口に出していない内心を覗いたように(あるいは本当に覗かれているのかもしれないが)嘯く明日語に、僕は居心地の悪さを感じながら、それで結局どういう目的なのか、と改めて問い直す。
「作りたいものがあってね、その素材集めっていうのが、目的かな」
作りたいもの?と僕は聞き直す。
小石での工作なんて子どもじみたものが明日語にはなんとも似つかわしくはないように僕には思えてしまった。
「盟神探湯って聞いたことあるかな?」
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