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しおりを挟む夢を見ていた。
優しく愛おしい恋人と、二人ベッドで微睡む夢を。
ちょっと狭いね、もう少し大きいやつを買おうか、なんて笑いながら話していた。でも本当は、肩が触れ合う距離が幸せだった。
だから、やっぱりこのままでいいや、なんて言おうとして。
目が覚めた。と同時にすぐ側、というか真隣から声がした。
「おはよう!気分はどう?僕が誰か分かる?昨日君にーー」
起き抜け一発、目に入ったのは見知らぬ顔の男のにこやかな笑みだった。
ぶん殴った。
反射だった。
「すみません、つい反射で」
「君割と暴力的だよね、まあいいけど」
そんな所も可愛いよ、等と宣いながらぽっと頬を赤らめる男の顔はひどく美しかった。造形的な意味もあるが、それだけではない。赤みの差した頬は、つるりと滑らかな曲線を描き、傷一つなかったのだ。
つい先程殴ったばかりの頬は腫れるどころか、既に痕すら残っていない。明らかに普通の人間ではない。そもそも家にあげた覚えも無いのに当たり前の様にベッドに居る時点でおかしい。おまけに言動もおかしい。警戒しつつ問いかけた。
「あの、貴方誰ですか」
「誰って、僕だよ僕。昨日君を助けてあげたじゃん」
投げかけた問いにあっさりと男は答えた。薄々気づいていたとはいえ、実際に答えを知ると中々衝撃は大きい。枕に顔を埋め、ため息をついた。
「夢じゃなかったのか……」
「夢が良かったの?残念ながら現実なんだよ、可哀想に。君があの人間を殺したのも、埋めようとしたのも。そして、僕と契約したのもね」
殺した。埋めようとした。その二文がやたらと鮮やかに聞き取れた。
「あ……」
彼の言葉を聞いた途端、脳内に昨日の光景が駆け抜ける。
そうだ、昨日先輩が来て、別れてくれって言って、俺はその首を絞めて、先輩は、それで、俺は先輩を……
ヒュッ、と空気が漏れる音が自身の喉からした。心臓が思い出したように音を立てる。呼吸が上手くいかない。浅い呼吸に目の前がチカチカと揺れてふらついた。
俺、俺は昨日、先輩を殺したんだ、コードで、首を絞めて、先輩がもがいて、押さえつけて、少しして力が抜けて……
ぐらぐらと脳が揺れる。頭が痛い。視界が滲んで目の奥がツンと痛んで苦しくて。
ふわり、温かいものが体を包んだ。
「大丈夫」
優しい声が耳元で響く。背中を摩る手が、一定のリズムでトントンと叩くのが、呼吸の速度を緩やかに整えていく。
「大丈夫だよ。僕が全部無かったことにしたから、君は何にも心配しなくていい。君を責める者は誰も居ない。」
君は何にも悪くないよ。だから安心して、僕がついてるよ。
縋るように空をかいた手が、緩く握りしめられた。
ああ、駄目だ、これは。
これは麻薬だ。自分の罪に向き合う事を忘れされる、甘い言葉達。これに縋っては駄目だ。
そう思うのに、腕の中から逃れる事も突き放す事も出来ない。ぽろぽろと落ちる涙が止められない。
「好きなだけ泣いていいよ」
その言葉に、抗えはしなかった。
どれ程そうしていたのだろうか。漸く止まった涙を乱雑に拭い、それでも油断すれば落ちそうになる涙から意識を逸らすため、彼が度々口に出していた言葉について尋ねた。
「け……契約って、なん、ですか」
実際、気になってはいた。何せ心当たりがない。先輩を隠してくれとは言ったが、それと今ここに彼が居ることがどう関係するのか分からなかったからだ。
しかし彼はまるで予想外だとでも言うように目を瞬いて、そうして緩く首をかしげた。
「うん?ちゃんと言ったじゃん。
『全部無かった事にしてあげるから、対価は君自身で払ってね』って」
何を今更?とでも言いたげに彼が述べたその内容に思わず固まる。
「は……?」
何だそれ。聞いてない、と言おうとして、頬に伸びた手に声が詰まる。いつの間にか離れていった熱は、真っ直ぐにこちらを見据えていた。金色の、人ではないモノの色をした目が、妖しく細められる。
「僕、君に惚れちゃったんだ。僕と契りを交わして欲しい。」
君の願いは叶えたんだ。今度は君の番だよ。
ーーちゃんと、契約は守ってね。
「は……?」
つう、と背筋を汗が伝った。
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