ばけものとにんげん

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     先輩と付き合いだして一週間、初めて家に招いたその日の事だった。夜も更けて、静かな部屋で二人きり。目を伏せて、ほんの少し笑って見せた顔に見蕩れていた、その時。
  「お前、女みたいな顔してるからイケると思ってたんだけどさ。やっぱ無理だわゴメン、ってことで別れてくれ」
   お前がホモだって事は黙っといてやるからさぁ。だから俺と付き合ってた事も言わないでくれよ、なっ?
  ぴしゃりと冷や水を浴びせられたようだった。幸せの絶頂から突き落とされるとはまさにこのことだろう。つらつらと言葉を重ねる先輩の顔は、あれほど焦がれ見蕩れた顔が、まるでおぞましい何かのようで。
    「……なあ、聞いてる?」
    微動だに出来ない俺の肩に手を置いた先輩に、俺は。
 半ば思考停止状態の中、咄嗟に近くにあった充電器のコードを手にとった。

  
  



  ピクリとも動かなくなった先輩の手を取り、手首に指を当てる。脈は無い。じっと胸を見ても上下することもなく、呼吸音も聞こえない。
  ひょっとしたら気を失ってるだけかもしれない、などと淡い希望を抱いていたがそれも粉々に打ち砕かれた。
先輩は死んでしまったのだ。俺が殺してしまった。




   これからどうしようか。
  冷えた頭の隅で、何より先に出たのはそんな疑問だった。いの一番に出るはずの〝自首する〟という選択肢は、何故かこの時浮かぶことはなかったのだ。落ち着いているようで、本当は焦っていたんだろう。
    そして人間とは、焦っている時は碌なことを思いつかない生き物である。
   「埋めるか」
    果たして俺はその例に漏れず、碌でもないことを思いつき、挙句そのまま決行してしまったのだ。





    車の免許を取っておいてよかったと、これ程強く思ったことは無い。電灯一つない暗い山道を走って二時間半、人の手が入っていない森は鬱蒼として不気味だった。鳥の鳴く声が響く中、ふと思いたって鞄を開けた。
  「……先輩」
   するり、と日に焼けた小麦色の肌を撫でる。初めて触れたそれは柔らかく、そして冷たかった。
   「先輩、俺、貴方が告白受け入れてくれた時、すごく嬉しかったんですよ」
    薄い唇に指を添える。ここから零れる音が、言葉が好きだった。最後には酷い言葉を吐き出したけど、優しい言葉もたくさん紡いでくれたのだ。
  「好きだったんです、本当に。優しくて、かっこよくて……」
   俺は何をしているんだろう。自己保身の為に全てを隠そうとしているくせに、何を語っているんだろうか。おかしいと思うのに言葉は止まらない。俺はどこか壊れてしまったのだろうか。
   ああ駄目だ、早く埋めてしまわなければいけないのに。ふらつく足取りのまま、茂みの中へと入り込む。
   ザリ、とシャベルを土に突き刺した。固い石の感触がする。ひたすら土を掘り返して、また突き刺してを繰り返して。
ーーこんなことして何になるんだ。こんなの一時しのぎでしかない。
   脳裏に過った言葉に手が止まった。再び手を動かしても、一度浮かんだ考えは止まらない。
ーーいつか見つかってしまう。いや寧ろ自首するべきなんじゃないのか。今からでも遅くない、今ならまだ間に合う。
    ザク、ザク、土を切る音に只管耳を傾ける。何も考えたくないのに、思考が溢れて止まらない。それでも手を止めることも出来ない。矛盾した思考と行動に神経がすり潰されていく。
    ああ、もう何も考えたくないのに。
    全部無かった事になれば。
 







 「そんなんじゃあダメだよ」
   若い男の声だった。
   聞こえるはずもないその声に、一気に体が総毛立つ。バッと振り向いても誰もいない。かといって、空耳だとは思えなかった。あまりにも明瞭に聞こえたそれは、確かに男のものだった。こんな山奥に、人が?いや、それよりも。見つかってしまったのか?額に汗が伝って、震えが止まらなくなる。
    しかしそんな俺を意に介することはなく、姿の見えない声の主はさらに言葉を続けた。
  「それ、そんな所に埋めたってすぐ見つかってしまうよ」
   それ、と指すままに手元の鞄を見る。
   「僕に任せて、絶対見つからないようにしてあげる」
   「な…に、どうやって」
    

  「食べてあげるよ、丸ごと全部」
    

   ゾクリ、背中に悪寒が走る。ドクンドクンと心臓が煩く強く鳴り響く。
  これ、この「何か」に関わるなと、全身の神経が警笛を鳴らす。触れるな、答えるな、ここから逃げろと。
「…本当に、絶対に見つからないのか」
  しかし、口から零れたのは全く違う言葉で。しまった、と思った時にはもう遅かった。
  「うん、絶対。約束しよう。俺に全部任せてくれる?」
   「お願い…」
  やめろと警告する脳に背いて、口が勝手に動いて、その「何か」の言葉に縋り付くように声を発する。
   「全部、無かったことに、」




  「じゃあ、契約ね」
   闇の中で、「何か」が笑う。ぼたりと唾液が滴って、真っ赤な口が大きく開いて。
   それを見た瞬間、ぐらりと意識が遠のいて。「何か」が告げた言葉は、ついぞ聞けないままに視界が黒く染まった。




   「君の願いを叶えてあげる。〝全部無かった事に〟だっけ?大丈夫、僕が解決してあげるからね。








対価は、君自身で払ってもらうよ」


  ぐしゃり、肉が潰れる音が響いた。






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