ばけものとにんげん

星見くじ

文字の大きさ
上 下
1 / 9

1

しおりを挟む








     先輩と付き合いだして一週間、初めて家に招いたその日の事だった。夜も更けて、静かな部屋で二人きり。目を伏せて、ほんの少し笑って見せた顔に見蕩れていた、その時。
  「お前、女みたいな顔してるからイケると思ってたんだけどさ。やっぱ無理だわゴメン、ってことで別れてくれ」
   お前がホモだって事は黙っといてやるからさぁ。だから俺と付き合ってた事も言わないでくれよ、なっ?
  ぴしゃりと冷や水を浴びせられたようだった。幸せの絶頂から突き落とされるとはまさにこのことだろう。つらつらと言葉を重ねる先輩の顔は、あれほど焦がれ見蕩れた顔が、まるでおぞましい何かのようで。
    「……なあ、聞いてる?」
    微動だに出来ない俺の肩に手を置いた先輩に、俺は。
 半ば思考停止状態の中、咄嗟に近くにあった充電器のコードを手にとった。

  
  



  ピクリとも動かなくなった先輩の手を取り、手首に指を当てる。脈は無い。じっと胸を見ても上下することもなく、呼吸音も聞こえない。
  ひょっとしたら気を失ってるだけかもしれない、などと淡い希望を抱いていたがそれも粉々に打ち砕かれた。
先輩は死んでしまったのだ。俺が殺してしまった。




   これからどうしようか。
  冷えた頭の隅で、何より先に出たのはそんな疑問だった。いの一番に出るはずの〝自首する〟という選択肢は、何故かこの時浮かぶことはなかったのだ。落ち着いているようで、本当は焦っていたんだろう。
    そして人間とは、焦っている時は碌なことを思いつかない生き物である。
   「埋めるか」
    果たして俺はその例に漏れず、碌でもないことを思いつき、挙句そのまま決行してしまったのだ。





    車の免許を取っておいてよかったと、これ程強く思ったことは無い。電灯一つない暗い山道を走って二時間半、人の手が入っていない森は鬱蒼として不気味だった。鳥の鳴く声が響く中、ふと思いたって鞄を開けた。
  「……先輩」
   するり、と日に焼けた小麦色の肌を撫でる。初めて触れたそれは柔らかく、そして冷たかった。
   「先輩、俺、貴方が告白受け入れてくれた時、すごく嬉しかったんですよ」
    薄い唇に指を添える。ここから零れる音が、言葉が好きだった。最後には酷い言葉を吐き出したけど、優しい言葉もたくさん紡いでくれたのだ。
  「好きだったんです、本当に。優しくて、かっこよくて……」
   俺は何をしているんだろう。自己保身の為に全てを隠そうとしているくせに、何を語っているんだろうか。おかしいと思うのに言葉は止まらない。俺はどこか壊れてしまったのだろうか。
   ああ駄目だ、早く埋めてしまわなければいけないのに。ふらつく足取りのまま、茂みの中へと入り込む。
   ザリ、とシャベルを土に突き刺した。固い石の感触がする。ひたすら土を掘り返して、また突き刺してを繰り返して。
ーーこんなことして何になるんだ。こんなの一時しのぎでしかない。
   脳裏に過った言葉に手が止まった。再び手を動かしても、一度浮かんだ考えは止まらない。
ーーいつか見つかってしまう。いや寧ろ自首するべきなんじゃないのか。今からでも遅くない、今ならまだ間に合う。
    ザク、ザク、土を切る音に只管耳を傾ける。何も考えたくないのに、思考が溢れて止まらない。それでも手を止めることも出来ない。矛盾した思考と行動に神経がすり潰されていく。
    ああ、もう何も考えたくないのに。
    全部無かった事になれば。
 







 「そんなんじゃあダメだよ」
   若い男の声だった。
   聞こえるはずもないその声に、一気に体が総毛立つ。バッと振り向いても誰もいない。かといって、空耳だとは思えなかった。あまりにも明瞭に聞こえたそれは、確かに男のものだった。こんな山奥に、人が?いや、それよりも。見つかってしまったのか?額に汗が伝って、震えが止まらなくなる。
    しかしそんな俺を意に介することはなく、姿の見えない声の主はさらに言葉を続けた。
  「それ、そんな所に埋めたってすぐ見つかってしまうよ」
   それ、と指すままに手元の鞄を見る。
   「僕に任せて、絶対見つからないようにしてあげる」
   「な…に、どうやって」
    

  「食べてあげるよ、丸ごと全部」
    

   ゾクリ、背中に悪寒が走る。ドクンドクンと心臓が煩く強く鳴り響く。
  これ、この「何か」に関わるなと、全身の神経が警笛を鳴らす。触れるな、答えるな、ここから逃げろと。
「…本当に、絶対に見つからないのか」
  しかし、口から零れたのは全く違う言葉で。しまった、と思った時にはもう遅かった。
  「うん、絶対。約束しよう。俺に全部任せてくれる?」
   「お願い…」
  やめろと警告する脳に背いて、口が勝手に動いて、その「何か」の言葉に縋り付くように声を発する。
   「全部、無かったことに、」




  「じゃあ、契約ね」
   闇の中で、「何か」が笑う。ぼたりと唾液が滴って、真っ赤な口が大きく開いて。
   それを見た瞬間、ぐらりと意識が遠のいて。「何か」が告げた言葉は、ついぞ聞けないままに視界が黒く染まった。




   「君の願いを叶えてあげる。〝全部無かった事に〟だっけ?大丈夫、僕が解決してあげるからね。








対価は、君自身で払ってもらうよ」


  ぐしゃり、肉が潰れる音が響いた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その関係はこれからのもの

雨水林檎
BL
年下わんこ系教師×三十代バツイチ教師のBL小説。 仕事中毒の体調不良、そんな姿を見たら感情があふれてしまってしょうがない。 ※体調不良描写があります。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

そういった理由で彼は問題児になりました

まめ
BL
非王道生徒会をリコールされた元生徒会長が、それでも楽しく学校生活を過ごす話。

あざといが過ぎる!

おこげ茶
BL
 自分のかわいさを理解して上手いこと利用しているつもりの主人公、美緒のあざとさは本人が思ってもいない方向に作用していた!? 「や、僕女の子が好きなんだけど!?」 ※基本的に月曜日の19時更新にする予定です。 ※誤字脱字あれば、ぜひふわふわ言葉で教えてください。爆速で直します。 ※Rは今のとこ予定ないです。(もしかしたらあとから入るかも。その時はごめんなさい)

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!? ※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。 いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。 しかしまだ問題が残っていた。 その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。 果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか? また、恋の行方は如何に。

処理中です...