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第14話 《有名人の姉が居る一般弟ですが、世の中だいたいこんなもん》
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暗い闇の中耳からは甲高い音が等間隔、一定のリズムで聴覚よって情報として頭に中に入り込む、
その他に微かなエンジン音と共に金属を削る──例えるなら爪で黒板を傷つけるような耳を劈く不快な音と共に意識がこちら側へと接続される。
もう慣れてしまったが最悪な目覚めだ。
目を開くと闇の中に光が差し視界が鮮明になる。
眠った時と同じように
《バートン》……通称おっちゃん
まあ俺が勝手におっちゃんと呼んでいるだけなのだが、
彼が大柄な体型に似合わない手のひらに収まってしまうような金槌で鉄を叩いていた。
「──おはよう」
「ようやく起きたかお前さん……
仕事場でなく自分の家で寝ろと何度言ったらわかるんじゃ?
ここは儂の家じゃ、家賃請求するぞ」
「ここの方が暖かいし安心するんだ」
「だとしても儂の作業の邪魔になるんじゃ」
「だったら俺が寝ている内に外に放り出せばいい、今の季節なら《凍傷》のデバフもかからないだろう?」
「……全く、相変わらずお前さんは生意気じゃな」
「んなこと言いながらそんな俺を構ってくれるおっちゃん、
俺は好きだよ?」
寝ている間にかけてくれたのであろう毛布を畳み横に存在する机の上に置きながら身体を伸ばしながら立ち上がる。
視界と嗅覚共に良好そして身体に違和感なし、しっかりと身体全体に力が巡っている活動には問題ない。
「さておっちゃん、そろそろ出かけてくるよ」
「ん?まだ告知されたいべんとの時間には早いぞ?」
「野暮用だよ野暮用」
「分かった、帰りはいべんとが終わった後か?」
「ん~多分そうだと思う、おっちゃんは避難しないの?」
イベントが《防衛戦》だと発表されてから、各都市や街、村は防衛戦力を増強すると共に非戦闘職及び低レベルのプレイヤー、NPCに各都市は住民に避難するように勧告を出している。
「儂はこの場所を守らにゃいかん、大人しくお前さんの帰りを待っとるよ」
ギャディア開始時には世界の住人として生を受け過ごすいわゆる《ストーリーモード》と
旅人としてこの世界に流れ着く《フリーモード》の2つが選ぶことができ此処《崩壊せるる街 オリナル》は《フリーモード》における旅人が最初に流れ着く地、
つまり開始地点に設定されている。
サービス開始初期は閑古鳥が泣いているような家が数件あるだけの小さい村のような街だったが、
今では日々新規プレイヤーやNPCが増え大都市に引けを取らないほど規模を広げている事からおそらく防衛戦でも敵側の標的に設定されているだろうとプレイヤー達は予想しており、
付近の《集団》、《軍団》を集め傭兵を雇い防衛チームが組まれている。
「でも……」
「それにこの工房が無くなったらお前さんも困るじゃろ?」
ほれと1枚の紙を俺に見せる、
その紙には防衛区域が書かれていた。
確かに対象範囲には入っているが……
おっちゃんの工房があるエリアはオリナルの中心から大分離れ貧民街、
《安全圏》内ではあるがフィールドに限りなく近い場所に存在する。
街で配られていた防衛区域内には指定されている事から安心はできるが安全ではない可能性は存在する。
おっちゃんは自分で素材を集める事も多々あるのである程度戦えるレベルにはステータスを上げているが、
それでも戦闘職としては中堅に入るかどうかのレベルだ。
もしそれ以上のモンスターが防衛線を突破してきたら為す術がない、
《防衛戦》時に他の場所に転移できる、《安全圏》及び《転移》はしっかり機能するのか否かも不安な不確定要素だ。
この工房には入口が窓しか存在せず、そこから入る時も窓脇の壁に手を当てセンサーでプレイヤーを識別させなければならない。
もし識別登録されていないプレイヤー又はNPCが侵入しようと試みた場合、
窓の先は炉の中に続く細い一本道に"変化"しその中をある程度進めば入口の窓が塞がり対象を閉じ込める。
転移するか壁を壊すか炉に入り生涯を終えるかの選択肢しか選べなくなる。
おっちゃんは自身が所持する《ホーム》なのでドアに触れれば工房内に自由に転移できるから論外だ。
お金はあるので俺は投資として壁を城壁並みに強化したが迎撃出来ない城などただのでかい的でしかない、
おっちゃんの反対押し切るか無許可で迎撃用に自動小銃でも付けた方が良かったか?
視界の端を見ると時刻は18時過ぎを指していた。
「んじゃあ行ってくるけどほんと気をつけてな、
なんかあったら直ぐにメッセージで連絡くれ」
「お前さんも精々気をつける事じゃな」
「ああ」
転移を選択し目的地へと飛ぶ。
────────────────────
色とりどりに輝くネオンの光が街全体を輝かせている、上空を見上げれば暗闇がそこには存在しているが、
その暗闇を消し飛ばしてしまうほどの眩い光に辺りは包まれていた。
何処を見渡してもネオンや街灯などでこれでもかと言うほどライトアップされている。
《無影の都市 ソレイス》
別名……眠らない街
(相変わらず目に悪すぎる)
何度か足を踏み入れたことはあるが何度来ても感想が変化することは無い、
まるで太陽を常時見ているかのような光景だ、
まああくまでも脳で接続したVRMMOの世界なので目が被害を被ることは無いが……
それにそれぞれの店を象徴する看板もごちゃごちゃしていて毎秒送られる大漁の情報量に脳が処理しきれてない。
目眩と頭痛がしてきた。
ソレイスは青く輝く海《エンスオーシャン》が有名なリゾートスポットでカジノや《ラストル》という騎乗用のモンスターを使った競馬のようなもの、アスレチックのようなアウトドアからカードゲームのような室内で遊ぶものまで、
ギャディア内全ての娯楽をこれでもかという程詰め込んだような場所だ、
ソレイス無い娯楽は何処を探してもないとも言われている。
普段なら依頼を受けた時以外一切足を踏み入れない、踏み入れたくない場所だが今日は自分の意思で目的がありここに来ている。
(あと2時間か……どうやって時間潰そうか)
フードを目深に被りあまり人目に付かないように道の端を歩く、
どうせなら路地裏に入ってしまおうか?
路地裏であれば少しはこの眩暈を起こすような光を直視しなくて済むだろう。
近くの裏路地に入り目と脳を休ませる、
裏路地には裏路地で店が存在するので完全には無くせないがマシになった……
何人もの客引きと思われる存在とすれ違ったが、
誰も俺には声をかけない。
おそらくこの初期ローブを来ていることから金なんて持っていない《放浪者》だと判断されているのだろう、
人を見た目で判断するのはどうかと思うが余計な声をかけられないのは有難い。
そのまま進んでいると背後から数人俺を走って追い抜く、
そしてそのまま角を曲がろうとした所で彼らは止まった。
暇ので彼らについて行くように進むと先には大勢のプレイヤー達が密集し通れなくなっていた。
「くっそ~もう人集りができてるのかよ!!」
「だから言ったでしょ!早く行かないと写真撮れないってっ!」
写真?なにかイベントでもやっているのだろうか?
ソレイスにはプレイヤーやNPCが集まりやすい場所がいくつも存在するが裏路地にまで伸びてくるなんて状況は今まで見た事がなかった。
「この人集りはなんですか?」
わざとらしく足音を鳴らし壁に背を預けていた男性に声をかける。
「YukariだよYukari、君も彼女目当てで来たんじゃないのかい?」
「Yukari?あのアイドルの?」
「ああそうだよ、彼女をひと目見ようとここまで来たんだけどこれだけ人が居たら無理か……って大丈夫かい?」
「……多分大丈夫です」
彼らの話を聞くにつれ強い立ちくらみと目眩に襲われ倒れそうになったが何とか踏ん張る。
「俺、他のルート探してみます」
「ああ、お互い頑張ろうな」
なにか勘違いしている彼に別れを告げ来た道を戻る。
そして裏路地を曲がりながら誰も居なくなったのを見て壁に取り付けている室外機と配管、
窓枠などに足をかけ建物の屋上まで素早く駆け上がった。
そして人集りが出来ている方を見ると何処かの同人イベントと勘違いしてしまうような人集りが数百m程できていた、
その殆どの目当てはその騒ぎの中心人物、
そして集まったファンに向かい笑顔で手を振る存在ただ1人。
視界には赤く《立ち入り禁止区域》と表示され10秒のカウントダウンが始まる、
10秒以上この場所にいたら管理システムにより俺は蜂の巣になるだろう、
その前に仕度を済ませないと行けない。
ステータス画面を開き衣装欄から《スーツ》を選択すると服が変化し、ネクタイをしっかりと締め直す。
そしてアイテム欄から《サングラス》と《櫛》を実体化させ髪を後ろに流し、
サングラスをかけながら助走をつけ落下防止の柵を飛び越え空中に飛び出す。
ここまで9.65秒、面倒事のひとつは避けられた。
この高所から落下の浮遊感は何度やっても慣れない、
目的地への距離と踏み出した時の力量計算はバッチリだ。
騒ぎの中心に、周囲の存在を巻き込まないように着地する。
突如空中から現れた俺に周囲の視線は集中する。
「一向に戻る気配がないので迎えに来ましたよ
Yukari?」
周囲の喧騒は俺の存在と発した言葉により静まり返る。
よし場の空気は支配した、あとはこのまま最速最短で有無を言わせず強行する。
「ファンの皆様には申し訳ないのですがYukariはこの後開催されるライブの準備に入ります、
この続きはぜひ会場でお楽しみ下さいませ」
集まった存在に向け一礼しYukariを脇に抱え空に飛んだ、逃げるが勝ちだ。
「えへへ~」
騒ぎの張本人は大人しく脇に抱えられながら何やらにやにやと笑みを零していた、
そんな表情を見て俺は少しイラッとする。
「えっ!?早いっ!きゃあああああああああああああぁぁぁ」
俺はそんな顔ができないよう速度を上げながら光り輝く都市を駆けた。
────────────────────
鳴美 優花麗
ほのかに赤みがかかった黒の瞳が特徴的な、日本人ならば知らぬ者はいない有名人、
日本に住んでいたら現実世界、仮想世界問わず彼女を見ない日はない。
10歳で子役として電撃デビューしたかと思えば、その美貌と演技力、理想的な大和撫子として老若問わずに男性を魅了、
可愛い衣服の組み合わせやオススメの化粧品やらコスメテクをネットで紹介することでで女性をも虜にした存在。
彼女が歌ったCDが発売されれば間にオリコントップに躍りだし、動画サイト投稿された動画はどれも急上昇ランキングに乗り一日で100万再生は超え、
彼女がドラマに出演すれば視聴率は脅威の50%を軽く取り、
彼女がライブを開けばチケットは2分で売り切れ同時接続による負荷でサーバーがダウンしたMMOもあった。
それに日本のみならず世界でも着々と認知度を高めている。
人を惹きつける天才、自分の魅力を熟知し活かす天才ソロアイドル《Yukari》それが彼女だった。
「はぁぁああああ」
「そんなわかりやすく溜息付かないで欲しいな」
「ああああああぁぁぁあああああ」
「りっくん本当にごめんね」
「もうやだああああああああぁぁぁaaaaaaaaa」
「ごめんってばっ!?」
泣きそうになっている目の前の天才アイドルは俺の義姉である、
幼い頃から姉の才能は発揮されており、
そのせいで色々とトラブルに良く巻き込まれていた。
先程のような状況も1度や2度じゃない。
「私からも謝ります、ごめんなさい陸さん」
「いやこのダメ姉が行けないんです梨恵さんは悪くないです」
姉の横に座っているスーツ姿で眼鏡をかけた女性は齋藤 梨恵さん、Yukariの専属マネージャーだ。
「ですが……」
「ダメ姉が何も問題を起さない訳ないんです、
今まで何度も何度もダメ姉は何かしら問題起こしてますから、
このダメ姉は言っても聞かないワガママですから。
ダメねえは仕事モードじゃない時は基本へっぽこ姉ですからHAHAHAHAHA」
「人の事ダメダメ言わないで……」
「本当ですね、ライブにリハ最中に居なくなってファンの人たちに囲まれるわ、
海外ロケ休憩の最中に消えて部族の人と仲良くなってるわ、
この前だって休憩時間に客引きなんて頼まれちゃって……」
「「はぁ」」
俺と梨恵さんの溜め息が重なる。
「だからごめんなさいってば!」
「それで陸さんはこれからどうなされるんですか?」
「もう入場が始まってますからそっちに行きます」
理恵さんは顎に手を当て何かを考え思い立ったように口を開く。
「陸さんさえ良ければ関係者席が空いてますがそちらにどうですか?」
「え?」
願ってもいない申し出に戸惑う。
「嬉しい申し出ですが大丈夫なんですか?」
「はい、陸さんには今回もお世話になりましたから是非」
「りっくんも一緒に出る?」
なんでそうなる……
俺のほっぺたをつつく彼女の手を払った。
「ちなみに席は何処ですか?」
────────────────────
『本日は公式公認プレイヤー《Yukari》によるギャウリディア大型アップデートを記念した前夜祭ライブにお集まり頂き誠にありがとうございます。
会場内での飲食及び武器の所持は御遠慮ください。
鎧を身に付けていらっしゃる方は周りの方のご迷惑になりますので着替えをお願い致します。
又許可ない写真撮影、録音、録画はお断り致します。
それでは楽しいひと時をお過ごしください』
「じゃっ!行ってくるね!」
その言葉と共にステージ衣装に着替えたYukariはステージへ上がる階段を上り……
「いっったっい!!」
段差に足を引っ掛けて思いっきり転ぶ、
手を差し出し彼女を立ち上がらせる。
「大丈夫か?ほれ頑張れ」
俺が一言そう呟くと花のように笑顔を咲かせる。
「うんっ頑張ってくるから見ててね!」
「ああ」
俺は舞台裏から舞台の真正面に設置された関係者用の席に移動する。
俺が席に座るとそれを待っていたかのように曲のイントロが流れ初め彼女がステージ上に出るパッとステージ上がライトに彩られると共に静まり返っていた会場が歓声に包まれる。
踊り出した彼女は凄いとしか言えないほど完成されていた、
ギャウリディアでは現実の身体と同じように身体を動作させることが出来るがあくまでも同じようにしか動かない筋肉も骨も関節も神経も仮想アバターには存在しない、
つまりどのように身体が動いているのか筋肉を通じて細かい情報は脳に送られず、
思ったように身体が動かせない状況が発生する。
例えるなら軽く手を左右振るはずだったが力の制御が効かず予想より大きく左右に降ってしまったり細かい制御ができないと言った方がいいのだろうか?
もっと分かりやすくするならば体の感覚がない。
技術の発展により最近では自分の手や足がこの長さで存在し、大きさはどうでという情報を脳に送ることで現実と同じ用に自身を感じ取れるようになり、
身体の制御をやりやすくなったが、未だ本来の筋肉の役割をなす物を作成する事は難しいと言われている。
現実世界でトップクラスのダンスセンスを持った人物が仮想世界に来て自身のアバターを現実のように動かそうとすると、力を制御しきれずアバターに振り回される事もよくあり上手く踊れないという状況が多発する。
脳は身体に止まれと指示しているのに、アバターは直ぐには止まれず脳が混乱してしまう現象も起こり得る。
そんなアバター制御が難しい中でYukariは一切身体のブレがなく決める時はピタッと体の動きを止め時折ポーズを決め天才的センスを見せつける。
それは彼女の仮想世界の適正、《VR適性》が高いというのもあるのであろう。
《VR適性》が高ければ高いほど脳からアバターに命令が早く伝わり、アバターから脳に伝達する情報も短時間で多くの量を処理できる、
逆に適性が低いと脳で命令を下してからアバターに反映されるまでコンマ数秒の遅れがあったり、アバターの視界から入る情報が脳に伝わった時、処理しきれず目眩や頭痛などの症状を起こす可能性がある、
長時間のプレイであれば特にだ。
例えるなら文字がたくさん羅列された本を読んだ時と同じ状態だ。
まあ適性低い者は低いなりにやりようはある、
脳からアバターに伝わり反映されるまでのラグを考慮して判断を下し身体を動かせばいいだけだ。
「どうですか、彼女のライブは?」
Yukariに見とれていたが梨恵さんの声で引き戻される。
「そうですねやっぱり映像で見るより生でってこの世界も映像のようなものですが、
それを忘れてしまう程に凄いですね。
まあチラチラとこちらに視線を送ってくるのは気になりますが……」
毎回ライブ前日にはこちらの場所を教えてとメールが来るのだが、虚偽の場所を報告しても確実にこちらの位置を把握し視線を送ってくる、
ある意味《狙撃手》より怖い。
そんな事を考えると曲途中のターンでYukariはこちらに目線を合わせて来る。
「……久しぶりにあったので姉さんの気持ちはわからないでもないですが」
会話アプリでほぼ毎日の様に連絡を取り合ってはいるが直接会う機会は少なく、
ネット配信やテレビに出演している仕事モードの姉さんの方が何かと見る機会が多い。
前半最後の曲が終わりYukariがステージ袖に退場する。
『只今より15分間の休憩でございます。
お客様にお申し上げ上げます、
客席内での飲食又装備品の手入れ、トレードなどは御遠慮ください。
それでは、公演開始までしばらくお待ちくださいませ』
梨恵さんと一緒にステージ裏に向かうとYukariいや、ダメ姉はステージ袖からこちらに走りながら俺目掛けて飛んだ。
一瞬避けようかとも考えたが避けた場合壁に激突するだろう、
周りに迷惑はかけられないので諦め、抱き留める。
「りっくん!!どう見てた?どうだったっ!?」
頬ずりするかのような勢いで顔を近づけ感想を求めてくる。
「良かったよ、さすが姉さん」
「でしょ?」
「Yukari?あまり弟さんに迷惑かけない方が……」
梨恵さんが持ってきた水を姉さんは受け取りストローで飲む。
他のVRMMOゲームでは水分補給する必要は無いがギャウリディアでは違う、
飲まなければ《脱水症状》のデバフが発症し
身体が重くなり消費スタミナの増加と《視界不良》デバフを受けるため水分補給は大事だ。
「姉弟のスキンシップなんだからこれくらい当然だよね~?」
「姉さん少しでも体を休めて後半のためにスタミナを回復しないと……」
「ほんと、このスタミナシステム?要らないよね、まだまだ元気も体力も有り余ってるって言うのに~
りっくん成分も補充できてるからあと半日は本気で行けるよ?」
俺から離れ不服そうにパイプ椅子に座りながら不満を漏らす。
その後ろでは《ヘアメイクアーティスト》さんが髪のポリゴンの乱れがないか隅々まで調べ、
《メイクアップアーティスト》さんも化粧の乱れがないかを確認している。
ギャウリディアではスタミナが命である、
プレイヤーによっては現実世界と同様に身体を動かしていても現実より早くスタミナが切れる状況が起こり得る、
主に現実で激しい運動をする職業に就いているプレイヤーの間で多い。
現実とこっちのスタミナが比例してはいないからな。
姉さんの場合は現実のスタミナが多いのでゲームの方で現実と同じように踊るとスタミナが切れるのが早くその違いに違和感を覚えているのだろう、
どれだけスタミナお化けなのだろうか?
スタミナを上昇させる方法としては戦闘職の場合はレベルを上げることで微量上昇し、ステータスポイントをCONに割り振ることでも上昇する。
そしてその他にギャウリディアの特性の1つ《身体強化システム》が存在すし、
現実世界と同様にトレーニングすればそれに対応するステータスが上昇するという物だ。
トレーニングする事により徐々にポイントが蓄積し一定になるとステータスが1上昇する、
トレーニングにおける上昇量は大きくなく1上げるのにも時間もかかるので何かを犠牲にしてまで積極的にやる必要は無いが、
何もせずに過ごすくらいならやった方がいいという程度だ。
ギャウリディアのどこかにはSTRに特化しさらにトレーニングを重ね、火力特化にしたプレイヤーが集まる「力こそパワー」の脳筋ギルドがあるらしいが噂で聴いたのものだ。
そして《身体強化システム》は非戦闘職にもそれぞれ専用の物があり、
姉さんの場合は職業《アイドル》なので、レベルアップ、ステ振り、職業レベルの他に《レッスン》という項目が出現しその中にある項目をすればポイントが貯まりステータスが強化されていく。
「Yukariさん後半公演2分前です、スタンバイよろしくお願いします」
「はーい」
ピョンと椅子から飛び降りステージ袖に駆けていく。
「久しぶりに会えて良かったよ」
満面の笑みで俺にほほ笑みかける姉さんを見て俺は……
「ああ、会えて良かった」
『まもなく開演致します。客席からお立ちになっていらっしゃるお客様は。
お早めにお席にお戻り下さいませ』
「それじゃあ梨恵さん、また」
「後半見て行かれないのですか?」
「やる事がありますから、姉さんにはごねられましたけど事前に話していましたので」
「分かりました、それではまた」
俺は頷き、扉を開け、誰も居ない関係者通路を進む。
さてこれからどうしようか、既に約半日後に始まる《防衛戦》に向けて準備することはもう何も無い、
あるとしても開始1.2時間前に現地に行き確認すれば事足りる。
装備耐久力もほぼ全快、アイテムも不測の事態を考え多めに持って重量ギリギリまで詰め込んだ、
スキルポイントも多少余っているが、新スキルで有用な物が実装された時用に取っておく。
もうやることが無いな……
久しぶりにソレイス探索でもするか、
地形も変わってる場所があるだろうし把握しておくに越したことはないからな、ついでに美味しいものがないか探そう……
「さて、明日が楽しみだ」
俺の呟きはネオンで輝く夜の街へと消えた。
その他に微かなエンジン音と共に金属を削る──例えるなら爪で黒板を傷つけるような耳を劈く不快な音と共に意識がこちら側へと接続される。
もう慣れてしまったが最悪な目覚めだ。
目を開くと闇の中に光が差し視界が鮮明になる。
眠った時と同じように
《バートン》……通称おっちゃん
まあ俺が勝手におっちゃんと呼んでいるだけなのだが、
彼が大柄な体型に似合わない手のひらに収まってしまうような金槌で鉄を叩いていた。
「──おはよう」
「ようやく起きたかお前さん……
仕事場でなく自分の家で寝ろと何度言ったらわかるんじゃ?
ここは儂の家じゃ、家賃請求するぞ」
「ここの方が暖かいし安心するんだ」
「だとしても儂の作業の邪魔になるんじゃ」
「だったら俺が寝ている内に外に放り出せばいい、今の季節なら《凍傷》のデバフもかからないだろう?」
「……全く、相変わらずお前さんは生意気じゃな」
「んなこと言いながらそんな俺を構ってくれるおっちゃん、
俺は好きだよ?」
寝ている間にかけてくれたのであろう毛布を畳み横に存在する机の上に置きながら身体を伸ばしながら立ち上がる。
視界と嗅覚共に良好そして身体に違和感なし、しっかりと身体全体に力が巡っている活動には問題ない。
「さておっちゃん、そろそろ出かけてくるよ」
「ん?まだ告知されたいべんとの時間には早いぞ?」
「野暮用だよ野暮用」
「分かった、帰りはいべんとが終わった後か?」
「ん~多分そうだと思う、おっちゃんは避難しないの?」
イベントが《防衛戦》だと発表されてから、各都市や街、村は防衛戦力を増強すると共に非戦闘職及び低レベルのプレイヤー、NPCに各都市は住民に避難するように勧告を出している。
「儂はこの場所を守らにゃいかん、大人しくお前さんの帰りを待っとるよ」
ギャディア開始時には世界の住人として生を受け過ごすいわゆる《ストーリーモード》と
旅人としてこの世界に流れ着く《フリーモード》の2つが選ぶことができ此処《崩壊せるる街 オリナル》は《フリーモード》における旅人が最初に流れ着く地、
つまり開始地点に設定されている。
サービス開始初期は閑古鳥が泣いているような家が数件あるだけの小さい村のような街だったが、
今では日々新規プレイヤーやNPCが増え大都市に引けを取らないほど規模を広げている事からおそらく防衛戦でも敵側の標的に設定されているだろうとプレイヤー達は予想しており、
付近の《集団》、《軍団》を集め傭兵を雇い防衛チームが組まれている。
「でも……」
「それにこの工房が無くなったらお前さんも困るじゃろ?」
ほれと1枚の紙を俺に見せる、
その紙には防衛区域が書かれていた。
確かに対象範囲には入っているが……
おっちゃんの工房があるエリアはオリナルの中心から大分離れ貧民街、
《安全圏》内ではあるがフィールドに限りなく近い場所に存在する。
街で配られていた防衛区域内には指定されている事から安心はできるが安全ではない可能性は存在する。
おっちゃんは自分で素材を集める事も多々あるのである程度戦えるレベルにはステータスを上げているが、
それでも戦闘職としては中堅に入るかどうかのレベルだ。
もしそれ以上のモンスターが防衛線を突破してきたら為す術がない、
《防衛戦》時に他の場所に転移できる、《安全圏》及び《転移》はしっかり機能するのか否かも不安な不確定要素だ。
この工房には入口が窓しか存在せず、そこから入る時も窓脇の壁に手を当てセンサーでプレイヤーを識別させなければならない。
もし識別登録されていないプレイヤー又はNPCが侵入しようと試みた場合、
窓の先は炉の中に続く細い一本道に"変化"しその中をある程度進めば入口の窓が塞がり対象を閉じ込める。
転移するか壁を壊すか炉に入り生涯を終えるかの選択肢しか選べなくなる。
おっちゃんは自身が所持する《ホーム》なのでドアに触れれば工房内に自由に転移できるから論外だ。
お金はあるので俺は投資として壁を城壁並みに強化したが迎撃出来ない城などただのでかい的でしかない、
おっちゃんの反対押し切るか無許可で迎撃用に自動小銃でも付けた方が良かったか?
視界の端を見ると時刻は18時過ぎを指していた。
「んじゃあ行ってくるけどほんと気をつけてな、
なんかあったら直ぐにメッセージで連絡くれ」
「お前さんも精々気をつける事じゃな」
「ああ」
転移を選択し目的地へと飛ぶ。
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色とりどりに輝くネオンの光が街全体を輝かせている、上空を見上げれば暗闇がそこには存在しているが、
その暗闇を消し飛ばしてしまうほどの眩い光に辺りは包まれていた。
何処を見渡してもネオンや街灯などでこれでもかと言うほどライトアップされている。
《無影の都市 ソレイス》
別名……眠らない街
(相変わらず目に悪すぎる)
何度か足を踏み入れたことはあるが何度来ても感想が変化することは無い、
まるで太陽を常時見ているかのような光景だ、
まああくまでも脳で接続したVRMMOの世界なので目が被害を被ることは無いが……
それにそれぞれの店を象徴する看板もごちゃごちゃしていて毎秒送られる大漁の情報量に脳が処理しきれてない。
目眩と頭痛がしてきた。
ソレイスは青く輝く海《エンスオーシャン》が有名なリゾートスポットでカジノや《ラストル》という騎乗用のモンスターを使った競馬のようなもの、アスレチックのようなアウトドアからカードゲームのような室内で遊ぶものまで、
ギャディア内全ての娯楽をこれでもかという程詰め込んだような場所だ、
ソレイス無い娯楽は何処を探してもないとも言われている。
普段なら依頼を受けた時以外一切足を踏み入れない、踏み入れたくない場所だが今日は自分の意思で目的がありここに来ている。
(あと2時間か……どうやって時間潰そうか)
フードを目深に被りあまり人目に付かないように道の端を歩く、
どうせなら路地裏に入ってしまおうか?
路地裏であれば少しはこの眩暈を起こすような光を直視しなくて済むだろう。
近くの裏路地に入り目と脳を休ませる、
裏路地には裏路地で店が存在するので完全には無くせないがマシになった……
何人もの客引きと思われる存在とすれ違ったが、
誰も俺には声をかけない。
おそらくこの初期ローブを来ていることから金なんて持っていない《放浪者》だと判断されているのだろう、
人を見た目で判断するのはどうかと思うが余計な声をかけられないのは有難い。
そのまま進んでいると背後から数人俺を走って追い抜く、
そしてそのまま角を曲がろうとした所で彼らは止まった。
暇ので彼らについて行くように進むと先には大勢のプレイヤー達が密集し通れなくなっていた。
「くっそ~もう人集りができてるのかよ!!」
「だから言ったでしょ!早く行かないと写真撮れないってっ!」
写真?なにかイベントでもやっているのだろうか?
ソレイスにはプレイヤーやNPCが集まりやすい場所がいくつも存在するが裏路地にまで伸びてくるなんて状況は今まで見た事がなかった。
「この人集りはなんですか?」
わざとらしく足音を鳴らし壁に背を預けていた男性に声をかける。
「YukariだよYukari、君も彼女目当てで来たんじゃないのかい?」
「Yukari?あのアイドルの?」
「ああそうだよ、彼女をひと目見ようとここまで来たんだけどこれだけ人が居たら無理か……って大丈夫かい?」
「……多分大丈夫です」
彼らの話を聞くにつれ強い立ちくらみと目眩に襲われ倒れそうになったが何とか踏ん張る。
「俺、他のルート探してみます」
「ああ、お互い頑張ろうな」
なにか勘違いしている彼に別れを告げ来た道を戻る。
そして裏路地を曲がりながら誰も居なくなったのを見て壁に取り付けている室外機と配管、
窓枠などに足をかけ建物の屋上まで素早く駆け上がった。
そして人集りが出来ている方を見ると何処かの同人イベントと勘違いしてしまうような人集りが数百m程できていた、
その殆どの目当てはその騒ぎの中心人物、
そして集まったファンに向かい笑顔で手を振る存在ただ1人。
視界には赤く《立ち入り禁止区域》と表示され10秒のカウントダウンが始まる、
10秒以上この場所にいたら管理システムにより俺は蜂の巣になるだろう、
その前に仕度を済ませないと行けない。
ステータス画面を開き衣装欄から《スーツ》を選択すると服が変化し、ネクタイをしっかりと締め直す。
そしてアイテム欄から《サングラス》と《櫛》を実体化させ髪を後ろに流し、
サングラスをかけながら助走をつけ落下防止の柵を飛び越え空中に飛び出す。
ここまで9.65秒、面倒事のひとつは避けられた。
この高所から落下の浮遊感は何度やっても慣れない、
目的地への距離と踏み出した時の力量計算はバッチリだ。
騒ぎの中心に、周囲の存在を巻き込まないように着地する。
突如空中から現れた俺に周囲の視線は集中する。
「一向に戻る気配がないので迎えに来ましたよ
Yukari?」
周囲の喧騒は俺の存在と発した言葉により静まり返る。
よし場の空気は支配した、あとはこのまま最速最短で有無を言わせず強行する。
「ファンの皆様には申し訳ないのですがYukariはこの後開催されるライブの準備に入ります、
この続きはぜひ会場でお楽しみ下さいませ」
集まった存在に向け一礼しYukariを脇に抱え空に飛んだ、逃げるが勝ちだ。
「えへへ~」
騒ぎの張本人は大人しく脇に抱えられながら何やらにやにやと笑みを零していた、
そんな表情を見て俺は少しイラッとする。
「えっ!?早いっ!きゃあああああああああああああぁぁぁ」
俺はそんな顔ができないよう速度を上げながら光り輝く都市を駆けた。
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鳴美 優花麗
ほのかに赤みがかかった黒の瞳が特徴的な、日本人ならば知らぬ者はいない有名人、
日本に住んでいたら現実世界、仮想世界問わず彼女を見ない日はない。
10歳で子役として電撃デビューしたかと思えば、その美貌と演技力、理想的な大和撫子として老若問わずに男性を魅了、
可愛い衣服の組み合わせやオススメの化粧品やらコスメテクをネットで紹介することでで女性をも虜にした存在。
彼女が歌ったCDが発売されれば間にオリコントップに躍りだし、動画サイト投稿された動画はどれも急上昇ランキングに乗り一日で100万再生は超え、
彼女がドラマに出演すれば視聴率は脅威の50%を軽く取り、
彼女がライブを開けばチケットは2分で売り切れ同時接続による負荷でサーバーがダウンしたMMOもあった。
それに日本のみならず世界でも着々と認知度を高めている。
人を惹きつける天才、自分の魅力を熟知し活かす天才ソロアイドル《Yukari》それが彼女だった。
「はぁぁああああ」
「そんなわかりやすく溜息付かないで欲しいな」
「ああああああぁぁぁあああああ」
「りっくん本当にごめんね」
「もうやだああああああああぁぁぁaaaaaaaaa」
「ごめんってばっ!?」
泣きそうになっている目の前の天才アイドルは俺の義姉である、
幼い頃から姉の才能は発揮されており、
そのせいで色々とトラブルに良く巻き込まれていた。
先程のような状況も1度や2度じゃない。
「私からも謝ります、ごめんなさい陸さん」
「いやこのダメ姉が行けないんです梨恵さんは悪くないです」
姉の横に座っているスーツ姿で眼鏡をかけた女性は齋藤 梨恵さん、Yukariの専属マネージャーだ。
「ですが……」
「ダメ姉が何も問題を起さない訳ないんです、
今まで何度も何度もダメ姉は何かしら問題起こしてますから、
このダメ姉は言っても聞かないワガママですから。
ダメねえは仕事モードじゃない時は基本へっぽこ姉ですからHAHAHAHAHA」
「人の事ダメダメ言わないで……」
「本当ですね、ライブにリハ最中に居なくなってファンの人たちに囲まれるわ、
海外ロケ休憩の最中に消えて部族の人と仲良くなってるわ、
この前だって休憩時間に客引きなんて頼まれちゃって……」
「「はぁ」」
俺と梨恵さんの溜め息が重なる。
「だからごめんなさいってば!」
「それで陸さんはこれからどうなされるんですか?」
「もう入場が始まってますからそっちに行きます」
理恵さんは顎に手を当て何かを考え思い立ったように口を開く。
「陸さんさえ良ければ関係者席が空いてますがそちらにどうですか?」
「え?」
願ってもいない申し出に戸惑う。
「嬉しい申し出ですが大丈夫なんですか?」
「はい、陸さんには今回もお世話になりましたから是非」
「りっくんも一緒に出る?」
なんでそうなる……
俺のほっぺたをつつく彼女の手を払った。
「ちなみに席は何処ですか?」
────────────────────
『本日は公式公認プレイヤー《Yukari》によるギャウリディア大型アップデートを記念した前夜祭ライブにお集まり頂き誠にありがとうございます。
会場内での飲食及び武器の所持は御遠慮ください。
鎧を身に付けていらっしゃる方は周りの方のご迷惑になりますので着替えをお願い致します。
又許可ない写真撮影、録音、録画はお断り致します。
それでは楽しいひと時をお過ごしください』
「じゃっ!行ってくるね!」
その言葉と共にステージ衣装に着替えたYukariはステージへ上がる階段を上り……
「いっったっい!!」
段差に足を引っ掛けて思いっきり転ぶ、
手を差し出し彼女を立ち上がらせる。
「大丈夫か?ほれ頑張れ」
俺が一言そう呟くと花のように笑顔を咲かせる。
「うんっ頑張ってくるから見ててね!」
「ああ」
俺は舞台裏から舞台の真正面に設置された関係者用の席に移動する。
俺が席に座るとそれを待っていたかのように曲のイントロが流れ初め彼女がステージ上に出るパッとステージ上がライトに彩られると共に静まり返っていた会場が歓声に包まれる。
踊り出した彼女は凄いとしか言えないほど完成されていた、
ギャウリディアでは現実の身体と同じように身体を動作させることが出来るがあくまでも同じようにしか動かない筋肉も骨も関節も神経も仮想アバターには存在しない、
つまりどのように身体が動いているのか筋肉を通じて細かい情報は脳に送られず、
思ったように身体が動かせない状況が発生する。
例えるなら軽く手を左右振るはずだったが力の制御が効かず予想より大きく左右に降ってしまったり細かい制御ができないと言った方がいいのだろうか?
もっと分かりやすくするならば体の感覚がない。
技術の発展により最近では自分の手や足がこの長さで存在し、大きさはどうでという情報を脳に送ることで現実と同じ用に自身を感じ取れるようになり、
身体の制御をやりやすくなったが、未だ本来の筋肉の役割をなす物を作成する事は難しいと言われている。
現実世界でトップクラスのダンスセンスを持った人物が仮想世界に来て自身のアバターを現実のように動かそうとすると、力を制御しきれずアバターに振り回される事もよくあり上手く踊れないという状況が多発する。
脳は身体に止まれと指示しているのに、アバターは直ぐには止まれず脳が混乱してしまう現象も起こり得る。
そんなアバター制御が難しい中でYukariは一切身体のブレがなく決める時はピタッと体の動きを止め時折ポーズを決め天才的センスを見せつける。
それは彼女の仮想世界の適正、《VR適性》が高いというのもあるのであろう。
《VR適性》が高ければ高いほど脳からアバターに命令が早く伝わり、アバターから脳に伝達する情報も短時間で多くの量を処理できる、
逆に適性が低いと脳で命令を下してからアバターに反映されるまでコンマ数秒の遅れがあったり、アバターの視界から入る情報が脳に伝わった時、処理しきれず目眩や頭痛などの症状を起こす可能性がある、
長時間のプレイであれば特にだ。
例えるなら文字がたくさん羅列された本を読んだ時と同じ状態だ。
まあ適性低い者は低いなりにやりようはある、
脳からアバターに伝わり反映されるまでのラグを考慮して判断を下し身体を動かせばいいだけだ。
「どうですか、彼女のライブは?」
Yukariに見とれていたが梨恵さんの声で引き戻される。
「そうですねやっぱり映像で見るより生でってこの世界も映像のようなものですが、
それを忘れてしまう程に凄いですね。
まあチラチラとこちらに視線を送ってくるのは気になりますが……」
毎回ライブ前日にはこちらの場所を教えてとメールが来るのだが、虚偽の場所を報告しても確実にこちらの位置を把握し視線を送ってくる、
ある意味《狙撃手》より怖い。
そんな事を考えると曲途中のターンでYukariはこちらに目線を合わせて来る。
「……久しぶりにあったので姉さんの気持ちはわからないでもないですが」
会話アプリでほぼ毎日の様に連絡を取り合ってはいるが直接会う機会は少なく、
ネット配信やテレビに出演している仕事モードの姉さんの方が何かと見る機会が多い。
前半最後の曲が終わりYukariがステージ袖に退場する。
『只今より15分間の休憩でございます。
お客様にお申し上げ上げます、
客席内での飲食又装備品の手入れ、トレードなどは御遠慮ください。
それでは、公演開始までしばらくお待ちくださいませ』
梨恵さんと一緒にステージ裏に向かうとYukariいや、ダメ姉はステージ袖からこちらに走りながら俺目掛けて飛んだ。
一瞬避けようかとも考えたが避けた場合壁に激突するだろう、
周りに迷惑はかけられないので諦め、抱き留める。
「りっくん!!どう見てた?どうだったっ!?」
頬ずりするかのような勢いで顔を近づけ感想を求めてくる。
「良かったよ、さすが姉さん」
「でしょ?」
「Yukari?あまり弟さんに迷惑かけない方が……」
梨恵さんが持ってきた水を姉さんは受け取りストローで飲む。
他のVRMMOゲームでは水分補給する必要は無いがギャウリディアでは違う、
飲まなければ《脱水症状》のデバフが発症し
身体が重くなり消費スタミナの増加と《視界不良》デバフを受けるため水分補給は大事だ。
「姉弟のスキンシップなんだからこれくらい当然だよね~?」
「姉さん少しでも体を休めて後半のためにスタミナを回復しないと……」
「ほんと、このスタミナシステム?要らないよね、まだまだ元気も体力も有り余ってるって言うのに~
りっくん成分も補充できてるからあと半日は本気で行けるよ?」
俺から離れ不服そうにパイプ椅子に座りながら不満を漏らす。
その後ろでは《ヘアメイクアーティスト》さんが髪のポリゴンの乱れがないか隅々まで調べ、
《メイクアップアーティスト》さんも化粧の乱れがないかを確認している。
ギャウリディアではスタミナが命である、
プレイヤーによっては現実世界と同様に身体を動かしていても現実より早くスタミナが切れる状況が起こり得る、
主に現実で激しい運動をする職業に就いているプレイヤーの間で多い。
現実とこっちのスタミナが比例してはいないからな。
姉さんの場合は現実のスタミナが多いのでゲームの方で現実と同じように踊るとスタミナが切れるのが早くその違いに違和感を覚えているのだろう、
どれだけスタミナお化けなのだろうか?
スタミナを上昇させる方法としては戦闘職の場合はレベルを上げることで微量上昇し、ステータスポイントをCONに割り振ることでも上昇する。
そしてその他にギャウリディアの特性の1つ《身体強化システム》が存在すし、
現実世界と同様にトレーニングすればそれに対応するステータスが上昇するという物だ。
トレーニングする事により徐々にポイントが蓄積し一定になるとステータスが1上昇する、
トレーニングにおける上昇量は大きくなく1上げるのにも時間もかかるので何かを犠牲にしてまで積極的にやる必要は無いが、
何もせずに過ごすくらいならやった方がいいという程度だ。
ギャウリディアのどこかにはSTRに特化しさらにトレーニングを重ね、火力特化にしたプレイヤーが集まる「力こそパワー」の脳筋ギルドがあるらしいが噂で聴いたのものだ。
そして《身体強化システム》は非戦闘職にもそれぞれ専用の物があり、
姉さんの場合は職業《アイドル》なので、レベルアップ、ステ振り、職業レベルの他に《レッスン》という項目が出現しその中にある項目をすればポイントが貯まりステータスが強化されていく。
「Yukariさん後半公演2分前です、スタンバイよろしくお願いします」
「はーい」
ピョンと椅子から飛び降りステージ袖に駆けていく。
「久しぶりに会えて良かったよ」
満面の笑みで俺にほほ笑みかける姉さんを見て俺は……
「ああ、会えて良かった」
『まもなく開演致します。客席からお立ちになっていらっしゃるお客様は。
お早めにお席にお戻り下さいませ』
「それじゃあ梨恵さん、また」
「後半見て行かれないのですか?」
「やる事がありますから、姉さんにはごねられましたけど事前に話していましたので」
「分かりました、それではまた」
俺は頷き、扉を開け、誰も居ない関係者通路を進む。
さてこれからどうしようか、既に約半日後に始まる《防衛戦》に向けて準備することはもう何も無い、
あるとしても開始1.2時間前に現地に行き確認すれば事足りる。
装備耐久力もほぼ全快、アイテムも不測の事態を考え多めに持って重量ギリギリまで詰め込んだ、
スキルポイントも多少余っているが、新スキルで有用な物が実装された時用に取っておく。
もうやることが無いな……
久しぶりにソレイス探索でもするか、
地形も変わってる場所があるだろうし把握しておくに越したことはないからな、ついでに美味しいものがないか探そう……
「さて、明日が楽しみだ」
俺の呟きはネオンで輝く夜の街へと消えた。
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