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本編

3.孤独と不安

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授業のない時間の居場所は、もっぱら校舎裏にある森の奥だ。

ここは不良生徒すら立ち寄らない穴場で、誰の声もしないから、唯一の特技ともいえる結界魔法を張って閉じこもっている。

私はいつものように、寮の庭からこっそり摘んだクロッカスの花を持って、その場所へ向かった。

「…おはようございます、精霊様。今日もここにいさせてください」

ここには随分年季の入った精霊像がある。いつからそこにあるのかはわからない。どういう意図でつくられたのかもわからないが、心が疲弊していたからか、私は毎日縋るようにその像に話しかけるようになった。

苔を取って、つやつやになるまで丁寧に磨く。その時間は不思議と心が安らいだ。

「……私、もう帰れないのかな」

ぼんやりと空を見上げながら、私はぽつりと呟いた。

この半年間、城の図書館に忍び込み、異世界人に関する文献をひたすらに調べた。

しかしどこにも異世界人が故郷に帰ったという記述はない。つまりはそういうことなのだろう。

「……まあ帰ったところで、そんなに変わらないか」

いるかもわからない神に祈ってばかりなのは今も昔も同じだ。

母は心を患っていて、いつもヒステリックに何かを叫んでいる。父はとっくの昔に私たちを捨て、再婚し新しい家庭をつくった。

無力な私は足手まといになるだけで、いつだって役立たず。

自分の人生、一体どうなってしまうのだろうか。

気がつくと頬に涙がつたっていた。

その時横で精霊像がドクリと脈打ち、風がざわめいたが、目を擦っていた私は気が付かなかった。




「聖女様、王太子殿下とのご婚約おめでとうございます!」

藤岡さんは本格的に元の世界に戻る気がないらしい。大勢の友人に囲まれ楽しげに笑う彼女を遠目に見ながら、私は眉を下げた。

私にも藤岡さんのように力があれば、こんな孤独に陥らなかっただろうか。

もし最初からこの世界の人間であったなら、誰にも失望されることはなく、誰にも疎まれることなく生きて行けただろうか。

異世界人という肩書きが、自分の人生の邪魔をする。

私は先日陛下に呼び出され、言われたことを思い出した。

『そなたに北方の男爵家から縁談の申し込みが来ている。いつまでもここに置いておくわけには行かないのでな。早めに結論を出すように』

縁談話……元の世界では聞きなれない言葉だが、流石に意味はわかる。まさか17という年齢で結婚の話を持ちかけられるとは思わなかった。

なんと貴族の世界では、学院在学中に婚約者を決め、卒業後に結婚するのが普通だという。20代中盤からは嫁ぎ遅れとなり、社交界では価値が下がるのだ。

後から自分で縁談相手について調べたが、その男爵は正妻の他に5人の妻を持っている中年の男らしい。

正直に言うなら絶対に嫁ぎたくない。

しかし、今の自分の立場で断れるはずもなく、幸せそうに笑う同郷の彼女をもう一度一瞥し、私はため息をついた。

……私は、どうしてこの世界に来たのだろう。
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