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第九話 先輩の事情
しおりを挟む彩の着替えは無事に終わった。軽く化粧をしたいと言うので待っていた。
時間は、15時になろうとしていた。彩の着替えを見守っている最中に、連絡を終わらせた。俺の中で、確かなカードは・・・。問題だらけだが、腕やセンスだけは・・・。
地下の駐車場に移動する。
助手席に彩を誘導する。すこしだけ変わったベルトなので、彩を座らせて四点式のシートベルトをする。運転席に座って、エンジンをスタートさせる。このままサーキットは走られないが、それなりには走られる車だ。
心地よい振動が身体に伝わる。彩は、初めてなのかびっくりしている。
走り出して、地下から地上に出る。
カーナビに目的地を設定してある。スマホから転送ができる仕組みだ。渋滞もなさそうだ。予定時間には到着できそうだ。
最初に向かうのは、大学の時の友人(先輩になるが)の二人が経営している店だ。可愛い感じの女性向けの服を売っている。値段はするが、物は間違いない。下着類も扱っているから、彩の全身のコーディネートをさせるのは向いている。
そいつらには、もう一つの頼み事をしているが、それは、今からの話で決まる。彩が承諾してくれたら・・・。
「彩。免許は?」
「ないです」
知っている。
履歴書には、”免許を持っていない”と書かれていた。彩の生活を見れば、免許を取る余裕は無かったのだろう。それでも、知識欲を満たすために、本を買い漁っていたのなら、本当に俺の好みだ。
「そうか、必要になるかもしれないから、時間を作って取りに行こう」
「え?でも・・・」
「大丈夫だよ。費用は気にするな」
「え?でも、すごく・・・」
確かに、免許の必要は高い。
年齢×2万は必要だと言われている。
「うーん。気になるのなら、俺の部屋の掃除をしてくれ、あと、俺が起きられない時に起こしてくれ、それと一緒に寝てくれればいい。あっあと、一緒に風呂に入るのも付けたそうかな。一人で飯を食べるのは寂しいから、毎日は無理かもしれないけど、時間が会う時には一緒に食べてくれ」
「え?え?え・・・。えぇぇぇ!!」
「ダメか?」
「ダメじゃないです!」
「それなら、そういう契約だな。それだけ、毎月1000円くらいしか返せないから、免許費用の全部を返すのは、大変だぞ、いいのか?彩の一生を拘束するかもしれないぞ」
「・・・。あっ・・・。うん。お願いします。でも、先輩。ぼくで、いいの?」
「彩。間違っている。俺は、彩が欲しいと言っている。俺の物になれ。俺も、彩の側にいる。彩だけの側に・・・」
「え・・・。うん。ぼく、先輩、ぼく、うれしい」
「彩。俺の家族になってくれ、俺は家族が・・・。もう、居ない。だから、彩と家族になりたい」
「え?先輩?」
さて・・・。
彩にひかれるのは悲しいけど、俺以外から、彩が話を聞くのはもっと嫌だ。それなら、俺から話をして嫌われたほうがいい。
「彩。気持ちがいい話じゃないけど、聞くか?」
「・・・。はい。先輩が辛いのなら、無理に・・・。でも、聞きたい・・・。です。ぼく、先輩の家族になりたい・・・。です」
いい女だ。
「ありがとう・・・」
ハンドルを握る手に力が入る。
ぽつぽつと、俺が話すことを、彩は黙って聞いてくれている。
俺は苗字を変えている。地元には帰っていない。だが、調べれば、すぐに解ることだ。
俺は母親に殺されそうになった。俺が、高校3年の時に、その事件が発生した。
俺の両親は・・・。世間体は素晴らしくよかったが、家族としては俺が高校に入る頃にはすでに終わっていた。
きっかけは知らない。知りたくもないが、世間の親切な人たちが教えてくれた。父親が浮気をした。浮気が解って、母親も浮気をするようになった。
冷めきった家が嫌だったが、高校生では一人暮らしも難しい。
次女になる姉が、俺が高校二年の時に、事故で死んだ。これは、事故だったが、母親は父親を疑った。一緒に住むだけの者となり、家族ではなくなった。俺の大学が決まって、地元から離れることが決まった。バイトで溜めた金で、部屋も借りた。長女である姉も付き合っていた彼氏と同棲すると言っていた。姉の言葉は、今となっては本当なのか解らない。
俺が、家から出ていく日に、母親が壊れた。
まず、同棲を決めて、出ていこうとした姉を殺した。血まみれで、家のリビングで佇んでいた。帰ってきた、父親を持っていた包丁で刺殺した。何度も、何度も、腹だけではなく、体中を刺していた。
俺が家に帰った時にも、もう死んで動かなくなった父親に跨って、笑いながら刺し続けていた。
そして、俺に気が付いて、俺の腹を刺した。幸いだったのか、父親を刺し続けた包丁では致命傷を与えるまでには至らなかった。
俺は、母親を蹴り、距離を取ってから、逃げ出した。
俺が、家から居なくなってから、母親は家に火を放った。
俺が、警察に連絡して、警察と救急車が到着した時には、リビングから上がった火は、家中に回っていた。
全焼だった。何も残らなかった。母親は、家中に火を着けてから、自分にもガソリンをかけて火を着けた。
俺は、家の外で、母親の笑い声を聞いた。
俺は、被害者であり、加害者の子供になった。マスコミが殺到した。
学校は卒業が間近だったために、出席は免除された。病院は、警察病院に転院した。そして、対応を行ってくれた弁護士を頼って、苗字を変える申請をした。
当時、付き合っていた彼女は、何も言わずに俺から離れた。俺も、そんな物だろうと、考えた。
俺の証言から、犯人は母親で、無理心中を企てたとまとめられた。被疑者死亡で、事件は終わった。
俺は、高校の卒業までの時間をつかって、苗字を変えて、保護プログラムで戸籍を新しくした。高校の卒業前だった為に、新しい苗字で、卒業ができたのは幸いだった。中学や小学校までは調べられないだろうと思っていた。
苗字を変えたのは、社長と取締役だけは知っている。保護プログラムを使ったことや、被害者であることも告げている。事件のあらましを伝えてある。
「彩?」
彩が、ポロポロと涙を流している。
「先輩・・・」
「どうした?やっぱり、気持ち悪いか?悪い・・・。嫌なら・・・」
ぶんぶんと首を激しく横に振る。
「ちがう。ぼく、ぼくが不幸・・・。違う。ぼくは、幸せ。母さんたちがいる。本当の母さんはぼくを捨てた。父親は、ぼくに無関心なだけだった・・・。ぼく・・・。ごめんなさい」
「謝らなくていい。彩は彩だ。俺は、俺だ。こんな俺だけど、家族になってくれるか?すぐは・・・。ちょっと無理かもしれないけど、結婚してくれ」
「え?ぼく・・・。先輩の物・・・。結婚?え?ぼくが?」
「そうだ、彩と結婚したい。しばらくは、婚約になるけど、ダメか?」
「はい!ぼく、先輩のお嫁さんに、家族になりたいです!でも・・・」
「どうした?何か、聞きたいことがあるなら、聞いてくれ、彩には隠し事は・・・。なるべくしないようにする」
「え?あはは。”なるべく”なのですね」
「そうだな。絶対にしないとは・・・。言えないからな、今も彩に”知られないように、目的地を隠して”車を走らせているからな」
「あっそうですね。それじゃ、ぼくも先輩になるべく隠し事はしないようにします」
「そうだな。なぁ彩。二人だけの時には、なるべく・・・。”先輩”でもいいけど・・・。名前を呼んでくれないか?それから、俺が彩の苗字を貰いたいけどいいか?」
「え?え?え?名前・・・。恥ずかしい・・・。でも、明日翔さん。苗字は・・・。わかりました」
俺の苗字は、適当によくある”斎藤”にしただけだ。あの人たちの苗字がすこしだけ変わった物だったから、平凡な物にしたかっただけだ。だから、俺の苗字を使うよりも、”朝月”という苗字を名乗りたい。
「おっよく、俺の名前を知っていたな。それに、読みも間違っていない」
「はい!調べました!」
信号で止まったタイミングだったから、彩の頭を軽く小突いてから、二人で笑った。
本当に、いい女だ。
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