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続編1:水面に緩ふ華の間章。
13 玫瑰。
しおりを挟む日差しの燦々と照らす園林で、わたしはおやつにしていた。
目の前にはうっとりとするような美しい人がいる。琥珀色の瞳が慈しむように細められた。桜貝のような爪の先まで、芸術品のような指先が瑪瑙の匙を、優雅に摘まみ上げた。
とろりとした白い液体に薄紅の瑪瑙が映える。茶色い毛の生えた椰子をくり抜いた壷に入った甘味から、花の形の橙色の果実が掬われる。
「ほれ、もっとおたべ」
差し出されたので、口に入れる。
ねっとりとした芳醇な甘さが口いっぱいに広がった。蕃瓜樹《パパイヤ》だ。
椰子の壷の中には、椰奶でとろとろに煮込んだ、甘い燕窩がたっぷりと入っている。先ほど美容に効果があるらしい、と教えてもらったばかりだ。
甘い蕃瓜樹と可愛らしくくり抜かれた丸い鳳梨も入っている。
薔薇のように美しい人の膝に座って、わたしはおやつを食べさせてもらっていた。
「其方は愛いのう」
いつもより気を使った結い髪と襦裙。潺々が場に相応しくなくてはならず、華美過ぎてもいけないと思案しつつ選んでくれたものだった。
白い繊手が肩を撫ぜる。わたしも義姉に気に入ってもらえて嬉しい。
わたしは今、わが君に黙って内青宮に来ていた。
ここは后娥殿の中庭だ。后娥殿は白を基調とした王后様の宮居で、みたこともない真っ白い甍をもっている。
白くつややかな瓦は、白磁のようでもあるがより厚ぼったい。釉薬が照り映えていた。
象嵌の美しい白大理石の板が、壁や柱といった建物全体に貼ってあったので、木造の天朝の造築というより異郷の石造りの建物のような風情がある。象嵌には白玉や象牙、耀貝のような白っぽいものが使われ、また大理石本体にも、花や『創詞』が彫られていた。
列柱には水晶の象嵌で、安寧と秩序の祭文が記されている。端正な文字がきらきらと水飛沫のように輝いていた。
室内は色鮮やかで華やいだ雰囲気だった。
格子の一部は白大理石を透かし彫りにして作られていた。さすがに玻璃は挟めなかったのか、房室と外の間の回廊の一部がそうなっていた。窓や壁だ。
六角模様の格子が一面に広がる様は他にはないものだった。
中庭は以前、白薔薇が植えられていたそうだが、禰娜様が后娥殿の主人になってから赤薔薇に植え替えた、といった話も聞いた。
妃の頃の宮殿を、榴花殿《りゅうかでん》というそうで、禰娜様のために築造されたものだから今も別棟として所有しているという。今度連れて行ってあげる、と約束を下さった。
それから、彼女は秘密めいた微笑とともに教えてくれた。わたしの求めている情報を。
そればかりか閨で、具体的に指導を受ける事もできた。禰娜さまはとても親切に教えて下さった。
そう、潺々の持ってきた鏡に映し出されたのは、わが君の姉君である王后禰娜さまだったのだ。
潺々から話を聞いた彼女は、琥珀の瞳をきらめかせて甘美な微笑とともにおっしゃった。
『ふふふっ珠佳が乱れるのか。好いのう、吾が手ずから教授しよう。房室には身代わりの人形でも置いといて吾の宮に来ると良い。珠佳には用事でも言いつけておくでな』
*
北寧門の手前で、非常に大きく立派な馬車が停まる。艶やかな臙脂色の車体には、琥珀や翡翠、琺瑯の欠片が象嵌され、きらきらと瞬いていた。
先帝の外戚であり、その威光が翳ってなお、隠然たる影響力を維持する容氏の力を顕示するかのようだ。
先帝は幼くして即位した。母后は息子の補佐と教育のために、兄である容《い》央徳《ようとく》を太宰の職に据えた。
央徳は政《まつりごと》の実権を握り、天朝や皇帝よりも一族の繁栄のために辣腕を振るった。
その央徳はもはや故人であるが、容氏は央徳の弟が金貸しで築いた基盤をもとに方々へ影響力を及ぼしていた。貧乏人には従属を、官には融通を求めるのだ。
先帝の時代から昼の神殿で総巫女を努める戻惠姫《れいけいき》は央徳の嫡女である。
本来、巫女のまとめ役に過ぎない総巫女が今の昼の神殿を支配していた。
神殿の下働き姿の従者が扉をうやうやしく開き、その娘が姿を現した。
淡い金髪の妖艶な美姫、慈女《じじょ》饌果《せんか》である。つるんとした卵形の面は、瑞々しく健康的で張りがあり白粉は薄く叩くか、叩いていないくらい。濡れたような漆黒の切れ長の瞳が色っぽい。それを強調させるように、目元に軽く墨を引いている。細くて悩ましい眉、三日月形の薄い唇にはしっとりとした濃い紅を塗っている。
そして、かなり複雑で不思議な髪型をしていた。
まずは頭頂で一つに束ねた髪で二つの輪を作っている。先の尖った葉のような形の輪で、かなり大きなそれを、後ろに向かって水平に倒していた。
うなじの上には隙間が少ない小振りの輪が左右二つあり、その上に乗っかるようにして後頭部に円盤状の髻があった。頭皮と髻の間には平たい黄金の簪が何本も差し込まれ、後頭部の髻には真っ赤な芍薬が咲いていた。
側頭部は編んで頭頂の輪に回され、左右のこめかみには小さな三つ編みの円盤がくっついている。編み込みには黒真珠、小さなかたつむりには小さな鼈甲の櫛。
ふんわりと膨らみを持たせて頭頂に流した前髪には、おおざっぱに輪郭線を結ぶと台形の紅玉の華勝を挿しこんでいる。繊細な細工の大きな飾りなので、冠のようにも見える。
その華勝から額に印象的な大きな雫形の翡翠が垂れ下がる。
そして、二つの輪の根元にはなんだか火焔光のような不思議な造形をした、鼈甲の巨大な櫛が挿してあった。
大きく開いた胸元を見せるためか、雲肩を二の腕に掛けている。雲肩は袖に縫い付けた珠玉付きの紐で固定されている。
撓わな、たわわ過ぎるくらいの乳房の間に深い陰影が出来、金の鎖が落ちてゆく。乳首の手前まで露出した乳房は黄金の網に覆われている。
もっとも透けない空色の背子に隠され、裂け目のような合わせの隙間から覗くのみ。その背子は深い切れ目の入ったもので身体の前の部分だけ、帯と裙子の中に入れ込んでいる。
帯は明るく澄んだ碧色の太いもの。腰を強く締め上げている。
裙子は明るい赤だった。身体に沿って流れ、下方で花弁のように広がっている。
侍女が腰を屈めて、その手を恭しく取る。女が敷物の上に降り立ち、そこに従者が天蓋を翳した。
北寧門の前で出迎えの一行が待ち構えていた。今回のことを任された宦官と女官、そして今後、彼女が寝起きすることになる殿舎で仕える者の一部だ。残りはその殿舎に待機していた。
彼らの後ろには屋根と四方の柱だけある車が佇んでいた。晴れた日に妃の使用するものだ。側面には御簾、前後には紗の帳が降ろされていた。御簾の上に四角い白絹が垂れており、その刺繍や飾り帯で妃の位階を示す。
車の手前には苔色の鱗の小さな爬虫類が二匹いる。鱗の色味はパッとしないが磨かれて宝石のように光っている。この二匹で車を引く。
一同はあらたな妃に揖礼を以て敬意を示した。一部の小間使いは叩頭した。それは身分の問題である。
饌果は一瞬目を瞠った。すぐに鮮やかな紅を佩いた唇に弧を描く。
「ようこそ、内青宮へ。青き月の導きの下、大家に良く仕えられますよう、お慶び申し上げる」
華火は一同の先頭でそう、告げた。
「お久しぶりね、祭儀殿。祭殿では、全くお姿をお見かけしないから、ご心配申し上げていたのよ。お元気そうで安心しましたわ。今日は内使殿かしら?お出迎え痛み入るわ」
(少しは顔くらい見せても良いんじゃないのかしら?よくものうのうと息を吸っているものだわぁ。わざわざ、赤毛豚の言葉を伝えに来たのねぇ?ご苦労なことだわぁ)
「ところで、お手紙は受け取って頂けたかしら。昼の神殿は何はなくとも歓迎申し上げるのだから遠慮なさらずとも宜しいのに」
(返答くらいして頂きたいものねぇ。大体、わたくしが待っていたのにこないなんてどういうつもりかしらぁ!)
あいかわらず、口の悪いことだ、と華火は苦笑した。今は余裕ぶっているが、ぎりぎりだ。あともう少しだ。あともう少し、気が昂ぶると堰を切ったように本音が口から溢れ出す。
禰娜の下賜品を突き返したという話も大方、大家に青牡丹を下賜されて浮かれていたのだろうと予想がついた。
慈女饌果はこれより慈顕淑妃《じけんしゅくひ》と呼ばれ、彗藍殿《すいらんでん》の居住となる。
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