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続編1:水面に緩ふ華の間章。
01 尋ね人。
しおりを挟む少女は草深い庵に住まう二人の姉弟を好いていた。
こっそりと夜の神殿を脱げだし、密やかな逢瀬を楽しんだ。
姉君の方は空間を造ることが、とても上手かった。気を張り巡らせて籠を拵え、内部空間を己の天寵で満たす。要するに結界の一種であった訳だけど、彼女は内部を思うがままに弄くってみせた。
彼女は師母に比べて大したこともないと笑ったけれど、夜の神殿の巫女の中でも、いずれ高位に昇ろうと期待されている若手のとびっきりの優秀な幾人かの巫女達に比肩する実力を持っていた。
術に関しては彼女に多くのことを教わった。夜の神殿教育役が幼い巫女達に教える、よく理論が整理されているけれども、杓子定規になりがちな講義よりも、それは実践的な教えであり、また彼女の言い回しは少女にとっては直感的に理解できた。少女の肌には合っていた。
ところが、彼女の弟君は術に関しては姉のいうことが全く分からず、いつも少女が言い直した後にやっと意味を理解していた。
この先もずっと続くかとおもわれた密やかな交流は、少女が夜の神殿にいられなくなったことで、終止符を打たれた。
あれから十年、少女は美しい女人に成長していた。
庵がない。
少女だった女は茫然自失として立ち竦んだ。
軽い編み笠の下の垂髪が風に靡く。その髪は紺色をして、目の粗い白い薄布の下に隠されていた。
久しぶりに上京してきて真っ先に訪れた。
思い出の場所には、何も残されていなかった。
昔の記憶とはいえ、女は姉弟の生活していた庵の佇まいを克明に思い出せた。彼女は幼い巫女達の集う教室で少し周囲から浮いていたところがあり、まともに友人が作れなかったのだ。
生い茂った草は人間の背丈を越し、裏の竹藪は生え放題だった。
その影に実に密やかな風情で草葺きの庵が建っていた。古びてはいたが、それなりに上等で華美ではない素材が使用され、なかなか風情があった。
成る程、それは仙人の庵のようであったが、如何せん碌に手入れもされないまま放置されていたので、老朽化して何処となく見窄らしかった。隙間風も雨漏りも床のギシギシという音も、姉は結界を張って何もかもを誤魔化してしまっていた。無駄に精度のよい結界のお陰で生活するだけなら、何の不具合もなかったので放置され庵全体が軋んでいた。
女が庵を訪れると、姉弟は明らかに彼方の気配のする茶葉と食べてよいのか迷うような霊気漂う果実でもてなしてくれた。
近くの木に縄を渡してあり、そこに二人の衣服が舞っていた。
庵の場所は神殿の裏手にあった。姉は神殿の婢女を名乗って神殿の管理を行い、弟と一緒に時折おとなう者の相手をしていた。
巫女も祭事もいなくなった夜喚びの神殿は廃墟然としていたが、二人が幻鬼に磨かせていたので、床だけはぴかぴかと光っていた。
姉弟が相手をするのは人間とは限らなかったし、人であれば『路』を渡っている筈の魂を喚び戻して欲しいとか、妖魔を特定の人物に嗾けて欲しいとか、そういう話が多かった。
夜喚びの神殿は、昼、昼喚び、夜、夜喚びの四祭殿の中で一番真っ当な人気がない。これら四神殿は全て太廟の管轄下にあり官の管理に置かれている。
太廟は京師近郊にある。城壁のすぐ傍らだ。太廟は天朝の太祖に倣って、祭祀のための祖の霊廟と彼とその子孫が祀るべき四つの神殿から成っていた。
先帝の時代は官が統治されず、世が乱れた。
とくに先帝は神殿を軽蔑していたから、殆どの神殿は人も予算も回されず、荒廃は酷いもので、皆神殿から逃げ去った。夜喚びの神殿にいたってはある時先帝の怒りを買い、以来籍を置く者がいなかった。
昼の神殿だけが唯一、太宰を父親とする総巫女に支配されるという歪な体制になりながらも繁栄を維持していた。
当時、彼女は時代が変わってから、まともに回り始めた夜の神殿の二期目の学生だった。四神殿の再興が進められる中で、夜喚びの神殿だけは未だに暗かった。
昼喚びや夜喚びの神殿は天上君の招来を希う儀礼を行う。そのため、一般からは嫌煙されがちで、巫覡に高い技量が必要とされる割には、旨味の少ないそこに行く人は少なかった。
供儀と参拝を担う二神殿と比較し、建物の規模も小さく、必要とされる人員も多くはなかった。格式は高かったものの世に持て囃されるような場所ではなかったのだ。
華極では夜は強大で怖ろしいものとされ、できれば避けたい存在だった。
少女のいた夜の神殿は夜を平穏に過ごすために助けをかす立場であったが、夜の天上君を喚び出し闇に妖魔を蔓延らせる夜喚びの神殿は事情が異なっていた。
その上、夜の天上君に「お詫び」の出来る者が必要とされていたので、選定は難航していた。
少女は姉弟と交流を持つようになってから、夜喚びの神殿の状況に疑問を抱き、そういったことを調べ上げたのだ。
先帝に憤りを感じたが、何があったのは結局分からなかった。皆口を噤んで教えてくれなかった。
庵のあった場所からは背の高い草も竹藪も消え去り、目の覚めるような美麗なる園林が広がっている。
神殿は再興したのだろうか。
廃墟の趣きすらあった神廟は一回り大きくなり、黄琉璃の瓦が荘厳な趣きで照り映える。皇帝陛下は神殿を篤く遇されたのか?他の神殿もこうなっているのか?
何もかも変わってしまった神殿で、そこだけは懐かしさを感じた、天の影なる宝珠、御徴たる純白のそれが青い燐光を纏って、扉の上から此方を睥睨していた。
その巨大な門扉は硬く閉ざされていた。辺りには、門衛の陰も見えない。
どのみち情報を収集する必要がある。何年間も山に篭もっていたのだ。
やっと出られたというのに、まだ二人には会えない。
女の心を荒涼とした風が吹き抜けていった。
彼女は紺の髪を揺らし、街へ向かって歩き出した。
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