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その一
ぽっちゃり王女と銀の魔法騎士団長
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「はぁ~!今日も素敵ね。見て、見て。マリー!」
望遠鏡片手に侍女のマリーに本日10回目の素敵アピールをする主に死んだ魚のような眼差しを向ける侍女が「そうですね。」と、やはり10回目の返答をする。
しかし、そのおざなりな返答に気分を害した様子もなく、ニコニコとまん丸な顔に笑みを浮かべ、これでもかと顔に望遠鏡を押し当てながら、白昼堂々ストーカーしている人物。
ルナ・オルコット。15歳。
オルコット王国の「ぽっちゃり王女」といえば色々な意味で有名である。
ふんわりとしたハニーブロンドにアメジストの瞳。よくよく見ればというより愛嬌しか感じさせない全てが丸いフォルムで構成されたボディ。
ショッキング・ピンクのフリルが大量についたドレスが非常に目に痛い肉饅頭・・・もとい、ぽっちゃりした王女が、オルコット王国魔法騎士団の訓練場の真横に観客スペースを作ってピョンピョン飛び跳ねながら大喜びしていた。
きっと痩せていたなら美男美女で名高い国王夫妻のに似て美少女だろうに、何もかもが残念な主に侍女のマリーはお茶を渡しつつ、「ソル様、顔が引きつってますよ。」と訓練場で魔法剣を操り、次々新人騎士をまとめて相手にしているオルコット王国魔法騎士団の団長ソルへと、いつも通り声をかける。
「そ、そうか・・・。すまない。鍛練が足りんようだ。」
サラサラの銀髪にサファイアの瞳の美丈夫は、長身に鍛え上げられたしなやかな身体を駆使しては襲い掛かってくる新人騎士をいなしつつ、キリがないとばかりに魔法剣を軽く振るって得意技の「氷の矢」を発動させる。
「うわぁぁぁ~!」
とっさにシールドを張って身を守ったのは、わずか数人。他の者達は天から降り注いだ無数の魔法の氷の矢に身体を貫かれて、ゴロゴロ地面を転がっている。
「あぁ・・・。ソル様、素敵。今日も無敵に格好いいわ!」
マリーもそう思うでしょう?とお茶と望遠鏡を手に取りながらルナが合意を求めてくる。
まだ入隊間もない新人騎士相手に容赦なさすぎなスパルタ訓練を施している男のどこが格好いいのか?
ちなみに眼前はスプラッタである。急遽医療班が駆けつけ、応急処置を施していたりする。
死んだ魚のような目をした侍女マリーは、訓練場の真横の観客スペースにて嬉々として、堂々と本人の前で国王公認のストーキング行為を「応援」と称してしている主人に「そうですね。」と本日11回目の同じ返答をしたのだった。
ソル・バルディード。23歳。
オルコット王国魔法騎士団の若き団長である彼はルナ・オルコット王女の哀れな生贄・・・もとい想い人であった。氷の魔法を得意とすることで知られている。
「ふふふ・・・、なんて憂いに満ちた顔。今すぐ食べてしまいたいわ。マリー、お茶のおかわり!クッキー大盛で!」
「・・・」
食べたいのはクッキーなのか、それとも・・・?ゾクッと悪寒が背筋に走ったソルであった。
「ルナ王女様は本日もご機嫌麗しく・・・。」
「あら、私はいつでもソル様が居れば、ご機嫌よ?」
ニコニコ笑みを絶やさず、至近距離から望遠鏡で覗き込むルナ。
思い返せば数年前、たまたまソルがルナ王女の護衛を勤めて以来というもの、既に何度となく繰り返されたパターン化した会話が続く。
そう、完全にルナの一目惚れであった。
その日のうちに、国王夫妻の元へとストーキング許可を取りに行ったとの話である。
娘に弱い国王夫妻は「もう、お嫁にいくのか!?」と当初うろたえたが、ルナの片思いと知り、しかも即振られたと聞いて娘を哀れに思い「頑張って!」と涙を流して許可したそうな。これが一国の主達でよいのであろうか?
ちなみに国王夫妻は恋愛結婚であった。
そんなソルの意志をお構いなしに今日も元気に国王夫妻公認で自分をストーキングしに来た王女をウンザリした表情で見つめると、
「きゃあ!ソル様にみつめられちゃったわ。ルナ嬉しい~!」
と当人の心知らずではしゃぐルナ王女なのであった。
しかし、その普段と一見すると変わらない日常に突如としてトラブルは巻き起こるものである。
出されたお茶とクッキーを美味しそうに食べていたかと思えば、その異変にいち早く気づいたのはルナであった。
「あら、何だか騒がしいわね?」
パクパクとクッキーを口に放り込みつつ、「そうですね。」を繰り返す侍女の後ろを望遠鏡で覗いて、
「まあ!こっちへ野良ドラゴンが沢山飛んできてるわ!」
と爆弾発言をしたのも、やはりルナであった。
一気に緊迫感が訓練場に走った。
ドラゴンは魔法と剣と竜(ドラゴン)の国では決して珍しい存在ではない。特にオルコット王国には神竜の棲む聖山があるので、王都の近くを飛行する姿が度々見られたりした。
ただし、その場合かなりの被害が王都に出たりするのが常だった。
ドラゴン達は好奇心旺盛で気になったものは、人であれ物であれオモチャにするのである。また市場に舞い降りては食べ物を興味津々で食べて回ったりもする。
非常に厄介な珍客であった。
最近、ドラゴン達は王都に定期的に集団行動をとり群れでやってくるのが民衆の心配の種となっていた。
だが今回の場合、どうも原因はソルの放った「氷の矢」にあるようである。
ドラゴンは嗅覚・聴覚などが非常に優れているため、新人騎士たちの大量に流れた血の匂いがドラゴンたちを呼び寄せたのでる。
「全員退避!手の空いている者は新人を奥に運びこめ!」
訓練場目掛けて飛んでくるドラゴンの群れを感知したソルが、緊迫した声で部下に指示を出す。
「ルナ王女様、ここは私めが食い止めます。どうぞマリー殿と王宮へお逃げ下さい!」
侍女マリーに目配せしながら避難を促すが、ここに来て、何故か俄然やる気を出してルナが放った次の言葉に、その場にいた全員が固まった。
「ソル様の為なら野良ドラゴン百匹、倒して見せるわ、私!」
「「「・・・・・・」」」
丸腰でどうやって、ドラゴン百匹倒すのか?いや、それ以前に百匹もいるのか?
ツッコミどころ満載の王女の言葉に、「そうですね。」と本日13回目の返答をするマリー。
「は・・・?マリー殿、今すぐ私は王女と逃げて欲しいのだが。」
「たかが野良ドラゴン百匹ごときで大袈裟な。」
「いや、百匹はいない・・・。」
何かのコントなのか?と一同が唖然と2人のやり取りを聞いている横で、「2人で話をするなんてズルい~!」とルナ王女はキャンキャン騒いでいる。
「王女様、今はそれどころではないのです。至急避難を!」
「あら、野良ドラゴンなんて私の召喚魔法で倒せるから大丈夫よ?」
「は・・・?召喚魔法が使えたので?」
「王族はみんな強力な魔力持ちよ?私は召喚魔法や精霊魔法など得意だわ。」
知らないの?と言わんばかりに、こてりと首を傾げるルナ王女である。ぽっちゃりしていても仕草は可愛いが緊迫感には大きく欠如していた。
「ソル団長!ドラゴンが視認できるところまで接近しています。血の臭いに惹かれて、こちらへ直接向かってきている模様!」
緑色の立派な鱗を持つドラゴンの群れの姿が確かに急接近していた。
ちなみに野良ドラゴンと呼んでいるが、野生のドラゴンたちの大半は緑の鱗に赤い瞳をしていたりする。
例外は神竜と呼ばれるドラゴンの中でも一握りの存在だけである。
「さぁ!私の出番ね!」
全く慌てた様子もなく簡単な召喚呪文を唱えるルナ。いつになく真剣な面持ちである。
【我、ルナ・オルコットと契約せし黄金の神竜の王よ。今すぐ降臨せよ!】
魔力の宿る声でルナが天に向かって叫んだ直後、それはやってきた。
恐ろしいほどの光の洪水。そうとしか呼べない瞬間が広がったかと思いきや、
『呼んだか?愛し子よ』
まるでこの世のものとは思えない澄んだ声が響きわたったのだった。
そして、訓練場の上空には信じられない光景が広がっていた。
黄金色に染まった空に野良ドラゴンなど比較にならないほどの巨大な神竜が出現していたのだ。
ゆうに王宮など比べ物にならない強大な体躯の主が王宮上空で優雅に飛んでいた。
神々しいとしか呼べない後光を放つ黄金の鱗に背中には立派な翼。たなびくたてがみ。そして黄金色の瞳。
そして何よりも圧倒的な存在感。誰もが呆けて天空を見上げしかなかった。
「「・・・」」
最早、突然の展開についていけず何を言えばよいのか分からなくなった騎士一同。
しかし、ルナはお構いなしである。いつものマイペースをくずさずに、
「血の臭いで王都の近くにいた野良ドラゴンの群れがやってきたみたいなの。どうか力を貸して頂戴!」
愛しのソル様の為に!と明後日の方角に向かってビシッと人差し指で指差し決めポーズするルナ。
『ほう?血の臭いとな?どれ・・・血だまりが出来とるの?また暗殺者でも出たか?』
「違うわ!ソル様の素晴らしい鍛練の賜物よ。きっと怪我したことさえ光栄だと新人騎士たちは思っているわ!」
「・・・」
いや、これっぽっちも思っていませんが。新人騎士達の声である。
どうにも言うにいえず、また神竜が眩し過ぎて直視する事すら出来ずに沈黙する新人騎士達。
それ以前に暗殺者って何?と聞きたくなる古参の騎士達。
『たとえ愛し子の頼みでも対価は頂くぞ?よいのか?』
「いいわ!対価は体重マイナス20キロで!」
「「「はい~!?」」」
今度こそソルを含めて騎士団の言葉が唱和した。
『よかろう。ドラゴンは別の場所に移動させよう。それでよいか?』
「あら、ダメよ?他に移動しても村を襲うかもしれないじゃないの。ソル様が討伐隊率いて王都を離れてしまうわ。だから最悪は倒すけど、出来れば生け捕りにして聖山に帰すのよ。」
どんどんと話を進めるルナ王女と黄金の神竜。
だが何かに気づいたように考える仕草をした神竜である。
『ドラゴンの群れの中に青竜がいるようじゃな。まだ子供だが無傷で生け捕りは難しそうだぞ?』
「聖山にいる神竜の中でも黄金の神竜は≪竜王≫と呼ばれるくらい強いじゃないの!同じ神竜でもまだ子供ならかすり傷くらいで済ませられるでしょう!?」
『やれやれ、我が愛し子は無茶を言う。あれは青竜の子供を守る群れだ。まだ赤子から幼竜になったばかりの仔竜のようだし、餌を求めて王都の周りで弱った獲物を探していたんだろう。」
「この場合、弱った獲物ってそこで転がっている騎士たちだと思うのよ、私」
訓練場でまだ非難が出来ていない新人騎士たちを指差すルナ。冷静かつ的確なツッコミである。
「さすがに王女の私が家臣を相手が神竜とはいえ、餌に差し出すわけないでしょう?」
『青竜の長に文句を言われそうだが、愛し子の願いとあれば仕方なかろう』
諦めたように一つため息をつき、野良ドラゴンたちを長い尻尾でけん制していた黄金の神竜は、大きく翼を広げた。
次の瞬間、上空で強風が吹き荒れ暗雲が立ち込めてきたかと思いきや、ゴロゴロと雷鳴が響き渡った。
《ピシャーン!!!》
という盛大な爆音と共に、既に王都の訓練場の上空まで飛来していたドラゴンの群れが次々と落ちてきた。
落雷がドラゴンの群れを襲ったのである。
「ぎゃあぁ~!!」
ドッカン、ドッカンと轟音を立てて落下してきたドラゴンの群れを間一髪避ける新人騎士達。
はたまたシールドを張って衝撃から身を守る強者の魔法騎士達。
比較的、人の少ない訓練場の空きスペースにドラゴンの群れが山積みになるのに、そう時間はかからなかった。
もうもうと土煙が盛大に立ち上る中、青い炎が逃げ惑う新人騎士たちを襲ったのはその時だった。
【水の精霊王よ。力を貸したまえ!】
再び魔力の宿った不思議な声音のルナの叫びが響く。同時に今にも雨が降りそうだった空から大量の雨水が降り注いだ。
気づけば海の青を思わせる紺碧の青い髪と瞳を持つ人とは思えぬ人外の存在がルナの背後で青い炎をかき消していた。
土煙の代わりに水蒸気が訓練場を包む。ほとんど騎士たちは蒸し焼き状態である。
だが大量の降り注ぐ雨のせいで徐々に冷気が周囲に漂い始め、濡れネズミになりつつも死者はいなさそうであった。
そして、ルナの真ん前には地上に無理やり落下させられた青竜・・。すなわち神竜の仔が威嚇して唸り声をあげていた。
しかし、ルナは恐れた様子はなく水の精霊王と上空に停止したまま動かない黄金の神竜の力を得て、こう言い放った。
【お座り!】
その言葉とともに反射的にチョコンとお座りしたのは今の今まで唸り声をあげていた青竜であった。
因みにドラゴンは派手な攻撃を受けた割には、持ち前の回復力でその後暫くして復活を遂げたが、竜王の異名を持つ神竜の前では自分達の無力さを感じたのか、大人しくお座りをしていたりした。
そして、ルナといえば・・・まるで猛獣使いのようにドラゴンに説教をしていた。
次々とドラゴン達をお座りさせながら、
「ドラゴン達!いくら鼻がよいからって、血の匂いくらいで人の縄張りに勝手に入って来ないで頂戴!」
何ともシュールな光景であった。
「何がどうなってるんだ?」
ソルがこぼした言葉はその場にいる者たち全員の思いでもあった。
それもそのはずである。
既に伝説となった竜騎士と呼ばれた存在は、神竜を含む竜と契約を交わすことにより自由自在に数多の竜を操り、そして天空を竜とともに駆け回り、魔物を次々と倒して国を救ったといわれているが、もう何百年も昔の話である。
オルコット王国の創始者である初代国王は竜王の加護を受けた愛し子と呼ばれる存在だったという。
だが愛し子は滅多に表れるものではない。
それ以前に神竜が人の前に姿を現すこと自体が稀である。
ましてや神竜と契約を交わしたり、竜王に愛し子と呼ばれる祝福される存在は千年に一人いるかというのが、この世の常識であった。
あるときは奇跡を、またある時は厄災を招くとされる神竜。
その生態は未だ謎に満ちており研究者たちは聖山近くに研究所を作って、日々神竜が現れないか確認しているくらいである。
それが何故、いきなり姿を現したのか?さらに言うなら、どうしてドラゴンたちはルナの言葉に従い大人しくお座りしているのか、全てにおいて謎の光景が広がっていた。
だが、何事にも動じない人間とはいないようでいるのである。
「姫様、もうすぐ夕食のお時間です。」
淡々とした口調で周りが静まり返る中、ルナに声をかけた者が一人。
何事もなかったかのようにティーセットを片付けて帰り支度を整えた侍女マリーが「帰りますよ」と声をかけるまで、ルナ王女の説教は続いていた。
望遠鏡片手に侍女のマリーに本日10回目の素敵アピールをする主に死んだ魚のような眼差しを向ける侍女が「そうですね。」と、やはり10回目の返答をする。
しかし、そのおざなりな返答に気分を害した様子もなく、ニコニコとまん丸な顔に笑みを浮かべ、これでもかと顔に望遠鏡を押し当てながら、白昼堂々ストーカーしている人物。
ルナ・オルコット。15歳。
オルコット王国の「ぽっちゃり王女」といえば色々な意味で有名である。
ふんわりとしたハニーブロンドにアメジストの瞳。よくよく見ればというより愛嬌しか感じさせない全てが丸いフォルムで構成されたボディ。
ショッキング・ピンクのフリルが大量についたドレスが非常に目に痛い肉饅頭・・・もとい、ぽっちゃりした王女が、オルコット王国魔法騎士団の訓練場の真横に観客スペースを作ってピョンピョン飛び跳ねながら大喜びしていた。
きっと痩せていたなら美男美女で名高い国王夫妻のに似て美少女だろうに、何もかもが残念な主に侍女のマリーはお茶を渡しつつ、「ソル様、顔が引きつってますよ。」と訓練場で魔法剣を操り、次々新人騎士をまとめて相手にしているオルコット王国魔法騎士団の団長ソルへと、いつも通り声をかける。
「そ、そうか・・・。すまない。鍛練が足りんようだ。」
サラサラの銀髪にサファイアの瞳の美丈夫は、長身に鍛え上げられたしなやかな身体を駆使しては襲い掛かってくる新人騎士をいなしつつ、キリがないとばかりに魔法剣を軽く振るって得意技の「氷の矢」を発動させる。
「うわぁぁぁ~!」
とっさにシールドを張って身を守ったのは、わずか数人。他の者達は天から降り注いだ無数の魔法の氷の矢に身体を貫かれて、ゴロゴロ地面を転がっている。
「あぁ・・・。ソル様、素敵。今日も無敵に格好いいわ!」
マリーもそう思うでしょう?とお茶と望遠鏡を手に取りながらルナが合意を求めてくる。
まだ入隊間もない新人騎士相手に容赦なさすぎなスパルタ訓練を施している男のどこが格好いいのか?
ちなみに眼前はスプラッタである。急遽医療班が駆けつけ、応急処置を施していたりする。
死んだ魚のような目をした侍女マリーは、訓練場の真横の観客スペースにて嬉々として、堂々と本人の前で国王公認のストーキング行為を「応援」と称してしている主人に「そうですね。」と本日11回目の同じ返答をしたのだった。
ソル・バルディード。23歳。
オルコット王国魔法騎士団の若き団長である彼はルナ・オルコット王女の哀れな生贄・・・もとい想い人であった。氷の魔法を得意とすることで知られている。
「ふふふ・・・、なんて憂いに満ちた顔。今すぐ食べてしまいたいわ。マリー、お茶のおかわり!クッキー大盛で!」
「・・・」
食べたいのはクッキーなのか、それとも・・・?ゾクッと悪寒が背筋に走ったソルであった。
「ルナ王女様は本日もご機嫌麗しく・・・。」
「あら、私はいつでもソル様が居れば、ご機嫌よ?」
ニコニコ笑みを絶やさず、至近距離から望遠鏡で覗き込むルナ。
思い返せば数年前、たまたまソルがルナ王女の護衛を勤めて以来というもの、既に何度となく繰り返されたパターン化した会話が続く。
そう、完全にルナの一目惚れであった。
その日のうちに、国王夫妻の元へとストーキング許可を取りに行ったとの話である。
娘に弱い国王夫妻は「もう、お嫁にいくのか!?」と当初うろたえたが、ルナの片思いと知り、しかも即振られたと聞いて娘を哀れに思い「頑張って!」と涙を流して許可したそうな。これが一国の主達でよいのであろうか?
ちなみに国王夫妻は恋愛結婚であった。
そんなソルの意志をお構いなしに今日も元気に国王夫妻公認で自分をストーキングしに来た王女をウンザリした表情で見つめると、
「きゃあ!ソル様にみつめられちゃったわ。ルナ嬉しい~!」
と当人の心知らずではしゃぐルナ王女なのであった。
しかし、その普段と一見すると変わらない日常に突如としてトラブルは巻き起こるものである。
出されたお茶とクッキーを美味しそうに食べていたかと思えば、その異変にいち早く気づいたのはルナであった。
「あら、何だか騒がしいわね?」
パクパクとクッキーを口に放り込みつつ、「そうですね。」を繰り返す侍女の後ろを望遠鏡で覗いて、
「まあ!こっちへ野良ドラゴンが沢山飛んできてるわ!」
と爆弾発言をしたのも、やはりルナであった。
一気に緊迫感が訓練場に走った。
ドラゴンは魔法と剣と竜(ドラゴン)の国では決して珍しい存在ではない。特にオルコット王国には神竜の棲む聖山があるので、王都の近くを飛行する姿が度々見られたりした。
ただし、その場合かなりの被害が王都に出たりするのが常だった。
ドラゴン達は好奇心旺盛で気になったものは、人であれ物であれオモチャにするのである。また市場に舞い降りては食べ物を興味津々で食べて回ったりもする。
非常に厄介な珍客であった。
最近、ドラゴン達は王都に定期的に集団行動をとり群れでやってくるのが民衆の心配の種となっていた。
だが今回の場合、どうも原因はソルの放った「氷の矢」にあるようである。
ドラゴンは嗅覚・聴覚などが非常に優れているため、新人騎士たちの大量に流れた血の匂いがドラゴンたちを呼び寄せたのでる。
「全員退避!手の空いている者は新人を奥に運びこめ!」
訓練場目掛けて飛んでくるドラゴンの群れを感知したソルが、緊迫した声で部下に指示を出す。
「ルナ王女様、ここは私めが食い止めます。どうぞマリー殿と王宮へお逃げ下さい!」
侍女マリーに目配せしながら避難を促すが、ここに来て、何故か俄然やる気を出してルナが放った次の言葉に、その場にいた全員が固まった。
「ソル様の為なら野良ドラゴン百匹、倒して見せるわ、私!」
「「「・・・・・・」」」
丸腰でどうやって、ドラゴン百匹倒すのか?いや、それ以前に百匹もいるのか?
ツッコミどころ満載の王女の言葉に、「そうですね。」と本日13回目の返答をするマリー。
「は・・・?マリー殿、今すぐ私は王女と逃げて欲しいのだが。」
「たかが野良ドラゴン百匹ごときで大袈裟な。」
「いや、百匹はいない・・・。」
何かのコントなのか?と一同が唖然と2人のやり取りを聞いている横で、「2人で話をするなんてズルい~!」とルナ王女はキャンキャン騒いでいる。
「王女様、今はそれどころではないのです。至急避難を!」
「あら、野良ドラゴンなんて私の召喚魔法で倒せるから大丈夫よ?」
「は・・・?召喚魔法が使えたので?」
「王族はみんな強力な魔力持ちよ?私は召喚魔法や精霊魔法など得意だわ。」
知らないの?と言わんばかりに、こてりと首を傾げるルナ王女である。ぽっちゃりしていても仕草は可愛いが緊迫感には大きく欠如していた。
「ソル団長!ドラゴンが視認できるところまで接近しています。血の臭いに惹かれて、こちらへ直接向かってきている模様!」
緑色の立派な鱗を持つドラゴンの群れの姿が確かに急接近していた。
ちなみに野良ドラゴンと呼んでいるが、野生のドラゴンたちの大半は緑の鱗に赤い瞳をしていたりする。
例外は神竜と呼ばれるドラゴンの中でも一握りの存在だけである。
「さぁ!私の出番ね!」
全く慌てた様子もなく簡単な召喚呪文を唱えるルナ。いつになく真剣な面持ちである。
【我、ルナ・オルコットと契約せし黄金の神竜の王よ。今すぐ降臨せよ!】
魔力の宿る声でルナが天に向かって叫んだ直後、それはやってきた。
恐ろしいほどの光の洪水。そうとしか呼べない瞬間が広がったかと思いきや、
『呼んだか?愛し子よ』
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そして、訓練場の上空には信じられない光景が広がっていた。
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ゆうに王宮など比べ物にならない強大な体躯の主が王宮上空で優雅に飛んでいた。
神々しいとしか呼べない後光を放つ黄金の鱗に背中には立派な翼。たなびくたてがみ。そして黄金色の瞳。
そして何よりも圧倒的な存在感。誰もが呆けて天空を見上げしかなかった。
「「・・・」」
最早、突然の展開についていけず何を言えばよいのか分からなくなった騎士一同。
しかし、ルナはお構いなしである。いつものマイペースをくずさずに、
「血の臭いで王都の近くにいた野良ドラゴンの群れがやってきたみたいなの。どうか力を貸して頂戴!」
愛しのソル様の為に!と明後日の方角に向かってビシッと人差し指で指差し決めポーズするルナ。
『ほう?血の臭いとな?どれ・・・血だまりが出来とるの?また暗殺者でも出たか?』
「違うわ!ソル様の素晴らしい鍛練の賜物よ。きっと怪我したことさえ光栄だと新人騎士たちは思っているわ!」
「・・・」
いや、これっぽっちも思っていませんが。新人騎士達の声である。
どうにも言うにいえず、また神竜が眩し過ぎて直視する事すら出来ずに沈黙する新人騎士達。
それ以前に暗殺者って何?と聞きたくなる古参の騎士達。
『たとえ愛し子の頼みでも対価は頂くぞ?よいのか?』
「いいわ!対価は体重マイナス20キロで!」
「「「はい~!?」」」
今度こそソルを含めて騎士団の言葉が唱和した。
『よかろう。ドラゴンは別の場所に移動させよう。それでよいか?』
「あら、ダメよ?他に移動しても村を襲うかもしれないじゃないの。ソル様が討伐隊率いて王都を離れてしまうわ。だから最悪は倒すけど、出来れば生け捕りにして聖山に帰すのよ。」
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だが何かに気づいたように考える仕草をした神竜である。
『ドラゴンの群れの中に青竜がいるようじゃな。まだ子供だが無傷で生け捕りは難しそうだぞ?』
「聖山にいる神竜の中でも黄金の神竜は≪竜王≫と呼ばれるくらい強いじゃないの!同じ神竜でもまだ子供ならかすり傷くらいで済ませられるでしょう!?」
『やれやれ、我が愛し子は無茶を言う。あれは青竜の子供を守る群れだ。まだ赤子から幼竜になったばかりの仔竜のようだし、餌を求めて王都の周りで弱った獲物を探していたんだろう。」
「この場合、弱った獲物ってそこで転がっている騎士たちだと思うのよ、私」
訓練場でまだ非難が出来ていない新人騎士たちを指差すルナ。冷静かつ的確なツッコミである。
「さすがに王女の私が家臣を相手が神竜とはいえ、餌に差し出すわけないでしょう?」
『青竜の長に文句を言われそうだが、愛し子の願いとあれば仕方なかろう』
諦めたように一つため息をつき、野良ドラゴンたちを長い尻尾でけん制していた黄金の神竜は、大きく翼を広げた。
次の瞬間、上空で強風が吹き荒れ暗雲が立ち込めてきたかと思いきや、ゴロゴロと雷鳴が響き渡った。
《ピシャーン!!!》
という盛大な爆音と共に、既に王都の訓練場の上空まで飛来していたドラゴンの群れが次々と落ちてきた。
落雷がドラゴンの群れを襲ったのである。
「ぎゃあぁ~!!」
ドッカン、ドッカンと轟音を立てて落下してきたドラゴンの群れを間一髪避ける新人騎士達。
はたまたシールドを張って衝撃から身を守る強者の魔法騎士達。
比較的、人の少ない訓練場の空きスペースにドラゴンの群れが山積みになるのに、そう時間はかからなかった。
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再び魔力の宿った不思議な声音のルナの叫びが響く。同時に今にも雨が降りそうだった空から大量の雨水が降り注いだ。
気づけば海の青を思わせる紺碧の青い髪と瞳を持つ人とは思えぬ人外の存在がルナの背後で青い炎をかき消していた。
土煙の代わりに水蒸気が訓練場を包む。ほとんど騎士たちは蒸し焼き状態である。
だが大量の降り注ぐ雨のせいで徐々に冷気が周囲に漂い始め、濡れネズミになりつつも死者はいなさそうであった。
そして、ルナの真ん前には地上に無理やり落下させられた青竜・・。すなわち神竜の仔が威嚇して唸り声をあげていた。
しかし、ルナは恐れた様子はなく水の精霊王と上空に停止したまま動かない黄金の神竜の力を得て、こう言い放った。
【お座り!】
その言葉とともに反射的にチョコンとお座りしたのは今の今まで唸り声をあげていた青竜であった。
因みにドラゴンは派手な攻撃を受けた割には、持ち前の回復力でその後暫くして復活を遂げたが、竜王の異名を持つ神竜の前では自分達の無力さを感じたのか、大人しくお座りをしていたりした。
そして、ルナといえば・・・まるで猛獣使いのようにドラゴンに説教をしていた。
次々とドラゴン達をお座りさせながら、
「ドラゴン達!いくら鼻がよいからって、血の匂いくらいで人の縄張りに勝手に入って来ないで頂戴!」
何ともシュールな光景であった。
「何がどうなってるんだ?」
ソルがこぼした言葉はその場にいる者たち全員の思いでもあった。
それもそのはずである。
既に伝説となった竜騎士と呼ばれた存在は、神竜を含む竜と契約を交わすことにより自由自在に数多の竜を操り、そして天空を竜とともに駆け回り、魔物を次々と倒して国を救ったといわれているが、もう何百年も昔の話である。
オルコット王国の創始者である初代国王は竜王の加護を受けた愛し子と呼ばれる存在だったという。
だが愛し子は滅多に表れるものではない。
それ以前に神竜が人の前に姿を現すこと自体が稀である。
ましてや神竜と契約を交わしたり、竜王に愛し子と呼ばれる祝福される存在は千年に一人いるかというのが、この世の常識であった。
あるときは奇跡を、またある時は厄災を招くとされる神竜。
その生態は未だ謎に満ちており研究者たちは聖山近くに研究所を作って、日々神竜が現れないか確認しているくらいである。
それが何故、いきなり姿を現したのか?さらに言うなら、どうしてドラゴンたちはルナの言葉に従い大人しくお座りしているのか、全てにおいて謎の光景が広がっていた。
だが、何事にも動じない人間とはいないようでいるのである。
「姫様、もうすぐ夕食のお時間です。」
淡々とした口調で周りが静まり返る中、ルナに声をかけた者が一人。
何事もなかったかのようにティーセットを片付けて帰り支度を整えた侍女マリーが「帰りますよ」と声をかけるまで、ルナ王女の説教は続いていた。
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