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第一章
ロザリー
しおりを挟むロザリーの朝は早い。
ストロベリーブロンドの長い髪を後ろで束ねて、白の修道女の着る服へと着替え、ルビーを思わせる瞳を擦りながら、部屋を出る。
そして、まだ日も射さぬ寒空の下、庭にある井戸の冷たい水で禊ぎをして1日が始まるのである。
孤児院の裏にある教会で魔物が村に侵入しないように、神と精霊たちに祈りを捧げることが欠かさぬ日課だ。
もう10年にも及ぶ日課・・・それには理由があった。
この世界は、遥か古の時代に男神「緋の神」と女神「暁の神」が作ったものとされている。
精霊たちは2人の夫婦神の子供たちであり、「火・風・地・水・光・闇」の属性を持つもののほかにも、「御使い」と呼ばれる妖精や竜族たちが存在している。
彼等は気まぐれに人間に加護なる祝福を授ける。其れこそが《聖痕》とよばれる印である。
通常ならば《聖痕》は遺伝しない。だが、しかしながら例外は存在する。
ロザリーは《聖痕所持者》だつた両親から、生まれながらに《聖痕》を受け継いだ例外中の例外とも言える稀なる赤子として生を授かった。
また、全ての属性の精霊の祝福を受けたことはカザルの村のみならず、近隣の集落にも知れ渡り、遠く離れた首都までも噂は広まったという。
だが辺境の村であるカザルは、魔物の蔓延る隣国との国境である“迷いの森”を目と鼻の先に接しており、常に魔物の襲撃の恐怖に駆られていた。
それ故に、ロザリーは過酷な運命を辿る事となる。
10年前、若き村長であり強大な火の精霊の《聖痕所持者》だった父親が大量発生した魔物の襲撃により辛くも村を守り抜いて亡くなったのが、試練の始まりだった。
父親の後を追うようにして、加護は弱いものの母親も癒やしの力を持つ光の精霊の《聖痕所持者》であったために村人達の怪我を治し続けて亡くなってしまう。
何とか国の中央である首都アーレンから、聖騎士団が救援要請に応じて、カザルの村に辿り着いた時には、既に村は壊滅に近い状態であった。
村人達は唯一残された《聖痕所持者》であるロザリーを、聖騎士団に連れていかれないために孤児院の地下室に閉じこめ、騎士達には村にいた《聖痕所持者》は全て死んだと嘘を貫いた。
遺体は亡くなった同じ年頃の女児とすり替えた上で、聖痕の宿る瞳など魔物にやられたように見せるため、わざとらしく火であぶった。
すり替えられた子供の親は泣き崩れていたが、村人達は嘘をつくことを止めなかった。親は聖騎士団の前にでることを許されずに、半壊した家へと閉じ込められ、真実は闇に葬られた。
何故なら、カザルの村で生きていくためには、魔物の存在から自分達を守る存在が必要であったからである。
一時的にとはいえ魔物討伐を行う聖騎士団の事を有り難いとは思いはあった。
だが同時に優れた《聖痕所持者》の子供達を国の為に連れ去っていくことを知り、ロザリーの存在が知れれば必ず騎士団に連れていかれると悟った彼等は保身に走ったのである。
そしてロザリーは僅か5歳でカザルの村の守護者となったのである。
村の外れにある孤児院に生まれ育った家から移され、その強い加護を魔物から村を守るために使い続ける日々はロザリーの心を大きく削っていった。
それでも、ロザリーは守り続けた。彼女は自らを利用する村人達の為ではなく、たったの一人守れれば、それで良かったのだ。
そう・・・幼なじみのエスターさえ無事ならば。
利用され続ける人生であっても善しとした。
それで良かったのだ・・・。
あの12の春までは。
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