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アルテミスの戦女神と黒騎士
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アルテミス皇国では先日ラッセン皇王陛下の世継ぎが入れ替わったばかりで、立太子の儀を控えて王宮では緊張に満ちた空気が漂っていた。
しかし、万年寝不足の皇太女シエルにとってみれば、目前の膨大な書類を処理するだけでもキャパオーバー気味である。
これで立太子の儀の予行練習に衣装合わせまで加わると、寝る時間ほぼゼロである。堪ったものではない。
「あぁ・・・眠い~!」
本日何度目かのセリフが形の良い薄い唇から零れるが、毎度の事なので執務室では側近達がシエルの言葉を無視して黙々と処理した分と同量の書類を執務机に乗せていく。
腰まで伸びた艶やかなプラチナブロンドの髪は後ろに1つにリボンで結ばれ、人によっては冷たく映るアイスブルーの瞳は皇族独自のもの。決して血色が良いとは言えない顔色と唇の色は疲労の証であろう。
そう…シエルは万年寝不足であった。
本来なら美の女神を彷彿とさせる整った完璧な美貌の彼女が、憂いを帯びた表情を浮かべつつ、時折苦悶に満ちた声を上げて「眠い」アピールする理由。
寝れないのである。単純といえば単純だが、本人にとっては深刻である。
シエルはアルテミス皇国のラッセン皇王陛下の姪である。既に、従兄弟であり天下にその名を轟かせた「ボンクラ皇太子」は最早この世には存在しない。
その理由は、この場ではあえて語らないがラッセン陛下は最近めっきり老け込み、武勲の誉れ高く鍛え上げられた鋼の肉体も随分痩せたようである。
またただでさえ、ガリガリにやせ細っていた眼鏡の宰相も、更にやつれた様子である。
勘当した息子の代わりに養子となった親戚の青年を紹介しに来た際に思わず「ガイコツ紳士?」と子供から人気のキャラクターの名前を呟いたシエルを責める者はいなかろう。
同じく騎士団長も甥を養子にして挨拶に来たのだが、こちらは逆に以前にも増してムキムキぶりが目立っていた。
カイル・ザクセン騎士団長曰わく「軟弱者は我がザクセン家には要りませんからな」だそうで、その筋肉を陛下と宰相殿に分けてやって欲しいと周囲のものは心中思ったという。
さて話を戻すが、シエルはグランフィールド公爵令嬢から皇太女となってからというもの、深刻な寝不足と不眠に悩まされていた。
いや、正確には正しくない。
以前は生まれながらの皇太子の元婚約者だったため、厳しい王妃教育に時間を費やし眠たくても寝れなかったのだ。
だが、今は違う。
隣国との戦で死線をくぐり抜け、剣を振るいながら死と隣り合わせの生活は、シエルが思っていたよりも精神をすり減らしていたのである。結果的に戦後処理をしながら仮眠をとるだけの生活が長く続いたというわけである。
「ガイウス、枕持ってきて。」
「仮眠か?今日は早いな。まだまだ書類が残ってるが、後でやるか?」
「ん・・・。そうする。」
熊のような大男が執務室の片隅に幾つか置かれた枕を1つ選んで運んでくる。
こう見えてガイウスは文官である。初めて会った者達は間違いなく護衛騎士と勘違いする。
燃えるような赤毛の短髪と少し吊り上がった琥珀の瞳が印象的な大男の容貌は、よくよく見れば整ったパーツをしており、また均等についた無駄のない筋肉は確かに文官の礼装よりも騎士服の方が似合うだろう。
しかし、基本的に皇族の側近達は主であるシエルの護衛を兼ねている為に、この執務室にいる面々は全員手練れである。
その中でもガイウス、クレイ、ヘンリーの3人はシエルの実家グレンフィールド公爵家から連れてきた側近中の側近である。
「最近、陛下の体調が優れないからね。私に慣れない仕事も回って来た分、時間がかかって処理作業が間に合わない。今のうちに寝ておくわ。」
いつもの令嬢然とした口調はどこへやら、飄々とした返答が帰ってくる。
流石に亡き最愛の皇王妃の忘れ形見である実の息子を廃嫡して国外追放にした上、見殺し同然にしたことは今現在進行形でラッセン陛下を苦しめているのだろう。
シエルやその側近たちにしても思う所がないわけではない。
だが以前に比べて明らかに日々増えている公務の量をみるに、陛下達はシエルが血反吐はくおもいで働いている現実が分かっていないと反論したくなる。
せめて、仮眠くらいとらせて欲しいものである。
いくら生まれつき頑健な肉体を持ち、戦に出るほどの女猛者といえども限界はあるのである。
因みにアルテミスの戦女神はシエルについた異名である。
幼い頃から、ラッセン陛下に似て運動神経が人並み外れていた。
まるで自然と息をするかのように剣を3歳から振るい、厳しい王妃教育の合間を縫うように剣術を磨いて、12歳で女剣聖と呼ばれるまでなった。
才能と言われれば、それまでだろうが側近たちの心中複雑である。
特にガイウスはシエルの3つ上の幼馴染で母方の従兄だけに歯痒い思いをしていた。
最前線に出陣することになったシエルに付いてトロイア砦に赴くも、華々しい戦果を挙げられなかったのだ。当然だが決してガイウスは弱いわけではない。
密かに「黒騎士」の異名を持っていたりする。当然、全身黒の鎧甲冑に身を包んで戦っていたためについた異名だ。
シエルを何度も戦場で守った事から、「アルテミスの戦女神と黒騎士」の2人は今や良くも悪くも周囲の注目を浴びていたりした。
ただ当の本人であるガイウスは、その事実を知らず「黒騎士」と呼ばれる強者が別に存在すると思っていたりする。
それだけ、先の戦ではあまりにも強者が揃い過ぎたのだ。
アルテミス皇国軍は完全実力制の厳しい世界なのである。
その洗礼を嫌という程浴びた為にガイウスは、今でも自分を大切な従妹すら守れぬ不甲斐ない男であると信じている。
騎士団長カイル・ザクセンは隣国の戦にてシエルの副官として、トロイア砦および近隣の村の部下の細々とした指揮を執っていたが、ここぞというとき押し寄せる敵を前に最前線で最終決断を行ったのは、自分よりはるかに幼いシエルだった。
金獅子と呼ばれた武功を誇る勇ましいラッセン陛下を超える天才。
何より一度戦場に立てば誰より光り輝くカリスマ。
それはトロイア砦の兵士達にとって、いつ終わるともしれない戦の中での希望の光となった。
現在、アルテミス皇国軍に籍を置く者たちはシエルを「アルテミスの戦女神」として、その強さに心酔しているものばかりである。
その事実を無視することはできない。何度もガイウス自身がシエルの存在に救われてきたのだから。
だが、まだシエルは18歳なのである。先日成人を迎えたばかりの従妹に背負わせるには、皇太女の地位と身分は重すぎた。そう思わざるを得ないほどにシエルは日々やつれていった。
ガイウスはシエルに聞こえないように、一つ小さな溜め息をついて枕を渡した。
この一見すると完璧に見える従妹はきっと溜め息に気付きながらも聞こえないふりをすると分かっていながら。
「あとで気分転換に騎士団の練習でも見に行こうか?」
「そんな暇ないでしょ?まずは眠って起きたら、この書類の山片づけなきゃね。」
うっすらと目の下に隈の残る顔を見ながら、これは本格的に新たな文官達の登用を早めるべきだと、まだまだ皇太女になったばかりで側近と呼べるものの少ないシエルを支える覚悟を新たにしたガイウスであった。
果たして、アルテミスの戦女神と呼ばれる人物の実態が過労死寸前の年若き令嬢だと知っているのは、この皇国の中でも何人いるだろう。
しかも、隣国の脅威は消えたとはいえ、まだまだ国内での不穏分子は残っている。敵国であった隣国と通じていた貴族たちは大半が捕らえられたものの、終戦後の混乱を利用して他国に逃亡した者もいれば、僅かながら国内に潜伏している者もまた少なからずいるのである。
だから、仮眠をとる時でさえ執務室に作られた衝立の向こうの休憩スペースで横になるしかないのだ。
「シエル。今日は可能な限り眠れ。眠れないなら膝枕してやる。」
「は・・・?」
ピキッと固まるシエル。聞き間違いだろうか?
何かとんでもない言葉を聞いた気がして、眠たげにしていたアイスブルーの瞳を見開く。
そんなシエルとガイウスのやり取りに、執務室で黙々と業務をこなしていたクレイが割って入る。
「ガイウス、気でも触れたか!?それに先程から言葉遣いが屋敷で暮らしていた頃に戻っているぞ!」
「そうよぉ~?いきなり幼馴染みの従妹に戻ってもシエル様だって困るに決まっているわよぉ~!」
「ヘンリー、お前はその言葉遣いをまず直せ・・・。」
ガイウスに的確な指摘をしたはずが、いつの間にか自分の横で頬に手を当てつつ、オネェ言葉で参加して来るヘンリーに半分諦めの念を覚えつつ、すかさず注意をする。
「あら~、ここにはアタシ達しか居ないじゃない。言われなくても公の場では上手くやるわよぉ?」
悪びれた素振りも見せず、コロコロと笑う同僚ヘンリーを睨むクレイ。
「どうだか?先日、侍従長の頭頂部を凝視して笑いを震えて必死に耐えていたのは、一体どこの誰だ?」
「ア・タ・シ!」
黙っていれば社交界の貴公子として脚光をあびていただろうに、非常に残念な言葉遣いのせいで滅多に見れない美男子が台無しとなっているヘンリーは「は~い!」と右手を挙げて、左手で自分の無駄に整っている顔をチョイと指差している。
はぁ~と頭を抱えて深く息をつくクレイである。どうやら敬愛するシエル様の側近で一番常識人なのは自分らしいと、しみじみ思い知った日常の1コマであった。
「クレイ。何故そんなに疲れた顔をしているんだ?お前も寝不足か?」
そんなクレイの姿に不思議そうに元凶であるガイウスが声をかけてくる。
「元はといえばガイウス!お前が突拍子もない事を言い出すからだろう?!」
「いや・・・どうして、そこで怒るんだ?俺はシエルが物心ついたときから寝かしつけ係だったぞ。抱っこに膝枕は定番だ。シエルの弟のレックスが病弱で誰もシエルの世話をするのが身内にいなかったからな?」
既に疲労困憊していたシエルが「いつの話よ」とボソッと呟き枕片手に執務机に突っ伏した。
その顔が微かに熱を帯びて赤くなっていたことに気づく者は執務室の中にはいなかった。
しかし、万年寝不足の皇太女シエルにとってみれば、目前の膨大な書類を処理するだけでもキャパオーバー気味である。
これで立太子の儀の予行練習に衣装合わせまで加わると、寝る時間ほぼゼロである。堪ったものではない。
「あぁ・・・眠い~!」
本日何度目かのセリフが形の良い薄い唇から零れるが、毎度の事なので執務室では側近達がシエルの言葉を無視して黙々と処理した分と同量の書類を執務机に乗せていく。
腰まで伸びた艶やかなプラチナブロンドの髪は後ろに1つにリボンで結ばれ、人によっては冷たく映るアイスブルーの瞳は皇族独自のもの。決して血色が良いとは言えない顔色と唇の色は疲労の証であろう。
そう…シエルは万年寝不足であった。
本来なら美の女神を彷彿とさせる整った完璧な美貌の彼女が、憂いを帯びた表情を浮かべつつ、時折苦悶に満ちた声を上げて「眠い」アピールする理由。
寝れないのである。単純といえば単純だが、本人にとっては深刻である。
シエルはアルテミス皇国のラッセン皇王陛下の姪である。既に、従兄弟であり天下にその名を轟かせた「ボンクラ皇太子」は最早この世には存在しない。
その理由は、この場ではあえて語らないがラッセン陛下は最近めっきり老け込み、武勲の誉れ高く鍛え上げられた鋼の肉体も随分痩せたようである。
またただでさえ、ガリガリにやせ細っていた眼鏡の宰相も、更にやつれた様子である。
勘当した息子の代わりに養子となった親戚の青年を紹介しに来た際に思わず「ガイコツ紳士?」と子供から人気のキャラクターの名前を呟いたシエルを責める者はいなかろう。
同じく騎士団長も甥を養子にして挨拶に来たのだが、こちらは逆に以前にも増してムキムキぶりが目立っていた。
カイル・ザクセン騎士団長曰わく「軟弱者は我がザクセン家には要りませんからな」だそうで、その筋肉を陛下と宰相殿に分けてやって欲しいと周囲のものは心中思ったという。
さて話を戻すが、シエルはグランフィールド公爵令嬢から皇太女となってからというもの、深刻な寝不足と不眠に悩まされていた。
いや、正確には正しくない。
以前は生まれながらの皇太子の元婚約者だったため、厳しい王妃教育に時間を費やし眠たくても寝れなかったのだ。
だが、今は違う。
隣国との戦で死線をくぐり抜け、剣を振るいながら死と隣り合わせの生活は、シエルが思っていたよりも精神をすり減らしていたのである。結果的に戦後処理をしながら仮眠をとるだけの生活が長く続いたというわけである。
「ガイウス、枕持ってきて。」
「仮眠か?今日は早いな。まだまだ書類が残ってるが、後でやるか?」
「ん・・・。そうする。」
熊のような大男が執務室の片隅に幾つか置かれた枕を1つ選んで運んでくる。
こう見えてガイウスは文官である。初めて会った者達は間違いなく護衛騎士と勘違いする。
燃えるような赤毛の短髪と少し吊り上がった琥珀の瞳が印象的な大男の容貌は、よくよく見れば整ったパーツをしており、また均等についた無駄のない筋肉は確かに文官の礼装よりも騎士服の方が似合うだろう。
しかし、基本的に皇族の側近達は主であるシエルの護衛を兼ねている為に、この執務室にいる面々は全員手練れである。
その中でもガイウス、クレイ、ヘンリーの3人はシエルの実家グレンフィールド公爵家から連れてきた側近中の側近である。
「最近、陛下の体調が優れないからね。私に慣れない仕事も回って来た分、時間がかかって処理作業が間に合わない。今のうちに寝ておくわ。」
いつもの令嬢然とした口調はどこへやら、飄々とした返答が帰ってくる。
流石に亡き最愛の皇王妃の忘れ形見である実の息子を廃嫡して国外追放にした上、見殺し同然にしたことは今現在進行形でラッセン陛下を苦しめているのだろう。
シエルやその側近たちにしても思う所がないわけではない。
だが以前に比べて明らかに日々増えている公務の量をみるに、陛下達はシエルが血反吐はくおもいで働いている現実が分かっていないと反論したくなる。
せめて、仮眠くらいとらせて欲しいものである。
いくら生まれつき頑健な肉体を持ち、戦に出るほどの女猛者といえども限界はあるのである。
因みにアルテミスの戦女神はシエルについた異名である。
幼い頃から、ラッセン陛下に似て運動神経が人並み外れていた。
まるで自然と息をするかのように剣を3歳から振るい、厳しい王妃教育の合間を縫うように剣術を磨いて、12歳で女剣聖と呼ばれるまでなった。
才能と言われれば、それまでだろうが側近たちの心中複雑である。
特にガイウスはシエルの3つ上の幼馴染で母方の従兄だけに歯痒い思いをしていた。
最前線に出陣することになったシエルに付いてトロイア砦に赴くも、華々しい戦果を挙げられなかったのだ。当然だが決してガイウスは弱いわけではない。
密かに「黒騎士」の異名を持っていたりする。当然、全身黒の鎧甲冑に身を包んで戦っていたためについた異名だ。
シエルを何度も戦場で守った事から、「アルテミスの戦女神と黒騎士」の2人は今や良くも悪くも周囲の注目を浴びていたりした。
ただ当の本人であるガイウスは、その事実を知らず「黒騎士」と呼ばれる強者が別に存在すると思っていたりする。
それだけ、先の戦ではあまりにも強者が揃い過ぎたのだ。
アルテミス皇国軍は完全実力制の厳しい世界なのである。
その洗礼を嫌という程浴びた為にガイウスは、今でも自分を大切な従妹すら守れぬ不甲斐ない男であると信じている。
騎士団長カイル・ザクセンは隣国の戦にてシエルの副官として、トロイア砦および近隣の村の部下の細々とした指揮を執っていたが、ここぞというとき押し寄せる敵を前に最前線で最終決断を行ったのは、自分よりはるかに幼いシエルだった。
金獅子と呼ばれた武功を誇る勇ましいラッセン陛下を超える天才。
何より一度戦場に立てば誰より光り輝くカリスマ。
それはトロイア砦の兵士達にとって、いつ終わるともしれない戦の中での希望の光となった。
現在、アルテミス皇国軍に籍を置く者たちはシエルを「アルテミスの戦女神」として、その強さに心酔しているものばかりである。
その事実を無視することはできない。何度もガイウス自身がシエルの存在に救われてきたのだから。
だが、まだシエルは18歳なのである。先日成人を迎えたばかりの従妹に背負わせるには、皇太女の地位と身分は重すぎた。そう思わざるを得ないほどにシエルは日々やつれていった。
ガイウスはシエルに聞こえないように、一つ小さな溜め息をついて枕を渡した。
この一見すると完璧に見える従妹はきっと溜め息に気付きながらも聞こえないふりをすると分かっていながら。
「あとで気分転換に騎士団の練習でも見に行こうか?」
「そんな暇ないでしょ?まずは眠って起きたら、この書類の山片づけなきゃね。」
うっすらと目の下に隈の残る顔を見ながら、これは本格的に新たな文官達の登用を早めるべきだと、まだまだ皇太女になったばかりで側近と呼べるものの少ないシエルを支える覚悟を新たにしたガイウスであった。
果たして、アルテミスの戦女神と呼ばれる人物の実態が過労死寸前の年若き令嬢だと知っているのは、この皇国の中でも何人いるだろう。
しかも、隣国の脅威は消えたとはいえ、まだまだ国内での不穏分子は残っている。敵国であった隣国と通じていた貴族たちは大半が捕らえられたものの、終戦後の混乱を利用して他国に逃亡した者もいれば、僅かながら国内に潜伏している者もまた少なからずいるのである。
だから、仮眠をとる時でさえ執務室に作られた衝立の向こうの休憩スペースで横になるしかないのだ。
「シエル。今日は可能な限り眠れ。眠れないなら膝枕してやる。」
「は・・・?」
ピキッと固まるシエル。聞き間違いだろうか?
何かとんでもない言葉を聞いた気がして、眠たげにしていたアイスブルーの瞳を見開く。
そんなシエルとガイウスのやり取りに、執務室で黙々と業務をこなしていたクレイが割って入る。
「ガイウス、気でも触れたか!?それに先程から言葉遣いが屋敷で暮らしていた頃に戻っているぞ!」
「そうよぉ~?いきなり幼馴染みの従妹に戻ってもシエル様だって困るに決まっているわよぉ~!」
「ヘンリー、お前はその言葉遣いをまず直せ・・・。」
ガイウスに的確な指摘をしたはずが、いつの間にか自分の横で頬に手を当てつつ、オネェ言葉で参加して来るヘンリーに半分諦めの念を覚えつつ、すかさず注意をする。
「あら~、ここにはアタシ達しか居ないじゃない。言われなくても公の場では上手くやるわよぉ?」
悪びれた素振りも見せず、コロコロと笑う同僚ヘンリーを睨むクレイ。
「どうだか?先日、侍従長の頭頂部を凝視して笑いを震えて必死に耐えていたのは、一体どこの誰だ?」
「ア・タ・シ!」
黙っていれば社交界の貴公子として脚光をあびていただろうに、非常に残念な言葉遣いのせいで滅多に見れない美男子が台無しとなっているヘンリーは「は~い!」と右手を挙げて、左手で自分の無駄に整っている顔をチョイと指差している。
はぁ~と頭を抱えて深く息をつくクレイである。どうやら敬愛するシエル様の側近で一番常識人なのは自分らしいと、しみじみ思い知った日常の1コマであった。
「クレイ。何故そんなに疲れた顔をしているんだ?お前も寝不足か?」
そんなクレイの姿に不思議そうに元凶であるガイウスが声をかけてくる。
「元はといえばガイウス!お前が突拍子もない事を言い出すからだろう?!」
「いや・・・どうして、そこで怒るんだ?俺はシエルが物心ついたときから寝かしつけ係だったぞ。抱っこに膝枕は定番だ。シエルの弟のレックスが病弱で誰もシエルの世話をするのが身内にいなかったからな?」
既に疲労困憊していたシエルが「いつの話よ」とボソッと呟き枕片手に執務机に突っ伏した。
その顔が微かに熱を帯びて赤くなっていたことに気づく者は執務室の中にはいなかった。
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