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私だけが知らない事(晴香SIDE)

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その週末、冴子さんと二人で会う事になった。

ずるい真似はしたくなかったから、私は事前にメッセージで「相談」の中身も全部記した。その上で、冴子さんがいやだと思うならそれはそれで、一旦は諦めるつもりだった。

けれど冴子さんの答えは、「わかった」というものだったから、私は一応、その心意も知りたいと思っている。

冴子さんとよく行くショッピングモールではなく、大学の近くにある落ち着いた、でも学生向けのリーズナブルで気軽な雰囲気のカフェで冴子さんと待ち合わせた。

「ここ、パンケーキもおいしいお店なんですよ、実は」

私は努めて明るく冴子さんに話しかける。
冴子さんは瞳の奥では「そういう事じゃないだろう」といぶかりながらも、調子を合わせて「じゃあ頼んでみようかな」などと返してくれた。

「…本当は、冴子さんの邪魔しちゃってるんじゃないかと心配なんですが」

温かいアールグレイに口をつけて、ごまかすように尋ねてみた。
冴子さんはなぜか、近況を色々と話してくれた。
今は例の人と同じ部屋に暮らしている事、でも週に一度は自分の部屋に帰っている事。
私の想像通り、冴子さんはあの人とうまくいっているようだった。

今日は自宅に誰もいないから、私はこのまま冴子さんに自宅へ来てもらおうと考えていた。
けれど冴子さんが「今日はその、週に一度帰る日なの」と口にして意味深にこちらを見てくる。

「…あの、今日はうちには誰もいないんです、だから」
「ううん、悪いよ」

冴子さんは、「じゃあ、行こうか」と立ち上がる。いつかと逆のパターンだと思った。

多分、これ以上深い話は公の場でははばかられる、お互いそう思っているのは確かだ。

「わかりました、じゃあお邪魔する事にします」

私も立ちあがり、冴子さんの後を追った。
カフェを出ると、もう3月だとわかるような、肌寒い仲にも陽射しには温かさが含まれているような気がする。

冴子さんが手を差し出してきたので、私は大慌てでその手をつかんだ。

「冴子さん?」
「…」

冴子さんは黙って前を向いたまま歩き続ける。

「どうかしましたか」

私は色々不安になり冴子さんに問いかけるが、冴子さんは何かを一生懸命に考えているようだった。

「誤解っていうか、ちゃんと言わないといけないって思うから、言うけど…」
「はい…?」

冴子さんの中にどういう葛藤があるのか、私には想像もつかない。

「…こうして実際に会って、晴香ちゃんと話してるとね、あーこんな美少女に誘われてデートまでできて、なんて光栄な事だろうって思って」
「…それは、私も…」

私が言いかけたのを遮るように冴子さんは続ける。相変わらずこちらに視線を向けないままで。

「で、会うたびに思うのは…晴香ちゃんに何かお願いされたら、もう絶対、多分誰も逆らえないなって」
「…」
「私は誘惑に弱い人間だって事は自覚してるから」

私を見ないでいいように、先に手を握ったのだろうか、などと奇妙な思考にとらわれながら私は冴子さんの言葉に耳を傾けた。

「今までもそうだったけど、初めて会った時から、私はずっと、この子に誘われたら断るなんて絶対無理だなって思ってたし、今もそれは変わってない」
「…冴子さん、あの、迷惑とかそういう事では、ないんですよね」

私の声はどんどんトーンダウンしていく。
何かとてもいけない事をしている気になるからだ。

「ううん、違う、多分…本当の所は晴香ちゃんも知らないんだよ、きっと」
「はい…」

冴子さんが何を言っているのかはよくわからない。でも私は曖昧に頷いた。

「でも、多分、今日それが少しわかるようになる、そんな気がする」

それきり言葉は途切れて、私たちは電車に乗って冴子さんの部屋へと向かった。

今日の冴子さんは、白いシャツワンピースにレギンスを合わせて、その上から薄手のコートを羽織っている。
…でもこれは、これから向かう部屋ではなく、冴子さんがあの人と暮らしている部屋で着てきたものなんだな、と考えてしまう。
冴子さんの服選びのセンスは、きっと暮らしが変わった事によって変化しているに違いなかった。
例えばシャツワンピにしても、きちんとベルトでブラウジングをして、綺麗な体形を隠さず見せる趣向にシフトしている。
これまでの冴子さんに、更に自信が少し加わって、見違えるぐらいに容姿の良さは際立ってきているのに、多分その事に無自覚なのだ。

私自身も、普段はあまり堂々と露出させていない銀髪を、冴子さんに会う時には惜しみなく晒して、少しでも冴子さんに綺麗だと思われたい気持ちを出しているつもりだ。
そんな私を、冴子さんはいつでもまぶしそうに見つめてくれている。

「ここ、ですか」
「うん」

中野駅から少し歩いた所にある冴子さんの部屋の前で、私たちはそんな言葉を交わした。その後は淡々と部屋に入り、淡々とお茶を出される。
私たちの間にはわずかな緊張感が漂っている気がした。二人とも、これからする事を意識しているからだろうか。
いや、むしろ冴子さんの方が過剰に意識しているようにも見える。
何か、冴子さんにはわかっていて、私だけがわかっていない事があるかのようだった。

*-*-*-*-*-

私は以前に、冴子さんとキスした事はある。
それから、冴子さんが自分で自分を慰める行為も見た。更に言えば私もその行為を手伝ったりした。
冴子さんの大事な穴に、私の指、それも足の指と手の指両方をそれぞれ挿入したんだっけ。

「ねえ、晴香ちゃん」
「何でしょうか」

小さなローテーブルの傍らに座り、出されたお茶を飲んでいると、冴子さんが話しかけてくる。

「ここに来るまでの間、歩いてる時にみんなが晴香ちゃんの事、見てたの…気付かなかった?」
「いえ、まあいつもの事ですし…それに冴子さんと一緒だから、みんな冴子さんの事見てたんじゃないですか」
「私、普段からあんなに見られてないと思うけど…」
「じゃ、たまたまなんですかね」

二人きりになるとかえってリラックスできてきて、私は普段の調子に戻った気がした。初めて来る部屋なのに、なぜか落ち着く気がする。

「晴香ちゃんが可愛いからだよ」
「でも、別に見てるだけでしょ?…そんなの、何も関係ないじゃないですか」
「まあ、うん…」
「私は冴子さんの事しか見えてないですから」

言いながら、絶好の笑顔を冴子さんに向けると、冴子さんは面食らったようだった。

「ね、中身なんて知らなくたって、見た目なんてどうとでもなるんですから。つまらない、何だよこれとか思っていても、笑っていればそうは思われないでしょ?」
「…まあ、そうだよね」
「でも冴子さんは、見えている事全てを疑ってかかるような人じゃないって事ですよね、素直と言うか」
「…」

「教えてもらえませんか、あの人とどういう風に交わっているのか…いえ、教えてくれなくてもいいです、私と、して欲しいんです」

冴子さんはいよいよ来たかという表情になる。少し困っているようにも見えた。

「私、冴子さんの事好きです、ほんとに」
「…」

冴子さんは、しばらく黙ってから、こう答える。

「そういうストレートな言葉、言われ慣れてないから…」

驚いた。冴子さんほどの人が?
いろんな男性から告白されてるんじゃないの?断るなんて朝飯前、作業みたいなもんじゃないの?…と思うのに。

「じゃもう一回言いましょうか」
「やめて、いいよ」

遠慮する冴子さんの顔をじっと見つめてもう一度言う。
「冴子さん、好きです」と。
冴子さんは私の顔をしっかり見ようとはしていない。
だからわざと少し黙って、冴子さんが顔を上げるのを待ってから、もう一度言った。

「私、冴子さんの事が好きなんです」
「もう…」

冴子さんの顔がどんどん赤くなっていった。それが少し面白い。
もっと何度も言葉をかけたら、更に赤くなるのだろうか、と想像してしまう。

「好き、って言われるの…嫌なんですか?」

今度はわざと極端に不安げな小声で尋ねてみる。冴子さんは首を横に振った。

「ううん、そういう訳じゃないけど」
「じゃあ、いいんですよね」
「何が…?」
「私と、してくれますか」
「ん、だから……」
「だから?」
「だから、私は断れないんだって」
「…なるほど」

私はずいと冴子さんの隣へ移動して座り直した。
下を向いている冴子さんの耳元で囁く。

「冴子さん、こっち見て」
「…うん」

私の中にはたくさんの「何故」が渦巻いている。
好きと言われ慣れていないなんて、本当だろうか。なぜ誰も冴子さんに対して、強引にでも告白しないのか。
それに、私よりも性的経験が豊富に違いないのに、なぜ今冴子さんはこうも恥ずかしがっているのだろうか。

冴子さんがほんの少し、目だけを上げて私と視線が合う。思いのほか近いと思ったのか、視線はそのまま固定しつつも、冴子さんの息が止まった気がした。

「なんでそんなに恥ずかしそうにしてるんですか…?」
「…それは、言ってるのが晴香ちゃんだから」
「…」

私には少しずつ、わかってきた事がある。
身体で直接結ばれなくても、言葉や声、表情、仕草だけで、人はどこまでも期待と興奮を高められるのではないか。
そして私の言葉で、冴子さんの身体が記憶している様々な経験が呼び起こされていくのもわかる。そこから未知の快楽への期待が、爆発的に膨らむという事もあるのかもしれない。

「冴子さん」
「…」
「じゃあ、私が冴子さんにエッチな事をたくさん言ったら、冴子さんは興奮しますか」

冴子さんはようやく私をじっと見た。そんな事、言うまでもない事だと言いたげに。

「聞いて、冴子さん」
「うん」

私は冴子さんの手を握りながら話し始める。

「私、毎日冴子さんの事想像して、一人でしてるんです」
「…うん」

今度は私が恥ずかしくなってきて、それを紛らわすように、わざと冴子さんに抱き付いて、冴子さんの耳に向かって語り掛ける。

「…冴子さんがあの人とどんな風にしてるのか、毎日考えてオナニーしてるんです」

冴子さんは声にこそしなかったが、ふーっとため息のような呼吸をしたのがわかる。

「冴子さん、また言っていいですか?我慢できないから」
「…え?」
「やっぱり私、冴子さんが好きです」
「っ…」

「好きです」という言葉はまるで魔法のようだ。何度もそれを口にすると、冴子さんの冷静さが失われていくようで。

「冴子さんは?…私と同じ意味でなくても、私の事好きですか?」
「…うん、好き」

次は私が魔法にかけられた気分になる。こんな言葉一つでこうも高揚するなんて。

「…私、前に冴子さんにばかりいたずらしちゃったから、今日は冴子さんに、やりたい事してもらえたらって思って、来ました」
「え…」
「冴子さんは、私の身体にいたずら…したくないですか?」

また冴子さんがふーっと息を吐いた。そしてこう続ける。

「したくない、なんてはずないでしょ」
「…じゃあ、どんな?」
「…言えないよ、そんなの」

何か思う事はあるらしいが、それに関して私は半ばどうでも良い気になっていた。
もはや経験値の差なんてあまり関係ない気がする。私と冴子さんの交わりは、いや全ての人のそれは、誰かと同じ、なんて事はあり得ない。二人だけのやり方、世界を作っていけばいいんだ。

「…言えないんですか?…変態過ぎるから?」
「……」

冴子さんの、その沈黙に否定の意味は込められていない。
その瞬間、と言うよりも、自ら「変態」という言葉を投げたその瞬間と言うのが正確だと思うけど、何か私の中でスイッチが入ったような気がした。気のせいだろうか。

「あ、もしかして…変態って言われるのも興奮しちゃうとか」
「…」

冴子さんの沈黙に、更に緊張感が加わる。
「そうだ」と言いたくて、でも我慢しているように思えた。

「…冴子さん?」

冴子さんの身体が震えている気がして、一瞬身体を離してみると、冴子さんの瞳は潤んでいた。
傷ついて怒っているのではない。何かを訴えるような瞳だった。

「…晴香ちゃん、そろそろ気付いてるんじゃないの…」
「何にですか?…」

冴子さんがまた黙る。自分で考えろとでも言うように。
そして私はついこの数分間のやり取りを反芻して、ある事に思い至った。

自分自身に大きく変化があった感覚はない。
ただ、冴子さんに「好き」とか「変態」とか語り掛けている行為そのものは楽しいし興奮もする。
でもそれは、冴子さんが面白いように反応するからだと思っていた。
…それだけじゃないのだろうか。

「本当にわからないんだとしたら、晴香ちゃんは本物って事かもね」
「え…」
「わざと、じゃないんでしょ?そういうの」
「他を知らないので」
「嘘…」

冴子さんが「思い出してよ」と言うように私を指さした。
にわかに私の頭は混乱する。
そして思い出されたのは、例のお姉ちゃんと彼氏のセックス動画の内容だった。
あれを「普通」として考えろという事なのだろうか。
だとしたらやっぱり私のやっている事は変なのか。
…でも、冴子さんはものすごく興奮しているみたいだし、喜んでいるようだ。

「や、いいの…晴香ちゃんの思うままに、して欲しいし、それが見たいから」
「…いいんですか」
「うん、多分…その方がいい、お互いに」

こうなったらもう、冴子さんの言葉を信じて従おう。余計な事は考えるまい。

「そうだ…また、ボディチェックしてあげましょうか、冴子さん」

私は含みのある視線を、冴子さんの腰の辺りに動かした。
冴子さんには即座にわかったはずだ。以前私が見つけて冴子さんに教えた、あの場所のキスマークの存在を。

「…うん」

冴子さんも、何か心を決めたようで、ためらう様子はない。
お互いに、その先の流れと同時に、これから互いがしなければならない事、した方がいい事について、言葉を交わさずとも一致したような気がする。
そう、私たちの交わりは愛の交換とかそういった類のものではない。
お互いが、お互いをいかに挑発し煽るか、それがテーマだ。
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