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ありがとうという言葉

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カーテン越しに朝の陽ざしが透けて見える。
それでも私たちは、狭いシングルベッドの上で身体を重ねていた。
どちらからともなく身体を触り、キスをして、そしてお互いの性感帯に触れて、達する。
少し休んで、または仮眠して再び目の前にある相手の身体に触れていく。それを繰り返していた。

「あ、あ…また…いっちゃう」

両脚を広げてお互いの花弁を擦り合わせる。一晩の間に何度もをそれをして、二人とも太腿の間は既にヌルヌルになっていた。シャワーを浴びる時間も惜しんで、私たちは行為にふけっていたのだ。

「お、姉さま、すご…ん、あぁ…」

ヌルヌルになった内腿が擦れるだけでも十分すぎるほど感じてしまうのに、更に私の秘部と美咲さんの秘部が触れ合うのだから、すぐにでも達してしまいそうになる。カーテン越しとは言え朝日が透けてほんのりと明るい部屋でそんな事をしていたら、尚更だ。

私は力の入らない身体で美咲さんの動きにただ合わせて腰を動かしていた。ほどなくして、何度目かのあの感覚に襲われる。
何度も達した身体はほんの少しの刺激でも達しやすくなっていて、美咲さんが思いついたように細い指先で私の乳首を弾いただけで、糸が切れたように私の身体は弛緩して意識を失いそうになった。

「あ、や……っ」
「冴子」

美咲さんが覆いかぶさってきて、私の唇に温かい感触が重なる。
そうしながら美咲さんの指先は、今度は私の萌芽を捉えて小刻みに動いている。私は重ねた唇の間から、吐息をこぼしながら、再び体温が上がっていくのを感じた。

「あ、だ…また…はんっ」

私が、そんな風に短時間で小さなオーガズムを繰り返していると、それを見ている美咲さんも何だか満足しているようだった。

「いっぱいエッチして、眠って、それで寝起きでまたこうやってグダグダした感じでするのって、最高に気持ちいいのよね」
「…はい…っ」
「だから朝にするのが一番好きかも」

私は言葉での返事はできなかった。美咲さんの指が、萌芽から移動して、秘部の内側に侵入してきたからだった。

「あ、ん…っく…」
「冴子可愛い」

美咲さんの動作、言葉の一つ一つによって私はいちいち興奮して、肉体的にも精神的にも満たされていく実感がある。だから美咲さんが面白がって何か始めてきても、私はただそれを受け入れて、そして感じるままに反応する。それが美咲さんには従順なように見えてしまうのかもしれない。

「はぁ、また、いっちゃいます…」

美咲さんの指先一本だけで、また私は達してしまう。
もう、止められなくなっているような感じだった。達するまでの刺激の量が、どんどん少なくなっているのだ。

私がまた小さく身体を震わせ、ほっと溜息を吐いていると、美咲さんが添い寝してきて言う。

「…でも、本当は物足りなかったりして」
「そ、そんなことありません」
「本当?」
「はい」

私の秘部から引き抜いた指を、美咲さんは自分でしゃぶって見せてくる。私はいたたまれない気持ちになるが、それを止めるような機敏な動きはもうできなかった。ぼんやりとその様子を眺めて、結局婉曲に興奮するだけの事だ。

ほんの少し時間をおいて美咲さんが「シャワー、借りていい?」と尋ねてきた。
「もちろんです」
私は起き上がろうとしたが、あまり身体に力が入らない。
美咲さんは「もうちょっと休んでからでいいよ」と声をかけてくれ、私を優しく抱き寄せてくれた。それに甘えて私はしばらくの間美咲さんの腕の中で回復を図った。

*-*-*-*-*-

美咲さんがシャワーを浴びている間に、私は美咲さんの着るものをどうするか考え、そういえば使っていないバスローブがあった事を思い出して準備をした。

「お姉さま」

バスルームの扉越しに声をかけると、美咲さんが内側から扉を開けてくる。

「冴子も使うでしょ」
「あの、えっと」

一人暮らしの部屋としては、この部屋のバスルームは広い方だとは思う。バスタブと洗い場がちゃんとあるし、二人で入れない広さではない。勿論美咲さんの部屋のそれとは全く違うけれど。

入って来いという意味なのだろうとはわかるが、私は一瞬躊躇してしまった。それこそ、ようやく自分の部屋に美咲さんがいるという事に慣れてきた所なのだが、普段自分しか使わないシャワーを美咲さんが使っている所を目の当りにすると、また緊張しそうだったからだ。
しかしあまり引っ張るのも変だし、私はバスローブを洗面台の上に置いて美咲さんのいるバスルームへ入る事にした。

「狭いですよね、すみません」
「ううん、十分広いと思うけど?」
「…」
「ほら、洗ってあげるから」
「はい…」

美咲さんが手早く、まるでこのバスルームをもう何十回も使っているかのように手慣れた感じでシャワーソープを手に取り私の身体を洗ってくれる。

「すっごいヌルヌル、取れないんだけど」
「…」

私の内腿に付着した、ソープとは別種のぬめりの事を言われて恥ずかしくなる。これだって、過去に何度もされてきている事なのに、自分の部屋のバスルームでしているという状況の違いだけで変に緊張した。

「あの、着替えなんですけど、使っていないバスローブがあったので、そちらを用意しました」
「うん、ありがとう」

はっとする。実は私は美咲さんから「ありがとう」という言葉をそれほどかけられていなかった事に気付いたからだ。
たくさんの部下を持つ美咲さんは、日常的に部下の仕事に対して「ありがとう」とかそれに類する感謝の言葉をたくさん使っているに違いない。いや、それはあくまでも私の憶測でしかないけれど、私なりに思う優秀なマネージャーという人は、そうやってさりげなく部下に感謝を伝えたり、ねぎらったりできる人なのだと思っている。

その一方で、「ありがとう」はもしかすると、他者との礼儀作法の一つとして交わされる余所行きの言葉なのかもしれない。現に私は美咲さんに「ありがとう」と言われなくても、何の違和感も不満も感じなかったからだ。むしろ「ありがとう」を言われてよそよそしいとさえ思ったほどだ。

美咲さんはもしかすると意図的に「ありがとう」を連発しないようにしていたのかもしれない、とその時直観した。
それをしてしまったら、まるで私と美咲さんが本当に上司部下の関係であるような、そんな距離感に離れてしまうかもしれないから、なんて思ってくれているのなら嬉しいけれど。

私はその時の「ありがとう」には何も答えず、ただ美咲さんが私の身体を洗ってくれている、その状況に身を任せていた。

身体を洗ってもらったり、シャワーをかけてもらったりするのが、自分でするのと人からされるのとでどうしてこうも気持ち良さが違うのだろう。そんな事をぼんやり考える程度にしか、私の頭は働かない状態だ。

「…お姉さま」

それでも、襲い掛かってくる倦怠感をどうにか振り払って美咲さんの身体を今度は私が洗うため、シャワーヘッドを受け取った。
そして美咲さんと入れ替わりに、私も手や指を使って美咲さんの身体を隅々まで洗い流していくと、不思議とその行為に没頭してしまっていた。
美咲さんの身体に触れる時、私は少しでもその感触を記憶として残そうとする癖がついているのかもしれない。
いつ何時、二度と触る事ができなくなってもいいように、と知らず意識しているのだ。

触れば、いや触らなくても私の指は知っている。
美咲さんのどこがどういう柔らかさで、どのくらいの熱を持っているのか。傷跡一つない美咲さんの身体は、本当に隅々まで綺麗だと思う。それは造形的な事だけではなくて、醸し出す空気そのものと言うか、肌から漂う清潔感のようなものがある。

私は、この人の乳首や萌芽など、敏感な部分に、何の躊躇もなく歯を立ててしまっているのだ。勿論傷や痛みが残らないよう注意を払っているけれど、そもそも美咲さんの身体を見ていると、そんな、噛むなんて行為を思いつく事さえ許されないような、そんな感じがしてしまうのだ。

「…なんか違う事考えてるでしょ」

急に美咲さんにそう言われてはっとした。

「お姉さまの事しか考えてません」
「ふーん」

内容はともかく嘘はない。美咲さんの事を考えているのだから。

「私がこの部屋に転がり込めば、毎日こんな風に洗ってもらえるのかな」
「…え」

それまで、私は美咲さんの身体を撫でる自分の手に視線を固定していたが、美咲さんの発言に思わず視線を上げた。

「…冴子が、なんだかお店の人みたいに熱心に洗ってくれてるから」
「あ、そういう事ですか」
「うん」
「……」
「毎日じゃさすがに嫌かな」
「いえっ、そんな事ないです、その」

思わず言葉に詰まる。美咲さんが、思い付きでも何でも、私が願っている事をそのまま言葉にしている状況に、戸惑わずにいられなかった。
どんな言葉を返せばいいのか、迷うあまりなぜだか涙が溢れてきた。

「…冴子、どうしたの?」

流れるシャワーのお湯で表情を隠そうとしたが、美咲さんは見逃してくれなかった。すかさず私の顔を覗き込んでくる。同時に私の肩に両手を添えて身体を寄せてきた。

「…違うんです、その、嬉しかったから」

そこまで何とか絞り出して、私は下を向いた。

「そっか」

美咲さんは、今度は見逃してくれた気がする。私の表情は見ないまでも、ふらつきそうになる私の身体を支えて、そのまま待っていてくれた。

「…怖かったの?」
「はい」
「うん、そっか」

私が少し落ち着いて、「大丈夫です」と声にすると、美咲さんはシャワーを止めて二人で一緒にバスルームを出た。

「こんなの使っちゃっていいの?」
「はい」
「なんか、悪い気がしちゃうんだけど」
「大丈夫です」

多分、結婚式の引き出物でもらったものだと思われるそのバスローブは、柔らかなソフトグレーの生地で、フードも付いたけっこうおしゃれなものだった。そして期せずしてこれは美咲さんにものすごく似合うデザインだと思う。本当に偶然なんだけど。

「あ、そうそう」
「…何ですか?」

案の定、と言うか予想通り、あつらえたようにそのバスローブは美咲さんのサイズにもフィットしていて似合っている。元々美咲さんの持ち物ではないかと思うくらいに。

「冴子はパソコン持ってるの?」
「はい、ノートパソコンですけど」
「ネットは?」
「繋がります」
「じゃ、ちょっとやりたい事があるんだけど」
「…はい」

美咲さんは仕事をするつもりなのだろうかと考えたけれど、さすがに他人のパソコンでそんな事をするような人じゃない、と思い直す。美咲さんがしたいと言うのは、どうやらショッピングのようだった。

私はローテーブルの上にノートパソコンを広げて問いかける。
「何を買うんですか?」
「決まってるじゃない」
美咲さんは楽しそうな笑顔を向けてくる。「二人で一緒に選ばないとね」などと言って開いたページは、アダルトグッズの通販サイトだった。

そこまで来て私はようやく目的のものについて思い当たった。おそらくリモコンローターを買うという事なのだろう。

「うーん…どれがいい?着けるのは冴子なんだから、冴子の好みを優先しないとね」
「……」

こうして二人でアダルトグッズのページを見るというのもなんだかとんでもない光景だと思うが、私は美咲さんの見ている前で自分好みのグッズを選ばなければならない状況に陥った。

正直に言うと、派手なものは無理だ。なるべく小さく目立たないもの、そして何より音が大きくならないものが良い。あまりに実用的な発想で申し訳ないが、そうでなくてはこっそり使う事など不可能だ。

「何、使った事ないんだ?」
「ありませんよ、そんなの」
「へー、意外」
「…」

これは勿論冗談だとわかる。ただ、私がこういう物に興味があるのは知られているし、現に自前のローターは持っているわけで、過去別な相手とそういう事をしようという話にならなかったのか、という疑問を美咲さんが抱くのも当然だと思った。

「絶対に安心して任せられる人でないと、こんなの使えませんよ」
「なるほどね、じゃ私は冴子のお眼鏡にかなったって事かしらね」
「……」

私がうらめしそうに美咲さんを見たので、美咲さんは「あはは」と笑った。

「冴子にそこまで信頼されているなんて、光栄な事だわ、ほんと」
「…ばかにしてますよね?」
「してないわよ」

疑わしい。選ぶのは美咲さんの権利じゃないか、という思いを込めた沈黙を送る。

「ねえ、冴子」
「…はい」
「冴子は、簡単に人に心を許すタイプじゃないって事はわかるわよ」
「はい」
「だから」
「だから、ですか…」
「そう」

だからさっきのは冗談でもからかっているのでもない、という事なのか。
私は「これがいいです」と、自分の求める条件に合いそうなものを選んだ。

「わかった、じゃこれにしよう」
「もう決めちゃうんですか」
「そうだけど、他に何か買いたいの?」
「いえそういう訳ではなくて」

私は否定したけれど、美咲さんに余計な思い付きを与えてしまったようで、なぜかコスプレ衣装なども物色しつつ「冴子に似合いそう」と美咲さんが思ったものもついでに購入されてしまった。

「届いてみたら安っぽい場合も多々あるんだけど、やっぱりネットは便利よね」
「お姉さまは、リアルなお店行った事あるんですか」
「そりゃ、あるわよ、この年だもの」
「年はあんまり関係ないような気がしますけど」
「そう?じゃ冴子も行った事があるわけね」
「…」

行ってません、と言い返さなかったから、つまり「ある」と返答したようなものだ。過去に彼氏に連れて行かれた事はあるけど、私はそのお店の雰囲気に萎縮してしまったし、普通に店員さんもいて私たちや他の客の姿も見られたりしていて、とても恥ずかしかった。

「…お姉さまとだったら、行きたいです」
「…何、どういう意味?それ」
「…何と言うか、その、見せつけたいような気がするというか」
「……」

美咲さんが挑発するような表情で私を見てくる。そんなに無防備に私を信用していいの?とでも問いたげに。

「冴子もそういう目で見られるのに、そこは気にしないわけね」
「…はい」
「…ほんと、困った娘だわ」
「すみません」
「じゃリモコンローターが届いたら、後悔するぐらい辱めてあげる」
「…」

美咲さんのその言葉だけで、音が聞こえるぐらい自分の心臓が高鳴った。唐突に、私の不意を突いてこういう言葉をくれるのだ。

「お姉さま、嬉しいです」
「冴子、そこに座りなさい」
「はい」

何かが変わったような気がする。これは何だ。いつかどこかで同じような事があった。

…そうだ、晴香ちゃんとこんな空気になったんだ。
美咲さんが、一段高いギアを入れた事がすぐにわかった。いつもより私を虐めるスイッチが入った、それがよくわかる。

本当に社会的に権限のある人の命令口調には、やっぱり重みがあり、逆らえない雰囲気が濃厚に漂う。
人に指図する事を任じられた人、それが美咲さんのオフィシャルな姿だ。部下に指示をして、成果をあげさせて、それでお金を得ているのが美咲さんなのだ。いわばプロである。

私の身体は撃たれたようにぴくりと反応し、クッションを下敷きにして美咲さんの前に座った。

「冴子が嫌がるかもしれないと思って、こういう風にしてこなかったけど」
「…嫌じゃありません、お姉さまのそういう所も、見たくて仕方ないんです、だから…」
「だから?」

間髪入れずに詰問される。
私はそんな美咲さんの姿に、緊張を覚えると共に高揚感を得ていた。
この態度、表情は、おそらく仕事モードの美咲さんに近いはずだ。しかも失敗が許されないような重大な案件を率いて決断を迫られるような立場を任された時に、こんな感じになるはずだ、と想像する。
その片鱗に触れる事にすら、私は感動しているのだ。

「…だから、いやらしい事何でも命令してください」

正座したまま答える私の瞳は、きっと潤んでいると思う。それは詰問口調に怯えたからではなく、美咲さんのまた新たな一面に触れる事ができるという期待感に、心が震えているからだ。

「オッケー、それじゃあもうあと一日この部屋で私に飼われるペットになるのよ、いいわね?」
「かしこまりました」

私が一度頭を下げて、再び顔を上げると、美咲さんの様子がおかしかった。
…あれ?と思っているうちに美咲さんはローテーブルにつっぷして、眠ってしまったのだ。

ほんの一瞬前まで、本物の「お姉様」モードが入ったのかと思いきや、今はすーすーと寝息を立てて、無防備にも寝顔を晒している。

「……」

年末の業務の追い込みと、部下たちとの飲み会と、袴田氏との噂と、もしかすると様々な事が重なって美咲さんは疲労のピークに達したのかもしれない。
そして、こんなになるまで私が美咲さんを消耗させてしまったのか、という事にようやくその瞬間思い至り愕然とする。

それでもギリギリまで、美咲さんは私の願望や欲望に応えようとしてくれていたのだ。その事がものすごくありがたいのと、申し訳ないのとで私はまた泣いてしまった。
美咲さんを起こさないよう、静かに声を殺して泣いた。
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