お姉様に夢中なはずなのにその他の誘惑が多すぎます

那須野 紺

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あの頃出会いたかった

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…何分間ぐらいぼーっとしていたんだろうか。
美咲さんが風のように去っていった部屋で、私は崩した正座のまま動けずにいた。

ローテーブルの上には、かけられるかもしれないと思って用意した水の入ったグラスが、中身を少し残した状態で置かれている。

…今夜別々に眠るのなら、なんで帰り際にキスなんかしたんだろう、という気持ちと、それだけでも嬉しい余韻とが混ざって、私を混乱させる。

いつまでもこのままぼんやりはしていられないと思い、重い腰を上げてグラスを取って残った水をシンクに流した。
そのままシンクを見下ろしていると、水の流れに引きずられるように、ちょっと涙が出た。

…美咲さんは、怒りを我慢していたに決まっている。
でなければ昨夜の態度は説明がつかない。
だけど、その生々しい感情は半日程度の間があれば、どこかえ消えたように見せる事ができる、それが美咲さんなのだろう。

本人にしてみれば「若くないんだからその程度の対応はできるのが普通」なんて言うのかもしれない。

だが美咲さんの口から「コンプレックス」という言葉が出てきた事は衝撃的だった。
到底、そんな物を抱く必要のない人なのに。
仮に同年代の多くの女性だって羨むようなものを、美咲さんはたくさん持ち合わせていると言うのに。
…そういう問題ではないのだろうか。

私といる所為で、美咲さんのそんなネガティブな側面が増長するのであれば、この関係はやっぱり人に言うべきではないし、一緒にいるのが申し訳なくもなる。
わからない事や納得できない事を全て「若いから」「年だから」だけで、無理して片付けようとしているのではないか、という事も気になった。

その上余裕が出てきたからか、美咲さん自身にも他の人との関係があったのかなかったのか、煙に巻くような調子で揺さぶられた。
もとより私は覚悟している。
私には美咲さんを独占する権利なんてないのだから。

「……」

シャワーを浴びるのが面倒で、とりあえずベッドに転がりながら、美咲さんの心の内について考えた。
考えてもわからないものはわからないけど、近頃は美咲さんなりにある程度本音で接してくれようとしていたのはわかる。

直近は特に「お姉さま」然とした態度よりももっと対等に近い目線で接してくれるようにもなっていた、と思う。
だからこそ、妬いたらそれを表現するようにもなったのかもしれない。

…あれ?
それって、表現するようになっただけで、実は元からそんな事を思っていたという事なのだろうか。
単にお姉さま然としていたのは態度だけ、なんて事があったらと思うと、更に混乱してくる。

…私の事なんて、もっと雑に扱ってくれて良いのに。
私にはその程度がお似合いだと思っていて覚悟もしている。
でも、美咲さんは相手がどれだけどうしようもない人間であっても、それ相応の態度を取れない人なのもわかってきた。

変わるべきは私、というのはひしひしと感じている。
しかし今日もやっぱり「好きなようにしたらいい」と言われてしまった。

いっそ、激怒して罵って、あの水をぶちまけられる方が、私にはよほど気楽ですっきりしたかもしれないのに、そうされなかった。
「お互い好きにする」という言葉を反芻しているうちに、私の想像はあらぬ方向へと展開していく。

例えば梢さんが美咲さんに迫っている所。
美咲さんは人がいいから、梢さんに懇願されても冷たく断る姿を想像しにくい。
梢さんに誘惑されたら、美咲さんはどうするんだろう。

「……」

どうするも何も、それは私は流されるの一択だったからどうしても、それに応じる美咲さんの姿しか思い浮かばない。

梢さんに求められるまま甘いキスを交わし、張りのある梢さんの身体を指でくすぐって、それからあの特別な声でいやらしい言葉を囁くのだろうか。
梢さんの秘部を指一本で、あの時の真帆さん以上のテクニックで弄ってその泉を溢れさせて…そんな情景が思い浮かんでくる。

きっと、梢さんはこれ以上ないというぐらい激しく乱れて、美咲さんの虜になってしまうのだ。
そしてそんな潔い反応を示す梢さんの身体を、美咲さんも面白がって弄りまくるかもしれない。
「可愛い」なんて囁きながら。

「……」

さすがにそこまで考えれば、私の中にも一抹の悔しさは芽生えないでもないけれど、しかしそれ以上に、私はそんな場面を想像して興奮している方が主である。
…だって、梢さんが美咲さんに夢中になってしまうのも、美咲さんが梢さんを可愛がるのも、必然のようにしか思えないから。

あの、清水のような愛液をさんざん垂れ流させてから徐に美咲さんがそれをすすってみたりして。
それで梢さんは二度目の絶頂を迎える。

美咲さんは、構わず秘部に吸い付いて、舌先で梢さんの萌芽をぐりぐりとこね回すのだ。
梢さんが更に高く大きく鳴いて、次の絶頂が近い事を告げると、美咲さんは指と唇、舌を使い梢さんを追い詰める。

…小刻みに震える梢さんの身体をそっと抱き締めて、二人はまたキスを交わすのだ。

「…」

知らないうちに呼吸ができないくらいに、いやらしい想像が止まらなくなってしまう。

あるいは美咲さんと晴香ちゃんが入り乱れるように交わる所なんかも、ちょっと考えれば容易に想像ができてしまう。
更にはあまり考えたくはないが、あの袴田氏が美咲さんを口説き落として、根負けした美咲さんが身体を許してしまう場面だって、かなりリアルに想像できた。

本来はそれら全部に、腹立たしい気持ちにならなければいけないのかもしれないけど、それはほんのちょっぴりでしかなくて、どちらかと言うとそれはどれも大変にいやらしい欲を刺激する材料にしかならなかった。

実際の美咲さんがどうかはわからないが、いろんな人の願いに応える、そういう性格の人でなかったら、私を受け入れてくれた理由も説明できないと思う。
私を受け入れてくれたのだから、同じようにいろんな人を受け入れて何も不思議はない。

…美咲さんが足の指で晴香ちゃんの秘部を掻き回して、晴香ちゃんが悶える姿が突然イメージされ、私は身体が熱くなった。
私は逆の事をされたし、晴香ちゃんはS気質だけれど、そんな晴香ちゃんが美咲さんの技でよがりまくる姿なんかも、考えただけでじんわりと興奮してきてしまう。

実際はそんな事絶対しないだろうけど、いやいやをするように首を左右に振ってよがる晴香ちゃんの長くて綺麗な銀髪を、美咲さんがわざと乱暴に掴んで振り向かせたまま固定し攻め苛む様子なんて、勝手に考えているだけなんだけど、まずいぐらいにそそられてしまう。

「…ダメだ、私」

つくづくなんでもかんでもいやらしい事にばかり想像が膨らんで、情けなくなる。
こういう所があるから、あまり心の深い部分でどう思うのかとかに目が行かなくて、問題なのに。

でもそれは、他者のみならず自分についてもそうで、私は身体に引っ張られる形で後から心がついてくるような所があるから、とりあえずエッチすればそこそこ満足的な、適当な人間なのだ。
だから、話し合いでどれだけこじれても、その後セックスしたら割とどうでも良くなってしまうような、大雑把な所があってそこにつけこまれた事もある。

…美咲さんは、あんまりそういう事に逃げてごまかしたりはしない人なのか、それとも私に気を使ってくれてそういう扱いをしないよう心がけているのか、どっちなのだろう。
…考えてもあまりわからない。

でも、私と美咲さんとは違うのだ。
私は美咲さんが誰とエッチな事をしていても、無条件に興奮してしまう所があるけど、美咲さんは違う。
私と他の誰かがいやらしい行為に興じるのはちょっと面白くなくて、だから喋らせて感想を聞いたりなんかするのだろう。

私にとって、相手が変われば行為は全く別物となり、誰かとの不満の埋め合わせとか、そういう事ではなく並列に進行できるけど、そこも美咲さんは違うかもしれない。

正直、私は目の前で美咲さんが誰か知らない女性と絡んでいたならば、それを眺めて自慰できると思うし、なんなら混ぜてくれと頼むかもしれない。
それが許されなければ、ただひっそりとひたすら自分を慰める事に集中するだろう。

…美咲さんは、そういうのが気に入らないのかもしれない。
そういう神経は、理解できないと思っているかもしれない。
理解できないから、放任主義的に許すと言っているのかもしれない。

「…はぁ」

このままだと本気でオナニーしそうなので、私は気を取り直してシャワーを浴びて眠る事にした。

*-*-*-*-*-

眠りの中、私は珍しく長い夢を見た。

私は中学生くらいの頃は、やたらと発達してしまった胸の事を男女問わずからかわれたりして、それが恥ずかしかった。
高校生になると、今度は男子の視線をやたらと感じるようになり、それに比例して付き合って欲しいと申し出てくる男子が現れるようになった。

意図したわけじゃないけど、そんな風だから女友達にはあまり恵まれなかった。
当時の私は既にオナニーを覚えていたけれど、男子の言う「好き」の半分以上、いやほとんどが、性的な興味という動機であろう事が透けてみえるような気がしてならなかったから、告白をまともに受けた事はない。

今でこそ、そういう動機はあって当然とわかったけれど、当時はそういう事がすごく不健全なもののような気がしていた。
一旦断り始めると、むしろ逆にアタックしてくる男子の数は増えていき、私はだんだん面倒になっていったのを記憶している。

だからという訳じゃないけど、私が好意らしい好意を抱いていたのは、いつも学校の先生だった。
中学の時も、高校の時も、一人ぐらいは「素敵だなあ」と思える女の先生がいて、授業のついでに会話をするのがちょっとした楽しみだった。

…夢のシーンは、そんな学生時代の場面だった。
高校生の私が、帰宅しようと下足入れを開けた所、一通の手紙が入っていた。
軽く中を開けて目を通すと、男子からの呼出しの内容で溜め息が出る。

こうして手紙を読んでいる私の姿も、どこかで誰かが見ているかもしれないから、読まずに捨てたいぐらいだった。
でも念の為、読むだけは読んだのだ。

手紙をカバンにしまうのは、なんだかその手紙を大切にしているみたいで嫌だから、私は廊下に取って返し手近なゴミ箱に手紙をそのまま捨てる。

「…そんな事しちゃっていいの?」

…後ろから女の先生らしき声がしたので振り返ると、どういうわけだかそこには美咲さんが立っていた。
年の頃は30歳前後?なんだか若く見える。
年齢差は今と変わらない設定なのかもしれない。

髪は限りなく黒に近い暗めの茶色で、今と違い真っすぐでほんの少し内巻きにしたスタイルだ。
眼鏡は同じ、顔も同じだからすぐに美咲さんだとわかった。
体形がなんだか華奢に見えるのは、服装の所為だろうか。
明るいベージュのスカートスーツは見慣れた感じがするけど、インナーの色が白っぽかったり、履いているストッキングもナチュラルな肌色だったりして、私が知っている美咲さんよりもだいぶフェミニンな印象を受ける。

私は悪びれもせず美咲先生に答えた。

「もらった手紙をどうしようと、構わないじゃないですか」
「言うわねえ」

美咲先生は、辺りを見回してから改めて言った。

「私以外には誰もいないみたいだけど」
「……」

いたとしても、私は別に何も思わない。
手紙を捨てられたぐらいでキレるような男子なら尚更、口も利きたくない。
そもそもが自分勝手な都合だけでこちらを呼び出してきているのだから、それに従う義務なんてないはずだ。

…でも、その事を言葉で説明するのは憚られる気がして、私は黙っていた。

それにもう一つ。
私自身が、特に誰かに思い入れがあるでもなし、強引に、または直接訴えられるように付き合いを申し込まれたとして、面と向かって断りきれるか自信がなかった。

断って、相手が怒ったり落ち込んだりするのを見るのも嫌だし、だからと言ってきっちり断れなければ勘違いされてしまう。
こういう手紙をもらうわりには上手い断り方を知らないから、話をして変な感じに展開したり、悪くすればそれだけで噂を立てられ既成事実的にその男子と付き合う感じになったらどうしようとも思っていた。

だから、告白そのものを「受けない」という選択ができるのであればできるだけそうしたいとも思っていた。

「…帰ります」

言う事がないので、私は踵を返して美咲先生にそう告げる。
「気を付けてね」という声が帰ってきて、先生は私を見送った。

家に帰って、さして可愛いデザインでもない、ごく一般的なセーラー服を脱いでハンガーにかけてから、カーペット敷きの床に座って大き目のクッションを膝に抱えた。

…私が好きなのは誰だか知らない男子なんかではなく、美咲先生なのに…どうして気付いてくれないんだろう、なんて事を考える。
先生にとっては私は子供で、そもそも付き合うとかそんな事を意識する対象ですらないんだろう。

先生の授業は一生懸命聞いて、頑張ってみてはいるものの特別に成績が良いわけでもなし、何か目立つような能力があって人の目に留まるでもなし、あくまでも一人の生徒として存在しているにすぎない私は、なかなか相手にしてもらえそうにない。

翌日の放課後、私は思い立って先生を訪ねた。
社会科資料室に美咲先生用の小さな机があって、そこで何か調べたり、授業の準備やテストの採点をしている事は知っている。

「…どうしたの?」

何か調べものをしていたのか、分厚い百科事典のような本を机上に広げて、先生はそれを読んでいた。

「雑談しに来ただけです」
「何?…私は忙しいのよ」

冗談っぽく先生は答える。

「ちょっとぐらい、いいじゃないですか」
「しょうがないなあ」

他に生徒も来ていなかったから、先生は話し相手をしてくれる感じだ。
本当は、私だから…という理由であって欲しいけど、先生は優しいので、きっと誰が来ても同じように接しているだろう。
そう考えると優しい態度に触れているのに胸がちくっと痛んだ。

手近な丸椅子を引っ張って、私は先生の机のすぐ近くに座る。
ちょうど机を挟んで直角になるような位置取りをしたので、机上の本が目に入った。

「…これ、何の本ですか?」
「世界の近代史」
「ふーん」
「…すっごく興味なさそう」

先生はくすくすと笑う。
それはそうだ。勉強の話をしに来たわけじゃない。

先生は、その本に付箋を挟みつつ閉じて、邪魔にならないよう机の反対側に移動させた。

「それで、どうしたの?」

先生は眼鏡の位置を少し直しつつ聞いてくる。
普段は見ないような動作に、私はどきっとした。

「先生はいつ結婚するんですか?」
「…え?」

高校生の私、単刀直入だなあ、なんて俯瞰で思っているのに、そんな心の突っ込みは夢の中の私自身には届かない。
美咲先生が独身というのは、公の事実である。
だが婚約者がいるという噂はない。

「どうせ彼氏ぐらいいるだろうから」
「あー…そういう事か」

彼氏がいるだろう、というのはこちらの勝手な憶測だ。
そもそも先生が結婚する気があるのかどうかも知らないけど、こちらは高校生なのをいいことに無遠慮に聞いてしまう。

「うーん、いつだろう?…わからない、じゃ答えになってないかな」
「…なってないと言えばなってないけど、予定がないって事?」
「うん、結婚そのものにあまり興味もないしね」
「どうして?…勿体ない」
「…そう?でも、貴女ならわからなくもないんじゃないの」
「……」

美咲先生は机に肘をついて意味ありげにそんな事を言ってくる。
案に呼び出しの手紙を無造作に捨てた件を言っているのだろう。
勿体ないのはお互いさまだとでも言いたいのだろうか。

「…じゃあ、結婚しないで、どうするの?その先」
「…どうするんだろうねえ」

先生は薄く笑っている。
もしかすると、同じような質問を他の生徒からもされていて、辟易しているのかもしれない。
それでも私は先生に配慮する事も忘れて、切り込んでしまった。

「もしかして、結婚できない人が相手だったりとか…」
「……」

言ってから、何かものすごくまずい事を聞いてしまった気がしてかなり焦った。

「…そういう事は、ないよ」
「そうですか…」

答えを聞いてから、先生が私なんかに本当の事を言うはずないよね、と冷静に思い直す。
仮にそんな事があるとしても、生徒に気安く話していい内容ではないし。

「…話って、それだけ?」

私が黙っていると、見かねて先生が聞いてきた。
私は、曖昧に首を左右に振る。

「昨日手紙を捨ててたの、酷い事してるみたいに見えたかもしれないけど、私にはちゃんと好きな人がいるんです」
「…そうだったのね、うん」
「先生には…その事を……伝えておこうと思って、来ました」
「そっか」

「貴女は、その人と将来結婚したいと思う?」
「えっ……」

私は息が詰まった。
先生は何気なく尋ねたつもりなのかもしれないけど、私は言うべき事や説明すべき事の多さに混乱する。

相手が男の人だったら、付き合う前からそんな事想像するものなのだろうかとか、そんな事を考えるのもおこがましい相手なのにとか、何か色々と、先生の質問への返答に対してたくさんの説明、いや言い訳?が頭の中でぐるぐる回っている。

「そこまでは…考えないよね、高校生だもんね?」

先生はフォローするように付け加えたけど、私は何と言えばいいのかわからず黙り込んだままでいた。

「……その、ただ良いなと思っているだけで、付き合ってもいないので、とてもそんな事までは、想像できませんでした」
「そっか、片思いなんだ」
「はい」

そこではっきり「先生の事が好きです」と言えよと心の中でもう一人の私は叫んでいるのだけど、それはさっぱり行動に現れない。
結婚について先生に質問する事の方がよほど図々しいと思うのだが。

「…どうした?変な事聞いちゃったかな」
「…いえ」

私がもじもじしているので先生は心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
…夢から覚めれば、この人にいくらでも好きだと言っているぞ、身体にもさんざん触っているぞと、また心の中の私は叫んでいるがやはり高校生の私はそれを知らないままだ。

「…先生、あの」

思い余って椅子から立ち上がり、先生に抱き付こうとした所ではっと目が覚めた。

「…これから、だったのに」

カーテンの外はまだ真っ暗で、夜明けがまだ訪れていないのがわかる。

「……」

実家ではない、住み慣れたアパートの天井、そしてセーラー服のかかったハンガーがない部屋。
枕元のスマホを手に取り、今日の日付を確かめる。
それから『WS』アプリを立ち上げて美咲さんとのやり取りを確認したりして、さっきまでの出来事は夢の中のものだったんだと再認識する。
…そんな事しなくても、そうに決まってるんだけど。

夢の続きを見る事がなくて良かったかもしれない。
あの感じだと、何だか不器用な告白をして、先生に驚かれ拒絶されたかもしれないという展開が想像できたからだ。

…だけど、構造的にはその夢と、今の状況とは何も変わっていない気がする。
変に身体ばかり繋がってしまって本質が見えなくなっているだけで、私が美咲さんに抱いている思いは、あの夢とさして変わらないのではなかろうか。そんな気がしてならない。

唯一違っているのは、夢の中の美咲先生は私の思いを知らない感じだったけど、現実の美咲さんは私を特別な目で見てくれているという事だ。
変わらなくていいはずの美咲さんが変化していて、変わらなければならないはずの私が変化していない。
そういう比較をしてようやく、あー私が美咲さんを振り回しているのか、という事に思い至った。
大変に間抜けな話だとは思うけど。

きっと高校生の私がこの状況を見ていたら、「贅沢過ぎるから酷い目に合えばいい」ぐらいの事は言いそうだ。
「あなた何様なの?」なんてとげのある言葉も投げつけられるかもしれない。

…違う、その先に色々あったんだよ、と彼女に説明したいけど、聞く耳を持ってもらえないだろう。
なぜなら彼女は、その後私がどんな男性と付き合って、どんな思いをするのかまだ知らない。
…むしろ、しっかりわかっていてちゃんとガードしているあたりはその先の私よりまともだったかもしれないのだが。

「…できれば」

できれば、その頃に出会いたかったな、美咲さんと。
不器用でも、拒否されても、あの頃の私なら純粋に美咲さんを好きだと言える勇気も自信もあったから。
私にもそんな所があったんだ、って事を美咲さんにも知ってもらえたら良いのに。

今となっては、梢さんの事をとやかく言えない、むしろそちら側の人間だと認めているぐらいだから、今更の感があってそんな話はできないけど。
問題なのは、その後の経験によってなのか、身体そのものは同時進行に対して何の罪悪感も違和感も持たなくなってしまった事である。

…だって、一途に真面目にしていたら「全部は無理」と言われ、あるいは何もしていなくても「どうせよそでもやってるんだろ」とさえ言われたのだ。
そもそも私が一途だったり真面目だったりする事を、誰も信じてないし期待もしていない。誰も、そうあって欲しいと願ってさえいなかったのだ。
ならば私の中に貞操観念があって何の意味があると言うのか。

結果的には梢さんと変わらない考え方かもしれないが、梢さんと違って私は経験上擦り減って出来上がった価値観で、成り立ちがネガティブな分そこをオープンにできない。
だから同じようだけど、細かい所ではかなり違うと思っている。

性欲が旺盛な女性を揶揄する言葉は世の中にたくさんあると思うが、そのうちいくつかは実際直接言われた事もある。
それが事実でありそう言われて仕方ないような事をしていたとしても、言われればやはり傷ついた。
だから私は、プレイの一環以外でそういう言葉を聞けば今でも悲しくなってしまうし、そして他人にもそういう言葉をかけるのは避けるようにしている。
勿論私がそうなんだから、人をそんな風に揶揄できる立場ではないけれど。

その事は美咲さんにも何度か伝えてきた。
それでもいいのかと、何度も念押しした。
高校生の私なら、たった一言「好きです」で済ませられた話が、『WS』アプリ上で長いやり取りを経て、ごちゃごちゃと暗い話をして、それら全てを受け止めてくれとは言わないが、そういう自分で大丈夫なのかという事はしつこく確認した。

その時美咲さんは、シンプルに考えればいいと言っていたけれど。
もしかしたらそれを後悔しているかもしれない。そう思うと申し訳なくなってきて、だから夢に出てきた高校生の私に、是非会ってもらいたかった。
それが夢という形で現れたのかもしれない。

「…」

舌打ちしそうになるのを我慢しながら、もう一度目を閉じる。
シンプルに考えればいい、という美咲さんの言葉に私はすがっている。
多分、自分が思う以上にその言葉に従順であろうとしているだろう。
身体から発せられるメッセージに嫌悪感を持たないように意識して、自分を恥じたりしないようにして、暗い気持ちにならないようにととにかく必死になって過ごしてきた。

…結果として、有り余るように訪れる数々の誘惑に流されまくっているわけなのだが、こんな事が立て続けに起こるなど、ついぞ想像すらしなかった事で、正直自分でも現実感がないぐらいだ。
…一瞬、夢で見たあの頃に戻れたら、とも思ったけれど、それこそ当時の自分に猛烈にキレられそうで恐ろしい。

美咲さんは、別に私の全部を受け止めるなどという約束は口にしていない。
私だってそこまでは求められないし、そんな重たい事は頼めない。
いろんな人の中の一人でいいという示唆は、本当に私の心を軽くしてくれた。
それなら何とかなりそうだ、と本気で思う事ができた。

あり得ないとか、信じられないという言葉はもう飽きるほど聞いてきた。
だからそれについて人と話す事さえ億劫である。
美咲さんからああいう言葉をかけてくれた、それだけで私は十分救われたと思っている。

…でも、美咲さんはほんとに結婚に興味がないのだろうか。
真面目に聞いた事はないけれど。
私が知るだけでも、袴田氏など割と本気で美咲さんを狙っている人はいるわけで、美咲さんさえその気になれば、何とでもなるような気がするのだけど。

「……」

つい数時間前までは真水をぶっかけられるかもしれないと怯えていた相手の、結婚の心配とは。
私は自嘲せざるを得なくなった。
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