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気持ちを自覚してから
promise 五
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警戒して結局一睡も出来ずにいた。辺りはうっすらと明るくなっており、日の出まであと数分といったところだろう。
「おーいマニスー起きてるかー」
声を掛けるとバニラは気づいたようで耳をぴくぴくと動かして顔を上げた。驚いたのか目を丸くして凝視してくる。そしてあくびをし、前脚を伸ばして顔を乗せてまた寝る体勢に入った。
ラーはというと、ぴくりとも動かない。
「日の出見るんだろー」
身体に触れにいったらバニラに噛まれるかもしれない。不用意に動くと痛い目をみる可能性がある。何度も声を掛け続けるが結果は変わらず、ラーが起きる前にとうとう日の出が見えてきてしまった。
地平線から橙色が覗き光が差してくる。目の前に広がる大地や木々のシルエットが段々とハッキリしてくる。徐々に橙色から黄色に近い白に変化し付近を照らして、暗い空の色とのコントラストが絶妙に美しい。
ーーこれは確かに綺麗だ。夕日もいいが、やっぱり朝日の方が見ててスッキリする
「…………朝か」
「やっと起きた」
ラーが目を覚ましたようだ。むくりと上体を起こすと、バニラも一緒になって起き出しベッドから下りた。蚊帳から出ると、バニラは真っ先にテラス脇に降りていき、来た時と同じように柵を引っかいている。ラーがついていって解錠し扉を開けると颯爽と飛び出していった。戻って上から見下ろしてみると、バニラの姿はあっという間に消えてしまった。
「バニラは出てったのか」
「ああ。私と寝る日は大体そうだ。私が起きるとああして飛び出していく」
「人間と違って動物は規則的だよな。……あ、マニスのこと言ったんじゃないぜ?」
不規則だと罵ったわけではない。
寝起きのラーは目が据わっており目付きが悪い。普段の堂々とした動きと違い、気だるそうで足取りが覚束ない。それでもロッジへ引っ込み洗面所に向かっていった。数分後にはややすっきりとした顔で戻ってくる。髪を整えたのか後ろでひとまとめにしている。
「どうだ、素晴らしいだろう」
「ん、ああ。驚く程に。いつも見てる朝日とは全然違う」
普段から早起きのアレッシュはよく朝日を見ている。しかし今回の朝日は別格だと言える。
「ここもパワースポットらしい」
「自然から得られるパワーか。昨日行ったどのパワースポットよりもご利益が受けられそうだ」
冗談めいて笑い混じりに答えたが、そんなアレッシュの言葉は聞いていないかのようにラーは目を閉じて日の出に向かい手を合わせた。
ラーという名前は、太陽神であるラー神から肖って名付けられたらしい。そんなラーが太陽に向かって拝んでいる姿はどこか神々しい。
「また何か誓いを立てたのか?」
「それは昨日十分行った。今はただ祈っただけだ。私の力だけではどうにもならないことがあるからな」
「人間は万能じゃねえしな」
「その通りだ。お前と私の健康を祈った」
「健康か。今のところぴんぴんしてるけど」
「人はいつ死ぬかわからないからな」
ラーからその言葉を聞くと酷く重みを感じる。ラーの両親は今の自分たちくらいの年齢で亡くなっている。
心臓が強く鼓動した気がした。そして、とても強い衝動が沸き起こりラーを抱きしめていた。
「なんだ、寂しくなったか?」
「そんなんじゃねえよ……ただ……急にこうしたくなった」
庇護欲なのかなんなのかはわからない。護りたい、哀しませたくない、自分はここにいる、傍にいると一斉に想いが溢れてきた。これが愛しさというものなのだろう。
ーー昨日のデートと一晩の放置で焦らさせて、俺はおかしくなったのか? 今、キス……してみたいとか思ってる
朝で辺りは冷えているはずなのに、全身が熱くなってくる。
「マニス」
一旦離れてラーの肩を掴み、顔をじっくりと見つめる。いざしてみようと思うとやたらと緊張する。手のひらがじんわりと汗ばむ程。
ラーも雰囲気を察したのか目を逸らさず、ただアレッシュがどうするのかを待っている。
そして、腹をくくったアレッシュはぐっと顔を近づけた。
「「っ!!??」」
カツンッ、という音と同時に痛みが。反射的に離れ、二人は口を手で覆った。ラーは瞠目しながら動揺している。
「嘘だろう……信じられんことが起きた……歯がぶつかっただと……?」
ラーの動揺っぷりを見ることなく、アレッシュは翻り背中を向けている。
「おい……っ!」
肩を掴んで無理やり顔を見ると、アレッシュもかなり動揺していて目が合わない。共に動揺しているが、ラーの方がいくらか冷静なようだ。
「もしかして……したことが無いのか」
「…………」
アレッシュは無言だった。ラーの手から逃れてロッジまで歩いていくと、柱を掴んで自ら思い切り額を打ち付けた。
「お、おいっ、何をやっている!」
「だあぁーーーーーーッ!! …………はぁ」
雄叫びを上げたかと思いきや急に大人しく溜め息を吐いた。そしてラーのもとへ戻ってくる。
「……わかっただろ、だからしたくなかったんだ」
いっそ清々しい笑顔である。
それを見たラーも、肩を跳ねさせ、手の甲で口元を隠しながら笑っている。ツボに入ったのか段々とその笑いも大きくなる。
「ふっ……ふふふ……ふははっ、そうか……だからか」
こんなに笑っているラーは珍しく、見たかったはずのに、その理由が自分の未経験だと思うと複雑過ぎる。
暫く笑っているラーを前にしていると段々腹が立ってきてベッドに横たわる。
笑い終えたラーも後から同じベッドに乗ってきた。
「そう拗ねるな」
「拗ねてねえし」
「お前は愛らしいな」
「うるせっ」
まるで子供のように拗ねている。
ラーも横になり、後ろで寄り添った。背中や腕を触りながら。
「誰しも初めてがあるものだ。お前のファーストキスの相手が私だというのなら、より愛しくなった」
ラーに妻がいるからだとかそんなことは本当は関係なかった。前はただ愛情を認めたくなかったからだとか、認めてからはストッパーをかけていたからだと自分に言い聞かせていた。キスをしたことがなくて恥ずかしかった、というのが本音。
アレッシュは上体を起こし、ラーを押し倒した形で見下ろす。
ラーは余裕の笑みを浮かべている。
「リベンジするのか?」
「もうしない。…………いや、今日はしない。それよりも、今はアンタを抱きたくて仕方ねえ」
「……こんな場所で正気か?」
笑みはどこかに消えてしまい、代わりに眉をひそめて冷たい眼差しを向けてくる。
「一晩中バニラに盗られてたからな」
「バニラに嫉妬か。そうだとしても今はしない」
「何でだよ」
「数時間後には会議がある」
「えっ……今日空いてるわけじゃないのか……?」
「私が連日暇をもて余すと思っていたのか。果物狩りをし、鍾乳洞を回り、バニラに会ってお前に朝日を拝ませる。これが私の予定だ」
きっぱり言われてしまうと、そうかと納得するしかない。
アレッシュは認識の差を感じ改める必要がある。ラーが多忙であることもそうだが、二人きりで会うなら必ず性交するという誤認識を。そして自分の心の変化も。ただ性欲処理の為だけの性交ではなく、愛したいと思うようになったこと。
ほぼ二人きりで出掛けられたことは奇跡で感謝しないといけないのに、もっと、もっとと貪欲になっていく。
「寂しくなったか?」
「ん……いつでも会えるわけじゃねえんだよな」
ラーに覆い被さり抱きしめる。忘れないように、髪や首筋のにおいを嗅ぎながらすり寄って。
「来週また空けといてやる」
「俺も空けとく」
「……リベンジはしないのか?」
また聞いてきた。リベンジを促しているというよりもキスしたいと言われているようだ。今までに再三キスについて聞かれたのだからその欲求は確かだろう。そこでアレッシュは思い付く。
「他で学んでからな」
「どこかで聞いた台詞だな」
「アンタからだよ」
「そうだと思った」
顔を上げて気を抜いた際にぐっとラーの顔が近づくが、咄嗟に避けて肩や腕を押さえつける。
「おっと、させねえぞ」
「生意気な」
「力で俺に敵うと思うなよ」
強引にキスしようとするラーと、避けたり押さえたりするアレッシュの攻防戦が朝日をバックにベッドの上で繰り広げられた。アレッシュが言う通りラーが力で勝てるわけもなく、無駄に体力を使うのを避けすぐに諦めたようだった。
「おーいマニスー起きてるかー」
声を掛けるとバニラは気づいたようで耳をぴくぴくと動かして顔を上げた。驚いたのか目を丸くして凝視してくる。そしてあくびをし、前脚を伸ばして顔を乗せてまた寝る体勢に入った。
ラーはというと、ぴくりとも動かない。
「日の出見るんだろー」
身体に触れにいったらバニラに噛まれるかもしれない。不用意に動くと痛い目をみる可能性がある。何度も声を掛け続けるが結果は変わらず、ラーが起きる前にとうとう日の出が見えてきてしまった。
地平線から橙色が覗き光が差してくる。目の前に広がる大地や木々のシルエットが段々とハッキリしてくる。徐々に橙色から黄色に近い白に変化し付近を照らして、暗い空の色とのコントラストが絶妙に美しい。
ーーこれは確かに綺麗だ。夕日もいいが、やっぱり朝日の方が見ててスッキリする
「…………朝か」
「やっと起きた」
ラーが目を覚ましたようだ。むくりと上体を起こすと、バニラも一緒になって起き出しベッドから下りた。蚊帳から出ると、バニラは真っ先にテラス脇に降りていき、来た時と同じように柵を引っかいている。ラーがついていって解錠し扉を開けると颯爽と飛び出していった。戻って上から見下ろしてみると、バニラの姿はあっという間に消えてしまった。
「バニラは出てったのか」
「ああ。私と寝る日は大体そうだ。私が起きるとああして飛び出していく」
「人間と違って動物は規則的だよな。……あ、マニスのこと言ったんじゃないぜ?」
不規則だと罵ったわけではない。
寝起きのラーは目が据わっており目付きが悪い。普段の堂々とした動きと違い、気だるそうで足取りが覚束ない。それでもロッジへ引っ込み洗面所に向かっていった。数分後にはややすっきりとした顔で戻ってくる。髪を整えたのか後ろでひとまとめにしている。
「どうだ、素晴らしいだろう」
「ん、ああ。驚く程に。いつも見てる朝日とは全然違う」
普段から早起きのアレッシュはよく朝日を見ている。しかし今回の朝日は別格だと言える。
「ここもパワースポットらしい」
「自然から得られるパワーか。昨日行ったどのパワースポットよりもご利益が受けられそうだ」
冗談めいて笑い混じりに答えたが、そんなアレッシュの言葉は聞いていないかのようにラーは目を閉じて日の出に向かい手を合わせた。
ラーという名前は、太陽神であるラー神から肖って名付けられたらしい。そんなラーが太陽に向かって拝んでいる姿はどこか神々しい。
「また何か誓いを立てたのか?」
「それは昨日十分行った。今はただ祈っただけだ。私の力だけではどうにもならないことがあるからな」
「人間は万能じゃねえしな」
「その通りだ。お前と私の健康を祈った」
「健康か。今のところぴんぴんしてるけど」
「人はいつ死ぬかわからないからな」
ラーからその言葉を聞くと酷く重みを感じる。ラーの両親は今の自分たちくらいの年齢で亡くなっている。
心臓が強く鼓動した気がした。そして、とても強い衝動が沸き起こりラーを抱きしめていた。
「なんだ、寂しくなったか?」
「そんなんじゃねえよ……ただ……急にこうしたくなった」
庇護欲なのかなんなのかはわからない。護りたい、哀しませたくない、自分はここにいる、傍にいると一斉に想いが溢れてきた。これが愛しさというものなのだろう。
ーー昨日のデートと一晩の放置で焦らさせて、俺はおかしくなったのか? 今、キス……してみたいとか思ってる
朝で辺りは冷えているはずなのに、全身が熱くなってくる。
「マニス」
一旦離れてラーの肩を掴み、顔をじっくりと見つめる。いざしてみようと思うとやたらと緊張する。手のひらがじんわりと汗ばむ程。
ラーも雰囲気を察したのか目を逸らさず、ただアレッシュがどうするのかを待っている。
そして、腹をくくったアレッシュはぐっと顔を近づけた。
「「っ!!??」」
カツンッ、という音と同時に痛みが。反射的に離れ、二人は口を手で覆った。ラーは瞠目しながら動揺している。
「嘘だろう……信じられんことが起きた……歯がぶつかっただと……?」
ラーの動揺っぷりを見ることなく、アレッシュは翻り背中を向けている。
「おい……っ!」
肩を掴んで無理やり顔を見ると、アレッシュもかなり動揺していて目が合わない。共に動揺しているが、ラーの方がいくらか冷静なようだ。
「もしかして……したことが無いのか」
「…………」
アレッシュは無言だった。ラーの手から逃れてロッジまで歩いていくと、柱を掴んで自ら思い切り額を打ち付けた。
「お、おいっ、何をやっている!」
「だあぁーーーーーーッ!! …………はぁ」
雄叫びを上げたかと思いきや急に大人しく溜め息を吐いた。そしてラーのもとへ戻ってくる。
「……わかっただろ、だからしたくなかったんだ」
いっそ清々しい笑顔である。
それを見たラーも、肩を跳ねさせ、手の甲で口元を隠しながら笑っている。ツボに入ったのか段々とその笑いも大きくなる。
「ふっ……ふふふ……ふははっ、そうか……だからか」
こんなに笑っているラーは珍しく、見たかったはずのに、その理由が自分の未経験だと思うと複雑過ぎる。
暫く笑っているラーを前にしていると段々腹が立ってきてベッドに横たわる。
笑い終えたラーも後から同じベッドに乗ってきた。
「そう拗ねるな」
「拗ねてねえし」
「お前は愛らしいな」
「うるせっ」
まるで子供のように拗ねている。
ラーも横になり、後ろで寄り添った。背中や腕を触りながら。
「誰しも初めてがあるものだ。お前のファーストキスの相手が私だというのなら、より愛しくなった」
ラーに妻がいるからだとかそんなことは本当は関係なかった。前はただ愛情を認めたくなかったからだとか、認めてからはストッパーをかけていたからだと自分に言い聞かせていた。キスをしたことがなくて恥ずかしかった、というのが本音。
アレッシュは上体を起こし、ラーを押し倒した形で見下ろす。
ラーは余裕の笑みを浮かべている。
「リベンジするのか?」
「もうしない。…………いや、今日はしない。それよりも、今はアンタを抱きたくて仕方ねえ」
「……こんな場所で正気か?」
笑みはどこかに消えてしまい、代わりに眉をひそめて冷たい眼差しを向けてくる。
「一晩中バニラに盗られてたからな」
「バニラに嫉妬か。そうだとしても今はしない」
「何でだよ」
「数時間後には会議がある」
「えっ……今日空いてるわけじゃないのか……?」
「私が連日暇をもて余すと思っていたのか。果物狩りをし、鍾乳洞を回り、バニラに会ってお前に朝日を拝ませる。これが私の予定だ」
きっぱり言われてしまうと、そうかと納得するしかない。
アレッシュは認識の差を感じ改める必要がある。ラーが多忙であることもそうだが、二人きりで会うなら必ず性交するという誤認識を。そして自分の心の変化も。ただ性欲処理の為だけの性交ではなく、愛したいと思うようになったこと。
ほぼ二人きりで出掛けられたことは奇跡で感謝しないといけないのに、もっと、もっとと貪欲になっていく。
「寂しくなったか?」
「ん……いつでも会えるわけじゃねえんだよな」
ラーに覆い被さり抱きしめる。忘れないように、髪や首筋のにおいを嗅ぎながらすり寄って。
「来週また空けといてやる」
「俺も空けとく」
「……リベンジはしないのか?」
また聞いてきた。リベンジを促しているというよりもキスしたいと言われているようだ。今までに再三キスについて聞かれたのだからその欲求は確かだろう。そこでアレッシュは思い付く。
「他で学んでからな」
「どこかで聞いた台詞だな」
「アンタからだよ」
「そうだと思った」
顔を上げて気を抜いた際にぐっとラーの顔が近づくが、咄嗟に避けて肩や腕を押さえつける。
「おっと、させねえぞ」
「生意気な」
「力で俺に敵うと思うなよ」
強引にキスしようとするラーと、避けたり押さえたりするアレッシュの攻防戦が朝日をバックにベッドの上で繰り広げられた。アレッシュが言う通りラーが力で勝てるわけもなく、無駄に体力を使うのを避けすぐに諦めたようだった。
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