Golden Spice

朝陽ヨル

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気持ちを自覚してから

promise 四

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 巨岩のパワースポットから出て、また車を走らせている。

「今日一日空いていると言ったが、明日はどうだ」
「明日も念のため空けてますよ」
「ならば泊まっていけ」
「と、泊まりですか?」
「問題あるか」
「何も用意してませんので、一度家に帰ってもよろしいですか」
「家と目的地は反対方向だ。必要な物は用意させる。どうしてもと言うなら向かわせるが」
「こだわりはありませんので、用意してくださるならそれに甘えます」

 スウードの前で言っているのだから、いやらしい意味で言ったわけではないだろう。しかし二人きりの泊まりなんて期待しないわけがない。
 三十分程車で走ると、栄えた街並みから外れていくのが分かる。一定の場所を境に高い建物どころか民家も減り、倉庫のような建物や草木と土ばかり。砂漠のように砂ばかりというわけではないが、辺りは大自然に囲まれている。途中でいくつか看板を目にし『この先動物保護区』と書かれていた。
 更に進んでいけば木々に囲まれた豪華なロッジが見えてきて、入り口の前で停車した。支配人か案内ガイドの男が頭を下げている。

「様子は変わりないか」
「問題ございません」
「よし。アレッシュ、この後まだ時間がある。ガイド付きの散策と早めのディナーどちらがいいか決めろ」

 動物保護区である為、勝手に出歩くわけではなく専用車で移動しながら野生動物を観察するということだろう。アレッシュにとって今まで動物に好かれなかったということもあり、興味の対象から外れている。

「今日は様々な経験をさせて頂きましたし、歩き通しで疲れましたので早めのディナーでもよろしいですか。夕日が美しくここからの景色も良さそうですしね」
「成る程な。そうするとしよう」
 
 男に伝え、それから中を案内される。外観は素晴らしかったが、内装も素晴らしい。景観を損なわないように茶や緑色の家具で、流木のインテリアやウッドデッキなど木で出来ているものが多い。仕切りがほとんどない開放的なロビーは広く感じる。ロビーを抜けた先は共有スペースの庭があり、籐の椅子が並んだプールまである。食事スペースの窓際に案内され、ウェルカムドリンクのコーヒーを二つ注文する。出されたコーヒーはカルダモンなどの爽やかなスパイスの香りが漂ってくる。ディナーの準備をするからと男は下がっていった。

「ここからの夕日は特に綺麗だ」

 窓からの景色を見てラーが呟いた。アレッシュも景色を見て、それからラーの顔をチラ見する。

 ーー景色も夕日も綺麗だが、やっぱり……

 両親の形見だと言った耳飾りが夕日でキラキラと反射し、ラーが顔を動かせば揺らめく光。眩しく、今が贅沢で特別な時間なのだと心に染みる。コーヒーを飲みながら心を落ち着かせた。

「今日はありがとうございました。果物狩りも、岩のパワースポットも、鍾乳洞も、どれも楽しかったです」
「楽しめたなら誘った甲斐があった」
「あのライトアップが無ければもっと楽しめたんですがね。エンターテイメント性や安全性を考えれば仕方のないことなんでしょうが」
「お前のように純粋に鍾乳洞のみを楽しみに来る客はそう多くない。大多数はパワースポット巡りだろうからな」
「有名人が行ったら芋づる式に話題のスポットにもなりますしね」
「整備されていない海沿いの洞窟や、山間部の地層の方が喜びそうだな」
「ああ、そういうところは一人で勝手に行きますのでお構い無く。貴方を危険に晒すわけにはいきませんから。好んで危険な場所へ足を運ぶなど馬鹿げてるかも知れませんがね」

 冗談を言ったわけでも、世辞でも、自嘲しているわけでもない。ただ事実を並べて笑っただけ。しかしラーの眼差しは、どこか哀しげだった。

「私は……お前を喜ばせたい。そんな作り笑いではなく、心から楽しんだ笑顔を見たい」
「は……っ…………ええ……と……」

 全身鳥肌が立つ。真剣な顔でそんな口説き文句のような言葉を言われて、どう応えていいのか、どんな顔を向けたらいいのか本気でわからない。夕日に照らされていて助かった。顔中が暑くて、きっと今赤面している。肌が白く顕著だろう。

「……こほんっ。さっきもお伝えしましたが、今日はとても有意義でした。こうして二人きりで外を出歩くなんて滅多にありませんし。……そんなに作り笑いに見えます?」
「見える」

 即答され苦笑した。今までに嘘を吐き過ぎた代償だろうか。作り笑いだと言われても、今日は心から笑ったものだ。こんな自分ばかり照れたり心を動かされるのは悔しい。

「……私こそ、貴方の」

 と、言いかけたところで料理人がやって来るのが見えて言うのをやめた。
 
「お待たせしました」

 先にサラダやスープが出され、グラスにワインを注がれる。

「何か言いかけたが」
「いいんです。料理を楽しみましょう」

 丁度サンセットが終わり、辺りは薄暗くなった。天井から吊るされているライトの温かみのある温白色が灯る。数分も経過すれば他の料理も運ばれてくる。鶏肉のマクブースをメインに、ブドウの葉で巻いたドルマ、フムスなど。ラーの主食は果物が多く、デーツなどのドライフルーツも用意されている。食事中は二人とも無言で料理や素材の味を吟味した。
 食事を済ませると、スウードが必要最低限の物を調達してきた。部屋へ行く前に各自シャワーを済ませることになり、それから部屋へ案内するよう男へ声を掛ける。貸し切りで他に宿泊客はいない。ロッジから数百メートル離れた、部屋ではなく小さめの高床式ロッジへ。中の説明を一通りすると男は出ていった。

「ここで寝るのか。随分と開放的だな」

 ロッジの前にはテラスがあり、蚊帳付きのベッドが置かれている。壁も天井も無い。これがここの醍醐味で、空を眺めながら野獣の声を聞き、自然を体感して眠るという。

「私は時間が空いた日はここに来ることが多い」
「へえ。宮殿と比べたら狭くて不便だろうに」
「この雄大な大地を見て狭いと言うのか」
「いやロッジのことだよ。向こうのロッジと比べて小さいだろ」
「まあな。確かに不便でもある。しかし不便さゆえ、より自然に集中することが出来る。便利であればある程やれることが増え、結局何をしたいのか、やるべきことは何だったのか見失いがちだ。ここで瞑想し自身に問いかけたり、星空を眺めてリラックスする。私にとっては贅沢なひとときだ」
「じゃあここは最高の息抜きスポットってわけだな」
「ああ」

 ふとゴードのことを思い出した。ゴードも自然が好きだった。心が和むから、と。ラーと同じように悩んだり、責務や重圧を緩和させたかったのかもしれない。

「夕日も素晴らしかったが、ここから見える朝日は特に素晴らしいぞ」
「日の出の時間に起きられるのか?」
「早く寝れば問題ない」

 からかう口振りのアレッシュに、気にした風もなくラーはさらっと流した。
 そんな時、カシュッカシュッと金属の擦れる音が聞こえてくる。その音の出所がわかっているらしいラーはテラス脇を降りていった。鉄で出来た動物浸入防止柵があり、解錠して扉を開けた。すると引っ掻いていた主が入ってきた。ラーがテラスに戻ると一緒についてくるのはホワイトタイガーのバニラだ。

「バニラ、なんでこんな所に?」
「一年程前に苦情が相次ぎ、ヴィマーレとの関係も考えこちらに移した。こちらでは管理が行き届いているしな」
「へ、へえ……」

 ーーそりゃあそこら辺に虎がうろついてれば苦情もあるだろ。今まで苦情が無かったことが不思議なもんだ

「それと、正式に飼うことになった」
「動物保護区で動物を飼うことはできないんじゃ?」
「バニラの活動範囲は私が買った。私有地であれば問題ないだろう」
「さらっと凄いこと言ってるな」
「特にこの付近で活動していることが多く、このロッジだけ登ってこれるようにしてある」
「成る程。……って、土地を買ったということは、ここも?」
「ああ。新しく建てた私専用だ」

 活動範囲の土地を買っただけで囲い柵をしているわけではないらしい。ラーは束縛を嫌い、それは他に対してもそうである。私有地圏外から出て何か起こったとしても、それは野生動物の本能として起こした行動だから致し方ないと考えている。

「それじゃ場所が変わっただけで保護してる時と変わらなくないか? 囲い柵が無いなら他の野生動物と対応変わらねえし」
「この場所が重要だ。保護区の野生動物は人間と触れ合わない。しかしバニラは私に懐き、私もバニラに触れる」
「いまいち要領を得ねえんだけど」
「飼うことと保護の境界は曖昧なものだろう。鎖で繋ぎ、檻に入れ、ろくに世話をせずとも飼っているという輩もいる。私のように安全の保障は無いが自由にさせている場合を保護と言っている。保護でも飼うでも言い方にこだわりは無い。己と他人がどう考えるかの差だろう。私はバニラが本来の野生の姿として過ごして欲しいだけだ。そしてその姿を見たいと思い、土地を買い、ロッジを建てた。なんら不思議なことではない」

 アレッシュと同じ、関係性に名を付ける必要など無い。ただ。

「つまり、マニスはバニラと離れるのが嫌だったってことか」
「そういうことになるな。バニラと出逢ったあの日、名付けた時点で情が湧いていたのだろう」

 脚を伸ばして寝転がるバニラの首もとや身体を撫でるラー。すっかりリラックスモードのバニラは腹まで見せ、眠そうに瞬きを繰り返している。

「バニラも私の家族だ」

 バニラに向ける笑みは優しく穏やかで、まるで今日子供たちに見せていたものと似ている。

「空を見てみろ」
「こういうのを絶景って言うんだろうな」

 蚊帳を捲って入り、ベッドに仰向けになって寝転がる。大の男二人が寝ても余裕があるベッドサイズで、ふかふかとしていて寝心地も抜群に良い。立ちながら顔を上げると首に負担がかかるが、寝ながらであれば疲れず、目を開けているだけで満天の星々を満喫出来る。澄んだ空気と心地よい風が吹き、草と土のにおいや野生動物たちの鳴き声も聞こえてくる。

「よく眠れそうだ」
「おい、この星空を眺めずもう寝るというのか」
「見るか寝るかは人の勝手だろ? プラネタリウム見てるみてえで眠くなってくるんだよ」
「まったく風情が無い」

 ぼやくラーだが、アレッシュの反応をわかっているようだった。ごろりと横になってアレッシュの身体にそっと触れる。腰、腕、肩、そして顔に。

「…………獣臭が」
「ん? ああ、バニラを触った手だった。洗ってくる」

 そう言ってラーは起き上がりロッジへ向かっていった。
 アレッシュはこのシチュエーションにロマンを感じていたが、獣臭で思い出す。

 ーー向こうのデカいロッジとは距離がある。他に客はいない。声を出しても問題ない。ほぼ外……こんな所でヤッたらスゲースリルあるだろうな。あるだろうが……

 ベッド脇を見る。バニラが顔を上げる。アレッシュは顔を逸らした。

「なんだバニラ、一緒に寝たいのか?」
「はあ!?」

 手を洗って戻ってきたラーに、アレッシュは素頓狂な声を上げた。
 ベッドの荷重制限は二百キロ程度。バニラはメスで比較的痩せ型とはいえ、乗ったら確実に荷重オーバーになる。
 そんなことは知らず気にも留めないバニラはラーの脚にすり寄って同意しているようだった。夜行性のハズだがラーと一緒に寝るためなら構わないのだろうか。

「フム……お前は一人でそっちで寝ていろ。私はもうひとつのベッドでバニラと寝る」
「ま、マジで言ってる……?」
「星空を見るのは退屈で眠いのだろう?」

 ジト目と呆れ声。これは本気だろう。
 確かに『眠くなる』とは言ったが、一緒に寝たくないわけではないし、せっかく泊まりで一緒にいられるというのに離れるなんてあんまりだ。
 ラーからすればバニラも中々会えない相手なのかもしれないが、会えなかった月日はアレッシュの方が上回る。
 文句を言いたくても既に滑車付きベッドを引っ張ってテラスに出し、そのベッドに乗っているところを見ると今更で何も言えなくなった。
 アレッシュは既視感を覚える。例の写真。

 ーーまたバニラに邪魔された……!

 軽く怒りが湧いてくるが、バニラを家族だと言ったラーに免じておとなしくしていることにした。星空を眺め、横目でラーとバニラを見て、また星空へ視線を戻す。眠いわけではない。それにバニラの存在を意識したら目が冴えてきた。バニラとは面識があり慣れてきているが懐いてるわけではない。虎の狩猟範囲で眠れる程、神経は図太くない。
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