Golden Spice

朝陽ヨル

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関係を持ち始めてから

再会 十二

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 ――数時間後。
 ラーは普段通り下僕たちに囲まれホテルのエレベーターから降りてきた。その後をアレッシュが着いていく形となる。
 ホテルの一角が会見会場となっており、ギリギリではあるが時間通りに到着した。しかし開始時刻は先延ばされる。ラーへ下僕を経由して情報が入ってくる。パパラッチが撮ったであろう写真を公開して良いか意向の打診である。確認後に許可すると、数分後に会見が始まった。
 アレッシュはそそくさとアルスの護衛たちに紛れていった。何も起こらないならそれに越したことはないのだ。あくまで自然とアルスの護衛であるように装う。
 司会の進行でまずはアルスの挨拶から始まり、会談の内容や今後の国の方針予定、意気込みなどを語っている。それから記者との質疑応答が飛び交う。
 その次にラーの挨拶となった。伝統服を纏い堂々とした佇まいで、会談のことやアルス個人のこと、政治経済の動向、社会情勢、国交に至った経緯などを話している。  

 ――あんなマイクの前で立って記者に囲まれて国の話しとかしてると、やっぱり国のトップだな

 アレッシュは感心していた。更には誇りのようにも感じている。自分が大切だと思えた存在が尊く、輝かしく映っている。
 質疑応答の時間となり、国の雰囲気はどうか、滞在中にはどこかへ訪れたのか、印象に残ったことなどの質問が挙がりそれとなく答えた。接受国となった暁にはどのような関係を築きたいかという質問には。

「どのような関係を築くかは今後外交官を通して伝えられるだろう。まずは外交官と方針や条約を検討する。外交官として指名予定の人物はすでに数名いる。まだ決定していない事項でありここでは名を伏せるが、それはすぐに分かることだ」

 と述べている。記者会見はアレッシュのことを聞かれることなく終わりを迎えた。しかし会場を出ようとしたところで記者から『○○社です。歴代王墓へ訪れた際、元総騎士隊長のリディネクトさんと二人きりで会われていましたが何を話されたんですか。リディネクトさんも外交に関係していますか』と、パパラッチから提出された写真を提示しながら質問が投げ掛けられた。その場はシーンと静かになり空気が一気に冷え込む。
 ベテラン記者はラーの気性を把握しており、聞くべきではないことを聞いた際の反応を知っている。うっかり間違えると出禁になることもある。つい数分前に写真掲載の許可はしたが、それを即記事のネタとして、こんな祝いムードの会見で、まるで不正疑惑のような質問をするのは大変失礼なことだ。
 ラーは真顔で聞いていたが、記者たちが注目するとうっすらと悪い笑みを浮かべた。

「ほお、エサをちらつかせればすぐに食い付く。堪え性が無いのか? この場で聞く度胸は認めるが社名は覚えたぞ。次は無いと思え。それにすぐに分かると伝えたハズだ。プライベートを話すつもりはない。外交についてはアルスやそちらの人間で決めることだろう。言えることは、彼が優秀な人材ということだ。私も気に留めている。将来国にとって有益な人材となるだろう。以上だ。他は受け付けん」

 淡々と述べた後、下僕たちに囲まれてさっさと会場を出ていった。
 他の記者も別日にインタビューするつもりだったらしく会場はざわついている。会見前にアレッシュを見かけていた記者は捜しているが、その姿はどこにも見当たら無かった。



 ラーは公用車に乗車する。それより前に運転手の他、何故かアレッシュも乗っていた。ラーはただ「車を出せ」とだけ言い、空港に向けて走り出した。

「途中から姿が見えないと思ったらこんな所にいたのか」
「決断は早い方がいいでしょう。でもしっかり最後まで聞いてましたよ」
「利用してやっただろう?」
「まだどう転ぶかわかりませんが、でもまさか本当に聞いてくるとは思ってませんでしたよ」
「奴らは記事のネタに飢えている。まるでハイエナのようだ」
「ハハハ、中々な仰りようですね」
「それで、お前はどこまでついてくる気だ?」
「空港までお見送りしようかと思いまして」
「献身的だな」

 柔らかな口調で話すラーは、会見の時とは違った微笑みを浮かべている。
 空港へ到着し駐車するとラーは運転手に告げる。
 
「スウード、到着したことを伝えてこい。私はこやつと少々話すことがある。十五分後にラウンジへ来い」
「かしこまりました」

 スウードと呼ばれた運転手は車のキーを渡し、後に来た下僕たちに指示を出し、一足先に空港内へ向かっていった。

「あの運転手よく見かけるよな」
「私の側近だからな」
「え、そうだったのか」
 
 正確な年齢はわからないが、意外と若そうな男性だった。

「あの会見で少なくとも記者へは、お前が私のモノだと表明されたようなものだな」
「それは個々の捉え方次第じゃねえかな。またただの仲良しって思われるかもしれねえし」
「私が気に留める人物などそうそういないがな。言論の自由な世界だ。記事でも個人ブログでもジャーナリストでも、様々な意見が飛び交うだろう」
「アンタといると刺激の強い生活になる」
「人生刺激があってこそ面白いだろう」
「かもな。強すぎて痛い目見るのはごめんだけど」
「先程言った通り、お前は堂々としていればいい。何も間違ったことなどしていないのだからな」

 『間違ったことなどしていない』そう言われて、ふっと身体が軽くなった気がする。自分のしてきた選択は間違ってなかった。それはゴードとの【二十年前の出逢い】のこともそうだと肯定された気がしたからだ。

「……ハハッ、スゲー面倒になりそうだけど、俺なりにいなしてみるさ」

 ラーと話すのは楽しい。もうこの談笑は当分出来なくなるのだと思うと寂しい気持ちになる。ラーもそんな気持ちになるのだろうかと顔色を窺うと、そのタイミングでラーの膝がアレッシュの膝に触れた。そして手もアレッシュの膝の上に置かれる。車内で周りから触れていることは見えていない。やや俯き視線の先は膝にある。
 
「聞き忘れていた。お前にとって愛とはなんだ」

 さらっと聞かれた質問だが、こんな時に聞くのだからラーにとっては重要なことなのだろう。アレッシュが考え導き出した答えは。

「…………【心】かな」

 ラーのお蔭で気づいたことがある。心は無くなったのではない。ズタボロになって、見えないように奥深くに隠され閉ざされていたのだと。そして今は傷が癒えて、新たに芽生えたのだと。

「心か。ならば、それを捧げるにたる人物になれるよう私も一層努力せねばならんな」

 ラーは顔を上げ、アレッシュと顔を合わせる。真っ直ぐに目を見て言葉を紡ぐ。

「お前の獣のような目はコロコロ表情を変える。これが見ていて飽きない。お前も世界に目を向け、私を見ていろ。そしてまた来い。私に夢の続きを見させて欲しい」 

 命令はしない。二人きりのプライベートの時はいつだって対等に話し、意見も感情もぶつけてくる。
 ラーの夢は果てが無く、きっと死ぬまで尽きることは無いのだろう。そしてそれらは一人では到底無理なことで、だから周囲にも逆境に負けず自身の力で這い上がってついてきて欲しいと願っている。そんなハイスペックを求められて応えられる人物は数少ないだろう。それでもラーはアレッシュに期待し求めている。
 今の状況で上から目線で返事するのは野暮というもの。アレッシュは咳払いをしてから、膝に置かれている手に自身の手を重ねた。

「俺も夢の続きを……いや、違うな。……マニスの夢の果てを見てみたい。だからそれまでは……見守れるくらい近くにいたい」

 心も身体も近くに。そうなれるか土台はもう完成しつつある。後はアレッシュの努力次第となる。

「もう一声」
「あ?」
「私のことをどう思っているかだ」
「は、はあっ?」
「まだあるだろう?」

 ラーの悪戯めいた笑みが溢れている。
 どう答えるのが良いかは分かる。しかしそれを今口に出すのはとても面映ゆい。視線を宙に向けて黙ったが、もう時間が無いのもあり非常に困る。

「照れているのか?」
「~~~~ッ、ああそうだよっ! ホイホイ言うようなもんじゃねえし、そういうタイミングってあるだろ」
「今が絶好の機会だと思うが」
「……こういうこと言うのガラじゃねえんだよ」

 以前心が無い、気持ちには応えられないと言ってしまった手前、気持ちを伝えることがしづらい。

「次会えた時に気持ちが変わってなければ言ってやるよ!」
「ふっ……、ははははっ!」

 吹き出しひとしきり声を出して笑っていた。涙が滲む程のツボだったようだ。

「ああ……お前は面白いな。その時を楽しみにしている。ではそろそろ行くか」

 するりと膝から手が離れていく。そして公用車から降りると、タイミングを見計らったかのように下僕たちが集まって来た。
 アレッシュも反対側から降りてラーの前へ行くと、自然に腕を広げてハグをした。別れの挨拶にしては長めのハグを。

「またな」
「はい、また会いましょう。それまでお元気で」

 去っていく背中に向かって礼の構えをして見送る。そして姿が見えなくなるとタクシーを捕まえてとんぼ返りをした。
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