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関係を持ち始めてから
再会 四
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車内では互いに無言だった。アレッシュは目立たない場所で先に降り、周囲に警戒しつつ目的地の城へ入っていく。城内はざわついており難なく溶け込み、応接室の扉の前でラーと落ち合う。
「回りくどいことをする」
「こちらにも色々事情があるんですよ」
「アレッシュ!?」
現国王アルス、アレッシュの現主である。現在は二拠点で活動しており、今は自国で仕事中のようだ。ひどく驚いた様子でやって来る。
「帰ってたのか!?」
「ああ、はい。所用を済ませていたら偶然ラー様にお会いしまして」
「それで一緒に来たのか……?」
「ええと……」
「墓参りをしていたら偶然会った」
せっかく『所用』と言葉を濁していたのに墓参りに行ったことをあっさりバラしている。
「そうなのか? とりあえずこちらに座ってくれ」
「私は長居するつもりはない。どうせ後で会食でまた来る。こやつの報告を済ませる為に来た」
「ハッ、ハハハ、そうなんですよ。久々にお会いしたので談笑でもしようという話だったんですが、俺が報告をまだしていなかったので気を遣って下さったんです」
「墓参りを優先したのか?」
「……すみません」
「いや、構わないが……。アレッシュ、ちょっと」
「?」
アルスが手招きをしてアレッシュに耳打ちをする。
「報告は口頭では省いていい。後で文書にまとめて送ってくれ。それよりラーを待たせないように。ラーは気が短いから。にしても……思ってたよりも仲が良いんだな」
「……あちらで色々ありましたから」
そう色々。苦笑いを浮かべ誤魔化しながらラーのもとへ戻る。
「え~~、ラー様、報告は後程文書にて提出することになりましたので今はもう大丈夫です」
「そうか。早かったな」
「ですのでもう用事が無いので」
「アルス。前王の遺品は無いか?」
「はっ、ちょっ、何聞いてるんです!?」
言葉を遮られ慌てるアレッシュと、聞くまでテコでも動かなそうなラー。
その組み合わせが珍しくアルスは面白いものを見てるようでつい顔が綻んでしまう。
「義父のか。見るか?」
「ああ。こやつにも見せてやれ」
「わかった」
「よろしいんですか?」
「構わない。ただ保管しているだけより、誰かに見てもらった方が義父も喜ぶだろう。持ってくるから座って待っててくれ」
遺品は身内にのみ開示された。当然アレッシュも何が残っているかは知らない。生前どんな物を持っていたかある程度は把握しているがそれは一部でしかない。末期に身内で生前贈与したり、その他の遺産相続や形見分けで散り散りになったことだろう。アルスの手元にどれ程の物が残されたのか。
応接室のソファにラーは腰掛け用意された紅茶を飲み、アレッシュは立って待っている。互いに目を合わせず、独り言のように話す。
「……余計なことだったか」
「いえ、聞くことなんて一生無いと思っていたので、むしろ感謝してます」
「そうか」
「俺が聞くのは不自然ですから」
「不自然なのか」
「国王と騎士の中の一人ですよ。なんの繋がりも無い」
「しかしあったのだろう」
「……昔に。それから……、貴方と俺みたいな。清く、それでいて闇深い関係でしたけど」
「よくわからんが、それだけの関係があったのなら何かしら出てくるかもしれん」
「期待はしていません」
数分後、鍵付きの豪奢な箱を持ってアルスが戻ってきた。
「大体の物は他の家族か、あとは寄贈してしまってあまり残ってないが」
箱を開けると更にいくつかの箱で分けられている。一つひとつ中を見てみると、アクセサリーなどの宝飾品、文具、置物が入っていた。箱に入ってない物では書籍や書類がある。
「個人宛の預かり物や遺書はないのか」
「これで全部だ。遺書は他で保管してある」
「アルス様、ラー様、ありがとうございます」
見たことがある物ばかりだが、これといって自分に関係する物は無さそうだと理解する。
「俺は十分見させてもらいましたので満足です」
「アレッシュ…………あっ! もしかして……」
「何かあるのか」
「宛先がわからないが一通預かっていた」
ファイルから取り出した一通の手紙。宛名欄には【A×】と書かれている。
「義父からは渡すべき時がきたらきっと現れると言われ預かったんだが、結局誰宛なのかさっぱりなんだ。A始まりの名前なのか、Aではないということなのか、横の文字がXかもしれないと考えたらキリがなくてな」
「随分と賭けに出たな。お前が誰に渡すかわからんというのに」
「意外とそういうところがある人だった。緻密に策を講じても必ず最後は風任せ運任せ、だと言っていたことがある。アレッシュは心当たりあるか?」
「あります。それは恐らく……俺のことです」
「そうだったか。中は見てない。内容に心当たりがなければ返してくれるか」
「中を拝見しても?」
「ああ」
手紙を受け取り封を切る。宛名もそうだったが、字は所々かすれていたりがたついている。今際の期間ギリギリの状態で記したのだろう。
読み終えると静かに手紙を閉じる。目も閉じ、深くゆっくりと溜め息を吐いた。
「その様子だとお前宛で間違いなさそうだな」
「……紛れもなく俺宛でしょうね。頂いてもよろしいですか」
「ああ。お前に宛てられたものだ。漸くその手紙を本来の持ち主へ渡すことが出来てこれで俺も落ち着ける」
「残しておいてくださったことに感謝します」
大事に手紙を懐へ忍ばせる。そこでラーと目が合った。
ラーは満足げに微笑んでいる。
「あって良かったな」
「はい。本当に」
「愛するお前が嬉しいのなら私も嬉しいぞ」
「は……っ……!? ゴホッゴホンッ、ちょちょっちょっと、あ、ああーーっもう用事は済みましたね! さっさとどこかへ参りましょうか! アルス様ありがとうございました! 後程報告書送ります! では失礼します!」
「あ、ああ……頼む」
むせたり大袈裟に騒いでみたり誤魔化しながらラーを応接室から連れ出した。
「何言ってんですか!?」
「思ったことを言っただけだが。あれしきのことで動揺してはアルスは本気に捉えるぞ」
企み顔とはこういう顔だろうか。先程の微笑みが嘘のように悪い笑みを浮かべている。
何の打ち合わせもしないでいるとラーが次々と爆弾発言を投下していきそうで恐怖を覚える。
廊下で待っていた下僕数名は何が何やら分からずキョトンとしている。
「……気を取り直して、さあ、俺の用事は他にはありませんので、貴方の赴くままに付き合いますよ」
「ではお前の勧める場所へ行く」
「難しい注文ですね」
「どこでもいい」
そんなことをリクエストされたら本当にどこでもいい場所へ案内することになる。歴史館や博物館、行きつけのバーなど。果たしてそんな自分の趣味でしかないありふれた場所でいいのかと二の足を踏みたくなるが、そんな場合ではなさそうだ。会食があるらしく、それまでの短時間を有意義に過ごしてもらわねばならないという使命感が頭の隅を過っていった。
「驚いた……ラーでもあんな冗談が言えるんだな」
アレッシュとラーがいなくなった応接室では、用意させた紅茶を飲みながら、久しぶりに義父からの自分宛の手紙を開き懐かしんでいる。『我が愛し子アルスへ』から始まる数十枚ある中のとある文。
『アルスはあの手紙を誰に渡すべきかまだわからないだろうな。近くにいても上手く隠し、警戒心が強く、本心を見せようとしない。私が死んだら更に心を閉ざすだろう。けれど自ずと見えてくるハズだ。きっといつか必ずお前を頼りにする日が来る。それが何年後かは今の私にはわからない。誰か心を許せる相手と巡り逢えた時、弱味を見せることを祈ろう』
アルスに確信は無かったが誰宛なのか予想はしていた。遺品は亡くなってから大体一ヶ月以内には近親者へ形見分けする。遺品となる前に預かった手紙であり、近親者以外であることは分かっていた。受け取った時に『今はまだ渡せない』と言われていた。それは相手が現実を受け入れられていないということだったのか、渡せる場所にいなかったのか。自分へ預けたということは知っている相手ということ。それだけ情報があっても正確に絞り込むことは出来なかったが。
――本心を見せない。それが一番当てはまる気がしたのはアレッシュだったから納得だ。頼りにはまだされてなさそうだが……相変わらず手厳しい。ラーの存在がああもアレッシュを揺さぶるとは考えもしなかったが、案外良い組み合わせなんじゃないか?
紅茶を飲み干すと一服は終わり、遺品を片付け応接室を後にした。
「回りくどいことをする」
「こちらにも色々事情があるんですよ」
「アレッシュ!?」
現国王アルス、アレッシュの現主である。現在は二拠点で活動しており、今は自国で仕事中のようだ。ひどく驚いた様子でやって来る。
「帰ってたのか!?」
「ああ、はい。所用を済ませていたら偶然ラー様にお会いしまして」
「それで一緒に来たのか……?」
「ええと……」
「墓参りをしていたら偶然会った」
せっかく『所用』と言葉を濁していたのに墓参りに行ったことをあっさりバラしている。
「そうなのか? とりあえずこちらに座ってくれ」
「私は長居するつもりはない。どうせ後で会食でまた来る。こやつの報告を済ませる為に来た」
「ハッ、ハハハ、そうなんですよ。久々にお会いしたので談笑でもしようという話だったんですが、俺が報告をまだしていなかったので気を遣って下さったんです」
「墓参りを優先したのか?」
「……すみません」
「いや、構わないが……。アレッシュ、ちょっと」
「?」
アルスが手招きをしてアレッシュに耳打ちをする。
「報告は口頭では省いていい。後で文書にまとめて送ってくれ。それよりラーを待たせないように。ラーは気が短いから。にしても……思ってたよりも仲が良いんだな」
「……あちらで色々ありましたから」
そう色々。苦笑いを浮かべ誤魔化しながらラーのもとへ戻る。
「え~~、ラー様、報告は後程文書にて提出することになりましたので今はもう大丈夫です」
「そうか。早かったな」
「ですのでもう用事が無いので」
「アルス。前王の遺品は無いか?」
「はっ、ちょっ、何聞いてるんです!?」
言葉を遮られ慌てるアレッシュと、聞くまでテコでも動かなそうなラー。
その組み合わせが珍しくアルスは面白いものを見てるようでつい顔が綻んでしまう。
「義父のか。見るか?」
「ああ。こやつにも見せてやれ」
「わかった」
「よろしいんですか?」
「構わない。ただ保管しているだけより、誰かに見てもらった方が義父も喜ぶだろう。持ってくるから座って待っててくれ」
遺品は身内にのみ開示された。当然アレッシュも何が残っているかは知らない。生前どんな物を持っていたかある程度は把握しているがそれは一部でしかない。末期に身内で生前贈与したり、その他の遺産相続や形見分けで散り散りになったことだろう。アルスの手元にどれ程の物が残されたのか。
応接室のソファにラーは腰掛け用意された紅茶を飲み、アレッシュは立って待っている。互いに目を合わせず、独り言のように話す。
「……余計なことだったか」
「いえ、聞くことなんて一生無いと思っていたので、むしろ感謝してます」
「そうか」
「俺が聞くのは不自然ですから」
「不自然なのか」
「国王と騎士の中の一人ですよ。なんの繋がりも無い」
「しかしあったのだろう」
「……昔に。それから……、貴方と俺みたいな。清く、それでいて闇深い関係でしたけど」
「よくわからんが、それだけの関係があったのなら何かしら出てくるかもしれん」
「期待はしていません」
数分後、鍵付きの豪奢な箱を持ってアルスが戻ってきた。
「大体の物は他の家族か、あとは寄贈してしまってあまり残ってないが」
箱を開けると更にいくつかの箱で分けられている。一つひとつ中を見てみると、アクセサリーなどの宝飾品、文具、置物が入っていた。箱に入ってない物では書籍や書類がある。
「個人宛の預かり物や遺書はないのか」
「これで全部だ。遺書は他で保管してある」
「アルス様、ラー様、ありがとうございます」
見たことがある物ばかりだが、これといって自分に関係する物は無さそうだと理解する。
「俺は十分見させてもらいましたので満足です」
「アレッシュ…………あっ! もしかして……」
「何かあるのか」
「宛先がわからないが一通預かっていた」
ファイルから取り出した一通の手紙。宛名欄には【A×】と書かれている。
「義父からは渡すべき時がきたらきっと現れると言われ預かったんだが、結局誰宛なのかさっぱりなんだ。A始まりの名前なのか、Aではないということなのか、横の文字がXかもしれないと考えたらキリがなくてな」
「随分と賭けに出たな。お前が誰に渡すかわからんというのに」
「意外とそういうところがある人だった。緻密に策を講じても必ず最後は風任せ運任せ、だと言っていたことがある。アレッシュは心当たりあるか?」
「あります。それは恐らく……俺のことです」
「そうだったか。中は見てない。内容に心当たりがなければ返してくれるか」
「中を拝見しても?」
「ああ」
手紙を受け取り封を切る。宛名もそうだったが、字は所々かすれていたりがたついている。今際の期間ギリギリの状態で記したのだろう。
読み終えると静かに手紙を閉じる。目も閉じ、深くゆっくりと溜め息を吐いた。
「その様子だとお前宛で間違いなさそうだな」
「……紛れもなく俺宛でしょうね。頂いてもよろしいですか」
「ああ。お前に宛てられたものだ。漸くその手紙を本来の持ち主へ渡すことが出来てこれで俺も落ち着ける」
「残しておいてくださったことに感謝します」
大事に手紙を懐へ忍ばせる。そこでラーと目が合った。
ラーは満足げに微笑んでいる。
「あって良かったな」
「はい。本当に」
「愛するお前が嬉しいのなら私も嬉しいぞ」
「は……っ……!? ゴホッゴホンッ、ちょちょっちょっと、あ、ああーーっもう用事は済みましたね! さっさとどこかへ参りましょうか! アルス様ありがとうございました! 後程報告書送ります! では失礼します!」
「あ、ああ……頼む」
むせたり大袈裟に騒いでみたり誤魔化しながらラーを応接室から連れ出した。
「何言ってんですか!?」
「思ったことを言っただけだが。あれしきのことで動揺してはアルスは本気に捉えるぞ」
企み顔とはこういう顔だろうか。先程の微笑みが嘘のように悪い笑みを浮かべている。
何の打ち合わせもしないでいるとラーが次々と爆弾発言を投下していきそうで恐怖を覚える。
廊下で待っていた下僕数名は何が何やら分からずキョトンとしている。
「……気を取り直して、さあ、俺の用事は他にはありませんので、貴方の赴くままに付き合いますよ」
「ではお前の勧める場所へ行く」
「難しい注文ですね」
「どこでもいい」
そんなことをリクエストされたら本当にどこでもいい場所へ案内することになる。歴史館や博物館、行きつけのバーなど。果たしてそんな自分の趣味でしかないありふれた場所でいいのかと二の足を踏みたくなるが、そんな場合ではなさそうだ。会食があるらしく、それまでの短時間を有意義に過ごしてもらわねばならないという使命感が頭の隅を過っていった。
「驚いた……ラーでもあんな冗談が言えるんだな」
アレッシュとラーがいなくなった応接室では、用意させた紅茶を飲みながら、久しぶりに義父からの自分宛の手紙を開き懐かしんでいる。『我が愛し子アルスへ』から始まる数十枚ある中のとある文。
『アルスはあの手紙を誰に渡すべきかまだわからないだろうな。近くにいても上手く隠し、警戒心が強く、本心を見せようとしない。私が死んだら更に心を閉ざすだろう。けれど自ずと見えてくるハズだ。きっといつか必ずお前を頼りにする日が来る。それが何年後かは今の私にはわからない。誰か心を許せる相手と巡り逢えた時、弱味を見せることを祈ろう』
アルスに確信は無かったが誰宛なのか予想はしていた。遺品は亡くなってから大体一ヶ月以内には近親者へ形見分けする。遺品となる前に預かった手紙であり、近親者以外であることは分かっていた。受け取った時に『今はまだ渡せない』と言われていた。それは相手が現実を受け入れられていないということだったのか、渡せる場所にいなかったのか。自分へ預けたということは知っている相手ということ。それだけ情報があっても正確に絞り込むことは出来なかったが。
――本心を見せない。それが一番当てはまる気がしたのはアレッシュだったから納得だ。頼りにはまだされてなさそうだが……相変わらず手厳しい。ラーの存在がああもアレッシュを揺さぶるとは考えもしなかったが、案外良い組み合わせなんじゃないか?
紅茶を飲み干すと一服は終わり、遺品を片付け応接室を後にした。
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