Golden Spice

朝陽ヨル

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馴れ初め

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 深夜。寝室の扉が開かれる音で誰かが入ってきたことに気付いたラーは気配目掛けて常備しているナイフを投げつけた。しかし悲鳴などは聞こえずナイフはザグッと何かに突き刺さった音がしただけ。
 窓から差し込む月明かりに照らされて向かってくる人は、昼間に会ったばかりのアレッシュだった。 

「……何が目的だ」
「昼間の貴方の挑発に乗ったまでです」 

 アレッシュはラーが投げつけたであろうナイフを持ち、それをラーの首元へ突き立てる。 

「俺はいつでも貴方の首を取ることが出来るという証明ですよ」
「力の誇示か。そんなものなんの役に立つ? 腹いせの為だけに私のもとへやって来たわけではあるまい」
「アルス様の差金とは思わないんですか」
「アレが私を害する理由が見当たらん」
「そうですか。俺は単純な男なので正に腹いせの為だけに来たんですが、あえて他に理由を述べるとしたら、貴方に興味が湧いたとだけ言っておきましょう」
「下僕や門番はどうした。夜はバニラも活発だっただろう」
「ガバガバな警備でしたのですり抜けてきましたよ。場所によっては少し眠ってもらいましたが。バニラには例のマタタビをプレゼントしてね」
「そうか、ならばよい。して、力の誇示として宣誓書でも書かせるか? それとも金品の要求か」
「いいえ。本当にただの腹いせです。あまりにも腹が立ったものでこうしてやって来ただけです」 

 アレッシュが突き立てていたナイフを床に捨てると、ゴミでも見るような蔑んだ視線を送っていたラーは拍子抜けして心の底から高らかに笑った。 

「……本当にそれだけか?」
「ええ」
「くくっ……ふっ……ハハハハッ! これは笑わずにはいられんな! それ程に私の挑発が気に食わなかったか」
「あの人を侮辱することだけはどうしても我慢出来ませんでしたので」
「夢を託したという者か? 余程の人物らしいな」
「そうですね、とても大事な人です」 

 アレッシュが想うのはただ一人。子供の頃から追いかけた憧れの高貴な人。
 甘く優し気な笑みを浮かべるアレッシュを見て、ラーは何かを察したようだった。 

「アレッシュ、お前、男が好きだろう」
「ほう。何故そのように思われたのかお聞かせ願えますか」
「私の勘だ。男が好きそうな顔をしている。今お前が否定をしないことで確信に変わったが」
「だとしたらなんです?」
「私に興味が湧いたと言っていただろう。私の体とマラを望むか?」 

 アレッシュは吹き出した。それも盛大に。そして堪えきれず体を震わせながら爆笑している。 

「ちょっ、まっ……マラって……!」
「可笑しかったか?」
「ハァ~~ハハハ…………い、いえ……言い方ひとつでツボに入ったわけではないです。俺がそっちを想像したら堪らなく面白かったのでつい」 

 言葉の意味が分からずラーは訝しい目つきでアレッシュを見た。
 するとアレッシュはラーを押し倒し体重をわざとかけてベッドを軋ませ、舌舐めずりをして見せ低く囁く。
 
「俺は誰であろうと喰う側なんでね」
「……ああ成程。理解した」 

 押し倒され見上げるラーもまた、厚ぼったい唇を舐めつつアレッシュの顔に手を伸ばして頬にそっと触れさせる。 

「ならばとくと味わえ」
「今は駄目です」
「何?」 

 すっくとベッドから降りたアレッシュは手を口元に当ててまた笑いを堪えている。 

「貴方の体を見たらさっきのを思い出して笑ってしまいそうなので今はやめときます」
「据え膳を放置するのか」
「楽しみは取っておきたいタイプなんですよ。次は堂々と会いに行きますので、ケツの穴でも洗って待っててください」
「首を洗ってみたいに言うな、阿呆」 

 不満げに口を尖らせているラーを背にしてアレッシュはヒラヒラと手を振り、颯爽と夜の闇へ溶けていった。





 数日後。言葉の通りアレッシュは本当に堂々と王宮へやって来た。
 人払いをした来賓室へ通される。 

「よく入って来れたな」
「ええ、もう顔は知れてますからね。貴方の知人として堂々と入りました」
「アルスとは知己だが、お前と私がこの数日でそのような間柄であると認知されているはずがない」
「ではこれをご覧下さい」 

 アレッシュが見せた物。それは招待状だ。内容を確認したラーは目を剥き、そのままアレッシュの言葉に耳を傾ける。 

「よく出来ているでしょう?」
「ああ……これは驚いた。自分の筆跡で書いた覚えの無い物が出てくるとは。しかも丁寧に印まで捺してある。スパイにでもなるつもりか」
「そんなことが目的ではないことくらい、貴方が一番ご存知なのでは?」
「フッ……ハハハハッ! 確かにな。こうまでして私に認められたかったか」
「そうですね、俺の沽券に関わることです。ちゃんと約束は守りましたよ」
「まったく面白い男だな。よし決めた。私の夢を追加する。アレッシュ、まずはお前が欲しい」
「はい?」 

 唐突な言葉に声が裏返った。 

「私は変わり者を好む。お前を気に入った。私はお前が欲しい」
「勘弁してください。俺は貴方の下僕になるつもりはありません。……あ、それとも今のは睦言ということですか?」
「阿呆。真面目に聞け。お前は大事な者の為に私に刃を向けた。それ程大事に想っている者から夢を託されたのだろう? そしてそれはまだ叶えていない。丁度ここはお前にとって異国。お前がここで何を得るのか見届けたくなったということだ。次からは招待状なんぞ無くとも入れるようにしておく。だからまた来い」 

 これは王族とお近づきになるまたとない好機。しかしアレッシュは迷っている。一夜限りの契りとはいかない一生モノの転機。またいつぞやの関係を繰り返すことになるのではと長考に耽る。
 しん……と静まる空間で沈黙していると、ラーの立ち上がる音がやけに響いて聞こえる。
 ラーはアレッシュの前へやって来て胸ぐらを掴む。それはそれは力強く、優美な笑みを浮かべながら。 

「私にここまで言わせているのだぞ。YES以外の言葉など不要。私を選べ」
「貴方って人は本当に強欲……というか我儘ですね。断るに断れないじゃないですか」
「断る気でいるのか?」
「フッ……まさか」 

 硬くした表情は気を緩め、甘さを含んだ笑みに変わる。胸ぐらを掴んでいるラーの手を掴み返し、内側の手首にそっと口づけを落とした。そして体を抱き寄せる。 

「貴方に捕まるとしますよ」
「私はお前を縛るつもりはないぞ。自由に生きろ。獣はそれでこそ獣というものだ」
「俺が獣だとでも?」
「鏡で己の顔を見てみろ。夢が無いとほざきながら野心丸出しだろうが」
「ああ、その場の欲望には忠実かもしれませんねえ。それで、どうします?」
「ん?」
「ここへ来た目的ですよ」
「ここへの目的は達成したのではないのか。私を認めさせるという」
「それだけではないですよ。あの夜のことを忘れたんですか? 据え膳を喰いに来たに決まってるでしょう」 

 あたかも当然のような口ぶりで話すアレッシュに、ラーは呆れたようにジト目を向ける。 

「やはり獣だったか……」
「頂ける物は遠慮なく頂きます」 

 幻覚か不思議とアレッシュの体に獣の耳と尻尾が生えているように見える。
 中東の王に異国の従者。二人の新たな夢への道は拓かれたばかり。 
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