Golden Spice

朝陽ヨル

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ラーと逢う前の過去話

哀悼

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 ああ……もう、こんな季節か。全く、暑苦しい……忌々しい……な。 

 暑いことが嫌なわけじゃねぇ。虫の音が煩わしいわけでも、海が嫌いでもない。寧ろ好きな方だ。 

 ただ……思い出させる。あの方との思い出を。 

 あの方は、いつも俺の先を進んでいた。年齢は遥か上で、知識も剣の腕も経験も、勿論権力も地位もほしいままにしていた。
 憧れて、追い掛けて、近づいて、恋焦がれて、我慢出来なくて、焦って、許されて。
 そして――愛した。愛された。 

 ガキの頃、訓練場で稽古をつけてくれたこと。
 仕官の約束を交わしてから必死にもがいた期間。
 仕官して顔を合わせた時の焦燥。そして衝動と歓喜。
 主従としての遣り取り。
 二人きりの時のみの競争。
 仲間と国の裏切り。
 自然への旅。 

 思い出が溢れて、零れて、もう収まりきらないってのに……俺はまだ、あの方を欲していた。俺の中をあの方で埋め尽くせばいい。 

 ……心酔してんだ。 

 今でもずっと、きっと死ぬまで。 

 ただただ、あの方のことを考えたら……いや、何をしていてもあの方のことを考えていた。考えるよりも先に感じて。 

 心も身体も大人になっても、あの方の前じゃいつまでもガキで。 

 ずっと、いつまでも一緒にいられるだとか、信じていれば大丈夫だとか、そんな子供じみたことを考えたこともあった。 

 けれども時は待っちゃくれねぇ。 

 楽しい嬉しい幸せな………あの時間は、もう返って来やしない。
 あの方と過ごした時間は鮮明に覚えてる。瞳を閉じればまだあの方がいるんじゃないかと錯覚する。 

 夢幻のように儚く――。 

 イっちまった。
 イかれた。
 イった。
 あの方は…………逝った。
 そう……ちょうどこんな暑い日に。 

 こっちじゃお盆だとか、墓参りする習慣があるらしい。
 それに則って母国へ帰る。
 母国へ帰れば家族が、友人が、仲間がいる。 

 俺には会う資格なんか無ぇってのに、な……。
 笑っちまうよ。そんな大事なモンと一人の男を天秤に掛けたんだぜ?
 ホントに笑える。笑える話だ。滑稽だろ。
 国を狂わせた張本人。犯人を誰も知らないんだぜ? 知ってるのはあの方と俺だけ。 

 今となっては俺しか知らない事実。 

『誰も犯人を知らない。だから、資格を喪失したことにはならない』 

 それは詭弁だ。けれどあの方はそれで良いと言った。
 俺の『気まぐれ』で大事なモノを失う必要はない、と。『気まぐれ』なんかじゃねぇさ。本気だった。全てを失っても欲しかった。 

 結局はあの方の配慮で、力で何もかもがもみ消された形になったわけだ。 

 母国に着き、真っ先に向かったのは思い出の場所。 

 ――――訓練場。 

 初めて出逢ったこの場所に、俺は墓を建てた。名は刻まず、シンプルな墓を。 

 その辺りを綺麗に掃除し、墓の前で手を合わせた。 

「きらびやかな装飾より、貴方は自然を愛した……。ですから、こういう仕様も悪くないでしょう?」 

 返事はなくとも、きっとこう返ってくるだろうと想像して。 

「貴方の言う通り、しっかり会いましたよ。友人にも、仲間にも、家族にも。貴方の望みでしたから」 

 まるで目の前にいるかのように話した。そうだいるんだ、此処に。 

「俺は約束を守る男なんでね。惚れ直しましたか?」 

 こんな時、高らかに笑うんだ。とても笑顔が綺麗で、笑い皺の似合う人。 

 だから俺も高らかに笑った。 

 こういう辛気くせぇのは俺には似合わない。そうでしょう、ゴード様。
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