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朝陽ヨル

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二章〈witnesssee〉~初めての嫉妬~

一 拓視点

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 修学旅行で有馬との関係が深まった。この先、有馬とどうなっていくのだろう。男同士の恋愛なんてそれこそ想像しにくい。これからも円満な関係でいたいなら、もっと相手を知ることが重要だ。
 そういやアイツって女と付き合ったことはあるのか?
 バイということは男女問わず好きなわけで、どちらともに恋人になる可能性がある。対象が多い分、恋愛経験も多いかもしれない。男と付き合っていたことがあるのは聞いたことがはあるが、女はどうなんだろう。
 聞いてみるか……
 修学旅行が終わり、委員長の会合が無くなったからには、きっと今日も有馬がいつものように来るに違いない。帰りにでもさり気なく聞いてみよう。

「チョコ!」

 来たな……!

「ごめん! 今日は一緒に帰れないんだ!」

 へ?
 ホームルームから終わり真っ先に俺の席に来た有馬だが、顔の前で手を合わせて悪びれた顔でそんなことを言ってきた。

「……あ、ああ……そう、か……」
「本当は一緒に帰りたいけど……じゃ、行くね! また明日!」
「あ、おう……」

 慌てたように教室を出ていった有馬。廊下を全力で走っていく足音。廊下は走るなと言う先生の怒声が聞こえてくる。
 予想と違った。驚いたことに残念な気持ちが残る。別に今日くらい一緒に帰れなくたってどうってことはない。

「……いやいや可笑しいだろ」

 拒否していたはずなのに、いつの間にか一緒に帰ることが当たり前になって楽しみになっている自分を嘲笑う。

「なんだよ痴話喧嘩か?」

 前の席のヤツだ。こうしてたまにからかってくる。確か海保かいほとかいうヤツだった気がする。

「してねぇよ。寧ろ……」

 ハッと口を噤む。ついいらんことを口走りそうになった。
 海保はニヤニヤと笑っている。

「修学旅行の三日目なんか二人で遅刻してきて、しっぽりしてきたんじゃなかったの?」
「しっぽりってなんだし」
「あーんなことやこーんなことして、いちゃいちゃしてたんじゃないのぉー?」
「はぁっ!? ば、バッカじゃねぇの!」
「ムキなるところが怪しいぞ~」
「ムキになってねぇッ!」

 相手にするだけ無駄だ!
 鞄に筆記用具やノートを乱雑に入れて帰る支度を済ませる。さっさと帰ろうと席を立った時。

「おっ、アレ女の子じゃねえ?」
「ホントだ珍しい。あ、藍庭だ」
「え、なになに? いいんちょの知り合い?」

 窓際の連中が外を見て騒いでいる。有馬の名前が出てくると少しだけ気になってしまった。俺も窓から外を眺める。校門の前にはブロンド髪の女が立っていた。遠目で正確には分からないがきっと同じ年くらいだろう。その女と有馬が話している。

「ヒューヒュー! いいんちょも隅に置けないねえ!」
「おいっ」
「えっなに。…………あ」

 そう。クラスのヤツらは俺と有馬が付き合ってることを知っている。一斉に俺へと視線が集まるのがいたたまれない。

「……え、もしかして……浮気現場見ちゃったくさい?」
「やめろ、そうと決まったわけじゃない」
「修羅場っすか……? どうなんすか明路さん……!」

 クラスメートの小芝居がいちいちムカついてしまう。心配しているのか、からかって楽しんでいるのか、どちらにしても面倒くさい。
 俺はクラスメートの言葉を無視して、鞄を持って廊下を出た。

「誰だよあれ……」

 ここは男子校で女子との交流はほとんど無いはずだ。

「……どうでもいいか」

 そう呟いているクセに心の中は動揺しまくっている。気になってしょうがない。
 もしかしてさっきのが昔付き合ってた女とか? いや……女友達って可能性もある。でもそんなヤツがわざわざ学校まで来るか? やっぱり昔付き合ってた女……? それに有馬は急いで出ていった。あの女と会う為……つーことは有馬も満更でもねぇってことなのか
 考えれば考える程、悪いことばかり考えてしまう。クラスメートの一人が言っていたように浮気かもしれないと。
 浮気って……別に結婚してるわけじゃねぇのに。男同士だし。こんなこと考えてるのもバカみたいだな
 早く帰ろうと思っているが足が重くあまり進まない。今行ったら校門でばったり二人と会ってしまうかもしれない。そんなことになったらとてつもなく気まずい。
 そもそも浮気だって言うなら堂々としすぎだろ。あんな誰でも見えるところで会うなんて。こそこそしてない分、浮気だとしたら罪は軽い……

「……だから浮気ってなんだよッ!!」

 廊下で思わず叫んでツッコミを入れた。周りの人が驚いているが今はそんなことを気にしている場合ではない。
 というか気まずいってなんだ。なんで気まずくならねぇといけないんだ。有馬が知らねぇ女と会ってるくらいで……
 悶々と考えていたらむしゃくゃしてきた。
 ああーーーークソッ!! 駄目だ、帰る!! 会ったら会っただ!!
 考えていてもキリがないし余計イライラしてくる。堂々と横切って行った方がスッキリしそうだ。
 気持ちが吹っ切れて重い足取りが軽くなり校舎から出た。

「……なんだよ」

 校門にはもう二人はいなかった。当然と言えば当然だろう。教室から校門まで数分はかかるから。
 やっぱり吹っ切れてることなんてなく、ドキドキしていた胸が徐々に落ち着いてきてホッとしている自分がいる。気まずくならなくて良かった。会わなくて良かったと確かに思った。
 ーー次の日。

「チョコ、昨日は一緒に帰れなくてごめん」
「あ? ……べ、別に……構わねぇよ」

 ホームルームが終わって有馬がやってきた。
 気にしてたなんて口が裂けても言えるわけがない。

「今日は一緒に……!」

 ブブブブ……
 ケータイのバイブ音が聞こえてくる。有馬はポケットからケータイを取り出して確認すると、困ったような顔をした。

「………ごめんチョコ」
「今日もか?」
「ああ……修学旅行が終わってからの反省会合だって。今日も一緒に帰れそうにないよ」
「あ、会合か……」
「ん?」

 また昨日の女かと思った。会合なら……まぁ仕方ないよな。学級委員長の仕事だし

「行ってこいよ」
「うん……長引きそうだから先に帰ってていいからね」
「……少しくらいなら待っててもいいけど」
「いや、今回は反省会で確実に長引くから帰っててほしいんだ。修学旅行で集合時間に遅刻したって失態を犯したからね。確実に怒られるよ。あんまり長く待たせるのは申し訳ないからさ」
「そうか……」

 有馬はまた謝って、それから会合に向かった。
 委員長は大変だな。そう片隅に思ってる反面、本当はあの女のことじゃなくて良かったと思っている。

「……帰るか」

 帰ってほしいって言われてんのに残ってたらそれこそ気まずいし。でも今日も、帰れない……か
 一人で帰るなんて慣れてるしどうってことはない。だがこんな変な気持ちになるのはどうしてだろうか。一人が嫌とか不安なのか。有馬がまたあの女と会わなくて良かったなとか。一緒に帰れなくて残念な気持ちと、昨日の光景が頭の中でモヤモヤしたまま校門まで歩いていく。

「Hey! そこのアナタ」
「んあ?」

 女の声が聞こえて顔を上げると、あのブロンド髪の女がいてこちらを見ている。そして何故か話しかけてきた。
 今日もいるのかよ! なんだ、なに話してくるんだ? つか、有馬は会合だし……

「セー……じゃなくて、アリマわかる? ええと……アイバ?」
「……ああまあ、知ってる」

 昨日は遠目で分からなかったが、相手は外国人だ。しかもかなり迫力のある美人。ポニーテールにしたロングのブロンドヘアと、それより少し濃い茶の大きな瞳。スタイルが良く、認めたくはないが身長は同じくらいか俺よりも高い。そして片言ではあるが日本語が話せることに感心する。
 
「ああ良かった! まだ学校いる!?」

 いるっちゃいるが……会合遅くなるって言ってたし

「いたらどうする気だよ」
「ここ待ってる。話したいことある。買い物に付き合ってもらいたいから」

 有馬は帰れって言ってた。長引くからって。………いや、待てよ。実は会合はすぐ終わって、コイツと帰りたいからわざと俺を先に帰らせたとか……まさかな

「どうしたの?」
「……は、早く帰った方がいいんじゃねぇの! 今日はアイツ遅くなるとか言ってたからな!」
「え? あっ!」

 俺はそれだけ言って走り去った。これ以上話したくなかった。あの女が誰とか、有馬とはどういう関係なのか知らねぇけど、俺の中でモヤモヤしたのが抑えられなくて、本能的に逃げてしまった。



✿✿✿✿✿



 今日は学校が休みだ。ベッドで寝転がりながらケータイを操作する。
 たまにはメールでもしてみるか……
 特にメールしたい内容も思い浮かばず『おはよう』とだけ送り、ケータイをベッドに放った。

「……はぁ」

 色々話したい、買い物に付き合ってもらう。ブロンド女の言葉を思い出して溜め息が出た。まるでデートみたいなことを言っていた。気になってイライラする。だからって有馬に聞くのも気が引ける。
 結局あの後待ってたのか? あの女は会合のことはきっと知らない。遅くなるとは伝えたが、もしかしたら待ってたかもしれない。
 俺は帰ってほしいって言われたから帰っただけ。でも待った方が良かったのか。一緒に帰ると行っても数分間。ほんの数分間の為に一時間も二時間も待つなんて馬鹿げてるかもしれない。それでも、ほんの数分でもそれは大事な時間だって思えるから。だからいつも待つんだ。会合や学級日誌を書くのに遅くなっても。ただ有馬が帰れと言った気持ちに反して待つなんてことは、俺のエゴを貫くようできっと互いに良くないことだ。だから帰ったことは間違いじゃないと信じたい。
 ピロリン
 初期設定のままの通知音が鳴る。返信がきたんだろう。ケータイ画面を見るとやっぱりそうだった。

『おはよー! チョコから朝メールが貰えるなんて俺は幸せ者だな』

 朝からテンション高いヤツだな

『大袈裟。なんとなくしてみただけだし』

 送信、と……

「……こんだけなのに」

 なんでこんな嬉しくなるんだ……? メールなんて大したことでもないのに
 ピロリン
 早ぇな!! 

『気まぐれに俺へ愛のメッセージなんて小悪魔ちゃんだな』

 誰が小悪魔だよ。愛のメッセージって挨拶しかしてねぇだろ
 ケータイを適当に放って寝転ぶ。ぼーっと天井を見ていると有馬の顔が浮かんでくる。

「…………気色悪っ」

 有馬のことではない。自分のことだ。鏡を見なくても分かる。顔が暑くて、きっと顔が綻んでいる。浮かんでくる有馬のことを忘れようと両目を手首で押さえつける。

「俺はどうしちまったんだ……」

 言葉は変態なのに、仕草とか、表情とか、いつも優しくて……

「~~……っ」

 何なんだ、この気持ちは。ブロンド女のことは気になる。けれど有馬からメールの返信があるというだけで、そんなことどうでもよくなる。
 修学旅行で身体を繋げてから、繋がる前よりも有馬のことを考える頻度が増えて意識するようになった。そんな自分が恥ずかしい。
 ピロリン

「あ?」

 また有馬からメールだ。

『明日は日曜日だし、どこか出掛けないかい?』

「………お、おお。………ッ!! いい、いやっ、別に出掛けるだけだしな! 何焦ってんだ!」

 とりあえず『行く』とだけ即刻打って返した。
 明日までが長い。明日が待ち遠しい。
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