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朝陽ヨル

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一章〈home visit〉~お宅訪問は興奮材料~

四 拓視点

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 やっとコイツも真面目に勉強する気になったか。そりゃあまあ、勉強する為に家に来たわけじゃねぇし、ただの雨宿りだし、どうせあと数分で乾くだろうから、なんか適当に話してるだけでも良かったのかもしれねぇけどよ。客とか、ダチが家に来るって無ぇから、なんか調子狂う……落ち着かねぇ

「……飲み物かなんか持ってくる」
「いやっ、お構いなくだよ。急に来ちゃったし」
「俺が喉渇いたから、ついでにだよ」
「そうかい。じゃあお願いするよ」
「何でもいいか」
「うん」

 そうこう話し、部屋から出て一階のリビングへ向かった。
 ……話題がねぇ。何話していいんだ。学校じゃアイツが勝手に寄ってきて意味わかんねぇことベラベラ喋ってるし、それに相槌打ってるだけであとは授業だし、帰りもそんな長く一緒にいねぇから大したこと話さねぇし。恋人っていう関係になってから、初めて学校以外で会ってる。放課後だから学校の延長線とも言えるかもしれねぇが。でもこれからもこうやって家に来たり、さっきはちょっとムカついたけど、一緒に外に遊びに行ったりするのかもしれない。話題を考えるのも話すのも苦手だ。けど、こうやって悩むのも悪くない……なんて思えてきているのは不思議な気分だ。確実に有馬の影響で、腹立つことも多いけど、悪くないとも思える。さっきのアレはマジでヤバイとは思ったけどな! 人ん家のリビングで興奮するなよな。触れられる練習してる時アイツ結構ああなるし、見慣れちまった。普通、他人のああなった姿を見慣れるって無いよな。それはそれで俺もヤバイような……
 片手鍋に水を入れて、IHクッキングヒーターに乗せて温める。その間にマグカップを二つ用意し、粉末を適量入れて待つ。沸騰したらすかさずマグカップに注ぎスプーンでかき混ぜれば完成する。

「なんか菓子……は、これでいいか」

 リビングのテーブルに置いてあった物を左手で鷲掴み、右手にはマグカップ二つを持って二階へ昇っていった。左手で器用に扉を開ける。

「甘い匂いがする」
「ん」

 教科書とノートを閉じて予め空けておいたスペースに、マグカップと鷲掴みした煎餅を置いた。マグカップの中身は茶色の液体。

「ココアだ」
「雨で冷えたかもしれねぇから温かいのにしといた」
「その気遣いが嬉しいよ。いただきます」

 有馬は持っていたシャープペンシルを置いて、持ってきたマグカップに持ち帰る。ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましながら飲む。

「うん、美味しい」
「インスタントのまあまあ美味いよな」

 俺も開けっ放しの扉を閉めつつ、立ちながらマグカップを啜った。牛乳は入れずお湯だけで割ったもので、甘くスッキリとした香りが鼻から抜けていく。

「なんだかチョコみたいだ」
「は?」

 ココアと俺とを交互に見てそんな感想を述べる有馬。

「…………あだ名がチョコだから?」
「ははははっ! チョコのあだ名は名字の明路からだよ」

 言葉の通りに受け取ったのだが、有馬はなにがおかしいのかツボにハマったのかこれでもかと大笑いしている。

「あははっ、そうじゃなくてね、ココアの味と香りかな。温かくて甘くて、でもほんのりビターな香りがスッと入ってきて、身体に沁み込んでいくんだ。拓もそんな感じだよ。ビターというかちょっぴりクールで、でもなんだかんだ俺に甘いからさ」
「っ……、い……きなり、名前で呼ぶなよ」
「今はややこしいかと思って」
「つかそんな甘ったれた性格してねぇし!」
「そんなこと言ってないんだけど……」

 相手の分析に照れ隠しでつい悪態をついてしまう。こんな風に言われたら恥ずかしくて、自分もなにかしら言い返したい。

「お前は……あー……あれ、キャラメル」
「キャラメル?」

 やや目を瞠り見上げてくる。予想外の答えだったようだ。

「そんな甘ったるいかな? 今言ってたみたいに甘えたような性格ってことかい?」
「いや、お前の頭見てたらそう思っただけ」

 物凄く単純な話。有馬の髪の色がキャラメルのようだったからだ。
 有馬はがっくりと肩を落としている。

「ああ、髪の話か。なんだ……もっと俺の内面についてを語ってくれてもいいのに」
「んなのわかんねぇよ」

 まだ有馬のことは全然わからない。そもそも深く知ろうだなんて思ったことがなかった。キャラメルで連想したとなると、粘っこいとかしつこいとか、その辺りは当たってるかもしれないと秘かに思った。

「そういえば、下もそんな色してたよな」
「ぶっ!!」
「うわっ、汚えな!」

 口に含んだココアを吹き出した。
 ムセてる有馬を他所に、ティッシュ箱から数枚ティッシュを取り出してで床を拭く。幸いノートや教科書にはかかってなかった。

「ごほっ! こほっ、ごめ……、でも今のはチョコが悪いよ! そんな真顔でいきなり下ネタをブッ込んでくるなんてことあるかい!?」
「や、なんか、急に思い出したからつい」

 言っといてアレだが、凄いことを言ったような気がする。自分でも驚いた。

「はああ……純真無垢だと思っていたチョコが急に大人の階段を駆け足で昇っていったような感覚だよ。ちょっぴりショック」

 へなへなとテーブルに上半身ごと突っ伏してブツブツ言っている。
 お前が出したんだからお前が拭けよと言ってやりたいが、なんとなく自分のせいな気もして何も言わないで飛び散ったココアを拭き終える。ティッシュをゴミ箱に捨てて、有馬の後ろに立つと、少し悪戯心が疼く。

 もしかしてコイツーー

「いっ!? ~~~~っっ」

 正座していた足裏を軽く踏んづけてやった。踏むと言うより、ちょっと足で触れた程度だ。すると有馬は過剰に反応して、正座を崩して横座りになる。

「やっぱり痺れてたのか」

 道理で動かないわけだ。普段なら自分で動いて拭きそうなのにと違和感を覚えていたから案の定だった。

「チョコったら……ひどいわ! 動けないワタシをこんないいように弄んでっ!」

 また変な芝居が始まった。クラスでもこんなやり取りをしているのを何度か見かけたことはあるが、周りのヤツ等も同じようなノリで返していた。
 俺は……あんなノリじゃ返せねぇから 

「……悪かったな」

 素直に謝る。それくらいしか思いつかなかった。
 こんなことしか言えねぇし、周りのヤツらみたく面白おかしく芝居なんか出来ねぇ。こういうノリにはついていけない。こんなの、絶対面白くない
 いい気分だったのに、ちょったしたことがきっかけで自己嫌悪に陥る。どうしたらいいか分からずに有馬から目を逸らした。
 すると徐に有馬から手を伸ばしてきて。

「……足痺れて力が入らないから、立たせてくれるかい?」

 微笑みながらそう言って、俺が手を掴むまでずっと手を差し出している。
 俺はしゃがみ、無言でその手を、というより手首を掴んで引っ張り上げた。

「……んええっ? っあいて!」

 立つつもりでいたのに、重心がどんどん後ろに向かっていくのは有馬が倒れ込んできたからだ。べたんと床に尻もちをついて、有馬が覆い被さって俺を見下ろしてくる。

「ふふっ、仕返し」
「このやろ……っ」
「チョコがそんな顔してるから、押し倒したくなったんだよ」
「どんな顔だよ」
「ちょっと辛そうな顔」
「んっ」

 眉間を人差し指で円を描くように撫でられる。

「やめろっ」
「ふふ。元気そうでよかった」
「今までだって元気だった」
「そうかな。何か思うことがあったのかと思って」

 今の今までふざけてたヤツが、途端に真面目な顔をして見てくる。その視線が優しくて、ちくちくと胸に刺さる。まるで今の不安を見透かされてるような気がする。唇が戦慄き、抑えようと唇を噛んでから改めて唇を開いていく。

「……お前、本当に、俺といて楽しいのかよ」
「楽しいよ」
「クラスのヤツ等みたく、変な絡みとか出来ねぇし」
「それはクラスのみんなが特殊なだけだよ」
「お前だってその特殊なヤツじゃねぇか」
「あはは、否定は出来ないな」
「ああいうふざけるのが楽しいんだろ」
「適度にふざけるのは楽しいかな。でも」
「んっ、ン」

 唇が重なり、チュッと吸い上げるリップ音が生々しく静かな部屋に響く。

「チョコとはこういうことも出来るし、これからもっと楽しくなると思うんだ。ああいうおふざけは友人だからであって、チョコに求めるのはもっと別のことだよ」
「別のこと?」
「そうだな、まずは、もっとチョコのことを知りたいかな」

 そう笑顔で言われれば、自分の胸にストンと落ちてくるものがあった。

「俺も……そうかも。お前のこと、まだ全然知らねぇし」

 さっきも同じことを思った。有馬のことを知らない。学級委員長で、大仏のマスクだとか変な物を集めてたり、弱点が分かるなんて胡散臭い特技があるとか、意外なことは知っている。だけどイマイチ内面が掴めていない。

「じゃあこれからもっとお互いのこと知っていこう。ふざけるのは俺がしたいだけだから気にしなくていいし、チョコはチョコらしくしてればいいよ」
「そうか……」

 お互いを知ること。相手を知ることが出来ればもっと楽しませてやれる、不快にさせずに済む。それに自分らしくいればいいと言ってくれたのだから、これからもそんなに気負わずにいられる。

「つかいつまでこの体勢でいるんだよ。どけ。立てねぇだろ」

 尻もちをついて上半身を起こしている状態だが、有馬が足の片方を跨いできているので立てない。

「えー。もう少しこのままでもいいと思うけど」
「ケツが冷てぇし、せっかく入れたココアが冷めるだろ」
「それならしょうがないか」

 残念そうな顔をしつつも訴えに応じてどく。
 俺は立ち上がって、フローリングで冷えた尻を擦る。それから邪魔にならないところに置いたマグカップを持ち上げてココアを啜った。

「そろそろ乾燥終わってるかもな」
「ああ、もうそんなに経ってたのか。時間が経つのは早いな」
「ちょっと見てくるわ」

 ココアを飲み終えて、有馬のマグカップも持っていく。キッチンへ行き水で軽く流してシンクに置いておく。乾燥は終わっていて、取り出すとしっかり乾いていた。持って二階へ戻り、制服の上下を渡す。

「乾いてた。ほらよ」
「ありがとう」
「帰ったらアイロンかけろよ。シャツ、すぐシワになるし」
「ああ、うん」

 ものの数分離れただけで、なんだか元気が無いように見えるのは気の所為だろうか。有馬は制服を受け取ってから微動だにしない。

「どうかしたか?」
「……もう、帰らないとダメ?」

 雨宿りの為に連れてきた。雨はまだ降ってるが傘を貸せばいいだけの話。

「帰り遅くなって困らねぇか。お前電車だろ」
「少しくらい大丈夫だよ。それに……」

 俯き気味だった顔を上げる。珍しく緊張した面持ちだ。

「もう少しチョコと一緒にいたい」

 そうやってストレートに気持ちをぶつけてくる。
 その言葉を聞いて、どこかいつもよりも温かく感じる。何気ない会話をしている時、自分が有馬と楽しく過ごしたいと思った時。それよりも触れられる練習をしている時、キスした時に感じるものに近い、ぞくぞくするよりも心臓がドクドクと鳴って少し痛いくらい。

「あ、ほら、宿題も終わってないしさ」

 そんなものはいつだって出来る。ただ単に口実が欲しかっただけだ。雨宿りだってそうだ。本当は。

「…………たい」
「え?」
「……俺も、もう少しだけ、……いたい」

 有馬みたく正面を見て伝えるなんて無理な話だ。思い切り顔を逸らしている。
 こんなこと、子供が駄々をこねて我儘を言ってるようなもの。けど有馬もいたいと言うのなら話は別だ。
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