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朝陽ヨル

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一章〈sports〉~仲直りのお手伝い~

三 拓視点

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「あ……チョコ」
「……何でテメェがここに」

 校庭にいないと思っていたら本人がやってきた。心の準備が出来てなくて可笑しいくらい緊張して声が硬くなる。

「タオルを取りに戻ったんだ。今日の授業は乾布摩擦だからね」
「マジかよ」
 
 無視しようと思っていたのに、したことがない意外な授業の内容に少し興味が湧く。
 この学校大丈夫か? 授業で乾布摩擦教えるってどういうことだよ

「うん、冗談」

 微笑みながら言う有馬に腹が立つ。

「テメェな……」
「つまんなかったから抜けてきたんだ」
「……仮にも委員長の言葉じゃねぇな」
「そこいらの真面目いいんちょと一緒にしないでくれたまえよ」
「ああそうかよ。とっととタオル持って戻れよ」

 もう話すことなんてない。というより、何をどう話していいのか分からない。喧嘩している時はどう関わるのが正解なんだろうか。
 長い沈黙の後、有馬が突拍子もなく話題を振ってきた。

「チョコ、桜がね、もう散ってしまったんだ」
「……そうかよ」
「今は葉桜だね。後1ヶ月もしたらさくらんぼの時期だ」

 さくらんぼが桜の実なのは知ってるが、桜の木に実っているのは見たことがない。

「さくらんぼ狩りでも何でもいい。またチョコと出掛けたいな」

 さくらんぼ狩りはちょっとだけ気になる。それだけではなくて、なんだかんだ有馬と楽しみたいと思っているのは本当だ。

「チョコ、こっちを向いて」
「……どうして」
「俺を見て欲しいから」

 率直な言葉。真っ直ぐ過ぎて逃げ出したくなる。けれど今は窓際にいて有馬は廊下側にいる。席も廊下側にある。逃げられる状況ではない。考えあぐねいて出した答えは、ただその場から動かず有馬の顔を見るだけだった。
 そして有馬は真っ直ぐ近づいてくる。
 俺は一か八かで走り出して横切って行こうとしたが、有馬に腕を掴まれた。

「ああっ、やめろっ離せよ!」
「離さない!」
「んあっ……」
「……離れない。離したくない!」

 腕を引かれて後ろから抱きついてきた。
 力の限り有馬の脇腹に肘打ちしたり足を踏んだり暴れてみたのに、言葉の通り有馬は離れない。
 密着していてあまり暴れることも出来ず大人しくすると、後ろから軽い溜息が漏れて、それも首にかかってくすぐったく感じる。離れようとしても力強く抱きしめられて離れられない。

「俺は冷静じゃなかった。今もそんなに冷静じゃない。チョコのことで頭がいっぱいだよ。だから離したくないし離れない」
「っ……、ふぅ、あん、まり……ひっつくな……」
「やだ。今離したらまた当分話してくれないだろう?」
「それは……」
「チョコともっと話したいから離さない」
「んっく……ややこしいっつの……わかった、からっ……一旦、この手、離せ……っ」

 散々暴れて抵抗したせいか、有馬も離さないように必死だったのだろう。抱きしめるというよりもまとわりついている。しかも手の位置が絶妙に危うい箇所に置かれている。有馬の手は丁度俺の乳首の上にある。

「本当? 話聞いてくれるかい? どこか逃げていかない?」
「ひっ……はぁ……、に……げねぇって……」

 耳に吐息がぶつかり、動くとシャツで擦れる肌。そして更に敏感な箇所がシャツ越しの有馬の指でもどかしく微弱な刺激を与えてくる。段々と力が入らなくなってきて抵抗を弱めると、有馬の抱きしめる力が強くなる。

「ありがとう、チョコ! ここだと隣のクラスに聞こえちゃうと困るから屋上に行こう」

 力の入らなくなった俺はなす術もなく言われるがまま有馬と屋上へと向かった。
 屋上にやってきて、誰かが来てもすぐ隠れられる物影で俺たちは話し合うことにした。有馬は俺を真っ直ぐに見てくるが、俺は真横を向いている。

「チョコとどうしても話がしたくて、こんな強引なやり方になってしまって悪かったね」

 強引なやり方。それはきっと抱きついてきてわざと触ってきたことだろう。そうすれば俺は嫌でも感じて力が入らなくなるからだ。

「全くだ……お前はいつも強引なんだよ。鎌倉行くのだってそうだったし。……付き合うかどうかとか、その返事だって急ぐしよ」
「それほどチョコが魅力的だということだよ」
「……俺には自分の良さなんてわかんねぇ」
「案外そういうものさ。他人の方が自分よりも自分のことを分かってくれてる。だから他人と付き合いたいって思うんだよ」
「それはダチとしてか? それとも恋人……」
「どっちにも言えることかな。ただ友人よりも、恋人には自分のことをもっと知って欲しいとか、相手をもっと知りたい思う傾向が強いね」
「…………そうか」

 友達と恋人の違い。もっと知りたい、もっと知って欲しい……か。

「確かに返事を急いでしまったことは謝るよ。早とちりもしてしまったみたいだし、ごめん」

 そうやって素直に謝れるのはコイツのいいところだ。けど俺は、コイツみたく素直に言えないんだ

「…………別にいい。いや、良くはねぇケド……」

 何を言えばいいのだろう。無視したり避けたりして散々考えたのに、何を言ったらコイツは納得するのか全然わからない。まだ何か互いに間違った認識をしている気がする。

「恋人になってくれるかどうか返事はもう少し待つことにするよ」
「……なあ、その……恋人にならないといけないもんなのか。お前と何かするのに」
「もちろん。俺はチョコとイチャイチャしたいからね」
「そのイチャイチャってのは抜きにして、どこか遊びに行くのはダチでも出来るだろ」
「それはそうだけど、デートしたらやっぱり《イイ雰囲気》になるじゃないか。キスしたりとかそういうのはやっぱり恋人じゃないといけない一線だと思うよ」
「それは……そうかもな」

 男同士とか男女とか関係なく恋人の条件かもしれない。それは理解できるが。

「……正直、付き合うとかよくわかんねぇんだ。お前の言うイチャイチャってのをしたいかどうかって聞かれたらわかんねぇし。けど、お前と遊びに行ったりして楽しみたいとは思ってる」
「それは…………あれ?」

 有馬は間抜けな声を出してぽかんと首を傾げている。

「触れられる練習は……俺と色々したいからじゃないって言ってたよな?」
「……触れられる練習をしたいのは、慣れれば俺一人で出来る事が増えるからだ。出来なくて悔しい思いしてきたし。お前とは……まあ、もっと慣れたら一緒になんかしてぇとは思ってるケドよ……」

 言ってて凄く恥ずかしい。余計に顔を合わせ辛くなった。顔から火を吹きそうだ。
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