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付き合ってから
蟠り 四
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諸々の手続きでバタバタと忙しく、落ち着いてきたのは引っ越してから一週間が経った頃。
十五時が過ぎてChirpは休憩時間となった。ローランは従業員ではないが、従業員全員と顔見知りで仁の恋人ということもあり、特別に営業時間ではない時間帯は店内に入って過ごしている。
「ローラン、勉強捗ってるか?」
「まあまあかな。よく使う接客用語は覚えられたけど発音が難しい」
「だよなぁ。オレも覚えるのスゲー苦労した」
ローランは日本に来て新しい仕事に勤めることになった。レストランのウェイターで今までで一番定番な仕事だろう。求人要項で外国語が話せる点が重要視され応募して受かったのだ。外国人を接客することが多いと予想されるが、基本は日本語で接客することになっている。接客業の先輩であるChirpの従業員に、休憩時間に手本を見せてもらったり、聞いてもらったりしている。
「じゃあなんか言ってみろ」
「ええと……カシ、コマリ……マシタ、イラシャイマセ?」
「かしこまりました、いらっしゃいませ、だな。……あー……こうした方がいいってのはよくわかんねえからアルに聞いてくれ。教えるの上手いし、あいつハーフだしな」
「クォーターって言ってましたよ」
「あ? そうだったか」
仁がハーフでもクォーターでもどちらでもいいのだろう。随分と淡白な返しをして笑った。
「そういえば、最近店で変わったことあります?」
「変わったこと?」
グルはほんの少し考えたがすぐに「無いな」と答える。
「なんでそんなこと気にするんだ?」
「それはやっぱりあの掲示板のことが気になるし」
「掲示板?」
――あれ……もしかしてグルさん、あのウェブ掲示板のこと知らない……? 仁さん話してないのかな
「し、知らないなら別に気にしなくていいっス」
「待て待て、そう言われたら気になるだろ」
「……ですよね」
引き返せなくなったローランは正直に例の掲示板をグルへ見せた。それを見てみるみる内に険しい表情となっていく。
「……おい、これはなんの冗談だ」
「わからないんスよ。多分、俺の元カレの仕業じゃないかって話してて。でも仁さんは決まったわけじゃないから様子見ようって言ってて、だから何か変わったことないか気になって」
「チッ……またアイツかよ」
「また……?」
「お前の元カレ、前にここに来たんだよ。それでお前と別れろって言ってきた」
「え……仁さんそんなこと言ってなかった」
――どうして教えてくれなかったんだろう……
「投稿は秋か。……成る程な」
「何かわかったんスか」
「秋ぐらいまではそこそこ新規の客が増えてたんだ。だが冬になって新規の客が予想よりも来なかった。冬の新作メニューなんかも出してたんだが売れ行きがよくなくてよ。常連は来てくれてたんだが……」
「少しずつお客さん増えてましたもんね。冬ならケーキとか食べに来そうなもんだけど」
「だよな」
「「ただいま」」
買い出しに出ていた仁と鵠が帰ってきた。するとローランとグルが一斉に仁の顔を見る。
「どうしたの二人とも」
「お前はコレ知ってたのかよ」
グルは掲示板画面を突き出した。
それを確認した仁は困った顔をしている。
「……知ってたよ」
「仁さん、俺の元カレがここに来たっていうのは」
「来たよ。すぐに別れてって言われた」
「本当なんだ……。じゃあやっぱり、その掲示板の犯人は威暗さんってことで決定したも同然っスよね!?」
「そうだよな! スゲー色々書いてあるし営業妨害だとか名誉毀損で訴えられるだろ!」
「ちょ、ちょっと待って! グルはそうやってすぐに騒ぎ立てるから言わなかったんだよ」
「あァ? なんだと」
グルの表情からは明らかに苛立ちが見て取れる。元々厳つめの顔立ちをしていて、初見の人なら大体怖がられるだろう。しかし仁が怯むことはなく話し続ける。
「事を荒立たせたくないんだよ。もっと変な噂が広まったらバイトの子たち怖がっちゃうだろうし」
「もう広まってんだろ! こんなサイトに書かれてんだ。ネットってのはすぐに拡散されんだよ。そのせいで最近、新規客が少ないんだろうが!」
「客足の減りはたまたまだと思うんだ。十一月くらいまではハロウィンフェアで盛況だったし」
「けど冬は客少ねぇだろ」
「冬と言っても十二月は師走と言ってみんな忙しい時期だし、クリスマスケーキならケーキ屋さんで買うだろうからわざわざカフェで食べることは少ないと思うよ。それに今はまだ一月で、二月にはバレンタインデーもあるから客足に関してはそれまで待ってみてもいいんじゃないかな」
「二月までコレ放置するのかよ! こんな好き勝手書かれてよ!」
「何か行動を起こすには早すぎるってことだよ。それに書かれてることが全てでたらめってわけじゃなさそうだしね」
「オレの料理の味が普通って言いてぇのか!」
「そこじゃなくて、盛り付け方が雑な時あるだろ? 僕もカウンター席のお客さんと話してることが多いし。こんな形ではあったけど、まずはお客さんの意見として改めて見直すべき課題はあるよ」
仁とグルの言い合いをオロオロとしながら見守るローランと、落ち着いているが表情からは心中穏やかではなさそうな鵠。
グルが仁に掴みかかると、二人は一斉に声を上げた。
「グル!」
「グルさん!」
「呑気なこと言ってんじゃねぇよッ! 行動するのに早いとかねぇ! 盛り付けをキレイにだとか品評会じゃあるまいし、腹に入っちまえば同じだろ! そういう理詰めみてぇな言い方が腹立つんだよ! お前は昔からトロいよな。小綺麗に飾って逆にパフォーマンス力落ちてるのわかんねぇのかよ!」
「……グルみたいに雑にしたくないだけだよ。包丁の入れ方で味は変わるし、見た目で喜んでくれる人もたくさんいるんだよ」
「チッ……、このヤロォッ!!」
「いっ……ッ!」
「仁さんッ!!」
グルが仁を殴り飛ばした。壁にぶつかりそのまま壁にもたれている。食器等が落ちなかったことが幸いだった。
ローランは仁に寄り、ぶつかった頭や肩を見て怪我がないか確認する。
「お前は殴ってこないのかよ」
「……僕はケンカが嫌いだよ」
「丸く収まりやがって」
「そうやってすぐカッとなるのはグルの悪いところだ」
「男なら拳で語れってんだよ!」
「その考えには賛成できない」
「やめろっ!」
鵠がグルの身体にしがみつく。身長は十センチ以上差があり、細く力の弱い鵠では止められそうにない。ローランもグルと仁の間に立ち塞がる。
「グルさん、これ以上続けるなら俺が相手します」
「……」
鵠にはしがみつかれ、ローランには睨まれ、頭に血が上っていたグルもたじろぎ冷静さが戻ってくる。
「……っ……これ以上はしねぇよっ。おらっ、鵠離せ」
「離したらまた殴りにいく」
「しねぇって!」
「グル、信用ならない」
「信頼度低いな!?」
「殴る人最低」
「~~~~っああああーーっ、悪かったな!」
「声大きい。うるさい。謝るのは店長にして」
「……コイツには謝らねぇ! 一服してくる!」
そう言ってグルは奥の勝手口から出ていった。
「仁さん大丈夫スか……血は出てなさそうだけど病院行きますか?」
「あはは、大丈夫だよ。鵠、氷嚢もらえるかな」
「ん」
手早く氷嚢を作って渡すと、バンダナを取って頭に直接氷嚢を触れさせた。
「ごめんなさい、殴られる前に俺が止めてればよかった……殴るとは思ってなくて」
「僕も殴られると思ってなかったよ。久々に殴られた」
「殴られたことあるんスか!?」
「うん。幼馴染みだし、付き合い長いから」
「そういう時って仁さんもやり返したりしてたんスか?」
「子供の時はね。でも力が強くて、自分が思ってたよりも怪我させちゃった時があったんだ。それからケンカはしたくなくて」
「そうだったんスか……」
泣きそうな切ない表情で仁の手を握る。
「仁さんには人を傷つけてほしくない。仁さんの手は、みんなに美味しいコーヒー淹れたり、笑顔になれる料理を作ってほしいっス」
「ローランくん……」
ほんの数秒見つめ合うが、じっと鵠にも見つめられて恥ずかしくなってローランが手を離した。
「ローラン。さっき言ってた掲示板見せて」
「あ、ああ、いいけど」
例のウェブ掲示板の画面を鵠に見せる。画面を暫く見た鵠はほとんど顔色を変えず、ただ溜め息を吐いた。
「このサイト知ってる。簡単に掲示板作れるサイト。暇潰しに良いって流行ってる。中国限定で」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「俺、中国のハーフ」
「マジ!?」
「中国国内でしか流行ってないから、見るのは中国人がほとんど。URLを教えないと他の人に見せられない秘匿性の高いやつ」
鵠が中国のハーフだという事実も驚きだが、それ以上にサイトの全貌がこんなにも簡単に分かることの方が驚きが大きい。
「あと投稿が変。Chirpの書き込みには海外の人も書かれてるけど、他店の書き込みには全部匿名。投稿日時もほぼ同じ。明らかにChirpを標的にしてる悪戯」
「い、イタズラ……?」
「色んな国の人が書き込みしたように見せてるやらせってこと」
「やっぱりそう思うよね」
「えっ、仁さんも分かってたんスか?」
「中国で流行ってるのは知らなかったけど、投稿が妙だなとは。鵠の話が本当なら、この投稿は日本国内には全然広まってないことになるよね」
「じゃあお客さんが減ってたのはやっぱりただの偶然……。あっ、グルさんにも教えないと!」
「いいよ。僕が後で話しておくから」
「でもまたケンカになりませんか……?」
「グルは話せば分かるから。ケンカとか小さな争いは対話を諦めたら起こるものだから、僕はなるべく話し合いで解決したいんだ」
「大人な対応だ……!」
「ねえ、さっきイアンって言った?」
「ああ、元カレのこと?」
「そう。そのイアンって名前も聞いたことある。同名かもしれないけど、金持ちの御曹司って有名」
「うわ……それは当たってるかもしれない。別荘とか、高い店貸し切りにしてることあったから」
「変なのと関わってる噂もある。気をつけて」
「わかった。色々教えてくれてありがとう」
鵠は頷き、買ってきた物をバックヤードへ運びにいった。
残ったローランは仁に問いかける。自分の中でモヤモヤとしていることを。
「聞いてもいいスか。どうして威暗さんが来たことを教えてくれなかったんスか。教えてもらってても何もできなかったけど」
「それは……不安になってほしくなかったから」
「不安?」
「帰国して遠距離になって、遠距離恋愛って相手に何かあってもすぐに駆けつけられないから。それにキミは新生活の準備をしていた。そんな不安でいっぱいの時に元カレさんが僕に会いに来たって言ったら、早くどうにかしないとって焦ると思ったから」
「それは……掲示板見た時も思いました。俺には何が出来るんだろうって色々考えてました」
「もしかしたら一人で元カレさんに会いにいって説得しに行くんじゃないかって。だから言わなければ少しは不安にならないかと思ったんだけど……秘密にしてた方が不安にさせちゃったか
な」
「俺……単純だから、さっきみたいに威暗さんが犯人だ! って騒いだかもしれない。それこそグルさんみたいに怒ってたかも。何も出来ないのに……。でもやっぱり、情報があった方が出来ることがあるかもって安心します」
「そっか。黙っててごめんね」
「いえ! サイトとかネット詳しくないのに、わからないことでも冷静になって判断して、それで掲示板の投稿がおかしいって答えを導き出してて、お客さんが減ってることも、投稿の内容も受け入れてて、ちゃんと店のことを考えてる。そういうところやっぱり仁さんはカッコイイっス」
「……」
「仁さん? ……うわわっ!?」
急に抱きしめられる。嬉しいがカフェ内で大胆な行動が恥ずかしくてやたらとドキドキしてしまう。手を背中にそっと回して衣服を摘まんでいる。
「うあっ、あの、どど、どうしたんスか……?」
「ううん。ローランくんがここにいるんだなって嬉しくなったから」
「ええ? それはどういう……?」
「真っ直ぐでいてくれるキミが好きだよ」
抱きしめられながら耳元で言われると、顔中が沸騰したように暑くなってくる。そして離れて満足そうな笑顔を見たら更に鼓動がうるさい。
「さあ、休憩時間だからお昼食べよう。ローランくんは昼食済んでる?」
「……こ……小腹が空いたくらい……」
「じゃあ一緒に買ってきたもの摘まもう」
二人は一緒にバックヤードへ行き、先に食べている鵠と合流する。ローランは暫く緊張していて摘まんだ菓子の味があやふやだった。
少し時間が経って気まずそうなグルも合流し、話し合いながら昼食をとった。
十五時が過ぎてChirpは休憩時間となった。ローランは従業員ではないが、従業員全員と顔見知りで仁の恋人ということもあり、特別に営業時間ではない時間帯は店内に入って過ごしている。
「ローラン、勉強捗ってるか?」
「まあまあかな。よく使う接客用語は覚えられたけど発音が難しい」
「だよなぁ。オレも覚えるのスゲー苦労した」
ローランは日本に来て新しい仕事に勤めることになった。レストランのウェイターで今までで一番定番な仕事だろう。求人要項で外国語が話せる点が重要視され応募して受かったのだ。外国人を接客することが多いと予想されるが、基本は日本語で接客することになっている。接客業の先輩であるChirpの従業員に、休憩時間に手本を見せてもらったり、聞いてもらったりしている。
「じゃあなんか言ってみろ」
「ええと……カシ、コマリ……マシタ、イラシャイマセ?」
「かしこまりました、いらっしゃいませ、だな。……あー……こうした方がいいってのはよくわかんねえからアルに聞いてくれ。教えるの上手いし、あいつハーフだしな」
「クォーターって言ってましたよ」
「あ? そうだったか」
仁がハーフでもクォーターでもどちらでもいいのだろう。随分と淡白な返しをして笑った。
「そういえば、最近店で変わったことあります?」
「変わったこと?」
グルはほんの少し考えたがすぐに「無いな」と答える。
「なんでそんなこと気にするんだ?」
「それはやっぱりあの掲示板のことが気になるし」
「掲示板?」
――あれ……もしかしてグルさん、あのウェブ掲示板のこと知らない……? 仁さん話してないのかな
「し、知らないなら別に気にしなくていいっス」
「待て待て、そう言われたら気になるだろ」
「……ですよね」
引き返せなくなったローランは正直に例の掲示板をグルへ見せた。それを見てみるみる内に険しい表情となっていく。
「……おい、これはなんの冗談だ」
「わからないんスよ。多分、俺の元カレの仕業じゃないかって話してて。でも仁さんは決まったわけじゃないから様子見ようって言ってて、だから何か変わったことないか気になって」
「チッ……またアイツかよ」
「また……?」
「お前の元カレ、前にここに来たんだよ。それでお前と別れろって言ってきた」
「え……仁さんそんなこと言ってなかった」
――どうして教えてくれなかったんだろう……
「投稿は秋か。……成る程な」
「何かわかったんスか」
「秋ぐらいまではそこそこ新規の客が増えてたんだ。だが冬になって新規の客が予想よりも来なかった。冬の新作メニューなんかも出してたんだが売れ行きがよくなくてよ。常連は来てくれてたんだが……」
「少しずつお客さん増えてましたもんね。冬ならケーキとか食べに来そうなもんだけど」
「だよな」
「「ただいま」」
買い出しに出ていた仁と鵠が帰ってきた。するとローランとグルが一斉に仁の顔を見る。
「どうしたの二人とも」
「お前はコレ知ってたのかよ」
グルは掲示板画面を突き出した。
それを確認した仁は困った顔をしている。
「……知ってたよ」
「仁さん、俺の元カレがここに来たっていうのは」
「来たよ。すぐに別れてって言われた」
「本当なんだ……。じゃあやっぱり、その掲示板の犯人は威暗さんってことで決定したも同然っスよね!?」
「そうだよな! スゲー色々書いてあるし営業妨害だとか名誉毀損で訴えられるだろ!」
「ちょ、ちょっと待って! グルはそうやってすぐに騒ぎ立てるから言わなかったんだよ」
「あァ? なんだと」
グルの表情からは明らかに苛立ちが見て取れる。元々厳つめの顔立ちをしていて、初見の人なら大体怖がられるだろう。しかし仁が怯むことはなく話し続ける。
「事を荒立たせたくないんだよ。もっと変な噂が広まったらバイトの子たち怖がっちゃうだろうし」
「もう広まってんだろ! こんなサイトに書かれてんだ。ネットってのはすぐに拡散されんだよ。そのせいで最近、新規客が少ないんだろうが!」
「客足の減りはたまたまだと思うんだ。十一月くらいまではハロウィンフェアで盛況だったし」
「けど冬は客少ねぇだろ」
「冬と言っても十二月は師走と言ってみんな忙しい時期だし、クリスマスケーキならケーキ屋さんで買うだろうからわざわざカフェで食べることは少ないと思うよ。それに今はまだ一月で、二月にはバレンタインデーもあるから客足に関してはそれまで待ってみてもいいんじゃないかな」
「二月までコレ放置するのかよ! こんな好き勝手書かれてよ!」
「何か行動を起こすには早すぎるってことだよ。それに書かれてることが全てでたらめってわけじゃなさそうだしね」
「オレの料理の味が普通って言いてぇのか!」
「そこじゃなくて、盛り付け方が雑な時あるだろ? 僕もカウンター席のお客さんと話してることが多いし。こんな形ではあったけど、まずはお客さんの意見として改めて見直すべき課題はあるよ」
仁とグルの言い合いをオロオロとしながら見守るローランと、落ち着いているが表情からは心中穏やかではなさそうな鵠。
グルが仁に掴みかかると、二人は一斉に声を上げた。
「グル!」
「グルさん!」
「呑気なこと言ってんじゃねぇよッ! 行動するのに早いとかねぇ! 盛り付けをキレイにだとか品評会じゃあるまいし、腹に入っちまえば同じだろ! そういう理詰めみてぇな言い方が腹立つんだよ! お前は昔からトロいよな。小綺麗に飾って逆にパフォーマンス力落ちてるのわかんねぇのかよ!」
「……グルみたいに雑にしたくないだけだよ。包丁の入れ方で味は変わるし、見た目で喜んでくれる人もたくさんいるんだよ」
「チッ……、このヤロォッ!!」
「いっ……ッ!」
「仁さんッ!!」
グルが仁を殴り飛ばした。壁にぶつかりそのまま壁にもたれている。食器等が落ちなかったことが幸いだった。
ローランは仁に寄り、ぶつかった頭や肩を見て怪我がないか確認する。
「お前は殴ってこないのかよ」
「……僕はケンカが嫌いだよ」
「丸く収まりやがって」
「そうやってすぐカッとなるのはグルの悪いところだ」
「男なら拳で語れってんだよ!」
「その考えには賛成できない」
「やめろっ!」
鵠がグルの身体にしがみつく。身長は十センチ以上差があり、細く力の弱い鵠では止められそうにない。ローランもグルと仁の間に立ち塞がる。
「グルさん、これ以上続けるなら俺が相手します」
「……」
鵠にはしがみつかれ、ローランには睨まれ、頭に血が上っていたグルもたじろぎ冷静さが戻ってくる。
「……っ……これ以上はしねぇよっ。おらっ、鵠離せ」
「離したらまた殴りにいく」
「しねぇって!」
「グル、信用ならない」
「信頼度低いな!?」
「殴る人最低」
「~~~~っああああーーっ、悪かったな!」
「声大きい。うるさい。謝るのは店長にして」
「……コイツには謝らねぇ! 一服してくる!」
そう言ってグルは奥の勝手口から出ていった。
「仁さん大丈夫スか……血は出てなさそうだけど病院行きますか?」
「あはは、大丈夫だよ。鵠、氷嚢もらえるかな」
「ん」
手早く氷嚢を作って渡すと、バンダナを取って頭に直接氷嚢を触れさせた。
「ごめんなさい、殴られる前に俺が止めてればよかった……殴るとは思ってなくて」
「僕も殴られると思ってなかったよ。久々に殴られた」
「殴られたことあるんスか!?」
「うん。幼馴染みだし、付き合い長いから」
「そういう時って仁さんもやり返したりしてたんスか?」
「子供の時はね。でも力が強くて、自分が思ってたよりも怪我させちゃった時があったんだ。それからケンカはしたくなくて」
「そうだったんスか……」
泣きそうな切ない表情で仁の手を握る。
「仁さんには人を傷つけてほしくない。仁さんの手は、みんなに美味しいコーヒー淹れたり、笑顔になれる料理を作ってほしいっス」
「ローランくん……」
ほんの数秒見つめ合うが、じっと鵠にも見つめられて恥ずかしくなってローランが手を離した。
「ローラン。さっき言ってた掲示板見せて」
「あ、ああ、いいけど」
例のウェブ掲示板の画面を鵠に見せる。画面を暫く見た鵠はほとんど顔色を変えず、ただ溜め息を吐いた。
「このサイト知ってる。簡単に掲示板作れるサイト。暇潰しに良いって流行ってる。中国限定で」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「俺、中国のハーフ」
「マジ!?」
「中国国内でしか流行ってないから、見るのは中国人がほとんど。URLを教えないと他の人に見せられない秘匿性の高いやつ」
鵠が中国のハーフだという事実も驚きだが、それ以上にサイトの全貌がこんなにも簡単に分かることの方が驚きが大きい。
「あと投稿が変。Chirpの書き込みには海外の人も書かれてるけど、他店の書き込みには全部匿名。投稿日時もほぼ同じ。明らかにChirpを標的にしてる悪戯」
「い、イタズラ……?」
「色んな国の人が書き込みしたように見せてるやらせってこと」
「やっぱりそう思うよね」
「えっ、仁さんも分かってたんスか?」
「中国で流行ってるのは知らなかったけど、投稿が妙だなとは。鵠の話が本当なら、この投稿は日本国内には全然広まってないことになるよね」
「じゃあお客さんが減ってたのはやっぱりただの偶然……。あっ、グルさんにも教えないと!」
「いいよ。僕が後で話しておくから」
「でもまたケンカになりませんか……?」
「グルは話せば分かるから。ケンカとか小さな争いは対話を諦めたら起こるものだから、僕はなるべく話し合いで解決したいんだ」
「大人な対応だ……!」
「ねえ、さっきイアンって言った?」
「ああ、元カレのこと?」
「そう。そのイアンって名前も聞いたことある。同名かもしれないけど、金持ちの御曹司って有名」
「うわ……それは当たってるかもしれない。別荘とか、高い店貸し切りにしてることあったから」
「変なのと関わってる噂もある。気をつけて」
「わかった。色々教えてくれてありがとう」
鵠は頷き、買ってきた物をバックヤードへ運びにいった。
残ったローランは仁に問いかける。自分の中でモヤモヤとしていることを。
「聞いてもいいスか。どうして威暗さんが来たことを教えてくれなかったんスか。教えてもらってても何もできなかったけど」
「それは……不安になってほしくなかったから」
「不安?」
「帰国して遠距離になって、遠距離恋愛って相手に何かあってもすぐに駆けつけられないから。それにキミは新生活の準備をしていた。そんな不安でいっぱいの時に元カレさんが僕に会いに来たって言ったら、早くどうにかしないとって焦ると思ったから」
「それは……掲示板見た時も思いました。俺には何が出来るんだろうって色々考えてました」
「もしかしたら一人で元カレさんに会いにいって説得しに行くんじゃないかって。だから言わなければ少しは不安にならないかと思ったんだけど……秘密にしてた方が不安にさせちゃったか
な」
「俺……単純だから、さっきみたいに威暗さんが犯人だ! って騒いだかもしれない。それこそグルさんみたいに怒ってたかも。何も出来ないのに……。でもやっぱり、情報があった方が出来ることがあるかもって安心します」
「そっか。黙っててごめんね」
「いえ! サイトとかネット詳しくないのに、わからないことでも冷静になって判断して、それで掲示板の投稿がおかしいって答えを導き出してて、お客さんが減ってることも、投稿の内容も受け入れてて、ちゃんと店のことを考えてる。そういうところやっぱり仁さんはカッコイイっス」
「……」
「仁さん? ……うわわっ!?」
急に抱きしめられる。嬉しいがカフェ内で大胆な行動が恥ずかしくてやたらとドキドキしてしまう。手を背中にそっと回して衣服を摘まんでいる。
「うあっ、あの、どど、どうしたんスか……?」
「ううん。ローランくんがここにいるんだなって嬉しくなったから」
「ええ? それはどういう……?」
「真っ直ぐでいてくれるキミが好きだよ」
抱きしめられながら耳元で言われると、顔中が沸騰したように暑くなってくる。そして離れて満足そうな笑顔を見たら更に鼓動がうるさい。
「さあ、休憩時間だからお昼食べよう。ローランくんは昼食済んでる?」
「……こ……小腹が空いたくらい……」
「じゃあ一緒に買ってきたもの摘まもう」
二人は一緒にバックヤードへ行き、先に食べている鵠と合流する。ローランは暫く緊張していて摘まんだ菓子の味があやふやだった。
少し時間が経って気まずそうなグルも合流し、話し合いながら昼食をとった。
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