癒やしは囁きと共に

朝陽ヨル

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付き合ってから

蟠り

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 ローランが帰国して一週間後。

「いらっしゃいませ、……!」

 閉店間際に扉が開き取り付けられている鐘がカランカランと小気味のいい音を鳴らす。夜の閉店間際に客が来ることは珍しく他に客はいない。
 カウンターでグラスを拭いていた仁が顔を上げて普段通りの笑顔を向け迎えるはずだったが、入ってきた客を見てその笑顔は消えた。

「ど~も~!」

 やや高めの声で間延びした口調、黒髪に黒いサングラス、上下黒づくめの服装をした男――威暗イアンは何か言われる前に近くのテーブル席に腰掛けた。

「ね~え~お客様迎えてるってのにそんな無愛想でいいわけ?」
「……よくここだとわかりましたね」
「無視? まあイイケド。僕はリンのことならなンだって知ってるカラ、この店もすぐわかったンだ」
「……この時間ではもうご注文を受け付けてませんよ」
「いらなーい。ボク安い店じゃ食べない主義だから」
「そうですか。では――」
「ねえ、リンと別れてよ」

 言葉を遮るように被せてきたセリフは予想通り直球をぶつけてきた。以前会った時と変わらない貼り付けたような不気味な笑顔で。

「別れません。もう別れた貴方に言われる筋合いは無いと思いますが」
「はぁ……別れてないし。それリンが勝手に思い込ンでるだけデショ? ボクたちは、別れてないの。わかった? おっさん」
「付き合っていたことはローラン君から聞きました。そしてもう貴方に対して気持ちは無いとも聞きましたよ」
「それならまた好きにならせればいいンだよ。リンのだーい好きなことして、骨抜きにしてあげるんだ」

 ニンマリと威暗の笑顔は悪寒が走りそうな程一層不気味だ。

「リンってば普段は恥ずかしがりのくせに、一旦スイッチ入るとスゴく淫乱にヨガってかわいいンだよネ。色々シてくれるし、激しくシたら滅茶苦茶啼いて、顔ぐっちゃぐちゃにしてさ。そんなリン知ってる? 知らないっしょ? まあそんな図体デカイからもしかしたらソッチもデカくてリンがメロメロになってるとかそんな感じ?」
「…………」

 自分のことを貶してくるかと思っていたら、ローランのことを好き勝手に妄想して喋っている。その内容が仮に合っていたとしても、下品極まりなく不愉快で怒りが沸々と湧いてくる。持っていたグラスがひび割れる程に。

 パンッパンッパンッ

「おらーっ! もう店じまいだ!」

 バックヤードからグルが手を叩きながら出てくる。そして凄みのある剣幕で威暗を捲し立てる。

「客じゃねぇんだろ。とっとと出ていきな」
「このまま本当に店畳んじゃえば?」
「そんなことはさせません。お帰りください」

 仁が扉を開き、威暗に向かって言い放った。
 威暗は終始笑っていない笑顔で、今もそれを崩さずテーブル席から立ち上がり扉へ移動する。そして去り際。

「後悔しないとイイネ」

 怪しい笑みを浮かべながらそう言い残して店を出ていった。
 『CLOSE』という掛札を掛けて扉を締める。緊張の糸を切ろうと一息吐くと、グルがカウンターからやって来て絆創膏を差し出す。グラスにひびを入れた時に切れたのか指が血で滲んでいた。

「ありがとう。あとごめん、グラスをダメにして」
「お前馬鹿力だからな。あのまま投げつけねーかヒヤヒヤしてた」
「さすがにしないよ、そんなこと」
「そうか? …………しねえか。いくらなんでも」

 バックヤードに戻り傷口を水で洗う。そして絆創膏をくるりと一回しして貼り付けた。

「困ったね。今日はもう僕たちだけだったから良かったけど」
「ああ。鵠や他の従業員がいたら怖がるだろうな。あの変な野郎は一体なんなんだ」
「ローラン君の元カレらしいんだけど、付き合ってた時から謎が多いらしくて」
「あんな野郎と付き合ってたとか見る目ねーな」

 面白おかしいと言わんばかりに笑ったら、じろっと仁に睨まれてグルは即座に咳払いをした。

「……とりあえず今日はもう来ねーだろ。明日は休みだし、明日作戦を練ろうぜ」
「もしもの場合を考えて、バイトの子たちに連絡しといた方がいいかな?」
「それはやめといた方がいいんじゃね? 変に怖がらせちゃ悪ィし、それにお前とローランが付き合ってること知らねーだろ。鵠は知ってるみてーだけど」
「そっか……じゃあ、鵠にだけ連絡しておこうかな。バイトリーダーでしっかりしてるし、もしもの時は他の子たちのサポートしてくれるだろうから」
「その『もしも』にならないのが一番いいんだけどな」
「今後みんなに迷惑をかけそうで申し訳ないよ」
「考えててもしょうがねえ。ほら、さっさと戸締まりすっぞ」

 肩を落とす仁の背中をバシバシと強く叩く。グルなりの励まし方のようだ。グルはキッチン、仁はフロアの片付けや掃除をして戸締まりをする。
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