癒やしは囁きと共に

朝陽ヨル

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馴れ初め

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 初めてChirpに来店してから約一週間が経つ。仕事が休みの日、ローランは一人でChirpへやって来た。時間は午後三時を回った頃。 

「ええっウソ!?」 

 扉の前まで来た所で、中にいる店員が扉に『CLOSE』と掛け札を掛けた。ローランの声が聞こえたのかその店員がひょっこりと訝しむ顔を出す。色素の薄い金髪を真ん中分けしている少年で、ローランよりも若そうだ。 

「……お客さん? 今からここ休憩だけど」
「そうなんだ……開くのって何時から?」
「十七時」
「二時間か……ちょっとだけでも会いたかったな……」
「誰かに会いに来たんなら入る?」
「えっ」 

 ーーヤバッ、声に出てた!? 

 金髪少年が扉を開けて待ってくれている。
 予想外の行動に驚き、どうしようか迷う。 

 ーー休憩時間にいいのかな……普通ダメだよな…… 

「なにしてんだ?」 

 店内から別の店員が出てきた。三十代後半か四十代にも見える茶の短髪の男性で不精髭が生えている。 

「お、前に来た兄ちゃんか」
「へ? あ、はい……?」 

 ーーこんな人、前来た時いたっけ? 

「悪ぃが今から休憩でな。これから昼飯なんだよ」
「この人誰かに会いに来たんだって」
「誰か?」
「あのっでも休憩時間だし、また今度来ますっ!」
「まあ待てよ」
「おえっ!?」 

 悪い気がして急いで去ろうとしたら襟を掴まれて軽く首が締まる。  

「あ。悪い」
「グル、いけないことしてる」
「だから悪ぃって……」
「ゲホッゲホッ…………っあ、あの……?」 

 首を抑えて咳き込み涙目になりながら店員たちに向き直る。
 掴んできた男性は苦笑いをしている。 

「前にお偉いさんと来た兄ちゃんだろ? オレは料理長してんだ。美味そうに飯食ってたからよく覚えてるよ」
「あのオムライス作ったんスか!?」
「おうよ。まあせっかく来たし入ってけよ。一品くらいは作ってやっから」
「だって。入れば?」
「はあ……じゃあ」 

 促されるまま店内に入る。カウンター席に座ると金髪少年がコップに水を入れて持ってきてくれた。あまり愛想は無いが気遣いはしてくれる。もしかしたら不器用なのかもしれない。 

「注文は?」
「えーと……簡単に出来そうなもので。サンドイッチとか。あと……カプチーノ」
「ん、わかった」 

 少年はカウンターの奥へと消えていく。奥がきっと厨房に繋がっているのだろう。
 店長はいないのかと店内を見渡してみるが姿は見えず残念に思う。
 数分後に短髪の男性が注文した品を持ってきてくれた。 

「はいよ、お待ちどおさん」
「あ、どうも」 

 ベーコン、レタス、チーズ、目玉焼きがイングリッシュマフィンで挟んである。予想していたサンドイッチとは違ったが一口食べてみると口いっぱいに塩味と旨みが広がる。オムライスも美味しかったがこのサンドイッチもかなり美味しい。数口でぺろりと平らげた。 

「はあーっ! うまかったー!」
「そうだろそうだろ。いやあーやっぱいい食いっぷりだなー兄ちゃん」
「あはは、どうもっス」
「んで、誰かに会いに来たってオレかコクじゃねえんならアルか?」
「コク? アル?」
「さっきのが鵠。アルは店長だ」
「えっ、店長さんってそんな名前だったっけ……?」
「ん? ああー……そういやあだ名だったな。いっつもアルって呼んでっからつい。つか名前なんだっけか」 

 あだ名で呼び続けていたら本名を忘れるあるある。それ程長い付き合いなのだろうか。 

「たしかアバロ・ルシャード・仁さんって言ってましたけど、ハーフなんスか?」
「ああそうだそうだ、そんな名前だ。たしかハーフだった気がする。アルとは幼馴染でな、ガキの頃にバードウォッチングが好きだったもんで、互いに鳥のあだ名を付けたんだ。オレがイーグルのグルで、アイツはデカイからアルバトロスのアルってな」
「へえ~幼馴染ってなんかイイッスね」
「おうよ。近所じゃグルアルコンビって言われてたぜ」
「幼馴染って言っても結構年離れてそうッスけど」
「あん? 二歳しか違わねぇよ。そんな老けて見えるか? オレァ三十七だからアイツは三十五になったんだったかな」 

 十三歳差か……やっぱ大人だなあ 

 しみじみそんなことを考えていたらカウンターの奥から店長が顔を見せる。 

「あれ、ローラン君?」
「店長さん! あ、あの、すみません! 休憩時間なのに……あとコーヒーだけ飲んですぐ帰るんで!」
「いえいえ、急ぎでなければゆっくりしていってください。僕たちもこれからお昼なので、よかったら一緒にお話でもしながらどうですか?」
「ええっいいんスか!? そんな……あ~……じゃあお言葉に甘えちゃおうかな……」 

 ーーわああああっスゴいラッキー! 店長さんと食事!? 俺あとコーヒーしかないけどゆっくり飲もう! 

 まだ何も手を付けていないカプチーノ。前回店長がおすすめしてくれたから注文してみた。 

 ーーなんか白い牛乳っぽいの入ってるし、これなら何も入れなくてもいけるかも!  

 試しに何も入れず一口飲んでみた。 

「…………うっ…………にっっが!!」 

 あまりの苦さに耐えられず声に出た。苦味が一気にやってきてその後にじわじわと酸味が押し寄せてくる。そして舌に嫌な渋さやミルクの乳臭さも残る。どう考えてもこれは不味い部類だろう。 

「はっはっはっ! お子ちゃま舌だなー!」
「グル、また分量間違えたとかじゃないよね?」
「まあベーコン焼きながら適当に淹れたからな」
「お客さんに出すのに適当ってね……。ローラン君、ちょっともらってもいいですか」
「へぁ、は、はいっ」 

 緊張しながらカップを店長の方へ動かすと、店長はそのカップを持ってローランが口をつけた反対側の縁に口をつける。そんな動作を見てるだけでドキドキしてきた。 

 ーー間接キス……ってわけじゃないのに、どうして、こんなドキドキしてんだよ……! 

「うわっ、苦いね。後味も変に残るし……ごめんねローラン君、代わりのコーヒー淹れてきます」
「えっ! そそ、そんな悪いっス!」
「こんなものじゃお代は頂けないので、ちょっとだけ待っててください」 

 そう言って店長はカップを持ってカウンターの奥へ戻っていってしまった。 

「こんなものってヒデェーよなあ」
「正直、本当に不味かったんスけど……」
「コーヒー初心者がなーにを偉そうに言ってんだよ」
「うぐっ……で、でも、店長さんが言うんだから間違いないんじゃないスか」
「まーそうだな。アルは昔っから、コーヒー淹れるのだけは上手いからな」
「コーヒー淹れるのだけって……」
「ぼーっとしてるし不器用だし、でもコーヒー淹れるのはスゲー上手い。だからオレはアイツを誘ってこの店を開いたんだ」
「へぇ~。でもグルさんが店長じゃないんスね」
「オレのナリじゃ喫茶店の店長って感じじゃねぇだろ?」
「まあ、そうスね」 

 厳つい雰囲気があり、どちらかと言えばラーメン屋や居酒屋にでもいそうな風貌をしている。 

「アイツ外面良いし、そこそこ顔も整ってるから店長に向いてるかなーってな」
「そこそこって、店長さんカッコイイじゃないスか」
「そうかあ?」
「そうスよ! はあ……いいなあ。あだ名で呼び合うとかめちゃくちゃ仲良さそうだし、一緒に店始めるくらいの仲ってことっスよね」
「別にそんな大した仲じゃねぇよ。やたらアイツのこと気にするな。そんな呼びてぇならおめーさんもアルって呼んでみればいいじゃねぇか」
「いやっ、それは嫌っス!」
「なんで?」
「兄貴と同じ名前だから。呼ぶならあだ名じゃなくて名前がいい……」
「お待たせしました」 

 新たに淹れたカプチーノを持ってやって来た店長。
 ローランはまた緊張してごくりと固唾を呑む。目の前に置かれたカプチーノを見ると、先程グルが淹れたものとは全く違う出来栄えのカプチーノで目を輝かせた。 

「すごっ! さっきと全然違う! 泡がふわふわしてて本当に同じカプチーノッスか!?」
「ドライ・カプチーノにしてみました。泡状のミルクが多めに入っていて口当たりが良いんですよ。どうぞ」
「あ、はい、いただきます」 

 飲んでみると一口だけで先程のものとは別物だとわかる。口当たりが滑らかでクリーミーであり、ミルクとエスプレッソの香りが心地よく鼻から抜けていく。 

「ふわぁ……前に飲んだのと全然違くって、ミルクのお蔭かな? スゴく飲みやすい」
「それはよかった……ふふふっ」 

 店長が声を出して笑っている。隣にいるグルも。 

「え、なんスか?」
「あはははっ、そんなくっきり……初めて見たな!」
「すみません、ここに泡ひげが出来てて、可愛くてつい笑ってしまいました」 

 店長がジェスチャーで上唇と鼻の間を指して左右になぞっている。
 ローランは理解した途端に恥ずかしくなり、慌てて人差し指の腹で拭って泡を舐め取った。 

 ーーうっっわ~~~~ッ!! あざといっていうか、なんか、スゴく恥ずかしいッ!! 

 原因である泡をスプーンでかき回し、砂糖を混ぜて一気に飲み干した。 

 ーーでも店長さんに『可愛い』って……そんな意味じゃないのはわかってるけどさ、ちょっと……結果オーライ……って思っとこ 

「そうだアル、この兄ちゃんがお前のこと名前で呼びたいってよ」
「コフッ……フッ……!」 

 咽る。このタイミングで言うのはわざとだろうか。まだ心の準備が整ってないというのに。 

「名前?」
「うああのあのっ、俺のことローランって呼んでくれてるので、店長さんのことも名前で呼んでみたいなって……! だから、呼ぶならなんて呼んだらいいかなって気になって……グルさんとさっき話してて……」
「お好きに呼んで構いませんよ。でもこの国ですから、仁の方がしっくりきますね」
「あ、じゃあ仁さんって呼びます!」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、仁さん!」 

 名前呼びを達成出来てガッツポーズをしながら内心叫びたいくらいだった。
 早々にカプチーノを飲み終えてしまったのと、やはり休憩時間の邪魔をしてはいけないだろうと思い精算を済ませる。 

「またのご来店をお待ちしてます」
「また絶対来ます!」 

 店側の決まり文句にローランは全力でそう答えて店を後にした。 
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