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十一話 夏と水

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 主が家にいない時間はザラにある。平日は学校に行っており、休日はどこかへ遊びに行くことがある。そんな時はただ眠っていたり、材料をもらっていれば裁縫をしたり、憲造と会話をしたり、太郎丸と一緒に土いじりをして過ごしている。
 今日も主と他の家族が出掛けている為、家には太郎丸と二羽だけだ。 

「クァ~~~~」 

 庭の石段で体育座りをしながら日向ぼっこをしている。いい天気で温かい日光に当たっているとついつい欠伸が出てきてしまう。 

「よぉブラザー。元気か?」 

 庭の隅で地面をつついていた太郎丸がやって来た。 

「元気デス」
「嘘はよくねぇ。元気無さそうだ。まるでおやつをもらえねぇで鳴いてるベイビーそのものだぜ?」 

 例えがよく分からなかったが、心配してくれているのだろうか。 

「主がイナイので落チ着カナイデス。シカシ眠イデス」
「ほぉぅら、やっぱりベイビーちゃんだな。若いヤツァすぐおネムだ」
「太郎丸サン元気デスカ?」
「おぅよ。この通り元気いっぱいだ」 

 そう言いつつ眼の前で庭をぐるぐると駆け回っている。 

「HAHAHA! 元気はイイコトデスネ!」 

 パチパチと拍手をしてその場を盛り上げようとするが、二羽だけでは盛り上がりに欠ける。しかし太郎丸を見ていると落ち着かない気分は少し晴れたような気がした。 

「よぉし、おめぇさんを元気づけるすけっとを呼ぼうじゃねぇか」
「スケットを……呼ブ?」 

 どういうことだろうと思案して答えを導く前にその答えはわかってしまう。太郎丸が鳴き声を上げた数秒後に、空から何者かがやって来たのだ。翼の影からしてトリだ。見上げるとその姿はどことなく見覚えがある抹茶色。 

「呼びやしたかい太郎丸アニキ」
「おぅ呼んだ。早かったなカンベエ」
「へい。呼ばれる気ぃして近くを飛んでたんでさぁ」
「アノ……?」
「ふぇ? わーーーーっ!? なんだこのでっかいのは!?」 

 降りながら驚いて翼を羽ばたかせているそのトリはピヨなのだが、どう見ても不良型である。 

「騒ぐなカンベエ!」
「へっ……へいっ!」 

 太郎丸の一喝でピタリと動きを止めたカンベエと呼ばれる不良型ピヨ。クックをじろりと睨んでいる。 

「な、なんでえ……でかいだけで大したことなさそうなやつじゃねぇですか……」
「おれっちのブラザーだ」
「ふぇ!? お、おれが一番のブラザーっスよね!?」
「おめぇはただの舎弟だ」
「ガーーーーン!!」 

 太郎丸の一言二言で精神的に多大なダメージを受けている。
 体の大きさでは明らかにカンベエの方が大きいのだが、態度は太郎丸の方が圧倒的にデカイ。
 その姿を眺めていてわかったことがあった。 

「モシカシテ貴方は、アノ時のピヨデスカ?」
「ふぇ……あの時ってどの時だい……」
「おれっちと初めて会った時のことだろうよ。ブラザーにも会ったはずだ。覚えてねぇか?」
「兄貴と初めて会った時は……人の子がいて…………え。…………も……、もしかしてあのチビすけですかい!?」 

 カンベエの問いかけに対して太郎丸が頷くと、改めてクックを見て顎が外れそうな程くちばしを開いて驚いている。表情が豊かなピヨだ。
 クックがまだ雛だった時期、ココロが引っ越してきて初めての散歩の時に出会ったのが彼である。太郎丸とクックが威嚇をして、それには微動だにしていなかった野良ピヨ。 

「ふぇ~~っあんのチビすけがこんなどデカくなるなんて驚きでさぁ!」
「貴方はナゼ太郎丸サンをアニキと呼ビマスカ?」
「そりゃあアニキがカッコイイからだろ!」
「こいつぁおれっちの【吠え】に負けたのさ」
「吠エ、とは?」
「縄張り争いのことさ」
「アニキの吠えはピカイチで、おれもついビビっちまってよぉ。声も出せねぇで逃げ出しちまったのさ。あん時からアニキはおれのアニキってわけよ!」 

 誇らしげに話しているカンベエ。
 そんなカンベエに間髪入れずに太郎丸がその大きな体躯をつつき出す。
 
「おいカンベエ。ここに呼んだ目的忘れてねぇか?」
「え? あ~~……、へぇ。忘れやした」
「…………」 

 クックには太郎丸の目的がわからなかった。その目的とやらをまず聞いていない。カンベエが知るはずがないのだが、忘れたと言うのだから聞いた気でいるのかそれ程忘れっぽいのかもしれない。 

「ブラザーを元気づけるのさ」 

 ……ア。確カソンナコトを言ッテイタ気がシテキマシタ 

「なんか一発芸やれ」
「ふぇ!? そんなっ! 無茶ぶりですかい!?」
「その為におめぇを呼んだんだ。ほれ、さっさとやれ」
「えええ~~っ!? うぅ~~ん…………。じゃあやりやす。一発芸、ニワトリ! コーケコッコォーー!!」 

 悩んだ末に行動したのはニワトリの真似だった。鳴き声や仕草を真似て中々完成度は高い。
 しかし太郎丸は気に食わなかったようだ。カンベエが真似ている最中に先程よりも力強くつつき出す。 

「テンメェッ! それはおれっちへの当てつけかッ!!」
「いッいてっ痛てて痛いっすアニキ! そんなわけないじゃないすか! コレ結構仲間内では評判いいんすよ!」
「おれっちの前で二度とすんじゃあねぇ!」
「へ、へい~~!」 

 通常型のピヨはニワトリと非常に姿が似ている。混ざってしまうとほとんど見分けがつかなくなる程に。ただそれは人視点での話であって、ピヨたちからすれば個体差は歴然である。ピヨ界では通常型をニワトリと似ていると揶揄するのはタブーとされている。 

「ああもうおめぇは用済みだ! とっとと失せろ!」
「そんなぁアニキ! アニキィ~~……クケーーッ」 

 カンベエは悔しいのか悲しんでいるのか雄叫びを上げながら空へ飛び去っていった。
 太郎丸は背中を向けてすっかりおかんむりで見ようとしない。カンベエが見えなくなるとクックへ寄り添ってくる。 

「ブラザーすまねぇ。変なところを見せちまったな」
「変ナトコロは見テナイデスヨ。太郎丸サンの兄貴分を見マシタ」
「そうか。いくらか元気になったようだな」
「ハイ。元々元気デス」
「それじゃあおれっちの女の話をしてやろうじゃあないか」
「…………。……楽シミマス」 

 急な話の展開ぶりに戸惑うが、ピヨ同士の会話とはそういうものだ。人との会話のように順序よくはいかない。
 人とピヨ、種族は違えどどちらも個性豊かで面白い。クックは陽の温かさに包まれながら太郎丸の話をぼんやりと聞き、数分後には舟を漕いで石段から前のめりに転がり落ちていた。 

「……驚いたぞブラザー」
「……スミマセン。眠ッテイマシタ」
「ベイビーちゃんはそんなもんだ」
「主のコトを考エテマシタ。主が行ッテイル動物園とはドンナ所ナノデショウ?」
「おれっちも行ったことはないが、様々な種族を捕えて見世物にしてるんだとよ」
「ソレは楽シイデショウカ?」
「悪趣味な娯楽に興味ない。おめぇさんもくだらないことに興味を持つのは利口じゃないぜ」
「ハァ……」 

 動物園のことか、ココロのことか、それともどちらもなのか。ピヨに関係ないことを気にするのはピヨとしておかしいことなのかもしれない。考えてしまうのはピヨらしくないのかもしれない。自分はピヨで、それ以上でもそれ以下でもない。けれどただ主のことを考えていたかった。ピヨとして関係なくとも、家族のことだから知りたかった。
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