上 下
61 / 85
十話 大切なモノ

しおりを挟む
 一日はほとんど横になって過ごしていた。
 祖父が買ってきたりんごをすりおろしてヨーグルトと混ぜて食べたり、クックや祖父と会話をしたり、起きたら誰かがいて不安なことは何も無かった。
 そして翌日検温してみると微熱程度にまで下がっていた。今、部屋にはココロと祖父の二人きりである。 

「大分熱は落ち着いてきたな」
「昨日は頭いたくてぼーっとなってたけど、今日はもう大丈夫みたい」
「今日も一日安静にしていれば、月曜からまた学校に行けるな」
「うん。早く学校に行きたい」
「そうだな」
「……クックさんは?」 

 部屋の中をぐるりと見回してみたがクックの姿が無い。あの存在感が無いというのは違和感で気持ちが落ち着かなくなる。 

「今は亮一と……伯父さんと何かしてるみたいだな。昨日はココロが寝てる間、一生懸命編み物をしていたぞ」
「なに作ってるんだろ?」
「さてな。完成したら持ってくるんじゃないか」
「そうだよね」
「話は変わるが、熱も下がってきたし、パパ達に電話してみるか? 今の時間なら向こうも仕事が終わって落ち着いてる頃だろうからな」
「したい!」
「よし。じゃあかけてみようか」 

 海外は時差があり、約九時間の差がある。両親がいる場所は現在真夜中である。
 祖父は携帯電話をポケットから取り出してダイヤルを押す。
 数ヶ月振りに親と話せるのかと思うと胸が高鳴ってくる。緊張した面持ちでいると、祖父が携帯電話に耳を当てて話し始める。そして少し話した後にココロへ差し出してきた。 

「ココロ、パパからだ」 

 携帯電話を受け取りココロも耳に当てる。何て言葉をかけようか考えている間もなく、勝手に口から言葉が漏れ出す。 

「もしもし、あのね、ココロだよっ」
『ココロ』 

 電話越しで聞き覚えのある声が少し違うように聞こえるが、でもこの声は自分の父親のものだとはっきり分かる。 

「パパ……えっと……元気?」
『ああ、元気だ。ココロは風邪を引いたって?』
「うん。でももうおねつは下がったよ」
『……苦しい時に傍にいてやれなくてすまない』
「う…………うん……」 

 掠れた静かな声音で謝られると少しいたたまれなくなる。
 傍にいて欲しい。苦しい時じゃなくてもいつだって。そんな我儘を通せることは出来ないと分かっている。ただ、今は前よりも我慢が出来るようになった。 

「……おじいちゃんとね、クックさんがいてくれたからへいきだったよ。伯母さんもおいしいごはん作ってくれて、伯父さんはおかし買ってきてくれたよ。太郎丸さんだっているし」
『そうか。仲良く暮らせていそうで安心だ』
「ママはいる?」
『ママはまだ仕事だな』
「そうなんだ……」 

 本当は母親とも話したい。でも仕事でいないというのだから仕方がない。今までもそうだった。父親よりも母親の方が仕事で家を留守にしていることが多かった。 

 ママは今日もおしごとがんばってるんだ……帰るのおそくてもがんばってる。朝つかれた顔しててもまたおしごとに行くのすごい。休んでほしいなって時もあるけど、ママはそれでもがんばっておしごとに行くから、いってらっしゃいって言っておうえんするしかできないんだ 

『……ふあ……ぁ』
「ねむい?」 

 遠くから小さめの欠伸。きっと電話口から離れたのだろうが聞こえてしまった。 

『ああいや、少しな』
「パパもおしごとたいへん?」
『パパはいつも通りだ。大変だがやり甲斐はある。ただこちらの支部の方がまだ落着いている方かもしれない』
「そっか。そうなんだ」 

 パパもたいへんみたい。でもおしごとしてるパパは楽しそうにしてる時もあって、たいへんってだけじゃないような気もする 

「こっちにいつ帰れそう?」
『そうだな…………きっと来年には帰れる』
「来年…………そっか」 

 今すぐにでも会いたいのに『来年』と分かりやすくまだまだ先の話を聞かされ、残念になり声が萎んでいく。 

『ココロ』
「うん……?」
『パパたちは仕事を優先してばかりだが、いつもお前のことを想っている。それだけは忘れないでくれ』
「……わかった。またこんど、ママともお話したい」
『ああ、また今度な。……それじゃあ、おじいちゃんと替わってくれるか?』
「うん……またね」
『またな』 

 会えるのは当分先のことだが、また電話することを約束すれば少しだけ安心する。父親が今どんな顔をしているのか分からない。けれど自分のように惜しい気持ちになり眉を下げて皺を刻み歪めた表情をしているよりも、いつものように澄ませた顔を想像している。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...