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十話 大切なモノ

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 一日はほとんど横になって過ごしていた。
 祖父が買ってきたりんごをすりおろしてヨーグルトと混ぜて食べたり、クックや祖父と会話をしたり、起きたら誰かがいて不安なことは何も無かった。
 そして翌日検温してみると微熱程度にまで下がっていた。今、部屋にはココロと祖父の二人きりである。 

「大分熱は落ち着いてきたな」
「昨日は頭いたくてぼーっとなってたけど、今日はもう大丈夫みたい」
「今日も一日安静にしていれば、月曜からまた学校に行けるな」
「うん。早く学校に行きたい」
「そうだな」
「……クックさんは?」 

 部屋の中をぐるりと見回してみたがクックの姿が無い。あの存在感が無いというのは違和感で気持ちが落ち着かなくなる。 

「今は亮一と……伯父さんと何かしてるみたいだな。昨日はココロが寝てる間、一生懸命編み物をしていたぞ」
「なに作ってるんだろ?」
「さてな。完成したら持ってくるんじゃないか」
「そうだよね」
「話は変わるが、熱も下がってきたし、パパ達に電話してみるか? 今の時間なら向こうも仕事が終わって落ち着いてる頃だろうからな」
「したい!」
「よし。じゃあかけてみようか」 

 海外は時差があり、約九時間の差がある。両親がいる場所は現在真夜中である。
 祖父は携帯電話をポケットから取り出してダイヤルを押す。
 数ヶ月振りに親と話せるのかと思うと胸が高鳴ってくる。緊張した面持ちでいると、祖父が携帯電話に耳を当てて話し始める。そして少し話した後にココロへ差し出してきた。 

「ココロ、パパからだ」 

 携帯電話を受け取りココロも耳に当てる。何て言葉をかけようか考えている間もなく、勝手に口から言葉が漏れ出す。 

「もしもし、あのね、ココロだよっ」
『ココロ』 

 電話越しで聞き覚えのある声が少し違うように聞こえるが、でもこの声は自分の父親のものだとはっきり分かる。 

「パパ……えっと……元気?」
『ああ、元気だ。ココロは風邪を引いたって?』
「うん。でももうおねつは下がったよ」
『……苦しい時に傍にいてやれなくてすまない』
「う…………うん……」 

 掠れた静かな声音で謝られると少しいたたまれなくなる。
 傍にいて欲しい。苦しい時じゃなくてもいつだって。そんな我儘を通せることは出来ないと分かっている。ただ、今は前よりも我慢が出来るようになった。 

「……おじいちゃんとね、クックさんがいてくれたからへいきだったよ。伯母さんもおいしいごはん作ってくれて、伯父さんはおかし買ってきてくれたよ。太郎丸さんだっているし」
『そうか。仲良く暮らせていそうで安心だ』
「ママはいる?」
『ママはまだ仕事だな』
「そうなんだ……」 

 本当は母親とも話したい。でも仕事でいないというのだから仕方がない。今までもそうだった。父親よりも母親の方が仕事で家を留守にしていることが多かった。 

 ママは今日もおしごとがんばってるんだ……帰るのおそくてもがんばってる。朝つかれた顔しててもまたおしごとに行くのすごい。休んでほしいなって時もあるけど、ママはそれでもがんばっておしごとに行くから、いってらっしゃいって言っておうえんするしかできないんだ 

『……ふあ……ぁ』
「ねむい?」 

 遠くから小さめの欠伸。きっと電話口から離れたのだろうが聞こえてしまった。 

『ああいや、少しな』
「パパもおしごとたいへん?」
『パパはいつも通りだ。大変だがやり甲斐はある。ただこちらの支部の方がまだ落着いている方かもしれない』
「そっか。そうなんだ」 

 パパもたいへんみたい。でもおしごとしてるパパは楽しそうにしてる時もあって、たいへんってだけじゃないような気もする 

「こっちにいつ帰れそう?」
『そうだな…………きっと来年には帰れる』
「来年…………そっか」 

 今すぐにでも会いたいのに『来年』と分かりやすくまだまだ先の話を聞かされ、残念になり声が萎んでいく。 

『ココロ』
「うん……?」
『パパたちは仕事を優先してばかりだが、いつもお前のことを想っている。それだけは忘れないでくれ』
「……わかった。またこんど、ママともお話したい」
『ああ、また今度な。……それじゃあ、おじいちゃんと替わってくれるか?』
「うん……またね」
『またな』 

 会えるのは当分先のことだが、また電話することを約束すれば少しだけ安心する。父親が今どんな顔をしているのか分からない。けれど自分のように惜しい気持ちになり眉を下げて皺を刻み歪めた表情をしているよりも、いつものように澄ませた顔を想像している。 
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