15 / 85
三話 出逢い回想
六
しおりを挟む
こうしてココロとクックの暮らしが始まった。
しっとり濡れていた羽毛が渇いてふわふわとした感触になった。身体をブラシで丁寧に整えて、保温器からケージへ移してやる。ケージの中は父親に聞きながら必要な物を設置した。新聞紙と床材を敷いて餌皿や給水器、温度計と保温電球。
ピヨの雛もヒヨコと同様、生まれたばかりは寒さに弱く体温調整が苦手だ。ヒヨコやピヨを飼う初心者は温度管理をせずに生まれて三日ほどで凍え死なせてしまうことが多い。暑すぎても汗をかいて冷えてしまったり、熱が込もってしまう。温度計を見ながら一定の気温を保つことが重要である。
生まれて間もない頃は保温電球の側から離れずじっとしていることが多い。極力触らずケージの外へも出してはいけない。雛はとてもデリケートなのだ。
クックも例外ではなく保温電球の側で動かず眠っている。
ココロは初日から不安そうにクックを見ていた。あんなに元気に鳴いていたのに、数分後には全く鳴かずに動かなくなったからだ。
三日、四日もすれば気温に慣れて少しずつ保温電球から離れて動き出していく。か細い鳴き声もハリが出てくる。
『ぜんぜんうごかないからしんぱいしちゃった』
やっとまともに動き出して『ピィーピィー』と鳴きながら見上げるとココロと目が合う。
『クックさん』
ケージを軽くつついてみると、クックも呼応して鳴いた。同じようにくちばしでケージをつつく。
ココロは、自分がこんな小さな命を預かる役目を受けて、こんなに愛らしい友達が出来たなんて夢のように感じた。言葉は交わせないけれど、こうして反応してくれることがとても嬉しかった。
『ずっといっしょだよ、クックさん』
あと数日で両親と離れて伯父夫婦たちと暮らすことなる。それは安心出来る場所が限りなく少なくなるということ。それはとても不安で寂しいことだ。けれど信頼の置ける誰かが一緒にいれば、その気持ちが少しでも和らぐかもしれない。
ーー両親と離れることになる前日。
ココロの表情は今まで見た中で一番暗い。
クックには何故そんな顔をしているのかその時は理解出来なかったが、主が悲しそうな顔をしているのは心配になる。
励ましたくて鳴いてみても、ココロの表情は変わらずだった。
『クックさん。わたしがいなくなっても、ちゃんとひとりで生きていけるように大きくなってね』
その言葉の意味は詳しく分からないが、ココロの雰囲気で察する。ずっと一緒だと言っていたのにココロから離れていってしまうのか。子供の考えは一瞬の内にひっくり返るものである。
『こっそりついていっちゃう』『でもすぐバレちゃうかな』などと独り言を呟いていた。
まだココロにとってクックは信頼の置ける誰かではなかったのだろう。こんな数日で信頼が生まれるなんて無理な話だ。しかも人と鳥。表情を読み取ることが難しい鳥と意志疎通を図ることは、イヌやネコと比べるとかなり難易度が高い。
そしてそれはクックからも言えること。鳥が人のことを理解して思うように動くなんて不可能に近い。
ココロと違うところは、クックにとってココロが唯一信頼の置ける人物であるということ。置いて行かれてしまうのかもしれない。それは悲しく、辛く、寂しいこと。
『ピィッ! ピィーッ!』
『クックさん……?』
嗄れてしまいそうな掠れた鳴き声。一生懸命に鳴いているまだまだ小さな命。ココロを見つめる目は丸く青く揺らいでいる。離れたくないと心の底からの気持ちを鳴き声にして届けようとしている。
その姿をぼんやりと眺めていたココロは、次第に大事なことを思い出してくる。お世話ファイルに成長日記、餌やピヨ用の玩具。家の中にそれらが置いてあるということは、もうクックは家族の一員であり、自分が主であるということに。
『あ……』
ストンと胸に落ちてきた気がした。大事なことが心の中心にぽうっと温かく灯る。ケージを開いてそっとクックを手のひらに乗せる。顔に寄せていき、ふわふわな羽毛を額に触れさせた。
『……ごめん、クックさん。ごめんね……わたし、バカだね……クックさんをおいてくなんて、できるわけないよ。クックさんだって《かぞく》なんだもん』
頬に一筋の涙が伝いぽたぽたと床に落ちていく。
人慣れしていない動物がこんなにも近くに寄られたら、翼を羽ばたかせたり、つついたり暴れたりするものだが、クックは静かにココロの額にすり寄った。
双方のぬくもりが柔らかく肌を通して伝わっていく。
『クックさんをひとりにしないよ、わたしがクックさんをまもるの』
『ピィ……ピィー』
『うん……うん……クックさん、これからもよろしくね』
『ピヨヨヨヨッ』
互いに顔を見ながら、ココロは微笑み、クックは高らかに鳴いた。
しっとり濡れていた羽毛が渇いてふわふわとした感触になった。身体をブラシで丁寧に整えて、保温器からケージへ移してやる。ケージの中は父親に聞きながら必要な物を設置した。新聞紙と床材を敷いて餌皿や給水器、温度計と保温電球。
ピヨの雛もヒヨコと同様、生まれたばかりは寒さに弱く体温調整が苦手だ。ヒヨコやピヨを飼う初心者は温度管理をせずに生まれて三日ほどで凍え死なせてしまうことが多い。暑すぎても汗をかいて冷えてしまったり、熱が込もってしまう。温度計を見ながら一定の気温を保つことが重要である。
生まれて間もない頃は保温電球の側から離れずじっとしていることが多い。極力触らずケージの外へも出してはいけない。雛はとてもデリケートなのだ。
クックも例外ではなく保温電球の側で動かず眠っている。
ココロは初日から不安そうにクックを見ていた。あんなに元気に鳴いていたのに、数分後には全く鳴かずに動かなくなったからだ。
三日、四日もすれば気温に慣れて少しずつ保温電球から離れて動き出していく。か細い鳴き声もハリが出てくる。
『ぜんぜんうごかないからしんぱいしちゃった』
やっとまともに動き出して『ピィーピィー』と鳴きながら見上げるとココロと目が合う。
『クックさん』
ケージを軽くつついてみると、クックも呼応して鳴いた。同じようにくちばしでケージをつつく。
ココロは、自分がこんな小さな命を預かる役目を受けて、こんなに愛らしい友達が出来たなんて夢のように感じた。言葉は交わせないけれど、こうして反応してくれることがとても嬉しかった。
『ずっといっしょだよ、クックさん』
あと数日で両親と離れて伯父夫婦たちと暮らすことなる。それは安心出来る場所が限りなく少なくなるということ。それはとても不安で寂しいことだ。けれど信頼の置ける誰かが一緒にいれば、その気持ちが少しでも和らぐかもしれない。
ーー両親と離れることになる前日。
ココロの表情は今まで見た中で一番暗い。
クックには何故そんな顔をしているのかその時は理解出来なかったが、主が悲しそうな顔をしているのは心配になる。
励ましたくて鳴いてみても、ココロの表情は変わらずだった。
『クックさん。わたしがいなくなっても、ちゃんとひとりで生きていけるように大きくなってね』
その言葉の意味は詳しく分からないが、ココロの雰囲気で察する。ずっと一緒だと言っていたのにココロから離れていってしまうのか。子供の考えは一瞬の内にひっくり返るものである。
『こっそりついていっちゃう』『でもすぐバレちゃうかな』などと独り言を呟いていた。
まだココロにとってクックは信頼の置ける誰かではなかったのだろう。こんな数日で信頼が生まれるなんて無理な話だ。しかも人と鳥。表情を読み取ることが難しい鳥と意志疎通を図ることは、イヌやネコと比べるとかなり難易度が高い。
そしてそれはクックからも言えること。鳥が人のことを理解して思うように動くなんて不可能に近い。
ココロと違うところは、クックにとってココロが唯一信頼の置ける人物であるということ。置いて行かれてしまうのかもしれない。それは悲しく、辛く、寂しいこと。
『ピィッ! ピィーッ!』
『クックさん……?』
嗄れてしまいそうな掠れた鳴き声。一生懸命に鳴いているまだまだ小さな命。ココロを見つめる目は丸く青く揺らいでいる。離れたくないと心の底からの気持ちを鳴き声にして届けようとしている。
その姿をぼんやりと眺めていたココロは、次第に大事なことを思い出してくる。お世話ファイルに成長日記、餌やピヨ用の玩具。家の中にそれらが置いてあるということは、もうクックは家族の一員であり、自分が主であるということに。
『あ……』
ストンと胸に落ちてきた気がした。大事なことが心の中心にぽうっと温かく灯る。ケージを開いてそっとクックを手のひらに乗せる。顔に寄せていき、ふわふわな羽毛を額に触れさせた。
『……ごめん、クックさん。ごめんね……わたし、バカだね……クックさんをおいてくなんて、できるわけないよ。クックさんだって《かぞく》なんだもん』
頬に一筋の涙が伝いぽたぽたと床に落ちていく。
人慣れしていない動物がこんなにも近くに寄られたら、翼を羽ばたかせたり、つついたり暴れたりするものだが、クックは静かにココロの額にすり寄った。
双方のぬくもりが柔らかく肌を通して伝わっていく。
『クックさんをひとりにしないよ、わたしがクックさんをまもるの』
『ピィ……ピィー』
『うん……うん……クックさん、これからもよろしくね』
『ピヨヨヨヨッ』
互いに顔を見ながら、ココロは微笑み、クックは高らかに鳴いた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる