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三話 出逢い回想

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 こうしてココロとクックの暮らしが始まった。
 しっとり濡れていた羽毛が渇いてふわふわとした感触になった。身体をブラシで丁寧に整えて、保温器からケージへ移してやる。ケージの中は父親に聞きながら必要な物を設置した。新聞紙と床材を敷いて餌皿や給水器、温度計と保温電球。
 ピヨの雛もヒヨコと同様、生まれたばかりは寒さに弱く体温調整が苦手だ。ヒヨコやピヨを飼う初心者は温度管理をせずに生まれて三日ほどで凍え死なせてしまうことが多い。暑すぎても汗をかいて冷えてしまったり、熱が込もってしまう。温度計を見ながら一定の気温を保つことが重要である。
 生まれて間もない頃は保温電球の側から離れずじっとしていることが多い。極力触らずケージの外へも出してはいけない。雛はとてもデリケートなのだ。
 クックも例外ではなく保温電球の側で動かず眠っている。
 ココロは初日から不安そうにクックを見ていた。あんなに元気に鳴いていたのに、数分後には全く鳴かずに動かなくなったからだ。
 三日、四日もすれば気温に慣れて少しずつ保温電球から離れて動き出していく。か細い鳴き声もハリが出てくる。

『ぜんぜんうごかないからしんぱいしちゃった』

 やっとまともに動き出して『ピィーピィー』と鳴きながら見上げるとココロと目が合う。

『クックさん』

 ケージを軽くつついてみると、クックも呼応して鳴いた。同じようにくちばしでケージをつつく。
 ココロは、自分がこんな小さな命を預かる役目を受けて、こんなに愛らしい友達が出来たなんて夢のように感じた。言葉は交わせないけれど、こうして反応してくれることがとても嬉しかった。

『ずっといっしょだよ、クックさん』

 あと数日で両親と離れて伯父夫婦たちと暮らすことなる。それは安心出来る場所が限りなく少なくなるということ。それはとても不安で寂しいことだ。けれど信頼の置ける誰かが一緒にいれば、その気持ちが少しでも和らぐかもしれない。
 
 ーー両親と離れることになる前日。
 ココロの表情は今まで見た中で一番暗い。
 クックには何故そんな顔をしているのかその時は理解出来なかったが、主が悲しそうな顔をしているのは心配になる。
 励ましたくて鳴いてみても、ココロの表情は変わらずだった。

『クックさん。わたしがいなくなっても、ちゃんとひとりで生きていけるように大きくなってね』

 その言葉の意味は詳しく分からないが、ココロの雰囲気で察する。ずっと一緒だと言っていたのにココロから離れていってしまうのか。子供の考えは一瞬の内にひっくり返るものである。
『こっそりついていっちゃう』『でもすぐバレちゃうかな』などと独り言を呟いていた。
 まだココロにとってクックは信頼の置ける誰かではなかったのだろう。こんな数日で信頼が生まれるなんて無理な話だ。しかも人と鳥。表情を読み取ることが難しい鳥と意志疎通を図ることは、イヌやネコと比べるとかなり難易度が高い。
 そしてそれはクックからも言えること。鳥が人のことを理解して思うように動くなんて不可能に近い。
 ココロと違うところは、クックにとってココロが唯一信頼の置ける人物であるということ。置いて行かれてしまうのかもしれない。それは悲しく、辛く、寂しいこと。

『ピィッ! ピィーッ!』
『クックさん……?』

 嗄れてしまいそうな掠れた鳴き声。一生懸命に鳴いているまだまだ小さな命。ココロを見つめる目は丸く青く揺らいでいる。離れたくないと心の底からの気持ちを鳴き声にして届けようとしている。
 その姿をぼんやりと眺めていたココロは、次第に大事なことを思い出してくる。お世話ファイルに成長日記、餌やピヨ用の玩具。家の中にそれらが置いてあるということは、もうクックは家族の一員であり、自分が主であるということに。

『あ……』

 ストンと胸に落ちてきた気がした。大事なことが心の中心にぽうっと温かく灯る。ケージを開いてそっとクックを手のひらに乗せる。顔に寄せていき、ふわふわな羽毛を額に触れさせた。

『……ごめん、クックさん。ごめんね……わたし、バカだね……クックさんをおいてくなんて、できるわけないよ。クックさんだって《かぞく》なんだもん』

 頬に一筋の涙が伝いぽたぽたと床に落ちていく。
 人慣れしていない動物がこんなにも近くに寄られたら、翼を羽ばたかせたり、つついたり暴れたりするものだが、クックは静かにココロの額にすり寄った。
 双方のぬくもりが柔らかく肌を通して伝わっていく。

『クックさんをひとりにしないよ、わたしがクックさんをまもるの』
『ピィ……ピィー』
『うん……うん……クックさん、これからもよろしくね』
『ピヨヨヨヨッ』

 互いに顔を見ながら、ココロは微笑み、クックは高らかに鳴いた。
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