フランシェス兄弟はアンニュイ(共通)

朝陽ヨル

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ジョアル、シリスに恋人が出来てから

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 ※11月~12月設定。

 携帯電話の画面を眺める。何分間そうしていただろうか。いつもの無表情より少しだけ緊張した面持ちで、ほんのり頬を染めて。 

 ……何と打てば良いのだろうか…… 

 シリスはメールの画面でずっと静止したまま悩んでいた。 

 メールを打つくらい何を戸惑う……いや、そもそも内容を考えねば……出だしは…… 

「初冬の候……」 

 ………………これでは手紙だな 

 メールを打ってから消し、打ってはまた消す。その繰り返し。 

 これでは進まぬな…… 

 宛先には『晋 朱廉』の文字。その文字を一瞥すると、ドクンと鼓動が打たれる。 

 朱廉君に……朱廉君がいると思えば 

 たかがメール。されどシリスにとっては朱廉へ初めてのメール。ゆっくりだが着実にメールを打っていく。





 その頃。 

「はぁ……」 

 思わず溜息が漏れてしまう。朱廉は携帯電話を片手に百面相していた。 

「どうしよう……」 

 オロオロしたり、何か決意を固めて携帯電話に必死な表情で向き合ったり、何故か恥ずかしがったり。 

 ……せっかくアドレスを交換したんだからせめて挨拶とか…… 

 画面には『シリスさん』とアドレス帳の羅列に並んでいる名前。 

「シリスさん……」 

 名前を呼んでみると、胸の底から暖かさを感じる。とても心地よい感情。 

 ブー……ブー…… 

「ッッ!!」 

 突然のバイブの音に思い切り肩を跳ねさせた。携帯電話が鳴っている。画面には、設定したばかりの名前が。 

「し、しししりしゅしゃんっ!?」 

 驚き過ぎて上手く発音出来ていない。携帯電話を持つ手も震えてボタン操作一つままならない。 

 お、落ち着いて…… 

 一旦携帯電話を置き深呼吸する。そして真剣な顔で携帯電話を持ちメールボックスを開いた。 

『拝啓 初冬の候、年もおしせまり、何かと忙しい頃となりました--』 

「わぁ、手紙みたい!」 

 読み進めていくと、ある文に釘付けになる。 

『大変忙しい時期かと存じますが、もしお時間をいただけるようでしたら、どこか食事に招待したいのですがいかがでしょうか?』 

「……っ、どう……しよ……」 

 迷っているわけではない。答えは決まっている。
 その言葉はただ素直に嬉しくて。手や唇が微かに震え、悲しいわけでもないのに視界が滲む。
 長い文章の端々に気遣いの語句が散りばめられていて、電子のありふれた文字でさえ温かみが感じられた。 

「は、やくっ……返信、しないと……!」 

 眼鏡を外して目を擦る。すぐにかけ直せば、朱は碧へ。
 緊張しているのか手の震えは止まらないけれど、それでも懸命に打った。勿論、返答は――。



 ――後日。 

「シリスさん!」 

 メールをやり取りした結果、場所を決めて待ち合わせをしていた。
 既にシリスがいた為、朱廉は慌てて走っていく。
 気づいたシリスも慌てた。何故なら。 

「お待たせしまぁ、ああっ!」
「っ!?」 

 ドジを踏むことを予想していたからだ。予想は見事命中。そのお蔭でシリスは腕を伸ばし抱き留めることが出来た。 

「大丈夫ですか、どこか怪我は無いですか?」
「あ……、はい! 大丈夫です」 

 ニッコリと笑顔を見せれば、白い顔が赤く染まって咳払いをして離れる。 

「そ、それなら……良いです」 

 シリスが照れるのにつられて、朱廉も俯いて頬が染まった。
 お互いが照れくさそうに顔を合わせて微笑み、目的の場所へ歩き出した。





「こっち。おいで」
「いいのか……? こんなことをして……」 

 二人の後をそっと見守る影が二つ。その存在にシリスと朱廉は気づかず歩みを進めていた。 

「朱廉から何かと相談を受けたが……こういうことだったのか」
「シリスもメールの内容は教えてくれないけど、明らか嬉しそうだったしね」
「まあ、会えたようで良かった」
「うん。これで何か楽しい発展とかあればいいのに」
「はは……」 

 淡々と述べる一人と苦笑する一人。シリスと朱廉にバレないように進んでいく。





 今日のシリスは普段のようにポニーテールではなく、耳の下で結い片側に流している。ただでさえ綺麗なのに、白いうなじが覗いて。 

 綺麗だなあ……。だけど周りの視線が……恥ずかしい 

 道行く人がチラチラとシリスと朱廉を見てくる。シリスの容姿もそうだが、朱廉の燃えるような赤い髪も目立つ。帽子を被って誤魔化してはいるが気付く人はいる。
 朱廉は心深くある不安が込み上げてきて、隣にいるシリスの袖を軽く握った。 

「朱廉君?」 

 微かな震えが伝わったのか、シリスが心配そうに顔を覗き込んだ。
 朱廉は不安気な顔を隠そうと無理に笑顔を作って見せた。 

 慣れてるから……今更この髪のことなんて 

 本当は不安で仕方がないのに。けれど心配をかけてはいけないから。 

「朱廉君」 

 返事が無い朱廉に、何気なく話を振ってみる。 

「今日も帽子を被っているのですね」
「……は、はい……」
「似合っていると思います」
「あ、ありがと、ござ……ます……」 

 語尾は消え入りそうで、ちょっとした褒め言葉にも照れてしまう。こんな言葉を今まで言われたことがなくて。 

「しかし、勿体無い気がします」
「え?」 

 ふと顔を上げるとシリスと目が合う。不思議とその時は逸らすことが出来なかった。 

「あんなにも綺麗な髪色を隠すなんて」
「で、でもっ……! 目立ち……ますから……」
「私は君の色が好きですよ」
「!」 

 この言葉。嫌いだった自分の色が、好きになれた言葉。心強い言葉。
 また俯いた。顔を上げたら、溢れてしまいそうで。でも黙るのは失礼な気がして声を振り絞る。 

「……き、今日は……っ、寒いので……えとっ、目立つのが恥ずかしくて、少しでも……その……隠そうと……」 

 紡ぐ言葉が上手くまとまらない。けれどシリスには伝わっているだろう。 

「そうですね、今日はとても冷えるようです。早めに店へ行きましょう」
「わわっ!?」 

 シリスは朱廉の手を握り、足早にその場を後にした。朱廉の顔が赤くなるのにも構わず。





「……全然聞こえないんだけど」
「遠いからな」 

 見守る一人は不機嫌を露わにして、もう一人はそれを宥めている。 

「ねぇ理一。こんだけ尾行して楽しい発展なかったらどうしよ?」
「どうすると言われても……」 

 問われた理一は困るしかない。 

「でもさっきの、ちょっとは発展した方? 手繋ぐの」
「ジョアルは弟が大切なんだな」
「どうしてそう思うの?」
「尾行する程気になるんじゃないのか?」
「ううん。楽しくなりそうな予感がしただけ。初々しいカップル見てるの楽しくない?」
「楽しいと言うより微笑ましい」 

 理一が言葉通り微笑むと、ジョアルはズイと理一に近寄る。 

「うん、理一が笑うのは微笑ましいよね」
「ジョアル! ち、近くないかっ!?」
「理一の顔見てるの好き。笑うと押し倒したくなる」
「じ、ジョアル!?」 

 理一の頬を包み、撫でながら輪郭をなぞる。
 こそばゆく恥ずかしさから、理一はギュッと目を瞑った。
 しかしジョアルはクスリと笑い、流し目に妖しく笑いながら離れた。 

「ふざけるのはここまでにしとく。……此処じゃ嫌でしょ?」




 目的の場所に到着した。特別豪華な所ではなくごく普通のカフェテラスだ。 

「ここのパイがとても美味しいので、朱廉君にお薦めしようと思いまして」
「わぁ! もう香ばしい匂いが漂ってきました!」 

 カフェに入ると女性客が多く一気に注目を浴びたが、そんなことを気にするよりパイの期待の方が上回る。
 結構歩いたせいか、時間の関係か、気候は予想より暖かい。その為せっかく外で食べられるので外に出ることになった。
 お薦めのパイとスープ、紅茶を注文して待つ。 

「暖かくなって良かったです!」
「ええ」 

 とは言ってもやはり12月上旬は肌寒さがある。早めにスープが届いてスプーンを取ろうと手を伸ばした。 

「「あ」」 

 お互いがスプーンを取ろうとして手がぶつかった。 

「お、お先にどうぞ……」
「い、いえ! シリスさんからどうぞ……」 

 譲り合ってなかなかスプーンを取るにまで至らない。





「何。このベタな展開」
「見ていてこちらが照れてくるな……」 

 理一を後ろから抱きしめながらジョアルが呟く。
 理一は目の前の光景に照れているのか、本当に恥ずかしいのか紅潮している。 

「さっき手繋いでたのに何で今照れるわけ?」
「予期していない時に触れるからじゃないか?」
「ふぅん……じゃあ先に言っとけば照れないの?」
「それは……」
「理一、キスしていい?」
「えっ? ジョア――」 

 言葉と共に降ってきた突然のキスに驚いて、ジョアルの服をくしゃりと強く掴む。 

「っはぁ……はぁ……ジョアル……急過ぎる!」
「じゃあもっと早くに言う。理一、キスするよ」 

 後ろにいたジョアルが前にやって来る。シリスや朱廉に見つからない為に茂みに隠れていて他の人にも見えていない。 

「もう我慢出来ない。理一がこんな近くにいて触れられないなんて。ねぇ、ダメ……?」
「うっ……」 

 無表情から覗かせる大人の顔は凛々しくドキドキする。だが時々見せる甘えるようなこの可愛らしい表情、仕草。これには勝てない。反則だと思う。
 のけぞればジョアルがジリジリと近づいてくる。するとジョアルの裾が茂みに触れた。ガサガサと音を立てる。 

「誰だッ!」 

 スッと一瞬にして変わった表情は、相手を怯ませそうな鋭い眼光を放っていた。シリスはフォークとナイフを掴み、音がした茂みに投げる。
 ジョアルは理一に覆い被さるようにして回避した。 

「っ……気づかれちゃった。あんな殺気立てることないのに。理一、逃げよ」
「あ、ああ……」 

 ジョアルがこんなヘマをするとは思えない。わざとじゃないかと思いながらも、一緒に逃げる理一なのであった。 

「シリスさんどうかしましたか!?」
「あ……、い、いえ……」 

 我に返ると朱廉が驚いた顔をしていた。
 あまりに見事なフォーク、ナイフ投げに周囲の人は撮影か何かかと騒いでいる。
 シリスは慌てて謝り、早急にフォークとナイフを回収して騒ぎを治めようとする。 

 情けない……このように騒ぎ立てるなど 

「朱廉君、すみません……。君に迷惑をかけるなんて」
「いいえ! ビックリしましたけど……その……カッコ良かったです」 

 何はともあれ騒ぎは暫くかかったが数十分して話題にのぼらなくなった。
 それから注文したパイを二人で切り分けて。簡単に感想を述べたりして過ごした。丁度良く腹が満たされ、冷えてきた身体にはスープと紅茶で温まる。 

「紅茶も美味しいです」 

 和んでいる前でシリスがティーカップを置いた。 

「朱廉君、君に渡したい物があります」
「え、我にですか?」 

 差し出したのはずっと手に持っていた袋。
 朱廉は受け取り中を確認する。入っていたのは耳当てだった。 

「帽子を被っていたので必要ないと思ったのですが一応用意しましたので。早いですが、クリスマスプレゼントです」
「……! あ、ありがとうございます!」 

 朱廉は満面の笑みで思い切り頭を下げた。 

「で、でもっ、我は何も用意してないので……今度何か用意します!」
「お気遣いありがとうございます」 

 朱廉の必死さが愛おしく、シリスの変わらない表情が微かに変化して笑みへと誘う。
 その微笑に朱廉は嬉しくなって帽子を脱いだ。 

「あの、今、付けてもいいですか?」
「はい。お願いします」 

 朱廉はいそいそと袋を開けて、耳当てを付けた。赤い髪にモコモコの灰青色をした耳当て。シンプルで、それでいて上品な印象。 

「とっても温かいです……」
「気に入っていただけましたか? プレゼントなどあまりしたことが無いもので正直かなり迷いましたが……」
「はい! 嬉しいです! 我もあまり無いです」 

 沈黙、その時間さえもなんだか落ち着く。
 ひやりとしたと思って自分の手を見ると白が溶けた。空を見上げるとふわふわしたそれらが降り注いでくる。 

「あっ、雪です!」
「寒くなったと思ったら雪ですか。中へ戻りますか?」
「は--」 

 はいと返事をしようとしたが止まる。こんな綺麗な景色をもっと。 

「――いえ、もう少しここにいたいです。……シリスさんと一緒に」 

 勇気を振り絞って出た言葉は純粋で素直な気持ち。
 シリスも想う。この純粋な気持ちを。 

「ええ。一緒に……」 

 淡い雪が溶けるように、心にも、この淡く温かな想いが混じって届きますように。
 貴方/君に――。


 END 
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