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3話 栞の部屋

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 ロボットは、部屋の中を動くのみだ。かつ、相手がロボットを連動状態にしていないと、単なる物体に過ぎない。
 互いの生活サイクルを合わせる努力をしなければ、ロボットは動作しない。それはそれで、生活が全く合わないから、めでたく同居を解消しようということになる。
 合理的システムである。とはいえ、自分の分身もどきを互いの部屋に置くというのは、勇気が必要なことではある。
 だからこそ、仮想空間でデートを重ね、結婚を意識したうえで、互いの同意のもとロボットとの共同生活を開始するのだ。

 龍之介と栞はその一歩を踏み出した。交互に部屋を訪問しあうという話し合いもついた。
 ロボット始動日、龍之介がリュウノスケとを動かし、栞の家で過ごすことになって今に至る。

「リュウノスケの洋服、これでいいの?」
 龍之介は、リュウノスケを見てうなりながら言う。
「部屋の中だけだし、これでいいや。あ、栞は嫌か?」
 栞は自分のルームウエアを見て情けない顔になる。
「私の部屋着も、しょぼい」
 非接触型社会においてリアルの生活でおしゃれをする必要はなくなっていた。仮想空間のアバター用の洋服に金をかけても、リアルの洋服にお金をかける人は極端に減っているのだ。
 
 栞の情けない顔を見て、龍之介が気があることに気が付いた。リュウノスケの手が栞の頬ににゅっとのびた。
「ひゃっ!?」
 驚く栞に構わずリュウノスケの手が栞の頬を撫でた。
「綺麗な肌だね」
 龍之介は、リュウノスケから直に伝わる栞の肌感に驚く。
「ちょ、ちょっと」
 栞が顔を背けようとするのを、リュウノスケがさえぎった。
「すっぴん?」
 栞は顔が耳まで赤くなる。
「そ、そうよ。だって、リアルで化粧する人なんていないじゃない……」
 お金をかけるのは全てネット用のアバターだ。人と会う必要があれば、仮想空間で合って話をする。アバターにはお金をかける、それが現代のマナーだ。
 リアルにお金をかけようなんて思ったたことがなかったゆえ。こんなに恥ずかしい気持ちになるものなのかと栞は、洋服や化粧の用意をしていなかったことを悔やんでいた。
「ちゃんと用意しておけばよかった」
 栞が言うと龍之介が反論した。リュウノスケが栞の顔を両手で包み込みながら
「同居するって、こういう姿を見せあうことなんじゃない?」
 そうかもしれない、そうかもしれない、でも恥ずかしい! リュウノスケに顔を固定され栞は視線だけ外した。
 栞があたふたする様は龍之介には、愛おしかった。息遣いまを感じる距離感でともにいるのだと改めて感じる。
 
 龍之介は、リュウノスケと栞のおでこをくっつけた。恥ずかしいと押し黙る栞の思考と近づきたたかった。やがて。
「今日は、帰るよ」
 龍之介が言った。視線を外していた栞が、リュウノスケに視線を戻した。二人とも疲労感がにじみ出ていた。
「ロボットの操作に慣れるのに時間かかりそう?」
 栞は顔をリュウノスケの手で包み込まれた状態のまま、龍之介に尋ねた。
「どうかな? イメージは難しくはないけれど。結局慣れだよね」
 栞は少しげっそりした。
「次は、私がロボットの操作をする番だよね」
「嫌がらないで、来てくれよ」
 龍之介が情けない声で懇願した。
「が、頑張る」
 栞がぼそりと答える。栞の自信なさげな顔があまりに無防備で。龍之介の理性の限界だった。リュウノスケはいきなり栞の唇を奪った。栞の目が見開く。
「ぁ……」
「約束だよ」
 栞が驚いている間に、龍之介はリュウノスケを定位置に移動させ、そのまま連動をきった。
「今のって、ファーストキス?」
 栞が唇に手を添えてぼんやりと、リュウノスケにたずねた。リュウノスケは答えない。

 リュウノスケがある部屋。それはやや息苦しい感覚を伴った。連動がきれてもリュウノスケは龍之介の形をしている。
「意識するなというのが無理」
 栞は、リュウノスケに近寄ると、リュウノスケの唇をそっと触った。栞の肌とは違う質感だ。しかし、連動がきれたリュウノスケはやはり「物体感」があった。キスしたんだよね? あっという間で現実感が湧かない。
 栞はリュウノスケの横に寝転んで、リュウノスケを見た。
「同居ってこんな感じなのかな?」
 まだ一日目。何もかも戸惑うことばかりだ。栞は急激に襲ってくる睡魔に勝てず、そのまま目を閉じた。疲れた……

 連動をきって龍之介も自分の部屋に転がっていた。シオリを見ながら、龍之介は栞の唇の感覚を何度も繰り返し思い出した。しかし。龍之介は顔をゆがめた。栞にキスをしたのは自分なのか? リュウノスケなのか?


(つづく)
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