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葛藤と苦悩から生まれる世界(ユリカ編)
16話 鳴き砂の地へ
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抱き合った二人にアールからメッセージが入った。
「四人で話そう。『サザンクロス』で待っている」
話し合い、突き放され、再び話し合う繰り返し。たった二日の間に何度も繰り返した。
「行こう……」
リロイがユリカに声をかけた。
二人はからだを離し、手をつなぎ直し、『サザンクロス』に向かい歩き始めた。
「カーラは、意識のレベルダウンの話をした?」
ユリカが恐る恐る尋ねた。リロイは聞いていない可能性はあるからだ。
「カーラから話はあったよ……」
「そっか」
ならば。ユリカは『サザンクロス』の話題は、予想がついた。リロイも覚悟しているのだろう。リロイのユリカを握る手の力が強くなった。
『サザンクロス』の店内で、すでにアールとカーラが待っていた。
「わかっていると思うけれど」
リロイとユリカが着席すると、カーラが切り出した。
「私とアールの意識レベルのダウンについて、容認してほしい」
「容認?」
ユリカが、カーラを見た。
「あなた達が主導で、処理できなだろうというのが私たちの結論」
カーラの言葉をアールが引き継いだ。
「僕たちの予定を伝えよう。二回に手順を分けることにした」
断定で話すアールの声がユリカの頭を通り抜けていく。容認した前提で話を進めないでよ、ユリカが心の中で叫ぶが声が出せない。
「一回目は、人格の消去。一週間後だ」
「人格の消去? 一週間後?」
ユリカは泣き出すのをこらえるのに必死で繰り返した。
「君たちの性欲の吐き出し口に、人格は必要ない。むしろ邪魔だ」
アールの声に迷いはなかった。
「二回目は、あなた達の判断に委ねるしかない。『覚悟』が決まったら、速やかに」
カーラが更に続けた。
「アバターの停止。パートナーとしての責務が全て完了する」
カーラが静かに言う。
「私たちの姿のままの支援アバターを側に置けるほど、あなた達は強くない。ならば停止した方がいい」
寄り添ってきたパートナーを理解しているからこそ、出てくる言葉だ。リロイもユリカも反論できない。
「僕たちはアバターだ。分解され、誰かのアバターに再生されるだろう。それでいい」
絶句するユリカにアールが近寄って、ユリカの頬に手をあてた。
「最後に、二人だけの時間を過ごそう。鳴き砂のある僕たちの故郷に行きたい」
「分散型居住区の鳴き砂の海岸のこと?」
「そう、僕と君がきちんと別れるための、二人だけの時間と場所だ」
アールが無表情のユリカの耳元に囁いた。ユリカは、小さく頷いた。
翌々日の午後。
アールが全てを手配して、ユリカとアールは暗い鳴き砂の海岸に立っていた。
「ここに戻ってくるとは思ってもみなかった」
砂浜が再びキュッキュッと鳴いた。
分散型居住区のドアを開けた。
ユリカとアールが、オーストラリアに出発する時残されたベッドが一つ残されているだけだ。ガランとした空間は時間が止まっていた。
「嘘みたい」
ユリカはつぶやくと、ベッドに腰掛けた。出て行った時のままなのに、ユリカとアールの関係は、こんなに変わってしまった。
ユリカの横にアールが腰掛ける。ユリカの身体を抱き寄せると言った。
「君の気持ちに決着をつけよう。僕にくさびを打つんだ」
ユリカがアールに縋りついた。そのまま二人はベッドに横倒しになる。
「そんな言い方、今聞きたくないっ!」
駄々をこねるユリカにアールは口づけをして、ユリカの服を脱がせる。露になった裸体に丁寧に唇をあますところなく押し当てていく。
この瞬間だけは。ユリカの全てはアールの物だ。ユリカが刺激に耐えきれず、喘ぎ声をあげた。部屋に反響する、ユリカの声の振動も全てアールの物なのだ。
この一時、ユリカの全てをアールが独占していた。アールは、ユリカの思考を奪いつくす。激しく奪い尽くすアールにユリカは身を委ね切る時間が続いた。
二晩、アールはユリカを貪り続け、ユリカもアールに応え続けた。この地を再び離れてオーストラリアに戻ると、アールの人格は消去される。
アールであってアールでないアバターとの生活が待ち構えているのだ。全て、ユリカのために。
だから、せめて。ユリカはアールで全身を満たした。リロイの侵入を今だけは全て阻止した。
鳴き砂の海岸近くの分散型居住区の地で、ユリカとアールは感情を重ねた身体のうねりの中に強引に押し込めた。
時間は走る。アールとユリカは、鳴き砂の海岸に立っていた。
「今度こそ、この場所とお別れ。二度と来ない」
鳴き砂が鳴る。ユリカの代わりに泣いている。
「アールと私の全てをここに置いていく」
ユリカの顔に涙はなかった。
「ここは、僕と君のための場所だ」
アールとユリカは唇を重ねた。潮風が吹き抜ける。鳴き砂はもう鳴かない。
(つづく)
「四人で話そう。『サザンクロス』で待っている」
話し合い、突き放され、再び話し合う繰り返し。たった二日の間に何度も繰り返した。
「行こう……」
リロイがユリカに声をかけた。
二人はからだを離し、手をつなぎ直し、『サザンクロス』に向かい歩き始めた。
「カーラは、意識のレベルダウンの話をした?」
ユリカが恐る恐る尋ねた。リロイは聞いていない可能性はあるからだ。
「カーラから話はあったよ……」
「そっか」
ならば。ユリカは『サザンクロス』の話題は、予想がついた。リロイも覚悟しているのだろう。リロイのユリカを握る手の力が強くなった。
『サザンクロス』の店内で、すでにアールとカーラが待っていた。
「わかっていると思うけれど」
リロイとユリカが着席すると、カーラが切り出した。
「私とアールの意識レベルのダウンについて、容認してほしい」
「容認?」
ユリカが、カーラを見た。
「あなた達が主導で、処理できなだろうというのが私たちの結論」
カーラの言葉をアールが引き継いだ。
「僕たちの予定を伝えよう。二回に手順を分けることにした」
断定で話すアールの声がユリカの頭を通り抜けていく。容認した前提で話を進めないでよ、ユリカが心の中で叫ぶが声が出せない。
「一回目は、人格の消去。一週間後だ」
「人格の消去? 一週間後?」
ユリカは泣き出すのをこらえるのに必死で繰り返した。
「君たちの性欲の吐き出し口に、人格は必要ない。むしろ邪魔だ」
アールの声に迷いはなかった。
「二回目は、あなた達の判断に委ねるしかない。『覚悟』が決まったら、速やかに」
カーラが更に続けた。
「アバターの停止。パートナーとしての責務が全て完了する」
カーラが静かに言う。
「私たちの姿のままの支援アバターを側に置けるほど、あなた達は強くない。ならば停止した方がいい」
寄り添ってきたパートナーを理解しているからこそ、出てくる言葉だ。リロイもユリカも反論できない。
「僕たちはアバターだ。分解され、誰かのアバターに再生されるだろう。それでいい」
絶句するユリカにアールが近寄って、ユリカの頬に手をあてた。
「最後に、二人だけの時間を過ごそう。鳴き砂のある僕たちの故郷に行きたい」
「分散型居住区の鳴き砂の海岸のこと?」
「そう、僕と君がきちんと別れるための、二人だけの時間と場所だ」
アールが無表情のユリカの耳元に囁いた。ユリカは、小さく頷いた。
翌々日の午後。
アールが全てを手配して、ユリカとアールは暗い鳴き砂の海岸に立っていた。
「ここに戻ってくるとは思ってもみなかった」
砂浜が再びキュッキュッと鳴いた。
分散型居住区のドアを開けた。
ユリカとアールが、オーストラリアに出発する時残されたベッドが一つ残されているだけだ。ガランとした空間は時間が止まっていた。
「嘘みたい」
ユリカはつぶやくと、ベッドに腰掛けた。出て行った時のままなのに、ユリカとアールの関係は、こんなに変わってしまった。
ユリカの横にアールが腰掛ける。ユリカの身体を抱き寄せると言った。
「君の気持ちに決着をつけよう。僕にくさびを打つんだ」
ユリカがアールに縋りついた。そのまま二人はベッドに横倒しになる。
「そんな言い方、今聞きたくないっ!」
駄々をこねるユリカにアールは口づけをして、ユリカの服を脱がせる。露になった裸体に丁寧に唇をあますところなく押し当てていく。
この瞬間だけは。ユリカの全てはアールの物だ。ユリカが刺激に耐えきれず、喘ぎ声をあげた。部屋に反響する、ユリカの声の振動も全てアールの物なのだ。
この一時、ユリカの全てをアールが独占していた。アールは、ユリカの思考を奪いつくす。激しく奪い尽くすアールにユリカは身を委ね切る時間が続いた。
二晩、アールはユリカを貪り続け、ユリカもアールに応え続けた。この地を再び離れてオーストラリアに戻ると、アールの人格は消去される。
アールであってアールでないアバターとの生活が待ち構えているのだ。全て、ユリカのために。
だから、せめて。ユリカはアールで全身を満たした。リロイの侵入を今だけは全て阻止した。
鳴き砂の海岸近くの分散型居住区の地で、ユリカとアールは感情を重ねた身体のうねりの中に強引に押し込めた。
時間は走る。アールとユリカは、鳴き砂の海岸に立っていた。
「今度こそ、この場所とお別れ。二度と来ない」
鳴き砂が鳴る。ユリカの代わりに泣いている。
「アールと私の全てをここに置いていく」
ユリカの顔に涙はなかった。
「ここは、僕と君のための場所だ」
アールとユリカは唇を重ねた。潮風が吹き抜ける。鳴き砂はもう鳴かない。
(つづく)
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